ホントの恋を教えてください。(旧題:恋をさけんであなたの前で)

沢渡奈々子

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番外編

番外編3「水科家の人々」10話

 小鳥遊の指示は、ド素人の依里佳にとってはとても親切だった。勝手がまったく分からない彼女に、分かりやすい言葉で指し示してくれる。
「そう、顔はこっちに向けたまま、目だけであのかけてあるドレスを見て。はい、いいね」
「手の平を上に向けてこっちに差し出して――指はまっすぐじゃなくて、力を緩めて少し開く。肘も完全には伸ばさないで――そうそう」
「口笛吹いてみて──そのまま片目つぶって……うん。目を閉じてる側の手で敬礼出来るかな? はい、上手」
 言われた通りの仕草をしていく内にポーズが出来上がるので、依里佳にとっては多少恥ずかしさが軽減した。
 そんな感じでしばらく撮影した後、
「ワンショットはこれくらいで一旦終わって。篤樹くん、入れるかな?」
 小鳥遊が振り返る。
「あぁ、はい」
 篤樹がジャケットのボタンを留めながら、依里佳の元に近づいた。
 この衣装を身につけてから篤樹にこんなに近づくのは初めてだったので、なんとなく恥ずかしさが湧いてくる。隣に立った篤樹は眩しそうに依里佳を見つめた後、耳元で、
「言ってた通り、すごく似合ってるし……ほんとに可愛い」
 一言囁いた。
「……っ、」
 依里佳がうつむくと、さらに篤樹は彼女の両手を取り、
「こんなに可愛いアイドルなら、握手会通い詰めちゃうな、俺」
 と、色づいた笑みを浮かべる。
「篤樹……恥ずかしいから」
 小声で諌めるが、彼は意に介することなく、
「でもこんな可愛い依里佳を他の男に見せたくないから、アイドルになっちゃだめだよ?」
 小首を傾けながら、依里佳を見つめる。「可愛い」「愛しい」と饒舌に語る瞳を直視することなど出来ず……朱を刷いた頬を隠すようにうつむいたまま、
「ならないからっ」
 ムキになって答えながら、繋いだ手に力を込める。
「マジで楽しみだなぁ」 
「? 何が?」
「シッ、撮影してるから動かないで」
 依里佳が見上げると、篤樹は彼女の手を握ったまま、目配せをした。小鳥遊は黙ったまま二人を撮っている。
 依里佳が篤樹の言葉に頬を染めてうつむいている姿を見て、咲はもんどり打たんばかりに悶え萌えていた。
「いい……! あれこそエリカ様っ」
「え、でもエリカ様……って、女王様キャラなのよね? あんな風に可愛く照れたりするの?」
 陽子が尋ねる。その間もスマホで撮影するのを忘れない。
「東雲エリカ様は、マネージャーの前でだけはんですよ! そこがまたいいんです! だからあたし、あっくんにはお姉様がああいう風になるよう、声をかけて、ってお願いしてたんですが、期待以上です! 何話してるか全然聞こえないけどグッジョブ、あっくん!」
 篤樹から畳み掛けられる甘い言葉に、依里佳は骨抜きにされ、そしてその様子はしっかり写真に収められた。
「はい! じゃあ、この衣装での東雲エリカ様ライクな写真はここで終わるとして! 後は笑顔のお姉様を残しましょう!」
 お姉様、笑って笑って! ──咲が言うが、いきなり言われてもニッコリ笑ってポーズなど出来るはずもなく。笑わない写真は何とか出来ても、笑顔は難しい。元々写真を撮られること自体、そんなに好きではない。プライベートでならともかく、こんなにギャラリーがいる中で、さらにはこんなコスチュームを着て笑顔とは、依里佳にとってはハードルが高すぎた。
 笑顔をと言われて笑ってみるも、どうしたってぎこちなくなってしまう。
(む、無理……)
 眉をひそめてかぶりを振る依里佳に、咲は「大丈夫です」とうなずき、
「この事態を想定しないあたしじゃないですからね。じゃあ、静恵さん、お願いします」
 自信満々にそう言いながら咲は部屋の扉を開けた。すると、そこには静恵に連れられた翔がいた。
 依里佳の目が丸く見開かれる。
「か、翔……っ」
「えりか~、おれ、りゅうになったよ~」
 翔が笑いながら依里佳の元に駆け寄った──【りゅううさ】のりゅうのきぐるみに身を包んで。
 全身もこもこして一見羊のようであるが、フードをかぶってしまえば、紛れもなくアニメで見るりゅうのフォルムを象ったものだった。
 実はこれも市販のものではなく、ミズシナの社員が作った一点もののきぐるみだった。
(かっ、可愛い……っ)
 途端にニヘラと脂下がる依里佳。
「お、翔、それ可愛いな、咲から貰ったのか?」
「うん! あつきもみてみて、おれりゅうだよ~!」
「はははは、可愛いりゅうだなぁ」
 篤樹と翔が会話を交わしている間も、依里佳は目を潤ませたり輝かせたりと実に忙しそうだ。
「よ、陽子ちゃん! 翔の写真……!」
 思わず叫ぶと、陽子が指でOKマークを作り、
「ちゃんと撮ってるよ~」
 と笑った。
「大丈夫です、お姉様! ちゃんと小鳥遊のおじ様にも撮ってもらってますし、後でちゃんとしたやつ撮りますから!」
 と、咲がサムズアップをした。
 きぐるみを着た翔はそれはそれは愛らしく、目にした大人誰もが目尻を下げてしまうほどだ。咲も静恵も小鳥遊もみな一様に相好を崩している。翔を溺愛している依里佳であればなおさらで。
「翔可愛いね~。りゅうだね~」
 翔を抱っこしながらデレデレと頬を緩ませる依里佳。もちろん、その姿は小鳥遊、陽子、篤樹、咲がそれぞれ写真に収めている。
「えりかもかわいいよ!」
「ありがとう、翔」
 こんなに可愛らしい翔からそう言われるのは、まんざらでもないを通り越して嬉しくてたまらないので、自然と笑顔になってしまう。
 依里佳が翔の抱き心地を十二分に堪能した頃、
「翔くん、ちょっとあたしの方に来てくれる?」
 咲が翔を呼び寄せ、そして耳打ちした。
「えりか~! おれここだよ~! みてみて~!」
 翔がピョンピョン飛び上がりながら手を振って依里佳を呼ぶ。
「うんうん、可愛いよ、翔!」
 瞳を蕩けさせて両手を振り返す依里佳。端から見ればアイドルがファンに手を振っている構図に見えなくもない。当然ながら小鳥遊はそのチャンスを逃すことなくシャッターを押し続けている。
「うん、いい笑顔だ」
 自然な笑みを上手く撮影することが出来たのか、小鳥遊は満足げにうなずいた。
「……しっかし、ほんと兄妹揃って人を使うのが上手いわ」
 その傍らにいた陽子がポツリと漏らす。
 依里佳の表情を引き出すために、使えるものは兄でも幼児でも使う咲のことを言っているのだろう。
 その策士ぶりに陽子は舌を巻いていた。
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