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015 物見谷先輩
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自室に戻ってきた。
玄関を開けると中から聞こえてくるのは母さんと妹の楽しい会話だ。
昨日から我が家は帰宅するとその賑わいはいつもの事になっていた。
父さんはこの時期は何度か出張が多くて家にいない日が多かったんだよな。母さんが一人で寂しく居間にいたのを覚えている、今は灯花がいてくれて、ありがたい。
灯花は相変わらずどたどたと、朝起こしにくるのと変わらない歩調でやってきた。
「おかえり! ちょっと遅かったんじゃない!?」
「寄り道してて」
「なるほど! あと少しでご飯できるよ! ボンバーなご飯!」
「なんかすごそうだね」
まったく想像はできないが、美味しい夕飯にありつけるのは確実だ。
揚げ物の香りが鼻孔に入り込み、少しずつ想像は固まっていく。どうやら唐揚げらしい。それはそれは、ボンバーだね。
「――でさー、今日は体育でハットトリック決めたんだよ! うちのボンバーシュート炸裂!」
「あらあら、これはもうサッカー部に入るしかないわねえ」
「勧誘はされまくってる! でもうちはやっぱり家ゲーが好きなんだー!」
そういえば灯花はゲーム好きという設定があったな。忘れてたよ。
灯花の部屋も、覗いてみたいな。想像の中ではぼんやりとは浮かんではいるが、この目で見てみたい。
「それはそれで母としてはあんまりお勧めしないけどね、あんたが楽しいならまあいいわ」
「高校に入ったら、何か部活入ってみるかもー!」
「そういってあんたはゲーム研究会なんていうのに入るのよね」
「無きにしもボンバー!」
「ボンバー語が増えていくわね」
三人で楽しく食卓を囲み、夕食を食べる。
灯花がよく喋るからか、母さんも楽しそうに会話を繰り広げていた。
無意識にこういうのを望んでいたから、俺は物語に妹を用意したのかもしれない。……いや、まあ、単純に妹が欲しかったってのもあるけどさ。
だって、俺が好きな作品にも主人公には妹がいるものなんだけど、どれも可愛らしくてね。こういう妹が欲しいなあっていうのは、考えた事がある。ともあれ、そんな様々な感情があって、現実になった今、これほどの喜びはない。
わいわいと賑やかな時間も過ぎ去り。
自室にて。
細かに自室の棚や机の引き出しなどを見てまわる。
昨日は現実を受け入れる事に必死で自室すらあまり確認をしていなかった。
当時はどんなものを入れていたのか、どんな本を集めていたのか、改めて確認に入っているのだがこの懐かしさたるや、たまらんね。
そうして過ごしていると、やはり浮かんでくるのは先輩の事ばかり。
「……美耶子さんに、先輩の事、聞けばよかったかな」
人探しを頼むならば、この街を知り尽くしている美耶子さんに聞くのがよかったのだが、如何せん物語についての話で終わってしまった。
もしかしたら、探せば先輩はこの街のどこかにいるかもしれない。
「……行ってみるか?」
物語の展開的に、ラトタタに襲われるような展開は訪れない。
先輩の家はそう遠くないんだよな。
「……よし」
俺はすぐに着替えをした。
家族には気づかれないよう、そっと家を出る。こんな時間に出歩こうとしたら何を言われるか分かったもんじゃない。
灯花は、シャワーを浴びてるようだ。母さんは洗い物をしてるな……。
「よっと……」
無事に家を出て、休日しか使わない自転車を引っ張り出した。
……自転車が二つ。片方はピンクの時点でこれは灯花の自転車だろう。丸みを帯びた可愛らしい自転車だ。
俺のほうはこれといった特徴のないごく普通の、若干錆が所々に見られる自転車だ。十年振りだな我が愛車よ。
「さあ、行こうか」
自転車を漕ぐのも久しぶりだ。
少しばかり心を躍らせながら暫し走らせた。
先輩の家は自転車で十五分ほど。
住宅街を出て、橋を渡って、また住宅街に入る。
肌を撫でる心地良い風と共に押し寄せる懐かしさは度々足を止めさせてくれた。十年も前だとやはり看板はそれほど多くなく派手さもない。道行く車両もなんというか普通の、絵に描いたような車両ばかりで斬新なデザインのものは少ない。
けれども、こういうのがまたいいんだ。昔はよかった――思い出補正がふんだんに盛り込まれようとも、実際に見てみると……ああ、やっぱりいい。
シンプルイズベストという感じかな、この気持ちは。
記憶を頼りに先輩の自宅へと到着したのだが――
「空き地……?」
一軒家が並ぶ中、切り取られたかのようにある空き地。
記憶違いでは、ない。ここに物見谷先輩の家が、あった。
学校にも在学していない上に、自宅も消失――ここまでくると不自然だ。
自転車を停めて空き地に入ってみる。
長らく放置されたような状態ではない。本当に、ある日突然切り取られたかのように、地面は乾いた土と石のみで……雑草が生えていなかった。
「――佐久間くん、佐久間文弥くん」
その時だった。
後ろから、その声が聞こえたのは。
鼓膜に伝わり、全身に走る感覚――懐かしさと嬉しさと、そして困惑。
振り返ると、俺の自転車の荷台に少女がちょこんと座っていた。
「……物見谷、先輩?」
「久しぶり」
本当に。
……本当に、物見谷先輩か? 幻覚じゃあ、ないだろうな……。
街灯の光は弱いが、影を作る程度には照らしてはいる。影はあった、幻覚ではない。
先輩かどうか、次はその容姿を確認してみる。
肩にかかる程度のショートヘア、水晶のように綺麗な瞳に黒ぶち眼鏡の良く似合うその可愛らしい童顔。それでいて整った顔立ちはやはり魅力的。
当初は目にかかるくらいに前髪を伸ばしていたが、今はそこまで伸びていない。違いはそこくらいか。
十年前の、先輩のままだ。
「先輩……。会いたかったです……」
「私を先輩と呼んでくれるのは、きみくらいだよ。嬉しいなあ、そう呼んでくれて。私も会いたかったよ、元気にしてた?」
先輩の下へと歩み寄る。
「ええ、おかげさまで。その、先輩……学校で、先輩を探したんですけど、在学していない事になってて……」
「そうね。そうしたの」
「そうした……?」
「うん。散歩しよ」
「あ、はい……」
先輩はとんっと荷台から降り、俺は自転車を引いて、何処へと歩き出す先輩の隣を歩く。
先輩に会えて、とてつもなく今は嬉しい。
けれども、なんだろうこの雰囲気は。それに疑問がずっと引きずって感情が定まらない。
「佐久間くん、タイムリープしたご感想は?」
「ど、どうして先輩がその事を……?」
「私ね、なんだかすごい事できるようになっちゃった。だから、君の望みを叶えたの」
「俺の望み……?」
先輩は、無垢な笑顔を浮かべていた。
どうしてかな、懐かしい先輩の笑顔は見ていていつも心が温かになるのに、何だか違和感がある。
「聞いたじゃない。あの頃に戻りたい? って」
「あの原稿、書いたのは先輩だったんですか……」
「そう、私。それで……ご感想のほうをお聞きしたいわけなのですが」
「あ、ああ……悪くないですよ。そりゃあ、戻りたかった頃に戻れたんですから。でも、どうしてか俺の書いた物語と現実が混ざっちゃって……」
「それも君が望んだ事じゃない」
思い返せば、確かにそうだった。
そんな事を呟いた、かな。酔っていたために記憶が曖昧だけれど。
けれども望んで、ただ呟いただけなのにこうして現実になってしまうとは――思考が一気に戸惑いに塗れていく。
「タイムリープも、現実がこうなったのも、先輩が……?」
「うん、すごいでしょ。今ならなんでもできるんだ。どうやって、とか聞かないでね。私だって、うまく説明はできないの。だから簡単な言葉で終えさせてよ」
「は、はい……」
喉から出そうになった、どうやってという言葉を取り下げた。
「私はね、君の書いた物語、結構気に入ってたの」
「そう、だったんですか」
嬉しい事を言ってくれる。
「異能とかそういう能力ものは好き、大好きなほうよ。意外だった?」
「ええ、先輩が書くものって異能のような能力ものはなかったから、そんなに好きじゃないと思ってました」
「読むのと書くのとは、好みが違ったりするものよ」
言われてみれば確かに、人によってはそうかもしれない。
何も読むものと書くもののジャンルが同じとは限らないな、うん。あ、転生ものは好きだ。書くのは自分にの力量では無理だけど。
しかしながら、相変わらず先輩との会話は楽しいものの、そんな感情に身をゆだねていないで、聞きたい事を聞かねばなるまい。
「だから、現実にしてみたんだ。ちょっとだけ、登場人物には手を加えたけど」
「ああ、それで……妹や幼馴染の性格が変わってたんですね……」
「そういう事」
「その、幼馴染がどうしてかヒロインらしからぬ冷たさなんですが」
「だって……あんまりヒロインとはイチャイチャしてほしくないし」
ぷいっと拗ねるようにして先輩は顔を逸らした。嫉妬、しているのだろうか。
現実を自分の気分次第で容易く変えられるのだとしたら――いいや、でも、“これ”は先輩には抱きたくない感情だ。
「思えば、このままだと帰り遅くなるね。あ、そうだ……二人乗りしよう。憶えてるかな、何度かあったよね。私が荷台に乗って、君が漕ぐんだ」
「ああ、ありましたね……いいですよ、漕ぎましょう」
先輩を荷台に乗せて、俺は自転車に跨りゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。
昔のように、先輩は軽かった。後ろには誰も乗せていないんじゃないかってくらいに、ペダルには力をあまり入れずともすいすいと走らせられる。
「懐かしいね」
「懐かしいですね、先輩」
「佐久間くん、佐久間文弥くん――第二の高校生活を、物語の主人公として楽しんでよ」
「物語の主人公としてですか。まあ……立ち位置的に、確かにそうなっちゃってるので……楽しむしかないですが」
選択肢はない。
放棄しろと言われたとしても、放棄するかは……怪しいところ。既に享受してしまっている自分がいる。
「文芸部の再建なんか……しないで。あの頃と違う高校生活を送って。そのためにも、私は君の物語を現実にしたんだから」
「えっ、どうして……ですか?」
「……」
微かな沈黙。
後ろをちらりと見たい気持ちがあるものの、今は前を向いていよう。
それに、どこへ向かおうか。目的地など定めていないし、このまま俺の家に向かうとするか。先輩を送り届けようにも、家がない。
玄関を開けると中から聞こえてくるのは母さんと妹の楽しい会話だ。
昨日から我が家は帰宅するとその賑わいはいつもの事になっていた。
父さんはこの時期は何度か出張が多くて家にいない日が多かったんだよな。母さんが一人で寂しく居間にいたのを覚えている、今は灯花がいてくれて、ありがたい。
灯花は相変わらずどたどたと、朝起こしにくるのと変わらない歩調でやってきた。
「おかえり! ちょっと遅かったんじゃない!?」
「寄り道してて」
「なるほど! あと少しでご飯できるよ! ボンバーなご飯!」
「なんかすごそうだね」
まったく想像はできないが、美味しい夕飯にありつけるのは確実だ。
揚げ物の香りが鼻孔に入り込み、少しずつ想像は固まっていく。どうやら唐揚げらしい。それはそれは、ボンバーだね。
「――でさー、今日は体育でハットトリック決めたんだよ! うちのボンバーシュート炸裂!」
「あらあら、これはもうサッカー部に入るしかないわねえ」
「勧誘はされまくってる! でもうちはやっぱり家ゲーが好きなんだー!」
そういえば灯花はゲーム好きという設定があったな。忘れてたよ。
灯花の部屋も、覗いてみたいな。想像の中ではぼんやりとは浮かんではいるが、この目で見てみたい。
「それはそれで母としてはあんまりお勧めしないけどね、あんたが楽しいならまあいいわ」
「高校に入ったら、何か部活入ってみるかもー!」
「そういってあんたはゲーム研究会なんていうのに入るのよね」
「無きにしもボンバー!」
「ボンバー語が増えていくわね」
三人で楽しく食卓を囲み、夕食を食べる。
灯花がよく喋るからか、母さんも楽しそうに会話を繰り広げていた。
無意識にこういうのを望んでいたから、俺は物語に妹を用意したのかもしれない。……いや、まあ、単純に妹が欲しかったってのもあるけどさ。
だって、俺が好きな作品にも主人公には妹がいるものなんだけど、どれも可愛らしくてね。こういう妹が欲しいなあっていうのは、考えた事がある。ともあれ、そんな様々な感情があって、現実になった今、これほどの喜びはない。
わいわいと賑やかな時間も過ぎ去り。
自室にて。
細かに自室の棚や机の引き出しなどを見てまわる。
昨日は現実を受け入れる事に必死で自室すらあまり確認をしていなかった。
当時はどんなものを入れていたのか、どんな本を集めていたのか、改めて確認に入っているのだがこの懐かしさたるや、たまらんね。
そうして過ごしていると、やはり浮かんでくるのは先輩の事ばかり。
「……美耶子さんに、先輩の事、聞けばよかったかな」
人探しを頼むならば、この街を知り尽くしている美耶子さんに聞くのがよかったのだが、如何せん物語についての話で終わってしまった。
もしかしたら、探せば先輩はこの街のどこかにいるかもしれない。
「……行ってみるか?」
物語の展開的に、ラトタタに襲われるような展開は訪れない。
先輩の家はそう遠くないんだよな。
「……よし」
俺はすぐに着替えをした。
家族には気づかれないよう、そっと家を出る。こんな時間に出歩こうとしたら何を言われるか分かったもんじゃない。
灯花は、シャワーを浴びてるようだ。母さんは洗い物をしてるな……。
「よっと……」
無事に家を出て、休日しか使わない自転車を引っ張り出した。
……自転車が二つ。片方はピンクの時点でこれは灯花の自転車だろう。丸みを帯びた可愛らしい自転車だ。
俺のほうはこれといった特徴のないごく普通の、若干錆が所々に見られる自転車だ。十年振りだな我が愛車よ。
「さあ、行こうか」
自転車を漕ぐのも久しぶりだ。
少しばかり心を躍らせながら暫し走らせた。
先輩の家は自転車で十五分ほど。
住宅街を出て、橋を渡って、また住宅街に入る。
肌を撫でる心地良い風と共に押し寄せる懐かしさは度々足を止めさせてくれた。十年も前だとやはり看板はそれほど多くなく派手さもない。道行く車両もなんというか普通の、絵に描いたような車両ばかりで斬新なデザインのものは少ない。
けれども、こういうのがまたいいんだ。昔はよかった――思い出補正がふんだんに盛り込まれようとも、実際に見てみると……ああ、やっぱりいい。
シンプルイズベストという感じかな、この気持ちは。
記憶を頼りに先輩の自宅へと到着したのだが――
「空き地……?」
一軒家が並ぶ中、切り取られたかのようにある空き地。
記憶違いでは、ない。ここに物見谷先輩の家が、あった。
学校にも在学していない上に、自宅も消失――ここまでくると不自然だ。
自転車を停めて空き地に入ってみる。
長らく放置されたような状態ではない。本当に、ある日突然切り取られたかのように、地面は乾いた土と石のみで……雑草が生えていなかった。
「――佐久間くん、佐久間文弥くん」
その時だった。
後ろから、その声が聞こえたのは。
鼓膜に伝わり、全身に走る感覚――懐かしさと嬉しさと、そして困惑。
振り返ると、俺の自転車の荷台に少女がちょこんと座っていた。
「……物見谷、先輩?」
「久しぶり」
本当に。
……本当に、物見谷先輩か? 幻覚じゃあ、ないだろうな……。
街灯の光は弱いが、影を作る程度には照らしてはいる。影はあった、幻覚ではない。
先輩かどうか、次はその容姿を確認してみる。
肩にかかる程度のショートヘア、水晶のように綺麗な瞳に黒ぶち眼鏡の良く似合うその可愛らしい童顔。それでいて整った顔立ちはやはり魅力的。
当初は目にかかるくらいに前髪を伸ばしていたが、今はそこまで伸びていない。違いはそこくらいか。
十年前の、先輩のままだ。
「先輩……。会いたかったです……」
「私を先輩と呼んでくれるのは、きみくらいだよ。嬉しいなあ、そう呼んでくれて。私も会いたかったよ、元気にしてた?」
先輩の下へと歩み寄る。
「ええ、おかげさまで。その、先輩……学校で、先輩を探したんですけど、在学していない事になってて……」
「そうね。そうしたの」
「そうした……?」
「うん。散歩しよ」
「あ、はい……」
先輩はとんっと荷台から降り、俺は自転車を引いて、何処へと歩き出す先輩の隣を歩く。
先輩に会えて、とてつもなく今は嬉しい。
けれども、なんだろうこの雰囲気は。それに疑問がずっと引きずって感情が定まらない。
「佐久間くん、タイムリープしたご感想は?」
「ど、どうして先輩がその事を……?」
「私ね、なんだかすごい事できるようになっちゃった。だから、君の望みを叶えたの」
「俺の望み……?」
先輩は、無垢な笑顔を浮かべていた。
どうしてかな、懐かしい先輩の笑顔は見ていていつも心が温かになるのに、何だか違和感がある。
「聞いたじゃない。あの頃に戻りたい? って」
「あの原稿、書いたのは先輩だったんですか……」
「そう、私。それで……ご感想のほうをお聞きしたいわけなのですが」
「あ、ああ……悪くないですよ。そりゃあ、戻りたかった頃に戻れたんですから。でも、どうしてか俺の書いた物語と現実が混ざっちゃって……」
「それも君が望んだ事じゃない」
思い返せば、確かにそうだった。
そんな事を呟いた、かな。酔っていたために記憶が曖昧だけれど。
けれども望んで、ただ呟いただけなのにこうして現実になってしまうとは――思考が一気に戸惑いに塗れていく。
「タイムリープも、現実がこうなったのも、先輩が……?」
「うん、すごいでしょ。今ならなんでもできるんだ。どうやって、とか聞かないでね。私だって、うまく説明はできないの。だから簡単な言葉で終えさせてよ」
「は、はい……」
喉から出そうになった、どうやってという言葉を取り下げた。
「私はね、君の書いた物語、結構気に入ってたの」
「そう、だったんですか」
嬉しい事を言ってくれる。
「異能とかそういう能力ものは好き、大好きなほうよ。意外だった?」
「ええ、先輩が書くものって異能のような能力ものはなかったから、そんなに好きじゃないと思ってました」
「読むのと書くのとは、好みが違ったりするものよ」
言われてみれば確かに、人によってはそうかもしれない。
何も読むものと書くもののジャンルが同じとは限らないな、うん。あ、転生ものは好きだ。書くのは自分にの力量では無理だけど。
しかしながら、相変わらず先輩との会話は楽しいものの、そんな感情に身をゆだねていないで、聞きたい事を聞かねばなるまい。
「だから、現実にしてみたんだ。ちょっとだけ、登場人物には手を加えたけど」
「ああ、それで……妹や幼馴染の性格が変わってたんですね……」
「そういう事」
「その、幼馴染がどうしてかヒロインらしからぬ冷たさなんですが」
「だって……あんまりヒロインとはイチャイチャしてほしくないし」
ぷいっと拗ねるようにして先輩は顔を逸らした。嫉妬、しているのだろうか。
現実を自分の気分次第で容易く変えられるのだとしたら――いいや、でも、“これ”は先輩には抱きたくない感情だ。
「思えば、このままだと帰り遅くなるね。あ、そうだ……二人乗りしよう。憶えてるかな、何度かあったよね。私が荷台に乗って、君が漕ぐんだ」
「ああ、ありましたね……いいですよ、漕ぎましょう」
先輩を荷台に乗せて、俺は自転車に跨りゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。
昔のように、先輩は軽かった。後ろには誰も乗せていないんじゃないかってくらいに、ペダルには力をあまり入れずともすいすいと走らせられる。
「懐かしいね」
「懐かしいですね、先輩」
「佐久間くん、佐久間文弥くん――第二の高校生活を、物語の主人公として楽しんでよ」
「物語の主人公としてですか。まあ……立ち位置的に、確かにそうなっちゃってるので……楽しむしかないですが」
選択肢はない。
放棄しろと言われたとしても、放棄するかは……怪しいところ。既に享受してしまっている自分がいる。
「文芸部の再建なんか……しないで。あの頃と違う高校生活を送って。そのためにも、私は君の物語を現実にしたんだから」
「えっ、どうして……ですか?」
「……」
微かな沈黙。
後ろをちらりと見たい気持ちがあるものの、今は前を向いていよう。
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