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1章 魔法少女とは出逢わない
1章31 風紀委員会 ④
しおりを挟む「それでは4月の4週目、風紀委員会定例会議を始めます」
会議が始まる。
進行役を務めるのは書記である筧 惣十郎だ。
上座に座る豪田 ノエル委員長の背後に設置されたホワイトボードの脇にマーカーを持って立ちながらニコニコとイニシアチブを握る。
「今日の会議では既に決定された今週の予定を再度共有することが主になります。つまり、ただの確認ですね。なので、先生方のお手を煩わせるのもなんでしたので、僕たち生徒だけで進めるように調整しておきました」
ピクっと、五清 潔は片眉を跳ねさせる。
(早速やってくれるわね……)
この筧という男は、たかが書記の分際でありながら委員長より教師たちとの連絡・調整役を口八丁で授かり、『何を報告して、何を報告しないか』を個人的価値観に基づき独自に選別している。
そうして自分にとって都合のいいことばかりを教師に伝え、事あるごとに今日のような会議も含め、風紀委員会の活動を可能な限り大人の目の外に置くのだ。
グッと、反射的に挙手しようとする右手を左手で抑える。
まだだ。
追及の手を入れるべきはこのタイミングではないと、自身を諫めた。
そうしている間に流れていた筧の軽薄な時節の挨拶が終わり、いよいよ議題が始まる。
「まずは、と言いますか、早速本題から始めましょう。今週の我々のメインとなる活動です。もちろん皆さんわかっていますよね?」
ニコやかに目を細めながら筧は構成員たちの顔を見まわす。
意気よく頷き賛同を示す者、気まずげに目を俯ける者、その割合は大体半々だ。
五清もそれを視認し、『これならまだ逆転は可能だ』と意気込む。
「では委員長。タイトルコールをお願いします」
「うむっ」
側近の要請を力強く請け負い、ガチロリは勢いよく起立する。
そして「よいしょ」と今しがたまで幼気なお尻をのせていた椅子の上に、まだ20cmをようやく超えたくらいのちっちゃなあんよを乗っける。
そしてガバっと右手を翳して元気いっぱいに宣言をする。
「『放課後の道草なしキャンペーン! ~みんなまっすぐお家に帰ろうね!~』はっじっまっるっよぉ~~っ!」
チラリと筧が目配せをすると、ワァーっと拍手と歓声が巻き起こる。
委員長閣下は「フンス」と満足気に鼻息を漏らすとお行儀よく着席した。
その委員長へペコリと一礼をして、筧が続ける。
「内容についてはもう大丈夫ですね? なにか質問のある方はいますか?」
バッと勢いよく五清の右手が上がる。
スッと筧の目が細められた。
二人が睨み合ったのはほんの2秒ほどの時間だけだったが、その僅かな時間で会議室の空気が目に見えて悪くなる。
「はい、五清さん。どうぞ」
「ふんっ……」
ニッコリと業とらしい笑顔を造り直して発言を許可する筧に、五清は威勢よく鼻を鳴らして起立する。
「私は反対です」
その端的な意見に会議室はざわつく。
出席している委員の男子生徒の半数ほどが敵対的な目つきを五清へ向ける。その他の者たちは気まずげな表情だ。
「……やれやれ、またその話ですか、五清さん? その件は先週の会議で棄却されたはずですが?」
「……改めて意義を申し立てるわ。こんなこと……許されるわけないじゃない……っ!」
眼光鋭く五清が声を張り上げると、ノエル委員長は不安そうにキョロキョロした。
「そ、そーじゅーろー? い、いすみはまた怒ってるのか? ノエルだめなこと言っちゃったのか?」
「大丈夫ですよ、委員長。だって先週は皆が拍手して賛成してくれたじゃないですか。『いいこいいこ』もしてくれましたよね?」
「う、うん……。でも、いすみは先週も怒ってたし……」
「……彼女は少々『ワガママ』なんです。悲しいことですが、委員長。みんながみんな聞き分けがいいわけではないのです」
「そうなのか?」
「えぇ。天才である委員長がみんなが仲良くいいこになれるようにって考えてくれたことなのに、それでも自分がやりたくないからってワガママを言う人間はいるんですよ。悲しいことに」
「そうだったのか……。いすみ。だめだぞ? あんまりわがまま言っちゃ」
「誰がワガママよっ!」
「ぴぃっ⁉」
バンっと思わず机を叩いてしまうとお子様委員長は膝を抱えてガタガタと怯えてしまった。
五清へと敵対的な目を向けていた者たちからも、ことなかれ主義で日和見していた者たちからも咎めるような目を向けられる。
「ぐっ……!」
五清は歯を噛み締める。つい熱くなってしまったが、このままではいつものパターンで負ける。
「そーじゅーろー、そーじゅーろー! いすみが怒鳴ったぁ……っ!」
「あぁ……、委員長。お可哀想に……。大丈夫ですよ。僕がついてます」
「で、でも……っ。いすみはいつもすぐに怒るんだ。きっとノエルのことキライなんだ……っ!」
「委員長、そういうわけではないんですよ」
「そ、そうなのか?」
「はい。彼女は頭が悪いんです」
「なんですってぇっ⁉」
「ぴぃっ⁉ また怒ったぁ!」
「あっ……」
声を荒げないようにしようと決めた矢先に酷い侮辱を受け、また同じ過ちを犯してしまう。
五清は身を震わせながら口を閉じ屈辱に耐える。
「……委員長。御覧のとおりです」
「えっ……?」
「委員長は天才ですからどんなことにも最適な答えを見出してしまいます」
「う、うん。ノエル天才だもんっ」
「えぇ。ですが、世の中の殆どの人間は頭が悪いのです」
「えっ? そうなのか? かわいそう……」
「はい。彼女らは可哀想なのです。頭の悪い者は自分の理解できないことを言われると、的確に言葉を返すことが出来ないですし、また理解が出来ないという事実を受け入れられないので、プライドを守るために怒ってしまうのです」
「な、なんで怒ると誇りが守られるんだ?」
「反射的なものなのです。犬に石をぶつけたらキャンと鳴いて怒って追いかけてきますよね? それと同じです」
「えっ? なんで石を投げるんだ? 犬がかわいそうだぞ?」
「……えぇ、かわいそうなんです。さすがは委員長。そこに気が付くとは天才ですね」
「えっ? えっ……? え、うん、天才だぞっ?」
「そうです。だから可哀想だと思って五清さんを許してあげてください。天才なので」
「う、うん……、うん? まぁ、ノエルが天才だから仕方ないなっ! いすみっ! 許してやるぞ?」
「…………どうも、あり……っ、がとう、ござい、ます……」
五清さんは血を吐くような想いで感謝の言葉を吐き出した。
ここでムキになってはいつものように、自分が子供をイジメているという空気になって、論点がうやむやのまま押し通されるのだ。
今日はそれだけは阻止したい。
「では一応聞いてあげましょうか。五清さん、発言をどうぞ」
一気に捲し立てたくなる衝動を抑え、深呼吸をしてから五清は口を開く。
「……全体的な趣旨は別にいいと思うんです。放課後の道草をやめるよう全校生徒に呼びかける……、それ自体は問題はありません……」
「じゃあ、いいじゃないですか」
呆れたような調子で挑発をする筧へキッと鋭い眼差しを向ける。
「やり方が……、酷すぎるのよ……っ! 放課後の行動を完全に制限するよう風紀委員で規制をするとか、そんなこと出来るわけないじゃないっ!」
「またそれですか? 先日も同じ答えを返しましたが……、弥堂くん、お願いします」
「はっ」
短く返事をし弥堂は起立をする。
「出来るか出来ないかなど考える必要がない。必要だからやるんだ。出来るまでやれば出来る」
それだけを答え弥堂は着席をする。筧は満足そうに手を叩いた。
「素晴らしい。とても前向きな言葉です。ね? 委員長」
「うんっ、びとぅーはがんばりやさんだからな!」
「恐縮です」
どっと周囲が朗らかに笑う。
「なんの答えにもなってないじゃない! どうやってやるのかって聞いてるのよっ!」
五清さんに怒鳴られガヤの方々はシュンとなったが、弥堂と筧は余裕の態度だ。
「それはすでに連絡済みのはずですがねぇ。まさか目を通してない?」
「通したから反対しているのよ! 風紀委員も街を巡回して寄り道をしている生徒を発見したら検挙。こんなこと出来るわけないでしょ!」
「ですから出来るまでやるんです。弥堂君がそう説明したじゃないですか。そんなに難しいですか?」
「そんな精神論言っただけで説明になんてならないわよ!」
「安心してください。弥堂君はプロフェッショナルです。必ずや素晴らしい成果をあげてくれるでしょう」
「そんなことを心配してるんじゃない。どうしてソイツだけが外の見廻りなのかって聞いてるの! そんなのおかしいじゃない」
「では、アナタは他の皆さんにも外に出て危険な目に合えと? 戦闘が得意な者に任せるべきだと僕は思いますが」
「そもそも戦闘するんじゃないわよ! それに校外で風紀委員が取り締まりをするって所から変じゃない! 風紀委員ってそういうものじゃないからっ!」
「ふぅ、アナタもわからないヒトだ……」
やれやれと肩を竦めて筧は続ける。
「いいですか、五清さん? 風紀委員がどういうものか、それは委員長が決めることです。世界一の天才に任せておけば間違いがないんです。ね? 委員長?」
「うむっ、任せとけ!」
「ありがとうございます。ということで、もういいですね?」
「いいわけないでしょ! 他にもあるわ! 捕まえた生徒を減点して一定まで点数が下がったら『下級生徒』になるって何よ⁉ 労役を終えれば元に戻れるなんて、そんな学校どこにもないわよ!」
「えぇ。他にはないオンリーワンな学校。それが我々の母校となるこの美景台学園ということですね。ね? 委員長?」
「よりよき学園生活のために!」
『よりよき学園生活のために!』
ここぞとばかりにノエル委員長が宣言をすると、すかさず他の者たちが復唱する。
「うるさいっ!」
「ぴぃっ⁉」
のらりくらりと話を混ぜっ返され、わかってはいるのについ声を荒げてしまう。
(また……、またこうなるのね……)
五清さんは頭を抱えてしまう。
しかし会議をこのまま終えるわけにはいかないので抗うしかないのだ。
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