異世界の治療士達

智恵 理陀

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第一章

karte.003 処置の後に...

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「次の依頼は?」
「クルエヴ地方の森林地帯っす、大木の一つに病巣があるっぽくて大木が魔物に変化しそうらしいっすよ」

 詳細の分かる書類――診療録はあるだろうが彼女は馬車の運転中だ、自分で探すとしよう。

「大木なら魔物化まで時間が掛かるんだがなぁ」
「対象はそこらの木と変わらない、魔物化まで然程時間がないかもしれん」

 大木系は魔物化していたとしても地中の根があるのですぐには動けない。
 だからといって急がなくていいというわけではないが。

「依頼日から逆算すれば魔物化まで猶予はあと半日ってとこか」
「間に合わなくはないな……エルス」
「ほいさ?」
「運転を代われ」

 エルスの安定しない運転はここまでのようだ。
 短い運転だったな。早く進んだり、かと思いきや遅くなったりと、生き物を扱う運転というのは意外と難しいものだ。

「えぇ~! どうしてっすか!?」
「俺達を酔わせるつもりか」
「酔いしれさせるつもりっす!」

 言下にエルスの頭に拳骨が舞い降りた。

「ぬぎゃ!」

 御者交代。
 エルスは御者台からは移動せずライザックさんの隣へと移った。
 運転をじっくり学んでもらいたいね。

「上手いっすねライザックさん!」
「馬と呼吸を合わせていけ」
「はいっす! そのポケットのお菓子食べていいっすか?」
「……」

 そんなやり取りを聞きながら、手近なところを調べていると診療録を見つけた、目を通すとしよう。

「次の依頼は――と。クルエヴ地方、北西部にある一本の大木が治療対象……か」

 森で狩りをしていた猟師から連絡がいったようだが、症状からして三日ほど前に感染。
 病巣に主導権を握られているため大木は栄養を病巣に取られてしまっているとの事。
 長引けば病巣が力をつけて病魔が進行し、魔物となってしまう。
 既に三日が経過しているとなると……魔物になっているかどうか、怪しいところだ。
 場合によっては大手術、魔物化していれば戦闘が待っている。

「まいったね……。まあ、やるしかないんだけど」

 ため息をついて、俺は馬車から広がる光景へと視線を移した。
 この辺りは草原が広がり魔物の姿は見られない。
 空を見ても太陽を遮るような魔物もおらず平和そのものだ。
 しかしそのうちまた大地か空気、自然が蝕まれて魔物がうろつく。
 この世界は脆すぎる。
 俺達治療士がいなければ容易く崩壊してしまう。
 いつか手に負えなくなる日が来るかもしれない、遠い未来かそれとも近い未来か、はたまたそもそも来ない可能性もあるが。

「もぐもぐ。ルヴィンさん、治療薬は、んぐんぐ、次の依頼が終わってからの補充で十分っすよね?」

 途中途中、シャクシャクとお菓子を咀嚼する音が入ってくる。
 ……エルス、お菓子を食べながら喋るなよ。

「問題ない、補充するものがあるとしたらお前がライザックさんから貰ったお菓子くらいだ」

 エルスはすぐさまに俺から目を逸らした。
 面白い奴め、見ていて飽きないよ本当に。

「あー……そのぉ、ほら! この依頼が終わったら私がお菓子いっぱい買っておきますんで!」

 ライザックさんは無言で頷いた。
 怒ってるのかどうかは後ろ姿からじゃあ分からないな、眉間のしわを見なくては読み取れない。
 しかしエルスの表情を見る限り、彼の機嫌は特に悪くはなさそうだ。
 暫し快適な移動の中、窓から広がる光景に木々が目立ち始めた。
 クルエヴ地方に入ったのだ、ここを抜ければようやく街に出られる。
 治療士が多く行き来する地帯のためにこのあたりは病魔が発症しても発見が早く、魔物の大量発生には繋がらずに済んでいる。
 病魔の位置が特定できずにそこから魔物が発生してうろつく事はあるがそういったケースは人が中々足を運ばない場所――森林地帯ではずっと奥に行かなければ起きない。
 このあたりでは先ず魔物には遭遇はしないだろう。

「北西あたりでしたっけ?」
「そうだ、少し歩いた先かな」

 道具を持って馬車から降りる。
 戦闘も考えられるので剣も持っていかなくては。

「魔物化できてないなら処置は簡単っすよね?」
「割りとやりやすいが、枝が動かせる程度になっていれば警戒が必要だ」
「なるほど」

 葉擦れと俺達の足音以外の音はほぼなく、陽光は木々に遮断され薄暗く、静謐な空間が広がっていた。
 時折動く小さな影は小動物であろう。
 奥には向かわないところを見ると病魔はこの方向で間違いないようだ、動物達は病魔には敏感で近づこうとしないからな。

「大型の獣がいるかもしれねえ、慎重にな」
「気配は今のところないっすね! 集中しながら行くっす!」
「集中できるの?」
「なっ!? 失礼な! エルスはちゃんと集中できるっす!」

 それならいいけど。
 集中しているのは顔つきだけじゃない事を祈るよ。
 奥へと進んでいくと配色の少ない同じような光景の中に一つの違和感を得た。

「あれだな、他の木と比べて色が違う」

 ライザックさんは位置取りをし始めた。
 対象を目視できる位置でありつつ、魔物や獣が襲ってくる可能性も無きにしもあらずであるために見張りをしてくれている。
 治療士は手術中は無防備だ、誰かが後ろについてくれている、それだけで安心感は大きく違う。

「枝に攻撃してみるっす」
「気をつけろよ」
「任せてくださいっす!」

 ……心配だ。
 ライザックさんもいるから大丈夫だとは思うが、こいつの常にふわふわしたような雰囲気が不安を誘わせる。
 エルスは自前のナイフで枝を試しに斬りつけた。
 刃はきちんと研いでいるようだ、引っかかりもなく最後まで流れるような一閃に木の枝は見ていて気持ちよくなるくらいにスパッと切断された。

「枝はどれも侵食されてないっすね、切り口から見て分かるとおり芯はまだ色が変わってないっす」
「そのようだな」

 芯まで色が変わっていれば病魔に全ての主導権を握られたのを意味する。
 枝の一つ一つが鞭となり襲ってくる光景を想像すると厄介この上なかったが、その想像も杞憂に終わって少し安心した。
 だからといってまだ気を抜くわけにはいかない。

「早速取り掛かろう。ナイフは細型を用意してくれ」
「はいっす、麻酔針も打っとくっすね」

 この段階であれば、難しい手術は要求されない。
 結界を張って執刀に入る手順までは同じ、他と違うのは対象の性質が違う。
 前回は砂、今回は木とあって使う道具も当然変わってくる。
 病巣の位置は特定しやすいだろう。
 病殻が中にあるという事は空洞ができているという事、木の根付近から順番に叩いていけば音が違う部分が病巣のある場所となる。
 そうして叩いていくと、俺の腰ほどの高さのところで音が変わった。
 高すぎる場所であった場合、一度馬車に戻って脚立を用意しなければいけなかったが手間が省けた。
 すぐに取り掛かれる。

「木の中にある病巣を取り除く際は慎重にな」
「というと?」
「木は割れやすいだろ? もし変に割れて病殻を貫いて病巣を傷つけたら悪化の原因になる、だからくり抜くようにしなくちゃならない」

 昔に、一回だけやった事がある。
 面倒だからと切れ目を入れて剥いだら、病殻ごと一気に剥がれてしまって中の病巣についている繊維が引っ張られて傷ついてしまった。
 途端に周囲へ飛沫感染、本体は病魔が悪化して急速に魔物化。
 安い依頼で高い授業料を払ってしまった。

「みろ、出てきたぞ」

 細型のナイフで少しずつ削っていき、病殻に到達した。
 木に巣食っている病魔は浅いところにあるためすぐに到達する。その分謝って傷つける事も多いので要注意。
 先ほどの手術と同じように、病殻を切開し、中を見る。
 病巣を発見、繊維を切断して鉗子でつまんで取り出した。

「柔らかそうっすね」
「触ってみるか?」
「大丈夫なんすか?」
「傷口に入ったりしなけりゃ人体に問題ない。ほら」

 薄手袋をはめさせて軽く指でつつかせてやった。弾力があり、肌触りは子供の頬のようなものだ。もちっとしている。
 触り心地はいいのだが、これが裂けたら大変だ。

「ぷにゅぷにゅっす!」
「病魔の進行が深刻でない限り大抵がこの柔らかい状態の病巣だ、たまに固いやつも出てくるがそれは魔物化直前のものだ」

 実は固いやつのほうが対処はしやすかったりする。
 鉗子でつまみやすいというのもあるし、病巣自体の強度が増しているので時間が無ければ手づかみで強引に引き抜く事もできる。

「しかし綺麗に取り除けたっすねぇ、でもぽっかり穴が出来ちゃったっすけどこれはどうするんです?」

 病殻を元に戻しても大きな窪みになってしまっているのは変わりない。
 こういう場合でも、対処法はちゃんとある。

「噴射器を出してくれ」
「噴射器……お、これっすか? 銃みたいっすね」

 闇夜で構えられたら銃と間違えるかも。
 噴射口は大きめだし容器が上部についてるからよく見ると銃ではないと分かるのだが。

「この窪みに当てて引き金を引けば、ほら」
「おおぅ! なんか出てきたっす!」

 窪みを埋めるは粘着性のある液体だ。
 エルスはこれを見るのは初めてだったな。

「固まると付着したものとほぼ同じ性質になる液体だ、凝固も早いからこれで窪みを埋めて処置するんだ」
「ははぁ、勉強になるっす!」
「砂と違ってこっちは埋める事は出来ないからな。麻酔針はもう外してもいいぞ。空気も感染はしてないようだし、処置はこれで完了だ」
「じゃあ病巣の魔力を魔力石に取り込むっすね」
「ああ、よろしく」

 対象の性質は違ったもののほぼ同じ手順を踏む手術であったために意外と早く終えられた。
 今日は依頼二つをこなせたし、夕食は高めの酒も追加できそうだ。
 後片付けをして、踵を返すも――

「……ん?」
「どうしたんすか?」

 何か、妙な感じがする。
 周辺になんら変化はないが、どこか妙だ。
 風は俺達が来た道へと向かって吹いていたのだが俺の立っている場所――周辺だけが何故か向かい風になっている……。
 このあたりだけ何かに吸い寄せられているかのような感覚。
 肌でも感じる、空気が何かに吸い寄せられているのを。
 ライザックさんは俺と視線を交差させるや警戒態勢を強めた。
 敵がいるわけではないが、また別の脅威に対しての警戒態勢だ。
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