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番外編
番外編3「水科家の人々」2話
「お帰りなさいませ。まぁまぁまぁ……咲さんからお写真を見せていただいてましたが、本当におきれいなお嬢さんで。篤樹さん、よくぞこのような素敵な女性をお連れになりましたね。ささ、旦那様も奥様もお待ちですよ」
玄関を開いた途端、初老の女性がパタパタと足音を立てて近づいてきた。言葉遣いから推測するに、家政婦だろうか。ぱぁっと明るく大らかなオーラをまとった、ひまわりのような女性だ。
「依里佳、この人は俺がこの家に来た時からずっと働いてくれてる、静恵さん」
「は、初めまして。蓮見依里佳と申します。これ、お口に合うといいのですが」
依里佳は慌てて深々と頭を下げ、それから手にしていた紙袋を静恵の方へと差し出した。
陽子がよく利用する和菓子店の錦玉羹――基本的には寒天を水飴等で煮溶かし固めたものだが、色をグラデーションにつけたシンプルなものや、羹の中に練りきりで作った魚や水草などを閉じ込めて金魚鉢を模したタイプもある。
依里佳は求肥を錦玉羹で包んだものを選んだ。見た目にも涼しげで、夏らしい生菓子だ。
「まぁまぁ、わざわざありがとうございます。こちらへどうぞ」
ニコニコと笑みを湛えたまま、静恵が家の奥を指し示した。
通されたのは広々とした客間で、調度品も見るからに高級だと分かるそれだった。勧められて腰を下ろしたソファもそれはそれは高そうな革張りで、座り心地もとてもいい。その前に置かれた大理石トップのセンターテーブルはアンティークだろうか。サイドと脚に精巧な彫刻が施されている。依里佳の心臓はますます忙しなく動く。
(うぅ……吐きそう……)
あまりの緊張に、軽い吐き気を覚える。
ほどなく扉が開き、三人の男女――篤樹の両親と兄が入って来た。
自己紹介はとてもスムーズに進んだ。三人を目の前にして緊張はしていたけれど、依里佳の情報がすでに水科家の人々に渡っていたこともあり、自らの口からボロを出さずに済んだ。
篤樹の父・嘉紀は日本有数の総合繊維メーカー【ミズシナ】の社長だ。お盆と言えど休みなどほとんどなく忙殺される日々を送る中、二人のために時間を割き、
「篤樹の大切な人だと聞いて、とても楽しみにしていたんだよ。……それにしても、こんな美人と知り合えるなんて、兄さんの会社もなかなか侮れないな」
と、篤樹にとてもよく似た面差しで笑った。
白髪交じりの髪をきちんと整え、いつでも出勤出来るようなスーツ姿でソファに座る嘉紀は、二十五年後の篤樹はこんな風になるのだろうか――と思わせる。年を取ってもなお美丈夫と分かる形貌だ。
兄・幸希は祖父に似ているらしく、篤樹とはまた違ったタイプの美形だった。篤樹の顔が甘く少し遊びがある造りなのに対し、幸希は精悍でスキのない顔つきをしている。どちらも比類なき美貌を父や祖父から受け継いでいることに変わりはなかった。彼もまた、
「咲が言っていたように、確かにあのゲームのキャラクターにそっくりだなぁ」
目を丸くしてそう言った後、
「――篤樹のこと、どうかよろしくお願いします」
と、頭を下げ、依里佳を歓迎してくれた。
そして――篤樹と血の繋がり自体はない継母・百合子が開口一番発したのは、
「実は……篤樹と依里佳さんのおつきあいに反対している方がいるのよ」
の一言で。満面の笑みを崩すことなく依里佳を見つめている。
百合子は依里佳のような華やかな美を備えてはいない。ただその名の通り百合の花のように上品で清潔感のある麗しさをひきまとっていた。確か年は未だ五十を超えていないと依里佳は聞いていたが、その割には何とも威厳のある表情に、緊張で口元が強張るのを必死で抑えた。
「いきなり何言ってるんだよ、母さん。大体、誰が反対してるわけ?」
篤樹が呆れたように眉をひそめる。百合子はふふふ、と、笑みを柔らかくして、
「大石先生よ」
そう答えた。
「え?」
この場でその名前を聞くとは思わなかった依里佳は、目を見張った。
「――大石先生って……あの大石先生ですか?」
おずおずと尋ねると、
「そう、海堂エレクトロニクス顧問弁護士の大石誠彦先生」
大石誠彦――陽子が所属する弁護士事務所の所長であり、彼女の叔父でもある。そして、依里佳と篤樹が勤務する会社の顧問弁護士を務めている人物だ。
「どうして大石先生が反対してるんだよ?」
「何日か前だったかしら……電話が来たのよ。『依里佳ちゃんは僕の弟子と結婚させようと思ってたのに、どうして横からかっさらっていくんだ。許せない!』って、電話口でものすご~く怒ってらしたの」
海堂エレクトロニクスは篤樹の伯父が社長を務めているので、大石は水科家とも懇意にしているのだろう。そして依里佳と篤樹のことはおそらく陽子から聞いたのだろう。
大石は以前から依里佳のことを大層気に入っており、自分の弟子や懇意にしている弁護士と依里佳の縁談を、何度断られても陽子に持ちかけてくる。その度に姪に呆れられているのだが、諦めることを知らないのか、つい先日も見合い写真を押しつけてきたそうだ。
あまりのしつこさに、陽子は遂に、
『依里佳ちゃんにはもう、結婚を前提としてつきあってる男性がいるの! いい加減諦めて!』
と、言い放ってしまったそうだ。その時に、相手が誰か問い詰められたのかも知れない。
「それで母さんは何て答えたの?」
「ふふ……聞きたい?」
「もったいぶらなくていいから」
含みのある表情の百合子をせっつく篤樹。
「『大石先生がそこまで悔しがるということは、依里佳さんはとってもいいお嬢さんなんですね。そんな方がおつきあいしてくださるなんて、篤樹は幸せ者です。ありがとうございます』って、お礼を言っておいたの」
「お母さん……それはお礼なんて生易しいものじゃなくて、ごく普通に煽ってるね」
幸希がやれやれといった様子でかぶりを振った。
「だって大石先生ったら、まるで篤樹が泥棒したみたいに言うんですもの」
子供のように頬を膨らませる百合子に、依里佳の表情は緩み、緊張がほどよく解けた。その変化を認めたのか、百合子が、
「――依里佳ちゃん、って呼んでもいいかしら?」
と笑いかける。
「あ、はい!」
「ありがとう。――私ね、依里佳ちゃんには感謝しているのよ」
「感謝……ですか? 私に?」
依里佳が首を傾げた。
玄関を開いた途端、初老の女性がパタパタと足音を立てて近づいてきた。言葉遣いから推測するに、家政婦だろうか。ぱぁっと明るく大らかなオーラをまとった、ひまわりのような女性だ。
「依里佳、この人は俺がこの家に来た時からずっと働いてくれてる、静恵さん」
「は、初めまして。蓮見依里佳と申します。これ、お口に合うといいのですが」
依里佳は慌てて深々と頭を下げ、それから手にしていた紙袋を静恵の方へと差し出した。
陽子がよく利用する和菓子店の錦玉羹――基本的には寒天を水飴等で煮溶かし固めたものだが、色をグラデーションにつけたシンプルなものや、羹の中に練りきりで作った魚や水草などを閉じ込めて金魚鉢を模したタイプもある。
依里佳は求肥を錦玉羹で包んだものを選んだ。見た目にも涼しげで、夏らしい生菓子だ。
「まぁまぁ、わざわざありがとうございます。こちらへどうぞ」
ニコニコと笑みを湛えたまま、静恵が家の奥を指し示した。
通されたのは広々とした客間で、調度品も見るからに高級だと分かるそれだった。勧められて腰を下ろしたソファもそれはそれは高そうな革張りで、座り心地もとてもいい。その前に置かれた大理石トップのセンターテーブルはアンティークだろうか。サイドと脚に精巧な彫刻が施されている。依里佳の心臓はますます忙しなく動く。
(うぅ……吐きそう……)
あまりの緊張に、軽い吐き気を覚える。
ほどなく扉が開き、三人の男女――篤樹の両親と兄が入って来た。
自己紹介はとてもスムーズに進んだ。三人を目の前にして緊張はしていたけれど、依里佳の情報がすでに水科家の人々に渡っていたこともあり、自らの口からボロを出さずに済んだ。
篤樹の父・嘉紀は日本有数の総合繊維メーカー【ミズシナ】の社長だ。お盆と言えど休みなどほとんどなく忙殺される日々を送る中、二人のために時間を割き、
「篤樹の大切な人だと聞いて、とても楽しみにしていたんだよ。……それにしても、こんな美人と知り合えるなんて、兄さんの会社もなかなか侮れないな」
と、篤樹にとてもよく似た面差しで笑った。
白髪交じりの髪をきちんと整え、いつでも出勤出来るようなスーツ姿でソファに座る嘉紀は、二十五年後の篤樹はこんな風になるのだろうか――と思わせる。年を取ってもなお美丈夫と分かる形貌だ。
兄・幸希は祖父に似ているらしく、篤樹とはまた違ったタイプの美形だった。篤樹の顔が甘く少し遊びがある造りなのに対し、幸希は精悍でスキのない顔つきをしている。どちらも比類なき美貌を父や祖父から受け継いでいることに変わりはなかった。彼もまた、
「咲が言っていたように、確かにあのゲームのキャラクターにそっくりだなぁ」
目を丸くしてそう言った後、
「――篤樹のこと、どうかよろしくお願いします」
と、頭を下げ、依里佳を歓迎してくれた。
そして――篤樹と血の繋がり自体はない継母・百合子が開口一番発したのは、
「実は……篤樹と依里佳さんのおつきあいに反対している方がいるのよ」
の一言で。満面の笑みを崩すことなく依里佳を見つめている。
百合子は依里佳のような華やかな美を備えてはいない。ただその名の通り百合の花のように上品で清潔感のある麗しさをひきまとっていた。確か年は未だ五十を超えていないと依里佳は聞いていたが、その割には何とも威厳のある表情に、緊張で口元が強張るのを必死で抑えた。
「いきなり何言ってるんだよ、母さん。大体、誰が反対してるわけ?」
篤樹が呆れたように眉をひそめる。百合子はふふふ、と、笑みを柔らかくして、
「大石先生よ」
そう答えた。
「え?」
この場でその名前を聞くとは思わなかった依里佳は、目を見張った。
「――大石先生って……あの大石先生ですか?」
おずおずと尋ねると、
「そう、海堂エレクトロニクス顧問弁護士の大石誠彦先生」
大石誠彦――陽子が所属する弁護士事務所の所長であり、彼女の叔父でもある。そして、依里佳と篤樹が勤務する会社の顧問弁護士を務めている人物だ。
「どうして大石先生が反対してるんだよ?」
「何日か前だったかしら……電話が来たのよ。『依里佳ちゃんは僕の弟子と結婚させようと思ってたのに、どうして横からかっさらっていくんだ。許せない!』って、電話口でものすご~く怒ってらしたの」
海堂エレクトロニクスは篤樹の伯父が社長を務めているので、大石は水科家とも懇意にしているのだろう。そして依里佳と篤樹のことはおそらく陽子から聞いたのだろう。
大石は以前から依里佳のことを大層気に入っており、自分の弟子や懇意にしている弁護士と依里佳の縁談を、何度断られても陽子に持ちかけてくる。その度に姪に呆れられているのだが、諦めることを知らないのか、つい先日も見合い写真を押しつけてきたそうだ。
あまりのしつこさに、陽子は遂に、
『依里佳ちゃんにはもう、結婚を前提としてつきあってる男性がいるの! いい加減諦めて!』
と、言い放ってしまったそうだ。その時に、相手が誰か問い詰められたのかも知れない。
「それで母さんは何て答えたの?」
「ふふ……聞きたい?」
「もったいぶらなくていいから」
含みのある表情の百合子をせっつく篤樹。
「『大石先生がそこまで悔しがるということは、依里佳さんはとってもいいお嬢さんなんですね。そんな方がおつきあいしてくださるなんて、篤樹は幸せ者です。ありがとうございます』って、お礼を言っておいたの」
「お母さん……それはお礼なんて生易しいものじゃなくて、ごく普通に煽ってるね」
幸希がやれやれといった様子でかぶりを振った。
「だって大石先生ったら、まるで篤樹が泥棒したみたいに言うんですもの」
子供のように頬を膨らませる百合子に、依里佳の表情は緩み、緊張がほどよく解けた。その変化を認めたのか、百合子が、
「――依里佳ちゃん、って呼んでもいいかしら?」
と笑いかける。
「あ、はい!」
「ありがとう。――私ね、依里佳ちゃんには感謝しているのよ」
「感謝……ですか? 私に?」
依里佳が首を傾げた。
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