ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

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016 先輩の一面

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「私が君を、文芸部の再建につき合わせたから……物書きの世界に引きずり込んだから……君はそのせいで、その後の人生が……うまくいかなかったでしょ?」
「それは……でも、先輩のせいではないですよ。俺に才能がなかったから、俺が勝手に躓いただけで……」
「だからこのタイムリープで新しい人生を――理想の自分を見つけて。そして私の理想の、主人公にもなってほしい、かな」
「先輩の理想の、主人公……?」

 妙な事になってきたものだ。
 立ち位置的に――先輩が今はこの物語の作者ってとこか、俺はもはや元作者……あー……原作者とも言える。

「うん、頑張って」
「頑張ってと言われましても……」

 どう頑張ればいいのやら。
 コツなんかを教えてもらえるとありがたい、主に理想の主人公の立ち振る舞い方なんていうのを。
 まあいい。それよりも、だ。

「……その、先輩」
「聞きたいのは、どうして自殺したんですか? ってとこ?」
「あ、はい……」

 なんでもお見通しだと言いたげに、背中にかかる小さな吐息は先輩の小さな笑いによるものだろう。

「…………人生は本当にどうしようもなくてクソみたいなものだと思うの」
「え、く、クソ……?」

 きゅっと、俺の腰に手を回していた先輩のその手に、力が入った。
 汚い言葉なんて使わない先輩の口から、そんな単語が出てくるとは、思いもよらなかった。何だか、俺の知っている先輩とは違うような。

「世の中本当に理不尽よね。きっといつかはうまくいく、きっと好機が訪れるはず、きっと今よりマシになる――そんな願いがいつまで経っても届かない時が、あるの。作家になって、何かが変えられたらよかったんだけど、駄目だったわ」
「何があったんですか……? あ、いや……言いたくないなら、言わなくても結構なんですけど」
「別に、どこにでもある話さ。大好きだった母親が幼い頃に亡くなって、新しい母親とはうまくいかず、何年も虐待される日々、作家になっても印税を取り上げられて……。いつか救われるなんて願ってたけどすくわれたのはいつも足元だけ」

 声は少しずつ弱々しくなっていった。

「生き辛い日々だったよ、生き易さが恋しくてたまらなかったなあ……。学校では君のおかげで生き易さを少しだけ感じたけど、我ながら安くて薄い息のし辛い人間で息のし易さを求めてばかりだったね」

 それ以上は、聞いていられない。

「先輩、その、俺に連絡をしてきたのは……」
「あー、そうだ、君に連絡をしたね。最後に話がしたかったんだ。でも、君は忙しかったようで私の連絡に気付いてくれなかったね。少し悲しかったよ」
「すみません……」
「いいんだ。私も君と話したら決心が揺らいでいたかもしれないしさ」
「けれど、もし連絡に気付いて出ていれば、何か変えられたかも……」
「どうだったんだろうね、難しいよ。もはや何も変えられないところまできていたとは思う。現実はいつだって退屈で、変えようたって何も変えられないもので……ああ、でも今まではそうだった、かな。今は何でも変えられるんだ。私は、私の好きな事をしようと思う」
「それが、今のような事、なんですか?」
「そうだよ。楽しいね、とても楽しいよ文弥くん」

 俺の知っている先輩ではなかった。
 ……いや、俺は先輩の事を何も知ってはいなかったんだと思う。

「そういえば文弥くん、君……昨日、敵と出会う展開を回避しようとしたでしょ」
「はい……。その、車に轢かれるのが嫌で」
「分からなくもない。でも物語の展開を変えられるとこっちが大変だよ。原稿を使って誘導すれば調整はできるけどさ」
「あの原稿は……先輩が?」
「そうだよ。いい演出だと思わない? 登場人物達は勝手に新手の異能者だと思い込むから不自然さも出てこないし。世界観あってこその業だね。今後もちょいちょい原稿をちりばめるとするよ、君も自分の物語を読みたいでしょう?」
「読みたいといえば読みたいですけど……」

 少し、怖くもある。
 原稿に書いてある内容次第では。

「次の展開は、本来は委員長が探りを入れるためにデートに誘ってくるんだよね」
「ええ、ですね」
「そしてラトタタが委員長と連絡を取って、委員長は主人公が特異を持っている事を把握して裏で動き始める――と」
「よく覚えてますね」
「そりゃあもう、何度も何度も読み返したからね」

 それはとても嬉しいのだけれど、恥ずかしさもある。
 作者としては、冥利に尽きる事には違いないのだけれど。

「少し、話の内容を弄っていいかな?」
「え、というと……?」
「そうだなあ……悲劇でも取り入れようか」
「悲劇、ですか?」
「うん。悲劇はいいスパイスになるからね、使い方次第ではあるけれど」

 俺が書く物語には、悲劇はあまり採用していない。
 そういう場面を作るのは、そんなに得意じゃないっていうのもある。なんというか、感情移入しちゃってどうしても悲劇になるような事は書くのを躊躇してしまう。

「君の物語を好き勝手いじくって申し訳ないんだけどね。君は存分に物語を楽しんでくれよ」
「た、楽しむといっても……」
「主人公補正ってのがあるから生死に関しては心配ないよ!」
「それなら、安心です……けど」

 橋を渡る。
 二人乗りで坂道となると負荷が掛かるので、腰を上げて駆け上がった。
 先輩は俺に抱き着くようにしがみついていた。少しドキドキする。
 俺は今、物語の主人公の立ち位置だ。ヒロインは治世だけど、もしかしたら本当のヒロインは先輩なのかもしれない、なんて。

「坂道、大丈夫?」
「大丈夫ですよっ。今は十代なんで、よいっ……しょー」

 一気に駆け上がった。流石に若返った体は力が漲るね。以前であればぜーはーぜーはー言ってたかも。

「相変わらず、ここから見る景色はなんとも言えない微妙さだね」
「ですね」

 橋には目線よりも高い位置まで金網が設置されていて、金網越しの景色しか眺められず、加えて大橋にくくられるにしては橋の高さ自体はそれほどでもなくこれといった眺め甲斐のあるものもないので、本当に、微妙と言える。
 ただ、夏になれば花火大会の花火をここから眺められるので、夏の一時期だけは少しだけここに人が集まる。

「君の書いた物語は、尺で言うと一巻分よね」
「ええ。ラトタタと委員長との戦いを終えたところで終わってますね。続きは書いてません」
「続きは私に任せてくれ。ふふっ、言うならば究極の二次創作だねこれは」
「現実に起こるんですもんね……」
「不安かい?」
「先輩がシナリオを書いて調整してくれるのならば、まあ……安心ですよ」
「そうだ、異能ものといえば主人公が覚醒する系の展開も取り入れておかなければならないかな」
「……今日、異能の発動を試みたんですけど、うまくいかなかったんですよね」
「特異は強力な異能だからね、そうぽんぽん発動できるものじゃあないよ! 何よりやはりここぞという場面で発動してもらいたいかな」
「ここぞという場面かぁ~」

 先輩と話して、感じたのは……純粋に、作者をしているという事だった。
 俺の書いた物語を、本当に現実で二次創作をしている。作者として、主人公を自分の理想の状態にもっていこうと、試行錯誤しているようだ。
 悪く言えば先輩の手の平の上で踊らされている――のだが、まあ悪く言ったにしては悪い気分でもないのだから、我ながら困ったものだ。
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