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第88話 桜花
しおりを挟む「あ?何だあれは…零戦?いや、零戦は緑色か。お前何をした!」
「…知らない人も多いか……なんせ…戦争中に数回しか…使われなかったからな。」
この戦闘機…いや、戦闘機というのもおかしいか。この機体に乗って生きて帰れる人間はいない。語れるものは訓練で乗ったか見たものだけだろう。戦時中に対軍艦用の兵器として使われた。
この特殊兵器、いや特攻兵器の名は桜花。機体そのものが爆弾となり軍艦に特攻するミサイル兵器だ。まあミサイルというのも変かもしれない。何せこの手の兵器は他に類を見ない。この兵器はパイロットが自ら操作して戦艦に突撃する兵器なのだ。
「桜花は…爆弾さ…ここに…墜落させる…もう…ここにいる誰も…助からない…」
「何をバカな!そんなことできるはずがない。そんなことをすればお前も死ぬぞ!それでも」
「覚悟の上だ…死なば諸共…ってな……目標を定めて…点火されたら…最後だ…死神が…超特急で……くるぞ…」
桜花の最高時速は900キロを超える。今回のように真下に撃ち下ろす場合には時速1000キロにも到達するかもしれない。そんな超高速で飛行する桜花は銃弾で撃ち落とすことも困難、アメリカ軍からこの兵器はバカ爆弾とも言われた。そしてそんな桜花がこの世界で初めて使用された。たった一人の男を倒すために。
「や、やめろ…悪かったよ…俺が悪かった…な?」
「もう遅い…すでに発射された…桜花を止める術はない。さあ…もうこちらに…狙いを定めているぞ…なんせ…煙と残り火でこの場所は…空からよくわかる…」
闇夜ではこの場所が残り火で照らされてよくわかる。散々火炎瓶でこの辺りを燃やしたからな。大体の当たりをつけて墜落すれば余波だけでも十分人一人くらい殺すことなど可能だ。カイは悲鳴をあげて逃げようとする。
「そいつを抑えるのはもういい!俺を抱えて逃げろ!!」
カイの足ではここから逃げ切ることは不可能だろう。しかし魔法の訓練をちゃんとこなしている兵士ならば可能性はある。ある程度逃げれば兵士を盾にする方法もある。そこまですれば魔法のあるこの世界では生き残れる可能性はないとは言えない。兵士は俺から手を離しカイを抱えようとする。
「させねぇよ…」
俺は最後の気力を振り絞りジャギックからもらった相手を鎖で縛り付ける拘束具を発動させる。鎖は見事に兵士に絡みつき動きを封じる。さらに持ち手の部分を作動させれば杭が飛び出し、地面へと突き刺さる。さらにもう一度発動させれば拘束した相手を引き寄せることもできる。
これは後もう一本ある。それを使ってカイも拘束しようとする。しかしカイはそれに気がつき一目散に逃げていく。しかしその逃げ足は今までの戦闘で疲弊しているためお世辞に早いとは言えない。だがこの距離では拘束は難しい。
まああの程度の速さなら気にする必要もない。俺は天を仰ぐ。俺の両目にはこちらを向いた桜花がわずかに見えた。これが人生最後の光景だ。
この世界に来てからしばらくがたった。良いこともあったし悪いこともあった。だが楽しい人生だったと言えるだろう。人に感謝されることもあった。そして最後は誰かのために命をかけたのだ。
誰かのために命を捨てるなんて馬鹿げたことのように思っていたが、これが意外といい気持ちなのだ。俺の死後、誰かが悲しんでくれる。誰かが俺に感謝の言葉を述べてくれる。地球にいた頃の…あの部屋にいた頃の俺では考えもつかないことだ。
こんな人生誰が想像しただろうか。こんな人生俺以外に送れるやつがいるだろうか。そう思うとなんか嬉しくなってくる。俺はこの世界にちゃんと生きたっていう証明ができたようだ。俺がこの世界に生きたっていう証明を俺以外の誰かがしてくれる。
「ああ、いい人生だった…最高の人生だ…」
一つ心残りなのは俺がせっかく作った店は潰れるだろうな。ああ、それと使い魔たちも俺がいなくなったら死んでしまうのだろうか。そう考えると心残りができてしまう。
この目から溢れる涙はそんな後悔の涙ではないと信じたい。死にたくないという想いから出たものだと思いたくない。だってそんなことを思ってしまったら本当に死ねなくなってしまう。
俺一人の命で大勢の人間が助かるのだからそれはきっといいことなのだ。ああ、この巻き添えを食った兵士の人はかわいそうだな。この人だけでも逃がしてやりたいが、そうすることはできないだろう。
俺の中でいろんな想いが交錯する。思いたくない想いまで交錯してしまう。しかしそんな想いとは関係なく。桜花のエンジンが作動し、後方のロケットエンジンが点火する。
その光景はまるで流星のようだった。超高速で向かって来ているはずなのにまるでスローモーションのように見えた。最後の光景がこれほど美しいものならまあ良いか、そう思うようにした。
時速1000キロ近くで地表面に墜落した桜花は巨大な地響きとともに爆炎と轟音、さらに土砂を巻き上げた。
桜花、史上初の対人爆撃であった。
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