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第四章
karte.030 爆発事故の被害者は――
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「もう四日目っすねえ」
「ああ、薬もちゃんと飲んでるのにしぶとい風邪だな」
交流会の次の日から、レイコはずっとベッドの上だ。
医者にも見せた、それもギルド本部に勤める名医にだ。
ただの風邪――と診断されたがそれにしては長い。
「レイコさんは入院したくないって頑なに言いますけど、やっぱり入院手続きしてもらったほうがいいんじゃないっすかねえ」
「そうだな、流石にしたほうがいいかもな。帰ったら言っておくか」
レイコの奴め……昨日にも提案はしたんだが嫌の一点張りで困ったもんだ。
ようやく慣れ始めた環境から離れるのが不安というのもあるかもしれない、医者曰く症状は重いわけでもないから入院か自宅療養かは任せるとは言っていたがこうも長くなると入院してもう一度詳しく調べてもらったほうがよさそうな気がする。
「折角ルヴィンさんの昇級も決まってお祝いと行きたいところだったんすけどねぇ」
「レイコが治るまではお預けだ」
そう。論文は昨日に何とか書き終えて提出し、俺の金級の昇格はほぼ決まった。
明日には王都にいたギルド本部長がやってきて論文を拝見するんだとか。
「けどいいんすか? うちらはこんな依頼なんか受けちゃって」
「報酬の一部に体に良い薬草詰め合わせってあったんでな」
「なるほど! なんか美味しい依頼じゃないのに受けたのはそんな理由があったんすね」
「俺達二人でやれる依頼でもあったからな」
てなわけで。
朝からエルスとこうして草むしりをしている。
病魔に侵食されてないかの調査と、病魔対策、後は除草作業もあって意外と体力を使う依頼だ。
直接病魔の処置をするわけでもないので評価にも繋がらないが、これもレイコのためだ。
「ルヴィンさん、こっちは土も草も問題ないっすよ」
「俺のほうも問題は見つからなかったな、そろそろ報告するか」
そもそもの話、こういった依頼は大体が除草作業してほしいってのが依頼主の主な目的であって病魔が見つかる事などそうそうない。
「ふぅ……結構疲れたっす。薬草畑の手入れしただけだったっすね」
「こういった依頼の依頼主は大体が年配の方だ、身近に農作業の手伝いをしてくれる人がいない時はこうして依頼といった形で時々出すんだよ」
「初めて知ったっす」
「お前が俺のチームに入ってから受けたのは初めてだったな」
たまにはこういうのもいいだろう。
「これも治療士の仕事の一つだ、なんでもかんでも評価に繋がる依頼ばかり受けるんじゃなく俺達の支えになってくれる人達も助けなくちゃな」
「それもそうっすねぇ、けどルヴィンさん、ここ最近は評価に繋がる依頼ばっか受けてたっすよね」
「うん……まぁ、その依頼受けないと降格もありうるから、仕方なくだな」
「目が泳いでるっすよ」
治療士なら誰だって評価はどうしても気にしてしまうし、降格なんてしたくもないし。
さて、大体の作業も終わった。
後は視診嗅診触診をざっとして、と。
「異常無しだ」
「浄化魔法の宿った魔力石ってこれっすか?」
「ああそうだ、魔力を解放してくれ。ちゃんと畑の真ん中で使うんだぞ」
「了解っす!」
最後に魔力石を使って畑全体の浄化をして終了だ。
農業にはそれほど詳しくないが、どの農作物も葉は艶やかで活き活きとしている。
次も良い薬草が作れるに違いない。
「助かったよルヴィン君」
今回の依頼主、薬草爺さんことハモンズさんは笑みが浮かべてやってきた。
雑草もかなり取り除けたし畑は最初と比べると土がはっきりと見えてさっぱりしている。爺さんも満足そうだ。
「爺さんの薬草畑は他と比べて広いからな、中々依頼受けてくれる人いなかったろう?」
「そうなんじゃ、跡継ぎもいなくて困ってたが助かったよ。お嬢ちゃんも頑張ったね、ほら、飴じゃ」
「ありがたくいただくっす!」
ぱくっと警戒せずに飴を口の中に放り込むや、
「んぶっ! 苦いっす!」
「そりゃそうじゃろう、薬草飴なんじゃから」
「エルス、言い忘れてたが爺さんの飴はクソ不味い」
「遅いっす……」
爺さんはそんなエルスを見て大爆笑していた。
初めて会う奴にはよくあの飴を与えている、俺も最初師匠が教えてくれなかったもんだから普通に食べて悶絶したものだ。
「こっちは普通の飴じゃ」
「口直しにいただくっす、んぐはぁー!」
「普通に嘘じゃ」
「いい加減にするっす!」
楽しそうだ。
こうして見ると孫と戯れるふうにしか見えん。
「ほっほ。堪能した、ほら、約束の報酬」
「どうも」
中身は確認しない。
これは依頼主を信用しているという示しでもある。
「半年後にはまた依頼を出すから、よかったら受けておくれ」
「都合が合えば受けるよ。じゃあな爺さん。体に気をつけなよ」
「薬草がわしを長生きさせてくれる、心配ない」
半年後だと寒い季節に入る前、そっちのほうは報酬も弾んではいるが仕事も大変だ。
受けるかは悩ましいところだが、付き合いってのもあるからな。
忙しくなければ受けるとしよう。
「ルヴィンさーん、お風呂入りたいっす」
お互い結構汗をかいたな。
俺も同じ気持ちなんだが――
「このあたりはセルヴェハル外の畑区域なんだ、風呂は暫くおあずけ」
「そうっすよね、へぇぁー……」
「へぇぁってなんだへぇぁって」
今日は御者も派遣されていない。
手綱を握るのは俺。エルスは急いで戻って欲しいそうにそわそわしている。
「ルヴィンさん、エルスはこれでも女の子なんですよ」
「そうなのか? 今初めて知った」
「んまー! それは失礼っすよ!」
「悪かったよ、急いで戻ろう」
「ついでに美味しいものも食べていこうっす!」
「買って帰る、寄り道はしない。レイコの昼食にはこの薬草も一緒に食わせなきゃならんからな」
あいつが風邪で大変だっつのに俺達だけ美味しい思いをするのもいかんだろう。
それにライザックさんも留守番してくれてる、外食なんか怖くてできないね。
「これ、本当に効くんすか? あの飴の味を思い出すと食べるのも躊躇しちゃうっす」
「ハモンズ爺さんの薬草は他より上質だぞ、さっきの飴だってお前ちょっと舐めただけで今は喉の渇きがそうでもないだろ?」
「そういえばそうっすね」
俺も舐めとけば渇きに飢えなかったんだが、如何せんあの味がね。
「でもそれなら店に薬草を卸してもらえば大儲けじゃ? それで人員も補充できるっすよね?」
「多くは作れないからどうしても値段は高騰する。そうなると金のある奴だけが手に入る品になっちまう、だからあの人は店に卸さず小さな病院で医者として薬草を使ってるんだよ」
ハモンズ爺さんの矜持ってもんだ。
立派な人だ、本当に。
「じゃあこの薬草もすごいものなんすね、でもそれなら薬草目当てに依頼を受ける治療士がいるはずっすよね?」
「爺さんの場合は身内からの紹介か過去に依頼を受けた治療士に限るって条件がついてるからな。おかげで他の似た依頼と一緒と思われて意外と知られていない」
お前もただの薬草爺さんだと思ってたろ――と言下に付け足す。
エルスは素直に頷いていた。
「すごい人だったんすねえ、でもあの飴はもう食べたくないっす」
「飴に関しては……まあ、同感だ」
もうちょっと美味しければいいんだがね。
町で買い物を済ませて館へと到着したのはもう腹の虫が鳴くだけ鳴いた頃。
お風呂お風呂と言っていたエルスも流石に空腹を一秒でも早く満たすべく料理作りへと入った。
あいつの作る飯はまあまあ美味い、ライザックさんには敵わないけど。
「ライザックさん、レイコの様子は?」
「本部から貰った薬も処方しているが変わりはない、悪化していないだけマシだがな」
レイコはベッドに横になり、額には塗れタオルを置かれてゆっくりと俺を見た。
表情が変わらんから苦しいのかすら今一読み取れん。
「ったく、これからチームに参加して依頼を受けようって時にお前は」
「私も、出鼻を挫かれた気分」
「だろうな。飯にしようか、あと体に良い薬草もあるぞ。早く元気になれ」
「私が風邪を引いてる時は、ルヴィンは優しい」
「誰だってそうなるさ」
薬草は水洗いをしてすり鉢に入れて擦り、苦味を少しでも和らげるために濃い目のスープに混ぜておく。
スープをレイコの口へと一口ずつ流し込み、レイコはその後眠りについた。
ギルドから処方された薬は少し時間をずらそう、薬草の効果が強く出すぎる可能性もある。
午前中の疲れも風呂で汗と共に洗い流して一息つくとした。
論文からも解放された、そろそろ依頼を受けたいしレイコに治療士の知識と技術を教え込みたいといった傍からあいつは風邪を引くし、まともな依頼も受けられん日々が続くな。
「お邪魔するさねえ」
「……ルォウ、暇なのか?」
レイコが風邪を引いてからこいつは毎日見舞いの品を持ってやってきやがる。
「暇じゃないわよ! レイコちゃんのお見舞いという大切な用がちゃんとあるさね!」
「そうかい」
最近は依頼を受けているのだろうか。
ルォウくらいならば評価の高い依頼を一度受けておけばある程度依頼を受けずとも降格にもならないとは思うが。
蓄えもきっと、たっぷりあるだろうな。
「ルォウさんじゃないっすかぁ! ささ、おかけになってくださいっす!」
エルスは椅子を用意し、ルォウから見舞いの品を受け取るや厨房へ。
多分あいつ、見舞いの果物をいくつかつまみ食いする気なんじゃないか。
「レイコちゃんは?」
「隣の部屋で眠ってるよ、薬草が効いてるのか今日は魘されずいつもより気持ち良さそうにな」
「嬉しい報告だけど、話ができないとなると悲しい報告ねえ」
残念そうに溜息をつく。
「ん、んー。仕方がないさね、ルヴィンと世間話でもしてましょ」
「帰るって選択肢はないのか?」
「あらぁ、ルヴィン達もこれといってやる事がないくせにぃ。論文からも解放されて、でもレイコちゃんが風邪を引いちゃったから大きい依頼も受けれずここ暫くは治療士としても動けずってとこでしょう?」
うぐっと。
不意の図星に紅茶が喉でつっかえた。
こほんと喉を整えてから、俺は口を開く。
「まあ、そうだな……」
働きづめの日々だったし、今日のような簡単な依頼を受ける程度で少しくらいは長めの休みを取るにはいい機会である。
ライザックさんなんかは窓際で煙草を吸う日々だ。
のんびりと休暇を過ごしてはいるが、銃の手入れは毎日欠かさず行っていた。その辺はちゃんとしている。
エルスの場合は、だらけ気味な気もするのでちょいちょい依頼に連れて行ってやらんとな。
「だったら世間話、ねっ?」
「何を話すってんだ」
「例えば、この前の爆発事故――」
ふと。
ルォウの雰囲気が変わった気がした。
陽光に照らされた周りの温かい空気が冷えるかのような、そんな変化だ。
「ああ、あれか。あんまり周りでも取り上げられてないが、何か分かったのか?」
ただの爆発事故、それくらいしか耳には入っていない。
「……ラハルェ・ユンス。知ってるわよね」
「知ってるよ、ギルド本部職員だろ? 最近は全然見ないけど、どうして彼の名前を?」
「爆発事故の唯一の犠牲者よ。どうやら彼の部屋で爆発があったらしいわ」
彼女はいつになく真剣な眼差しを向けていた。
いつもの陽気な彼女の姿など、偽りだと言わんばかりに。
「……それは、残念だな」
知っているとはいえ会ったのは数える程度だったものの、話しやすくて良い印象のギルド職員だった。
まさか亡くなっていたとは。
聞かされるだけでは、実感が沸かないものだね……。
「爆発の原因は不明、遺体は辛うじて顔が確認できるくらいだったらしいわ」
「いきなり重い話だな」
ライザックさんは灰皿に煙草を押し付けて、会話に参加した。
まるで彼にも話を聞かせて反応を見たかったかのようにルォウはにやりと口角を吊り上げる。
「けどどうしてその話を?」
「もしかしたら、動き始めたのかと思って」
「動き始めた? 何がだ?」
「帝国よ」
「爆発も、奴らが絡んでいると?」
「そこまではどうか知らないさね、でも警戒はすべきじゃないかしら」
ルォウは一呼吸置き、
「それに、レイコちゃんも風邪にしては長すぎないかしら」
「一応、念のためにギルド本部には入院の手続きをするよう言ってはおいてるけれど」
しかしすぐにはギルド本部も動けるわけではなく。
明日には準備を済ませて動けるとの事だった。
「ルヴィン、身の回りの警戒も怠るな」
「ああ、分かったよ」
ライザックさんはそう言うや部屋を出て行った。
おそらく自室の銃の手入れをしに行ったのだろう。
「けど帝国があの爆発に関わっているとして、目的は何なんだ?」
「ん、んー。まだまだ調べなくちゃ分からんさねえ。ちょっと調べにでも行ってみるかい?」
「少しくらいならいいけど」
「少しも何も今日はもうずっと暇でしょうに」
そうなんだけどね。
自分でも暇というのは素直に認めたくないところがあったりもするのだ。
まったく、しょうもない矜持だ。
「ああ、薬もちゃんと飲んでるのにしぶとい風邪だな」
交流会の次の日から、レイコはずっとベッドの上だ。
医者にも見せた、それもギルド本部に勤める名医にだ。
ただの風邪――と診断されたがそれにしては長い。
「レイコさんは入院したくないって頑なに言いますけど、やっぱり入院手続きしてもらったほうがいいんじゃないっすかねえ」
「そうだな、流石にしたほうがいいかもな。帰ったら言っておくか」
レイコの奴め……昨日にも提案はしたんだが嫌の一点張りで困ったもんだ。
ようやく慣れ始めた環境から離れるのが不安というのもあるかもしれない、医者曰く症状は重いわけでもないから入院か自宅療養かは任せるとは言っていたがこうも長くなると入院してもう一度詳しく調べてもらったほうがよさそうな気がする。
「折角ルヴィンさんの昇級も決まってお祝いと行きたいところだったんすけどねぇ」
「レイコが治るまではお預けだ」
そう。論文は昨日に何とか書き終えて提出し、俺の金級の昇格はほぼ決まった。
明日には王都にいたギルド本部長がやってきて論文を拝見するんだとか。
「けどいいんすか? うちらはこんな依頼なんか受けちゃって」
「報酬の一部に体に良い薬草詰め合わせってあったんでな」
「なるほど! なんか美味しい依頼じゃないのに受けたのはそんな理由があったんすね」
「俺達二人でやれる依頼でもあったからな」
てなわけで。
朝からエルスとこうして草むしりをしている。
病魔に侵食されてないかの調査と、病魔対策、後は除草作業もあって意外と体力を使う依頼だ。
直接病魔の処置をするわけでもないので評価にも繋がらないが、これもレイコのためだ。
「ルヴィンさん、こっちは土も草も問題ないっすよ」
「俺のほうも問題は見つからなかったな、そろそろ報告するか」
そもそもの話、こういった依頼は大体が除草作業してほしいってのが依頼主の主な目的であって病魔が見つかる事などそうそうない。
「ふぅ……結構疲れたっす。薬草畑の手入れしただけだったっすね」
「こういった依頼の依頼主は大体が年配の方だ、身近に農作業の手伝いをしてくれる人がいない時はこうして依頼といった形で時々出すんだよ」
「初めて知ったっす」
「お前が俺のチームに入ってから受けたのは初めてだったな」
たまにはこういうのもいいだろう。
「これも治療士の仕事の一つだ、なんでもかんでも評価に繋がる依頼ばかり受けるんじゃなく俺達の支えになってくれる人達も助けなくちゃな」
「それもそうっすねぇ、けどルヴィンさん、ここ最近は評価に繋がる依頼ばっか受けてたっすよね」
「うん……まぁ、その依頼受けないと降格もありうるから、仕方なくだな」
「目が泳いでるっすよ」
治療士なら誰だって評価はどうしても気にしてしまうし、降格なんてしたくもないし。
さて、大体の作業も終わった。
後は視診嗅診触診をざっとして、と。
「異常無しだ」
「浄化魔法の宿った魔力石ってこれっすか?」
「ああそうだ、魔力を解放してくれ。ちゃんと畑の真ん中で使うんだぞ」
「了解っす!」
最後に魔力石を使って畑全体の浄化をして終了だ。
農業にはそれほど詳しくないが、どの農作物も葉は艶やかで活き活きとしている。
次も良い薬草が作れるに違いない。
「助かったよルヴィン君」
今回の依頼主、薬草爺さんことハモンズさんは笑みが浮かべてやってきた。
雑草もかなり取り除けたし畑は最初と比べると土がはっきりと見えてさっぱりしている。爺さんも満足そうだ。
「爺さんの薬草畑は他と比べて広いからな、中々依頼受けてくれる人いなかったろう?」
「そうなんじゃ、跡継ぎもいなくて困ってたが助かったよ。お嬢ちゃんも頑張ったね、ほら、飴じゃ」
「ありがたくいただくっす!」
ぱくっと警戒せずに飴を口の中に放り込むや、
「んぶっ! 苦いっす!」
「そりゃそうじゃろう、薬草飴なんじゃから」
「エルス、言い忘れてたが爺さんの飴はクソ不味い」
「遅いっす……」
爺さんはそんなエルスを見て大爆笑していた。
初めて会う奴にはよくあの飴を与えている、俺も最初師匠が教えてくれなかったもんだから普通に食べて悶絶したものだ。
「こっちは普通の飴じゃ」
「口直しにいただくっす、んぐはぁー!」
「普通に嘘じゃ」
「いい加減にするっす!」
楽しそうだ。
こうして見ると孫と戯れるふうにしか見えん。
「ほっほ。堪能した、ほら、約束の報酬」
「どうも」
中身は確認しない。
これは依頼主を信用しているという示しでもある。
「半年後にはまた依頼を出すから、よかったら受けておくれ」
「都合が合えば受けるよ。じゃあな爺さん。体に気をつけなよ」
「薬草がわしを長生きさせてくれる、心配ない」
半年後だと寒い季節に入る前、そっちのほうは報酬も弾んではいるが仕事も大変だ。
受けるかは悩ましいところだが、付き合いってのもあるからな。
忙しくなければ受けるとしよう。
「ルヴィンさーん、お風呂入りたいっす」
お互い結構汗をかいたな。
俺も同じ気持ちなんだが――
「このあたりはセルヴェハル外の畑区域なんだ、風呂は暫くおあずけ」
「そうっすよね、へぇぁー……」
「へぇぁってなんだへぇぁって」
今日は御者も派遣されていない。
手綱を握るのは俺。エルスは急いで戻って欲しいそうにそわそわしている。
「ルヴィンさん、エルスはこれでも女の子なんですよ」
「そうなのか? 今初めて知った」
「んまー! それは失礼っすよ!」
「悪かったよ、急いで戻ろう」
「ついでに美味しいものも食べていこうっす!」
「買って帰る、寄り道はしない。レイコの昼食にはこの薬草も一緒に食わせなきゃならんからな」
あいつが風邪で大変だっつのに俺達だけ美味しい思いをするのもいかんだろう。
それにライザックさんも留守番してくれてる、外食なんか怖くてできないね。
「これ、本当に効くんすか? あの飴の味を思い出すと食べるのも躊躇しちゃうっす」
「ハモンズ爺さんの薬草は他より上質だぞ、さっきの飴だってお前ちょっと舐めただけで今は喉の渇きがそうでもないだろ?」
「そういえばそうっすね」
俺も舐めとけば渇きに飢えなかったんだが、如何せんあの味がね。
「でもそれなら店に薬草を卸してもらえば大儲けじゃ? それで人員も補充できるっすよね?」
「多くは作れないからどうしても値段は高騰する。そうなると金のある奴だけが手に入る品になっちまう、だからあの人は店に卸さず小さな病院で医者として薬草を使ってるんだよ」
ハモンズ爺さんの矜持ってもんだ。
立派な人だ、本当に。
「じゃあこの薬草もすごいものなんすね、でもそれなら薬草目当てに依頼を受ける治療士がいるはずっすよね?」
「爺さんの場合は身内からの紹介か過去に依頼を受けた治療士に限るって条件がついてるからな。おかげで他の似た依頼と一緒と思われて意外と知られていない」
お前もただの薬草爺さんだと思ってたろ――と言下に付け足す。
エルスは素直に頷いていた。
「すごい人だったんすねえ、でもあの飴はもう食べたくないっす」
「飴に関しては……まあ、同感だ」
もうちょっと美味しければいいんだがね。
町で買い物を済ませて館へと到着したのはもう腹の虫が鳴くだけ鳴いた頃。
お風呂お風呂と言っていたエルスも流石に空腹を一秒でも早く満たすべく料理作りへと入った。
あいつの作る飯はまあまあ美味い、ライザックさんには敵わないけど。
「ライザックさん、レイコの様子は?」
「本部から貰った薬も処方しているが変わりはない、悪化していないだけマシだがな」
レイコはベッドに横になり、額には塗れタオルを置かれてゆっくりと俺を見た。
表情が変わらんから苦しいのかすら今一読み取れん。
「ったく、これからチームに参加して依頼を受けようって時にお前は」
「私も、出鼻を挫かれた気分」
「だろうな。飯にしようか、あと体に良い薬草もあるぞ。早く元気になれ」
「私が風邪を引いてる時は、ルヴィンは優しい」
「誰だってそうなるさ」
薬草は水洗いをしてすり鉢に入れて擦り、苦味を少しでも和らげるために濃い目のスープに混ぜておく。
スープをレイコの口へと一口ずつ流し込み、レイコはその後眠りについた。
ギルドから処方された薬は少し時間をずらそう、薬草の効果が強く出すぎる可能性もある。
午前中の疲れも風呂で汗と共に洗い流して一息つくとした。
論文からも解放された、そろそろ依頼を受けたいしレイコに治療士の知識と技術を教え込みたいといった傍からあいつは風邪を引くし、まともな依頼も受けられん日々が続くな。
「お邪魔するさねえ」
「……ルォウ、暇なのか?」
レイコが風邪を引いてからこいつは毎日見舞いの品を持ってやってきやがる。
「暇じゃないわよ! レイコちゃんのお見舞いという大切な用がちゃんとあるさね!」
「そうかい」
最近は依頼を受けているのだろうか。
ルォウくらいならば評価の高い依頼を一度受けておけばある程度依頼を受けずとも降格にもならないとは思うが。
蓄えもきっと、たっぷりあるだろうな。
「ルォウさんじゃないっすかぁ! ささ、おかけになってくださいっす!」
エルスは椅子を用意し、ルォウから見舞いの品を受け取るや厨房へ。
多分あいつ、見舞いの果物をいくつかつまみ食いする気なんじゃないか。
「レイコちゃんは?」
「隣の部屋で眠ってるよ、薬草が効いてるのか今日は魘されずいつもより気持ち良さそうにな」
「嬉しい報告だけど、話ができないとなると悲しい報告ねえ」
残念そうに溜息をつく。
「ん、んー。仕方がないさね、ルヴィンと世間話でもしてましょ」
「帰るって選択肢はないのか?」
「あらぁ、ルヴィン達もこれといってやる事がないくせにぃ。論文からも解放されて、でもレイコちゃんが風邪を引いちゃったから大きい依頼も受けれずここ暫くは治療士としても動けずってとこでしょう?」
うぐっと。
不意の図星に紅茶が喉でつっかえた。
こほんと喉を整えてから、俺は口を開く。
「まあ、そうだな……」
働きづめの日々だったし、今日のような簡単な依頼を受ける程度で少しくらいは長めの休みを取るにはいい機会である。
ライザックさんなんかは窓際で煙草を吸う日々だ。
のんびりと休暇を過ごしてはいるが、銃の手入れは毎日欠かさず行っていた。その辺はちゃんとしている。
エルスの場合は、だらけ気味な気もするのでちょいちょい依頼に連れて行ってやらんとな。
「だったら世間話、ねっ?」
「何を話すってんだ」
「例えば、この前の爆発事故――」
ふと。
ルォウの雰囲気が変わった気がした。
陽光に照らされた周りの温かい空気が冷えるかのような、そんな変化だ。
「ああ、あれか。あんまり周りでも取り上げられてないが、何か分かったのか?」
ただの爆発事故、それくらいしか耳には入っていない。
「……ラハルェ・ユンス。知ってるわよね」
「知ってるよ、ギルド本部職員だろ? 最近は全然見ないけど、どうして彼の名前を?」
「爆発事故の唯一の犠牲者よ。どうやら彼の部屋で爆発があったらしいわ」
彼女はいつになく真剣な眼差しを向けていた。
いつもの陽気な彼女の姿など、偽りだと言わんばかりに。
「……それは、残念だな」
知っているとはいえ会ったのは数える程度だったものの、話しやすくて良い印象のギルド職員だった。
まさか亡くなっていたとは。
聞かされるだけでは、実感が沸かないものだね……。
「爆発の原因は不明、遺体は辛うじて顔が確認できるくらいだったらしいわ」
「いきなり重い話だな」
ライザックさんは灰皿に煙草を押し付けて、会話に参加した。
まるで彼にも話を聞かせて反応を見たかったかのようにルォウはにやりと口角を吊り上げる。
「けどどうしてその話を?」
「もしかしたら、動き始めたのかと思って」
「動き始めた? 何がだ?」
「帝国よ」
「爆発も、奴らが絡んでいると?」
「そこまではどうか知らないさね、でも警戒はすべきじゃないかしら」
ルォウは一呼吸置き、
「それに、レイコちゃんも風邪にしては長すぎないかしら」
「一応、念のためにギルド本部には入院の手続きをするよう言ってはおいてるけれど」
しかしすぐにはギルド本部も動けるわけではなく。
明日には準備を済ませて動けるとの事だった。
「ルヴィン、身の回りの警戒も怠るな」
「ああ、分かったよ」
ライザックさんはそう言うや部屋を出て行った。
おそらく自室の銃の手入れをしに行ったのだろう。
「けど帝国があの爆発に関わっているとして、目的は何なんだ?」
「ん、んー。まだまだ調べなくちゃ分からんさねえ。ちょっと調べにでも行ってみるかい?」
「少しくらいならいいけど」
「少しも何も今日はもうずっと暇でしょうに」
そうなんだけどね。
自分でも暇というのは素直に認めたくないところがあったりもするのだ。
まったく、しょうもない矜持だ。
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