25 / 48
あなたに芍薬を
しおりを挟む
時折、これけっこう大きい葉ですね、と問いかけられ、そうだな、と静かに返しながら、士匄は少しずつ息を整えた。正直なところ、ここまで照れたのは初めてであろうし、恋情で苦しいと思ったのも初めてである。そして、それ以上に恐怖があった。趙武は全く自覚がないらしく、どのくらい摘めば良いのでしょうかねえ、などとのんびり宣っている。目に見えるぶんだけ全て我が物にすればよい、と返せば、
「あなたは本当に貪欲で」
と笑われた。
――お前が言うな。
これにつきる。士匄はよく叫び出さなかったと、己を褒めた。
思い出などという、都合の良い風化した遺物に興味はない。今この瞬間の想いこそが全てである。
己との心と体の交わりを、そこまで言われて有頂天にならぬやつがおるか、と士匄はいっそ叫びたかった。快楽に弱く顕示欲強いこの青年は、口説き文句であれば有頂天になっていたであろう。情熱的な口説き文句はそのまま己の価値である。が、趙武は口説いたわけではなく、己の価値観を語りながら士匄へ愛を紡いだわけである。無意識なのだ。
趙武の、この絡みつく粘性は、士匄を陶酔させていく。子供のように葉を摘み、顔を見合わせて笑い合うこの瞬間が愛しくなる。趙武はわかるまいが、これは良い思い出になる。二人で摘んだ葉を煎じて飲めば、この時間が永遠のものになり、残った葉を天に捧げれば想いは永遠であろう。常であれば重く野暮ったいとせせら笑うこれを、士匄は楽しんだ。趙武は共に葉を摘むことを純粋に楽しんでいるようであった。
「口づけが欲しい」
士匄は少し覆い被さるように迫り、請うた。趙武が一瞬だけ目を丸くしたが、頷いて唇を合わせた。一度、二度軽く合わせた後、深く貪る。士匄の手が緩み、葉が落ちかけた瞬間に趙武が身を離して手ふき用の布を出した。
「これに、葉を包みましょう。落ちてしまえば、草むらの中に紛れてしまう」
つまらない男、と揶揄されるだけに、趙武が冷静に葉を全て布の中におさめたたみ、袂の中に入れた。士匄は無粋め、と気が削がれることもなく、趙武を引き寄せて再び口づけをした。趙武が士匄の胸に手を添え、深く受け入れる。前のめりになり手をつくと、柔らかい草と湿気た土の感触が伝わってきた。場を渡る風はまだ冷たいが、照りつける陽光はじわりと暖かい。そして、繋がった唇は熱かった。
唇が離れた瞬間に
「好きだ、恋しい」
と士匄は言った。熱く深く、彼には珍しく重みのある声音であった。趙武が、あほうのように口を開いてじっと見てくる。この期に及んで彼は言葉で返さなかった。士匄の胸に虚しさと怒りがわいた。遊びと戯れで恋を嗜む士匄を、泥のような恋情へ引きずり込んだのは趙武だろう、と腹立たしくもあった。
ふっと、趙武が離れる。
「お待ちを」
それだけを言って、駆け出した。放り出された士匄は茫然とそれを見送るしかない。この気持ちを躱されてしまったなら、もはや悲惨である。無様だ、とも思った。
趙武が戻ってきて再び座ると、花を一輪差し出した。細くよれよれで、見栄えはよくない。それもそのはず、この時期に咲くには早い花であった。春のさなかに咲くそれが、間違えて育ってしまったのであろう。
「えっと。芍薬です。あなたに幸せを」
「共に幸せになろうというのか」
民の求婚かよ、と士匄は鼻白んだ。それは約定でもある。愛の言葉もなくどこまで縛りつけたいのか、とも思った。
「いいえ。ただ、あなたが幸せになれば私の喜びと思ったのです。私を恋しいと仰るあなたが、幸せになってほしいと思いました」
共に、は思いつきませんでした、と趙武が自嘲した様子で言った。自分の手の裡でなくても良い、幸あれ。素朴で素直で、粘性さのかけらない透明な言葉であった。士匄はぼんやりと眺めながら、そっと手にとった。趙武の指先が一瞬だけ触れる。ちりちりと焼け焦げるような感覚であった。
「……もしかすると。ええ、そうです、きっとこの気持ちです」
趙武が花をぼんやり眺めていた士匄を覗きこむ。柔和な笑みに少々の色味を乗せて、艶然と笑っている。その、白くて細い指が、士匄の頬を撫でた。
「今、私はあなたが恋しい。欲しいと思い、幸せになってほしいと思います。あなたの幸せを思うと喜びがわく。私がたとえいなくても、死んでしまっても、あなたが幸せなら我が喜びとなりましょう」
「……まあ、お前よりは長く生きる自信はある。しかしあれだ。自分が幸せにしてやろう、という気概がないのか」
ようやく砕けた声で、士匄は言った。趙武がふふ、と声を出して笑う。少々苦笑しているようにも見えた。
「私はそこまで傲慢じゃないです、あなたじゃあるまいし。でも、幸せなあなたは欲しい。幸せで満ち足りたあなたが、とても欲しい」
抱きしめ、趙武が粘性を以てささやいてくる。士匄はそのじわり延焼する炎に包まれる心地で目をつむった。唇に唇が触れる。受け入れると、少しずつ深くなっていき、甘い陶酔が訪れた。士匄は押してくる趙武に身を任せ、そのまま草むらに倒れ込んだ。
「あなたは本当に貪欲で」
と笑われた。
――お前が言うな。
これにつきる。士匄はよく叫び出さなかったと、己を褒めた。
思い出などという、都合の良い風化した遺物に興味はない。今この瞬間の想いこそが全てである。
己との心と体の交わりを、そこまで言われて有頂天にならぬやつがおるか、と士匄はいっそ叫びたかった。快楽に弱く顕示欲強いこの青年は、口説き文句であれば有頂天になっていたであろう。情熱的な口説き文句はそのまま己の価値である。が、趙武は口説いたわけではなく、己の価値観を語りながら士匄へ愛を紡いだわけである。無意識なのだ。
趙武の、この絡みつく粘性は、士匄を陶酔させていく。子供のように葉を摘み、顔を見合わせて笑い合うこの瞬間が愛しくなる。趙武はわかるまいが、これは良い思い出になる。二人で摘んだ葉を煎じて飲めば、この時間が永遠のものになり、残った葉を天に捧げれば想いは永遠であろう。常であれば重く野暮ったいとせせら笑うこれを、士匄は楽しんだ。趙武は共に葉を摘むことを純粋に楽しんでいるようであった。
「口づけが欲しい」
士匄は少し覆い被さるように迫り、請うた。趙武が一瞬だけ目を丸くしたが、頷いて唇を合わせた。一度、二度軽く合わせた後、深く貪る。士匄の手が緩み、葉が落ちかけた瞬間に趙武が身を離して手ふき用の布を出した。
「これに、葉を包みましょう。落ちてしまえば、草むらの中に紛れてしまう」
つまらない男、と揶揄されるだけに、趙武が冷静に葉を全て布の中におさめたたみ、袂の中に入れた。士匄は無粋め、と気が削がれることもなく、趙武を引き寄せて再び口づけをした。趙武が士匄の胸に手を添え、深く受け入れる。前のめりになり手をつくと、柔らかい草と湿気た土の感触が伝わってきた。場を渡る風はまだ冷たいが、照りつける陽光はじわりと暖かい。そして、繋がった唇は熱かった。
唇が離れた瞬間に
「好きだ、恋しい」
と士匄は言った。熱く深く、彼には珍しく重みのある声音であった。趙武が、あほうのように口を開いてじっと見てくる。この期に及んで彼は言葉で返さなかった。士匄の胸に虚しさと怒りがわいた。遊びと戯れで恋を嗜む士匄を、泥のような恋情へ引きずり込んだのは趙武だろう、と腹立たしくもあった。
ふっと、趙武が離れる。
「お待ちを」
それだけを言って、駆け出した。放り出された士匄は茫然とそれを見送るしかない。この気持ちを躱されてしまったなら、もはや悲惨である。無様だ、とも思った。
趙武が戻ってきて再び座ると、花を一輪差し出した。細くよれよれで、見栄えはよくない。それもそのはず、この時期に咲くには早い花であった。春のさなかに咲くそれが、間違えて育ってしまったのであろう。
「えっと。芍薬です。あなたに幸せを」
「共に幸せになろうというのか」
民の求婚かよ、と士匄は鼻白んだ。それは約定でもある。愛の言葉もなくどこまで縛りつけたいのか、とも思った。
「いいえ。ただ、あなたが幸せになれば私の喜びと思ったのです。私を恋しいと仰るあなたが、幸せになってほしいと思いました」
共に、は思いつきませんでした、と趙武が自嘲した様子で言った。自分の手の裡でなくても良い、幸あれ。素朴で素直で、粘性さのかけらない透明な言葉であった。士匄はぼんやりと眺めながら、そっと手にとった。趙武の指先が一瞬だけ触れる。ちりちりと焼け焦げるような感覚であった。
「……もしかすると。ええ、そうです、きっとこの気持ちです」
趙武が花をぼんやり眺めていた士匄を覗きこむ。柔和な笑みに少々の色味を乗せて、艶然と笑っている。その、白くて細い指が、士匄の頬を撫でた。
「今、私はあなたが恋しい。欲しいと思い、幸せになってほしいと思います。あなたの幸せを思うと喜びがわく。私がたとえいなくても、死んでしまっても、あなたが幸せなら我が喜びとなりましょう」
「……まあ、お前よりは長く生きる自信はある。しかしあれだ。自分が幸せにしてやろう、という気概がないのか」
ようやく砕けた声で、士匄は言った。趙武がふふ、と声を出して笑う。少々苦笑しているようにも見えた。
「私はそこまで傲慢じゃないです、あなたじゃあるまいし。でも、幸せなあなたは欲しい。幸せで満ち足りたあなたが、とても欲しい」
抱きしめ、趙武が粘性を以てささやいてくる。士匄はそのじわり延焼する炎に包まれる心地で目をつむった。唇に唇が触れる。受け入れると、少しずつ深くなっていき、甘い陶酔が訪れた。士匄は押してくる趙武に身を任せ、そのまま草むらに倒れ込んだ。
20
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
有能課長のあり得ない秘密
みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。
しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる