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番外編

番外編3「水科家の人々」5話

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「それ……何?」
 依里佳が目を丸くした。
「東雲エリカ様の楽曲衣装ですっ」
 咲が手にしていたのは、美少女戦士もかくやと思わせるアイドル衣装だった。
 彼女が今ハマりにハマっているゲームアプリ【メイキン★アイドル】に登場する女王様キャラ、東雲エリカがゲーム内で曲を披露する時に着用している衣装をそっくりそのまま模して作ってあるものだ。
 エリカのイメージカラーであるコバルトブルーを基調とした、爽やか且つセクシーな要素を盛り込んだもので。ベアトップで胸は大きく開いているが、胴周りはコルセットのように白い生地で覆われている。スカートは幾重にもレイヤーが重なったフレアミニスカートで、ウエストの横には贅沢にもシルクの大きな赤いリボンがあしらってあった。
 そして頭につける白い花のコサージュ、白い手袋、そして白いロングブーツまでもがきちんと用意されていた。
 何より驚いたのが、その衣装は限りなくということだ。市販のコスプレ衣装のような安っぽさはまるでなく、本当にアイドルが身に着けるような――むしろ本物以上に本物らしいと言うべきか。生地も縫製もかなり上質で、そして相当手の込んだ作りとなっていた。
「えっと……?」
 咲が言っていることの意味を飲み込めていないのか、依里佳はぱちぱちと目を瞬かせた。
「依里佳お姉様のために用意したんですよ? サイズもピッタリのはずです。そのためにお姉様本人からいろいろ聞き出したんですもん。これを着たお姉様がどうしても見たくて! ――なので、これを着たお姉様を写真に残させてくださいっ」
「はぁ?」
 メッセージで身長や体重、靴の大きさやスリーサイズまで聞いてきたのはこのためだったのかと、依里佳は頭を抱えたくなった。
「なぁ咲……それ、もしかして……」
 口元を引きつらせた幸希が、衣装を指差した。
「そう! 【ミズシナ】の精鋭に作ってもらったの! 先月から着手して、昨日やっと出来たの~。デザイン起こしから生地選び、それから縫製も、一から十まで Made by MIZUSHINA! ミズシナの技術の結晶なのよ! すっごくよく出来てるでしょお?」
「最近、ミズシナのデザイン部門に出入りしていたのは、そのためだったのか……」
「咲、おまえ……私用でミズシナの社員を使ったのかよ……」
 篤樹が自分の額を押さえた。時折身内のコネを利用する篤樹でさえ、ここまで図々しく社員を使ったりしたことはない。
「え、でもみんなノリノリで作ってくれたよ? 中には【メイキン★アイドル】のファンもいたしぃ。だからこんなに出来がいいんだよ! 見てよあっくん! これすごいでしょお?」
 悪びれることなく、むしろ誇らしげにそう言い放ち、咲は篤樹の眼前に衣装を差し出した。
「誰だよ咲がおとなしくなったって言ったの。むしろ前よりパワーアップしてるだろこれ。いい加減にしろよ咲――」
「あっくん! ……想像してみて? これを着た依里佳お姉様を」
 絶対絶対、可愛いと思うなぁ――咲が大いに含みのある笑みでもって、篤樹をそそのかし始める。
「っ、」
 これまで「呆れてものも言えない」と言いたげだった篤樹の表情が、咲の一言を聞いて一変する。咲が目の前でヒラヒラと揺らしている衣装をじっと見つめ、それから隣にいる依里佳の頭の先からつま先まで、値踏みをするように視線が往復した。
 依里佳の口元が不安げに歪む。
「あ、篤樹……?」
「それにね、あっくん――」
 咲が篤樹の隣にしゃがみ込み、何やら耳打ちする。妹に何を吹き込まれたのか、篤樹の目が見開き、そして――
「――咲、一足早いけど誕生日おめでとう」
「ありがと、あっくん!」
 二人は固く握手を交わした。
「え? え? ……どういうこと?」
 心許ない視線を送ってくる依里佳に篤樹が、
「依里佳……咲に負けたみたいで悔しいけど、ほんっとに悔しいけど……俺もアレを着た依里佳が見たい」
 わざとらしいほど悔しげな声音で言う。
「……え? ……無理……私にあんなの似合わない、し……」
 弱々しくかぶりを振る依里佳に、篤樹は彼女の手を握り、
「絶っっっ対、似合うから!」
 目を輝かせて迫った。
「お姉様! 大丈夫! 絶対似合うし、似合わせますっ。ちゃんとプロのメイクアップアーティストとカメラマン連れてきたから!」
「は?」
「その人たちをお招きして来たから、あたしは今日出かけてて。今、うちの一室を撮影スタジオに改造してるところだから、その間にメイクと衣装済ませちゃいましょ?」
 ね? ――そう押してくる咲。依里佳はため息をつく。
「……咲ちゃん?」
「はい?」
「……そんなの私には無理。無理だよ」
 自分の性格からして、そんなド派手な格好をしてカメラに愛想を振りまくなど、天地がひっくり返っても出来そうにない。恥ずかしさのあまり心不全さえ起こしかねない。
 そんな意思を瞳に込め、咲を見つめた。
「絶対大丈夫! お姉様、自分の可愛さにもっと自信持って! あたしが保証しますから」
「無理無理無理無理、絶対無理、っていうかやだ」
「……あたしへのバースデープレゼントって言っても?」
「申し訳ないとは思うけど、でも絶対無理だから。プレゼントは他のにしよ? ね?」
 これだけは譲れない。――そう言外に秘めた。
 意思の固さを見せる依里佳に、咲がうつむいてため息をつく。
「――そっかぁ……そこまで言うなら仕方ないなぁ……」
「やめてくれるの!?」
 依里佳が、助かった! と言わんばかりに目を輝かせた。
「こうなったら最後の手段、使っちゃいます。……倉橋くらはし
 咲が扉に向かって声をかけると、そこに控えていた男性――以前、依里佳と咲が初対面した時に彼女に同行していた運転手が一礼し、恭しく部屋の扉を開けた。
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