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番外編
番外編3「水科家の人々」8話
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咲が用意してくれたブライダル用のビスチェコルセットを素肌に着け、その上から衣装を着たのだが――依里佳も驚くほど、身体にフィットしていた。
本人を直接採寸したわけではないのに、ここまでちょうどよく作ることが出来るなんて、さすがプロであると感心するしかなかった。
「全部出来るまで鏡はおあずけです」
部屋の姿見にカバーをかぶせてから、咲は依里佳にケープをつけた。メイクに入るためだ。そしてメイクアップアーティストを咲の部屋に招き入れるや否や、
「うわぁ……きれいな方ですねぇ……! どうして芸能人じゃないんですか?」
と、彼女は目を丸くしていた。
沢山の芸能人を手がけている槇原怜子という女性で、よくそんな売れっ子を個人的に拘束出来たものだと、依里佳は感心した。
「ミズシナさんからお願いされちゃ断れませんよぉ。キャンペーンガールのメイクもほぼ毎年担当させてもらってますしねぇ」
メイク道具を広げながら、怜子が笑う。
「兄の婚約者なんで、きれいにしてあげてくださいね」
「はい、それはもう、腕によりをかけますよ! ……でも、元々がきれいだから、あまり手をかけなくてもよさそう。そんなに時間はかからないと思います」
咲が用意した東雲エリカの画像を見ながら、怜子は依里佳の化粧を一旦落とし、それから改めて化粧下地を塗っていった。
「ふわぁ……肌もきれいですねぇ……、実に羨ましいです」
丁寧にメイクを施しながら、怜子が依里佳の顔を矯めつ眇めつ眺める。
「結構規則正しい生活を送っているんで、多分そのせいかと」
あはは、と依里佳は苦笑してみせる。
二十分ほどでメイクは仕上がり、髪はワックスとスプレーでよりエリカらしくする。そして最後に怜子はコサージュを依里佳の左耳の上にピンで固定した。
「――出来ました!」
出来に相当自信があるのだろう、怜子は満足げにケープを外した。
「……っ、」
咲は感激したように身悶え、そして、
「お姉様! ささ、こちらへ!」
と、アンティーク調の白い姿見の前へと依里佳を促した。鏡のカバーをはずすと――
「……わ、すごい!」
確かに依里佳がいた。それなのに、普段と違うメイクを施されたせいか、別人にも見えた。鏡の中にいたのは【蓮見依里佳】でありながら、【東雲エリカ】でもあった。
アイドルの衣装も、
(恥ずかしい、けど……意外と似合ってる気がする……)
と、自分で思ってしまった。それが少しだけ悔しい。
「お姉様っ、あたしは今猛烈に感動してます!! エリカ様が次元を一つ超えてしまった歴史的瞬間を目撃してる……!!」
咲がその瞳を大いに輝かせて依里佳の周りをピョンピョンと飛び回っていた。
「大げさだよ、咲ちゃん」
「何言ってるんですか! ここまで二次元のキャラを体現した人、今まで見たことないです! 見た目はもう、東雲エリカ様ですよっ。出来ることなら、エリカ様の決め台詞『私のためだけに働きなさい……下僕』って、言ってほしいくらいですっ」
「そ、それはちょっと……」
「しっかし、惜しいなぁ……芸能界にいないのが」
怜子が口惜しそうに首を傾げる。
「怜子さん、誓約書の内容はちゃんと守ってくださいね? じゃないとあたし、兄に殺されちゃいますから」
「それはちゃんと分かってます。私もまだまだ仕事を失いたくないので」
「じゃ、お姉様、スタジオに移動しましょ?」
咲は手袋をつけた依里佳の手を引いて、部屋の扉を開けた。
階下に降り、即席スタジオと化した南向きのデンにそのまま案内する。ドアを開けると――
「わぁ……きれい……すごいね、咲ちゃん……」
部屋の窓際には見るからに高級品と分かる金華山織のクラシックソファが置かれている。ソファの左右や後ろにはバラや百合や胡蝶蘭など、ゴージャスな花々が配置されており、豪奢な空間が出来上がっていた。
対して、反対の壁側にはちょっとしたステージのようなものが作られていた。バックは紺色、そこに様々な色のライトがキラキラしており、金色の音符のオブジェがところどころに飾られている。アイドルのライブ会場然とした様相を呈していて。
窓際と壁際では、まったく趣を異にしていた。
「こっちのソファは、もう一着の衣装で使いますから」
咲が窓側を指差した。
「え……これだけじゃなくてまだあるの?」
「そうですよ~。エリカ様の限定SSR星四のロココ調ドレスもあるんです! ほら、あそこにかけてあるでしょお?」
咲に示された方向を見ると、そこにはトルソーが置いてあり、アイドル衣装と同じくコバルトブルーを基調とした中世ヨーロッパ風ドレスがかけられていた。ゴージャスでボリュームもあるドレスは、やはりどこを取っても上等で、本当にこのまま舞踏会に着ていけるであろうクオリティだった。
女子にとっては一度は身に着けてみたいものの一つではあるが……。
「これ……ほんとに作ったの?」
「そうですよ? ミズシナの人に作ってもらったんですっ」
「高かったでしょう……?」
「えへへー、そう思うでしょう? でも材料費自体はかなり安かったんです。ほら、何せ私はミズシナの社長の娘、ですから。社長価格? で手に入るんで。その代わり、作ってくれた社員の皆さんには報酬を弾みましたからねっ」
カメラマンさん呼びますね──そう言って咲はドアを開けた。
いの一番に入ってきたのは、
「えりか! すっごくかわいいね! おひめさまみたい!」
翔が現れるなり、笑顔満開で叔母を褒めちぎった。依里佳の元に駆け寄り、衣装をペタペタと楽しそうに触っている。
「あ、ありがと……」
翔に褒められるのはまんざらでもない依里佳。照れながら、まとわりつく甥っ子の頭を撫でた。
本人を直接採寸したわけではないのに、ここまでちょうどよく作ることが出来るなんて、さすがプロであると感心するしかなかった。
「全部出来るまで鏡はおあずけです」
部屋の姿見にカバーをかぶせてから、咲は依里佳にケープをつけた。メイクに入るためだ。そしてメイクアップアーティストを咲の部屋に招き入れるや否や、
「うわぁ……きれいな方ですねぇ……! どうして芸能人じゃないんですか?」
と、彼女は目を丸くしていた。
沢山の芸能人を手がけている槇原怜子という女性で、よくそんな売れっ子を個人的に拘束出来たものだと、依里佳は感心した。
「ミズシナさんからお願いされちゃ断れませんよぉ。キャンペーンガールのメイクもほぼ毎年担当させてもらってますしねぇ」
メイク道具を広げながら、怜子が笑う。
「兄の婚約者なんで、きれいにしてあげてくださいね」
「はい、それはもう、腕によりをかけますよ! ……でも、元々がきれいだから、あまり手をかけなくてもよさそう。そんなに時間はかからないと思います」
咲が用意した東雲エリカの画像を見ながら、怜子は依里佳の化粧を一旦落とし、それから改めて化粧下地を塗っていった。
「ふわぁ……肌もきれいですねぇ……、実に羨ましいです」
丁寧にメイクを施しながら、怜子が依里佳の顔を矯めつ眇めつ眺める。
「結構規則正しい生活を送っているんで、多分そのせいかと」
あはは、と依里佳は苦笑してみせる。
二十分ほどでメイクは仕上がり、髪はワックスとスプレーでよりエリカらしくする。そして最後に怜子はコサージュを依里佳の左耳の上にピンで固定した。
「――出来ました!」
出来に相当自信があるのだろう、怜子は満足げにケープを外した。
「……っ、」
咲は感激したように身悶え、そして、
「お姉様! ささ、こちらへ!」
と、アンティーク調の白い姿見の前へと依里佳を促した。鏡のカバーをはずすと――
「……わ、すごい!」
確かに依里佳がいた。それなのに、普段と違うメイクを施されたせいか、別人にも見えた。鏡の中にいたのは【蓮見依里佳】でありながら、【東雲エリカ】でもあった。
アイドルの衣装も、
(恥ずかしい、けど……意外と似合ってる気がする……)
と、自分で思ってしまった。それが少しだけ悔しい。
「お姉様っ、あたしは今猛烈に感動してます!! エリカ様が次元を一つ超えてしまった歴史的瞬間を目撃してる……!!」
咲がその瞳を大いに輝かせて依里佳の周りをピョンピョンと飛び回っていた。
「大げさだよ、咲ちゃん」
「何言ってるんですか! ここまで二次元のキャラを体現した人、今まで見たことないです! 見た目はもう、東雲エリカ様ですよっ。出来ることなら、エリカ様の決め台詞『私のためだけに働きなさい……下僕』って、言ってほしいくらいですっ」
「そ、それはちょっと……」
「しっかし、惜しいなぁ……芸能界にいないのが」
怜子が口惜しそうに首を傾げる。
「怜子さん、誓約書の内容はちゃんと守ってくださいね? じゃないとあたし、兄に殺されちゃいますから」
「それはちゃんと分かってます。私もまだまだ仕事を失いたくないので」
「じゃ、お姉様、スタジオに移動しましょ?」
咲は手袋をつけた依里佳の手を引いて、部屋の扉を開けた。
階下に降り、即席スタジオと化した南向きのデンにそのまま案内する。ドアを開けると――
「わぁ……きれい……すごいね、咲ちゃん……」
部屋の窓際には見るからに高級品と分かる金華山織のクラシックソファが置かれている。ソファの左右や後ろにはバラや百合や胡蝶蘭など、ゴージャスな花々が配置されており、豪奢な空間が出来上がっていた。
対して、反対の壁側にはちょっとしたステージのようなものが作られていた。バックは紺色、そこに様々な色のライトがキラキラしており、金色の音符のオブジェがところどころに飾られている。アイドルのライブ会場然とした様相を呈していて。
窓際と壁際では、まったく趣を異にしていた。
「こっちのソファは、もう一着の衣装で使いますから」
咲が窓側を指差した。
「え……これだけじゃなくてまだあるの?」
「そうですよ~。エリカ様の限定SSR星四のロココ調ドレスもあるんです! ほら、あそこにかけてあるでしょお?」
咲に示された方向を見ると、そこにはトルソーが置いてあり、アイドル衣装と同じくコバルトブルーを基調とした中世ヨーロッパ風ドレスがかけられていた。ゴージャスでボリュームもあるドレスは、やはりどこを取っても上等で、本当にこのまま舞踏会に着ていけるであろうクオリティだった。
女子にとっては一度は身に着けてみたいものの一つではあるが……。
「これ……ほんとに作ったの?」
「そうですよ? ミズシナの人に作ってもらったんですっ」
「高かったでしょう……?」
「えへへー、そう思うでしょう? でも材料費自体はかなり安かったんです。ほら、何せ私はミズシナの社長の娘、ですから。社長価格? で手に入るんで。その代わり、作ってくれた社員の皆さんには報酬を弾みましたからねっ」
カメラマンさん呼びますね──そう言って咲はドアを開けた。
いの一番に入ってきたのは、
「えりか! すっごくかわいいね! おひめさまみたい!」
翔が現れるなり、笑顔満開で叔母を褒めちぎった。依里佳の元に駆け寄り、衣装をペタペタと楽しそうに触っている。
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