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あなたのことだけ考えた
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さて、士匄と言えば、既に趙武を『見始め』ている。『根性のある後輩』という褒め言葉は、将来こき使うに便利だろうという値踏みである。まあ、趙武の後頭部を殴るくらいの威力はあったろう。恋愛対象とされない褒め言葉は心に重い。
ここから揺さぶり、趙武から恋愛感情を引き出さねばならない。そうして、愛欲の日々を手に入れたい。
ただ、ひとつ困ったことに、士匄は趙武を好ましいと思っていても未だ恋心はない。性欲を趙武に握られてるが、愛欲をかきたてられているわけではない。
父が他国の使者の相手をしている横で、士匄は侍りながら、まあどうにかなるだろう、とタカをくくっていた。恋愛は思い込めばなんとかなる。恋歌を送りあえば勝手に盛り上がるように、どうとでもなる。
同席している趙武は、外交のやりとりを食い入るように見つめ、頷いている。メモなど持ち込めないわけだから、必死に覚えようとしているのである。
仕事に誠実な男になるであろう。真面目で、途中で投げ出すことなく地道に努力し、根性がある。そしてオクテおぼこ、恋愛を忌避するほどの未成熟。そこまで考えて士匄は鼻にしわをよせた。
――趙武はこちらを愛玩物と勘違いしていないか。
なんとなく浮上した思いつきに、士匄は不快を覚えたが、父と使者の言葉は一字一句漏らさず聞いたし、なんなら問いかけられ答えを促されれば、完璧に答えた。
結局この日、趙武とはたいして進展しなかった。一日程度で出てもいない芽が大木にならなかったと怒るバカはおるまい。ただ、常に速攻の士匄は、手応えが思ったより無かったと不満であった。
士匄は本腰を入れることにしている。本気で口説くなら、まず己が好きになる、というのが士匄の信条――というより技術である。
「まあ、顔は良い。女のそれであるが」
ある日、仕事を休んで家僕どもに頭を洗わせたあと、士匄は脳裏にあの美貌を思い浮かべながら呟いた。恋愛宣言した日から、進展はあまり無い。
「そろそろ乾いたのではないかしら」
妾が少し姉ぶって言う。この女は洗った髪を丁寧に水滴をぬぐい、ふき、麻の布に湿気を吸わせていた。士匄などよりよほど注意深く見ている。乾いたと言うならそうなのであろう。士匄は黙って委ねる。妾は香りの良い生薬をとると、長い髪に馴染ませながら櫛で優しく梳いていく。士匄は猫が撫でられたときのように、心地よさで無防備な顔をする。
「……あいつの顔に惚れた、では芸もないし頭も悪い。他だ、他」
恋を覚えるに芸が必要なのか極めて不可解であるが、士匄は脳裏の顔を打ち消し吐き捨てた。
「まず、真面目。したたかであるが控えめであり、努力家で根性がある………なんだこいつ、つまらんな」
「まあ、旦那様。次の花は華やぎが無いのですね」
妾がからかうように言った。士匄は肩をすくめ、
「顔だけは華やかだ」
と言った。人の好みはあれど、趙武はそれを超えて
美しい
と言わざるを得ない顔であり姿である。ただ、男の魅力では全く無い、というだけであった。
「美人で真面目、とは遊びの相手にはもったいないことです。身分よければ妾に、悪ければ端女のつかさになされば良い。花は近くにもございます、我が主である私の従妹をもう少し可愛がってあげて」
他所ばかり見てないで妻を見ろ。そういったきつい言葉の内容に反して、柔らかい声音で、妾が士匄の頭に生薬を垂らして撫でつけ、丹念に髪を梳く。
「女ではない。今度は男だ、ガチで口説くゆえ、本気で恋をしようと思うが、どうも面白みなきガキで、なおかつオクテおぼこ童貞くさい」
おとこ、という言葉で一瞬止まるが、妾は気を取り直して髪を梳く。今まで寵童など連れてきたことがない夫である。そんな趣味があれば堂々と侍らしているに違いない。
「……本当に知らないのであればおくてなのも仕方ないわ。そんなうぶな人を籠絡するのもお得意でしょう」
妾は己の従妹、士匄のいまだ初々しい正妻を思い出しながら、くしけずる。ともあれ、この妾は己の分を弁えている。こちらの姉ぶった態度にこの年下の夫は甘え、身の回りの世話をさせる。母性本能をくすぐる仕草をする。それでは母性を求めてきているかといえば、違う。相性の合った壁打ちである。士匄は舌禍の体質らしく、物事を考えるときに口に出して他者の合いの手がほしいタイプなのである。
「そのつもりだったが、存外手強い。いや、それよりも、だ。わたしがあいつの何を好きになるか、しょうもないこれに困っている」
士匄は途方に暮れた声をあげた。極めて珍しく、少なくとも妾ははじめて見た。
「そこまでして好きにならなくてもよろしいのでは」
「お前もアレと同じことを言う」
あら、相手の誰か知らないけど男もそう思ったんだ、と妾は同情した。
「あいつが、趙孟こそがそう言いながらわたしに好かれたがっている。どうでもよければ、ご自由に、と言うタイプだ、アレは」
誰だか知らぬ男に名がついたが、妾は黙っていた。壁打ちが独り言になったと判じた。
「わたしに好かれたかったら素直にそう示せば良い、言えとは言わぬ、そこを焦らすのも楽しいものでは、ある」
士匄はそこまで言って考え込む。かわいいと言って抱き貫き撫でてくる瞬間、たしかに趙武は士匄を愛でている。それを恋として出せ、と思うのだが、見せてこない。士匄からすれば、趙武の一連の言動は、所有は望めど心を添わさないと言い切っているに等しいのだ。
体だけの関係は安心できない、所有化したい、となれば、たしかに恋愛は邪魔である。愛玩物はただ愛され媚びれば良い。つまり趙武の一方的な愛玩を受け支配され股を開くのが士匄の幸せとなる。
「ち。わたしらしくない、卑しい発想をした」
士匄は舌打ちして首を振った。いつのまにか、妾はおらず、士匄の頭はきっちりと結い上げられていた。日は傾き始めている。
士匄は、趙武の美しい所作、丁寧な儀礼、先達の言葉を聞き漏らさぬとする姿勢を思い返し
「ああいったところは、まあ、美しい」
と呟く。この日、士匄は趙武に一度も会わなかったが、一日中趙武のことばかり考えた。見た目が良く、根性があり努力家でその研鑽が美しく、そして士匄を見る目はどろっとしており、その行いは粘っこく絡みつき、言うこととやることがちぐはぐな、趙武のことばかり考えて、一日が終わった。
ここから揺さぶり、趙武から恋愛感情を引き出さねばならない。そうして、愛欲の日々を手に入れたい。
ただ、ひとつ困ったことに、士匄は趙武を好ましいと思っていても未だ恋心はない。性欲を趙武に握られてるが、愛欲をかきたてられているわけではない。
父が他国の使者の相手をしている横で、士匄は侍りながら、まあどうにかなるだろう、とタカをくくっていた。恋愛は思い込めばなんとかなる。恋歌を送りあえば勝手に盛り上がるように、どうとでもなる。
同席している趙武は、外交のやりとりを食い入るように見つめ、頷いている。メモなど持ち込めないわけだから、必死に覚えようとしているのである。
仕事に誠実な男になるであろう。真面目で、途中で投げ出すことなく地道に努力し、根性がある。そしてオクテおぼこ、恋愛を忌避するほどの未成熟。そこまで考えて士匄は鼻にしわをよせた。
――趙武はこちらを愛玩物と勘違いしていないか。
なんとなく浮上した思いつきに、士匄は不快を覚えたが、父と使者の言葉は一字一句漏らさず聞いたし、なんなら問いかけられ答えを促されれば、完璧に答えた。
結局この日、趙武とはたいして進展しなかった。一日程度で出てもいない芽が大木にならなかったと怒るバカはおるまい。ただ、常に速攻の士匄は、手応えが思ったより無かったと不満であった。
士匄は本腰を入れることにしている。本気で口説くなら、まず己が好きになる、というのが士匄の信条――というより技術である。
「まあ、顔は良い。女のそれであるが」
ある日、仕事を休んで家僕どもに頭を洗わせたあと、士匄は脳裏にあの美貌を思い浮かべながら呟いた。恋愛宣言した日から、進展はあまり無い。
「そろそろ乾いたのではないかしら」
妾が少し姉ぶって言う。この女は洗った髪を丁寧に水滴をぬぐい、ふき、麻の布に湿気を吸わせていた。士匄などよりよほど注意深く見ている。乾いたと言うならそうなのであろう。士匄は黙って委ねる。妾は香りの良い生薬をとると、長い髪に馴染ませながら櫛で優しく梳いていく。士匄は猫が撫でられたときのように、心地よさで無防備な顔をする。
「……あいつの顔に惚れた、では芸もないし頭も悪い。他だ、他」
恋を覚えるに芸が必要なのか極めて不可解であるが、士匄は脳裏の顔を打ち消し吐き捨てた。
「まず、真面目。したたかであるが控えめであり、努力家で根性がある………なんだこいつ、つまらんな」
「まあ、旦那様。次の花は華やぎが無いのですね」
妾がからかうように言った。士匄は肩をすくめ、
「顔だけは華やかだ」
と言った。人の好みはあれど、趙武はそれを超えて
美しい
と言わざるを得ない顔であり姿である。ただ、男の魅力では全く無い、というだけであった。
「美人で真面目、とは遊びの相手にはもったいないことです。身分よければ妾に、悪ければ端女のつかさになされば良い。花は近くにもございます、我が主である私の従妹をもう少し可愛がってあげて」
他所ばかり見てないで妻を見ろ。そういったきつい言葉の内容に反して、柔らかい声音で、妾が士匄の頭に生薬を垂らして撫でつけ、丹念に髪を梳く。
「女ではない。今度は男だ、ガチで口説くゆえ、本気で恋をしようと思うが、どうも面白みなきガキで、なおかつオクテおぼこ童貞くさい」
おとこ、という言葉で一瞬止まるが、妾は気を取り直して髪を梳く。今まで寵童など連れてきたことがない夫である。そんな趣味があれば堂々と侍らしているに違いない。
「……本当に知らないのであればおくてなのも仕方ないわ。そんなうぶな人を籠絡するのもお得意でしょう」
妾は己の従妹、士匄のいまだ初々しい正妻を思い出しながら、くしけずる。ともあれ、この妾は己の分を弁えている。こちらの姉ぶった態度にこの年下の夫は甘え、身の回りの世話をさせる。母性本能をくすぐる仕草をする。それでは母性を求めてきているかといえば、違う。相性の合った壁打ちである。士匄は舌禍の体質らしく、物事を考えるときに口に出して他者の合いの手がほしいタイプなのである。
「そのつもりだったが、存外手強い。いや、それよりも、だ。わたしがあいつの何を好きになるか、しょうもないこれに困っている」
士匄は途方に暮れた声をあげた。極めて珍しく、少なくとも妾ははじめて見た。
「そこまでして好きにならなくてもよろしいのでは」
「お前もアレと同じことを言う」
あら、相手の誰か知らないけど男もそう思ったんだ、と妾は同情した。
「あいつが、趙孟こそがそう言いながらわたしに好かれたがっている。どうでもよければ、ご自由に、と言うタイプだ、アレは」
誰だか知らぬ男に名がついたが、妾は黙っていた。壁打ちが独り言になったと判じた。
「わたしに好かれたかったら素直にそう示せば良い、言えとは言わぬ、そこを焦らすのも楽しいものでは、ある」
士匄はそこまで言って考え込む。かわいいと言って抱き貫き撫でてくる瞬間、たしかに趙武は士匄を愛でている。それを恋として出せ、と思うのだが、見せてこない。士匄からすれば、趙武の一連の言動は、所有は望めど心を添わさないと言い切っているに等しいのだ。
体だけの関係は安心できない、所有化したい、となれば、たしかに恋愛は邪魔である。愛玩物はただ愛され媚びれば良い。つまり趙武の一方的な愛玩を受け支配され股を開くのが士匄の幸せとなる。
「ち。わたしらしくない、卑しい発想をした」
士匄は舌打ちして首を振った。いつのまにか、妾はおらず、士匄の頭はきっちりと結い上げられていた。日は傾き始めている。
士匄は、趙武の美しい所作、丁寧な儀礼、先達の言葉を聞き漏らさぬとする姿勢を思い返し
「ああいったところは、まあ、美しい」
と呟く。この日、士匄は趙武に一度も会わなかったが、一日中趙武のことばかり考えた。見た目が良く、根性があり努力家でその研鑽が美しく、そして士匄を見る目はどろっとしており、その行いは粘っこく絡みつき、言うこととやることがちぐはぐな、趙武のことばかり考えて、一日が終わった。
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