俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

文字の大きさ
上 下
287 / 431
1章 魔法少女とは出逢わない

1章47 -21グラムの重さ ④

しおりを挟む

「ホントに遅くなっちゃってごめんね。みんなお腹空いたろ?」


 全員へ謝罪をしながら紅月 聖人あかつき まさとはテーブルの上へ料理の乗った皿をコトリと置く。


「まったくだぜ。腹減ってもう限界だよ」

「蛮は朝から仕事してくれてたしね。ごめんごめん」


 本気のものではない蛭子 蛮ひるこ ばんの愚痴に軽い調子で聖人が謝る。彼らの関係性があって許されるやりとりだ。


「本来なら感謝して欲しいものですのに」

「ダメだよリィゼ。蛮だって僕らに出来ないことをやってくれてたんだから、そこはお互いさまだろ?」

「まぁ、マサトがそう仰るのでしたら今回は許して差し上げますわ」

「だからなんでテメェが許す側なんだよ……っ!」


 聖人に宥められて納得をしたはずが、マリア=リィーゼ様は家臣や民に何を言ったとしても自分が悪いことには決してならない環境で生まれ育ったので、そんな気はなしに余計に火を注ぐ。

 これでも彼女には悪気はないのだ。


 ハァ、とまた溜息を一つ。


「それにしてもホントに時間かかったわね」


 蛭子VSマリア=リィーゼの口喧嘩がまた始まる前に、希咲 七海きさき ななみは口を挟んだ。

 希咲が聖人に話しかけたことでそちらの睨み合いは有耶無耶になり、三人ともに希咲の方へ顔を向ける。


「ごめんね、七海」

「や、責めてるとかじゃなくってさ」


 申し訳なさそうに眉を下げる聖人に希咲はヒラヒラと手を振って否定をする。


「あんたベツに料理初心者とかじゃないじゃん? いくらなんでも朝ごはん……? 昼ごはん? に2時間って、ちょっと時間かかりすぎかなって」

「あぁ……、なんていうか、頑張ったというか……」

「どゆこと? 朝とか昼なんて簡単でいいじゃん」


 人差し指で頬を掻きながらバツが悪そうに目を逸らす彼に希咲は首を傾げる。

 元々半分アウトドアのようなものだったので、食事はその辺りを考慮した簡素なもので済ませるという共通認識だったし、昨夜まで食事を用意していた希咲もそのルールでメニューを調整していたからだ。


 逸らしていた目線を戻し、聖人はその目を気まずげなものから誠実な色へと
変える。彼は基本的に嘘を吐けない人だ。


「ほら? 無理を言って食事のルールを変えて料理も僕がするって言い出した手前さ? 七海が作ってくれてたものと比べて大きく質が落ちちゃったらダメだなって思って……」

「あー……」

「七海より美味しくするのは難しいけど、出来るだけ近付けたいなって。それでちょっと頑張りすぎちゃったというか……」

「ベツに食べられないレベルとかじゃなければ、そんなの気にしなくていいのに……」


 だが、彼はそう考える人だ。

 そして、自分はそれをわかっていたはずだ。


 今回の一連の騒動での自身の立ち回りとしては、多少我慢をしてでも調理に希咲自身も参加してパッパッと指示を出しながら手早く終わらせてしまうのが最適解だったようだ。


 彼らとのこういった団体行動をする際にはいつも希咲が炊事や家事などを担当することになる。それがもう自然なことに、暗黙の了解になっている。

 そのこと自体に完全に納得をしているわけでも、やりがい等を感じているわけでもないが、かといって押し付けられているわけでもない。


 他に任せられる人物がいないことも前提としてあるが、それでも自分から「やる」と申し出るくらいには、炊事や家事は希咲にとって嫌いなものではない。


 だが、それはテキパキと熟して上手に出来た時や、キレイに出来た時に達成感や気分の良さを感じるものであって、すぐにふざけたり邪魔をしたりする者たちを警戒しながらその作業を行う場合には多大なストレスを感じることになる。

 そういった理由から、希咲が料理をする時に彼らが参加してくることや、逆に彼らの作業に自分が参加していくことを避けたのだ。


 その結果としてこうなってしまうのを事前に予測することは十分に出来たはずだと希咲は反省をした。


「どうしたの七海?」


 そんなことを考えていたせいか、難しい顏になっていたようで、希咲の表情を窺うように聖人が覗きこんでくる。

 フッと、悟られぬ程度に細く鼻から溜息を漏らす。


「やっぱり七海もお腹空いたよね? 時間かけた分さ、結構美味しく出来たと思うから。冷めないうちにみんなで食べよう?」

(仕方ない、か)


 全然違うことを考えながら「違うわよ」と適当に言葉を返す。

 にへらと笑う。そんな聖人の悪気のない笑顔を見るとそんな気分になった。


 あともう少し自分が妥協をすればいいか、と。


 なにせ、彼には悪気はないのだ。

 もちろん、悪意も。


 実の兄妹ではあるが、そういった所は妹の紅月 望莱あかつき みらいとは真逆だ。


 望莱は確信犯的に他人に嫌がらせをしてその反応を見て楽しんでいる。

 聖人は完全善意で他人が喜ぶことをしてその結果に一喜一憂している。


 ただ、兄にしろ妹にしろ、彼らが何かをすれば最終的には希咲が大迷惑を被る結末になることが非常に多い。

 それでも、妹はともかくとして兄の方には悪気はないのだ。


 困っている人を助けたい救いたい、悪い奴を許せない。

 それが彼の行動原理だが、確かに事実としてその時その時の困っていた人は助かっていることが多いし、悪い奴も成敗されていることの方が多い。

 だが大抵の場合、元の話より問題と騒ぎが大きなものへと発展し、助けた人ややっつけた奴以外の人々への後始末へと奔走させられるのが希咲の悩みの種だ。


 ただ、やはり――


 希咲は聖人の悪気のない笑顔に目を向ける。


 この笑顔と昔からの付き合いによる情で、彼のことは憎めないのだ。


 いい奴だし、いいことをしているのだけれど。


(こういうとこ、ちょっと愛苗と似てるかも……)


 出会った順番的に、正確には水無瀬 愛苗みなせ まな紅月 聖人あかつき まさとに似ているとなるのが本来だ。

 しかし、思考の中でとはいえ、その順番に並べることは希咲には抵抗があった。


 人が善く、人が好きで、人の為になりたい。

 悪意や悪気などとは無縁で。

 そしてどこか抜けているところこそあれど、持ち前の明るさと元気さで憎めない。


 だが、決定的に彼女と彼の違うところは、愛苗は事件など起こさないという点だ。あとかわいい。


「うんうん」と頷いてから聖人をジロリと半眼で見遣る。

 突然睨まれた聖人はビクッと身を引かせた。

 何かにつけて希咲の手を煩わせ、その度に彼女に何とかしてもらっている自覚が彼にはあるので、基本的に希咲に頭が上がらないのだ。


 性質や本質は似ている気がするのに、現実での行動や振る舞いの結果がこうも違うのは何故なのだろうか。


 こんな比較の仕方はしたくはないが、聖人の方が色々な能力(主に戦闘能力)が高いせいで、現実に及ぼせる影響が大きすぎる為に大きな問題になることが多いのだろうか。

 だが、希咲としてはそんな影響力などは無い方が好ましく、なにより愛苗はとてもかわいい。


 他人と一緒に料理をすることが余り好きではないと先述したが、その相手が大好きな親友の愛苗ちゃんであれば話は別だ。

 彼女は一生懸命お手伝いをしてくれるし、時には希咲のために頑張ってお菓子を作ってくれたりもする。

 もしかしたら聖人にも同じ部分はあるかもしれないが、愛苗ちゃんは鍋を爆発させたり包丁を投げたりする女どもを呼び寄せたりもしない。彼女が一番希咲を大事にしてくれるのだ。


(だけど――)


 そんな彼女がもしも、聖人のような大きな力を持ってしまったら――


 その時彼女はどうなってしまうのだろうか。


 まさか聖人のように善いことをしようと、困っている人や悪い奴を探し回ったりしてしまうのだろうか。

 出来るからしなければならないと。


 希咲は幼い頃から繰り返されてきた聖人のそういった所に辟易としている。


 もしも彼女までそうなってしまったとしたら、今自分が彼女に対して抱いている感情もどうなってしまうのだろう。


(バカ七海……っ、なにも変わらないでしょ……!)


 ふと抱いた不安を頭を振って払う。


 大人しくて可愛いから。

 自分に都合がいいから。

 だから彼女が好き。


 そんなわけはない。

 自分はそんな酷い人間ではないし、そんな酷い感情は抱かない。


 仮に今しがた想像したとおりになったとしても、その時は自分が止めてあげればいいだけのことだ。


 聖人という前例のせいで身を以て知っている。


 それは善いことかもしれないが、好いことではない。


 だからきっと止めてあげなければ。

 彼女は聖人と違ってちゃんと希咲の話も聞いてくれるし、どうにかなるだろう。

 どうにかしなければならない。


 それが出来なければ自分に水無瀬 愛苗の親友を名乗る資格はないと、希咲は心に誓い、そして現実味のない想像だと頭から切り離す。

 暴力や争いと無縁な愛苗が突然力に目覚めて世直しをし始める想像など妄想にも等しい。


「七海……? どうかした?」

「ん。なんにも」


 突然睨みつけてきたと思ったらそのまま何やら考え込んでしまった様子の希咲を怪訝に思ったのか、聖人から声をかけられる。


 触れてほしくないので適当に流して、また自分でもこれ以上このことを考えないで済むようにテーブルの上の料理へ目を向けた。


 大きめのお皿に蒸した白身魚がちんまりと居座っており、その上に切った野菜が乗せられ、ガラ空きのお皿のスペースにはオサレに色鮮やかなソースが散らされている。


「見た目は問題なさそうね」


 彼の料理の腕のほどは知っているので素直にそう評価する。


「兄さんは女を悦ばせる為だけに生まれてきましたから」


 すると、ここまで大人しく黙っていた望莱が乗っかってくる。


(なまいき)


 きっと今しがたの自分の心情を察しとってオチャラけて話を逸らすのに協力してくれたのだろう。


 悪意塗れの悪気満載で意地悪や悪戯ばかりをする彼女を憎めないのはこういうところだ。


 ここは生意気な妹分の気遣いにこちらも乗らせてもらおうと希咲は決める。


「そう? あたしは喜んだことないけど?」


 イタズラげな流し目で彼女に応える。


「それはえっちしなきゃだめです。兄さんの寵愛を受けたければ身体を――手始めに処女を差し出してください」

「絶対イヤよ! あたし自分でごはん作れるし! ワリに合わなすぎでしょ!」

「ワガママ言うんじゃありません!」

「あんたこそ何ですぐそういうこと言うの⁉ せっかくアリガトって思ったのに、もうっ! サイテーッ!」

「えー?」


 ガァーっと怒られたみらいさんは、昨日は「あたしヤリヤリだからぁー」とイキっていたお姉さんが処女を否定しなかったことに一定の満足感を得た。


「ちなみにこれはわたくしが作りましたわ!」


 みらいさんのコンプラ無用の下ネタによって希咲の気分は台無しになったが、今度はマリア=リィーゼ様が話を変えてくれる。

 しかし彼女のそれは気遣いなどではなく、純粋に自らの手柄をアピールしてイキリたいだけのことだったので特に感謝は感じなかった。


「オマエが? ホントかよ……」


 誇らしげに大きなお胸を張る第一王女様に蛭子が胡乱な瞳を向ける。


「その魚に乗っている葉っぱを千切っていたのは確かだな」


 その疑問に答えたのは天津 真刀錵あまつ まどかだ。


「それ作ったって言えんのか?」

「本人がそういうのならそうなんじゃないのか」

「だめじゃねぇか……」

「この愚かな女に火や刃物を使わせるわけがないだろう」

「なんですの! 不敬ですわよマドカ!」


 天津の物言いと実情の暴露に王女様が憤慨するが、天津は取り合わなかった。


「ちなみにこの魚は私が斬った」

「さすが真刀錵ちゃんです。ナイス女子力」

「うむ」

「うむ、じゃないわよ……。『切った』のニュアンスが女子力低そうあたしには感じられたんだけど……」


 げんなりとした表情で希咲が指摘するが、真刀錵さんはコクリと頷いたきり黙ってしまった。

 喋るのに飽きたのだ。

 彼女はいつもこうなので特に誰も追及をしない。


「結局ほとんど聖人が作ったのね……」

「あはは……、そんなことないよ。二人とも手伝ってくれたし」


 どんな時も女性へのフォローを怠らないイケメン様は言葉とは裏腹に若干目が泳いでいた。


「ったくよぉ。女二人も着いてってこれかよ。使えねえな」

「んま。蛮くんが女性差別をしました。時代感にそぐわぬ発言です。味噌滲みストーブです」

「ア? 意味わかんねえこと言うなや。つか事実だろ」

「なるほど。蛮くんの主張はわかりました。じゃあスマホを貸してください」

「オマエの『じゃあ』はおかしい。なんでスマホなんだよ。ゼッテェ貸さねえけど」

「蛮くんのSNSで今の発言を投稿します。どちらが正しいか世間様の“ごいけん”を伺ってみましょう」

「待て。俺が悪かった。絶対やめろ」


 蛭子 蛮ひるこ ばんは例え十数名の不良に囲まれようとも一歩も退かない男であると、美景市内で有名な不良である。

 しかし現代型のヤンキーである蛭子くんはSNSの炎上についてはしっかりとビビッていた。


「んもぅ、蛮くんのヘタレヤンキー」

「ヘタレじゃねえよ! テメェがイカレすぎてるだけだ!」

「ところで蛮くんってお尻の穴が弱そうですよね?」

「こ、このガキ……ッ! マジでいっぺんブン殴ってやろうか……!」

「ちょっとあんたたち、これからごはん食べるんだからそんな話しないでよ」

「オレを含めるんじゃねえよ!」


 蛭子くんが切実な訴えをするが、いつも望莱にいいように言い負かされる彼のヘタレな部分に呆れている希咲さんはジト目だ。

 グッと悔し気に蛭子は感情を引っ込めるが、頭がイカレているみらいさんは物怖じすることなどなくウザ絡みをしていく。


「おやおやぁ? 七海ちゃん? わたしはお尻が弱いと言っただけなんですが、『そんな話』とは一体どういう話ですかぁー?」

「は? えっ……? し、しらないしっ」

「えー? でもナニか想像しましたよね? じゃなきゃ『そんな』なんて言わないですよねー?」

「ダメだよ、みらい。あんまり七海を困らせちゃ」


 みらいさんが意気込んで七海ちゃんへのセクハラを開始すると、ちょうどテーブルへやってきた兄に窘められた。

 聖人はまた新たな皿をテーブルに置く。

 どうやら他のメンバーが騒いでいる間に他の料理をキッチンから運んできていたようだ。


 チッと、小さく舌打ちをして――


「はぁい、兄さん」


――ニッコリした笑顔を望莱が兄へと向けた。


 その音は希咲にだけ聴こえていて、フゥと小さく鼻から息を漏らす。


 その音も望莱にだけ聴こえていて、今度は希咲へにっこりと微笑む。


 そしてみらいさんがチュチュッと唇を鳴らして求愛行動をしてきたので、希咲は彼女の顔面を手で押しやる。

 するとその掌をベロベロと舐めまわされた。


「ギャーーっ⁉ なにすんのよ! きたないわねっ!」

「あはは。はい、これ。おしぼり」


 ペイっとみらいさんを投げ捨てて、聖人が苦笑いしながら差し出してきたおしぼりを受け取ると、希咲はすぐに手を拭く。


「みんな悪いんだけど料理を運ぶのを手伝ってくれる? まだ結構あるんだ」


「んん?」とテーブルを見遣ると、希咲たちがお喋りをしている間に彼が運んできたのは残りの人数分の魚料理と、スープの入った皿が3皿のようだ。

 流石に時間をかけただけはあって、しっかりとメニューを揃えてきたらしい。


 聖人の呼びかけにメンバーたちは思い思いの反応をする。


「はぁーい」と元気に返事をしてテテテっとみらいがキッチンへ駆けていき、天津は無言で席を立ちキッチンへ歩いて向かう。

 そしてその後を気怠そうに返事をして蛭子が着いて行った。


「あ、七海は座ってていいよ」


 さて、自分も動こうかと希咲が席を立ちかけると、聖人からそのように言われる。


「ん? なんで? あたしも手伝うわよ?」


 純粋に意図がわからなかったのでコテンと首を傾げて彼に問う。


「いいよ。七海にはいつも一人でやらせちゃってるし、ほら、昼は僕たちでやるって言ったろ? たまにはゆっくりしててよ」

「そ? じゃあお言葉に甘えよっかな」

「うん」


 聖人はにっこりと微笑むと自分も再びキッチンへ向かっていった。


『あの笑い方は兄妹でちょっと似てるわねー』とのんびりとしたことを考えた後、希咲は自分がポツンとテーブルに残されたことを自覚する。

 そして急激に猛烈な不安感に襲われた。


(だだだだ、だいじょうぶ……、よね……? ただお料理運ぶだけ、だし……?)


 そう自分に言い聞かせながら、膝にのせたお手てをギュッと握り、椅子に座る身を若干硬くする。


「ナナミ? 紅茶を淹れてくれませんこと?」


 手伝う気ゼロ――というより、聖人の言った『みんな』に自分が含まれているとはカケラも考えない着席済みの王女様がそんなことを命じてきたが、希咲はそれを無視する。

 そして、ひたすら『何事もおきませんよーにっ』と食前の祈りを何処にいるのかわからない神様へと捧げた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ふと思ったこと

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:271pt お気に入り:2

修羅と丹若 (アクションホラー)

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:3

繁殖から始まるダンジョン運営

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:13

短歌・俳句集 ガラスの箱から溢れる星の欠片

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...