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第87話 最終手段

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「ぶ、ぶっごろじでや゛る…」

 俺はすぐにその場から転がり、退避する。カイは俺が元いた場所を踏みつけている。軽く地響きがする。カイに残っている魔力はだいぶ減らしたはずだが、それでも俺には十分すぎる脅威と言える一撃だ。

 俺はとにかくその場から立ち上がり逃げる。カイは火傷のせいもあってなかなか動けずにいる。もう一度先ほどの火炎瓶コンボを食らわせてやりたいところだがどちらの手も物を掴んで投げることは難しい。

 カイに再び回復の機会を与えるのは正直厳しい気もするが、俺も回復の時間が必要だ。カイが見える範囲内で距離を取り、まずは右手の手首からはめる。しかしそんなことをやったことはない。それでもなんとなくでやるしかないのだ。地面に右手をつき、手首のはまりそうな角度で思いっきり地面に押し付ける。

 しかし数回程度では激痛が走るだけでうまくはまっている気がしない。それでも諦めずに何度もやっているとグキリと何かがハマる感触がした。右手が動くことを確認するとすぐに左肩の処置にも入る。

 左肩も無理やり地面に叩きつけているとなんとかはまったようだ。しかしまともな処置ではないので動かすたびに激痛が走るし動かし方にも違和感がある。火炎瓶を投擲するのは正直厳しい気がする。

「逃げるなぁ…もう絶対に許さないぞ…お前だけは絶対に殺してやる…」

「そいつは困るな。なんせ俺がお前を殺さないといけないんだから。」

 さて決定打に欠ける以上、俺がカイを殺すのは厳しいだろう。ここは時間を稼いでメリリドさんたちを待つのが賢明だ。そのためにはカイをここから逃がさないように俺は逃げ続けなければならない。

 カイは愚直にもそのまま突っ込んでくる。もちろん俺もそれをただ見ているわけじゃない。すぐに左側に大きく避ける。その後もカイが突っ込み、俺が避けるというただの鬼ごっこをしている風景にしか見えなくなってきた。しかしそれも決着がつきそうになってきた。俺の負けという。

「な…なんども突っ込んできやがって……くそ…後10年…いや5年若かったらな…」

 勝敗を分けたのは年齢差だ。なんせカイはまだ中学か高校生といったところだろう。かたや俺はすでに社会人。しかも普段から部屋に引きこもった生活を続けていた。こっちの世界でも引きこもる割合の方が多かったからな。明らかな運動不足だ。

 カイは勝ち誇ったように最後の突撃をかましてくる。俺にそれを避ける術はない。避けることはできないので残り最後の粘着剤をカイにぶつける。カイももうないと思っていたのだろう。まんまと引っかかってくれた。怪しまれないように温存しておいたのが効いたようだ。

「お、お前!また姑息な手を…も、もしかしてまた燃やす気か!」

「そうしてやりたいとこだが、それでまた粘着剤が落ちたら困るからな。このまましばらく時間を稼がせてもらうぞ。増援が到着した時がお前の最後だ。」

 決め手に欠ける状態でうかつなことをするのはまずい。ここはじっくりと時間を稼ごう。きっとメリリドさんたちが来てくれるはずだ。シェフの眷属を通して状況を確認できれば良いのだがまだ洗脳されているようでまともな応答が返ってこない。

 あれ?そうするとここの居場所を伝えるのも難しい?火の手が上がっているので上空からなら確認しやすいが森の中からだと見にくいかもしれない。これは参ったな。まあなんとかなるか。

「あ、そういや忘れていたな。」

 ジャギックのところから持って来ていた攻撃から身を守るネックレスをつけていなかった。カイに怪しまれて取り上げられたらたまったもんじゃないと思い隠しておいたのだ。俺はカイに気がつかれないようにネックレスをつける。

 このネックレスはカイのとは違い、物理攻撃に特化した首飾りだ。それもカイのものと比べると数段劣る。俺でも使えるようにすでに魔石から魔力を供給済みだ。全開で使っても5分は持つだろう。

 そう言えばカイのネックレスも取り上げておいた方が良いだろう。カイが使っているのでその性能は十分に引き出されていないが、十分優秀な性能を今のところ見せている。なんならネックレスを取り上げてから火炎瓶を使えばかなりの致命傷になるかもしれない。

 俺はカイが動けないことを確かめてから首元のネックレスに手を伸ばす。引きちぎるのは俺の腕力では無理そうなのでちゃんと外すことにした。首の後ろを手で探り、留め具を外した。その瞬間ちょうどネックレスに貯まりきった魔力が解放され、カイにまとわりついていた粘着剤が飛散した。

 俺はその衝撃に巻き込まれ、弾き飛ばされ地面へと叩きつけられた。さらに飛散した粘着剤が俺にかかり動きを封じた。その瞬間、カイは俺めがけて駆け出し俺へ馬乗りをして来た。

「形勢逆転だな。お前はこれで動けない。ああ、俺もお前にくっついちまったな。まあそんなことはどうでもいい。今までの借りを返させてもらおうか。何かいうことはあるか?」

「また一人称が俺になっているぞ。」

 カイは俺の顔面めがけて拳を振り下ろす。俺も流石にそれをまともに受けたくはないので両腕でガードする。腕についた粘着剤が両腕をくっつけるが今は好都合とも言えるかもしれない。これなら力が入らなくなっても顔面を守ることができる

 カイはガードした俺のことなんて御構い無しに拳を叩きつけてくる。その殴りかたはまるで子供の喧嘩のようなヘナヘナしたパンチだった。しかし腕に当たるたびにわかる。その威力は本物だ。まるでプロボクサーの拳のような一撃一撃が致命傷になりそうな威力だ。魔力による補正というのはここまで理不尽なのか。

 間違いなく腕でガードしていなかったら死んでいただろう。間違いなくネックレスで魔法防御をしていなかったらガードしていても死んでいただろう。そんな拳を数発受けた途端、攻撃が止んだ。

「く、くそ!動かねぇ…」

「バーッカ!粘着剤がまとわりついている俺にそうやってくっつくからいけないんだよ。」

 間抜けなことにカイは俺の腕についている粘着剤にうまくくっついた。これで再び膠着状態へと陥った。どちらも動けず、ただお互いに罵倒し合っているだけだ。すでにカイのネックレスは取り外して俺の手の中だ。その手も粘着剤で固く閉じられているので魔力は供給されず効果は発揮されない。

 時間がかかればかかるほどお互いの増援が来る可能性がある。俺の増援が来るか、カイの増援が来るか、そのどちらかだがまだどちらが来るかわからない。しかしこのままの状態よりかは遥かに良い。とにかく増援が来るまでの間の時間稼ぎはできる。

 こう着状態のまま30分が経とうとした頃だろうか。麦畑は燃え尽きはじめ、その火の粉が森へと燃え移ると思われたがうまく麦畑の中だけで済んだようだ。火柱は上がらず、煙だけが上がっている。まだ熱を持った燃えかすの明かりに照らされ、煙の中に人影が見えた。

「へ、陛下はそちらでしょうか。」

「マジかよ……」

「よく来た!早くこの無礼者を俺から引き剥がせ。」

 どうやらメリリドさんたちでも全ての兵士を抑えることはできなかったようだ。おそらく数人の兵士が戦闘から逃れ、そのうちの一人がこうしてここまでたどり着いた。

 カイはたどり着いた兵士をすぐに呼び寄せ、この状態をどうにかするように言う。すると兵士はすぐに大量の水を魔法で作り出してかけ始めた。水をかけられていくと次第に粘着剤が溶け出してしまった。

「は、ハハハハハハ!!いいぞ!よくやった!ではこの男を取り押さえろ!」

「わかりました陛下。」

 兵士は俺のことを起き上がらせると羽交い締めにした。脱臼を直したばかりの左肩が痛む。腕はある程度動くがそれでもこの状態から解放されそうな気配はない。カイはおもむろに近づき兵士の剣を奪う。

「散々やってくれたなぁ~?どうしてくれようか。俺と同じように右腕を切り落としてやろうか?いや、そんなんじゃ足りない。指の先からじっくりじっくり切り刻んでやる。っと、その前に万が一のことを考えて…」

 カイは俺の太ももに剣を突き刺す。その剣先は骨にまで達しただろうか、太い血管は傷つけていないようで出血はそこまで酷くはない。しかしその激痛は半端なものじゃない。羽交い締めされたまま痛みにのたうちまわる。

「無様だなぁ!さっきまでの威勢はどうした?またさっきみたいな威勢を見せろよ。そっから抜け出してみろ。まあ抜け出したところでその足じゃあ逃げることも叶わないけどな!」

 カイは剣を地面に突き刺し、俺へ殴打を繰り出す。その一撃一撃は多少手加減されたものだった。その手加減の理由は俺の身を案じてのものだが、それは俺を殺さずにどこまで甚振ることができるかと言う手加減だ。

 殴打されるごとに俺の状態は変化する。鼻は曲がり、頰は裂け、鼻から口から血が流れ出す。腹への殴打は肋骨を折り、みぞおちを殴られたら呼吸ができなくなる。胃は圧迫により内容物を逆流させる。少し吐いたところでカイは汚いと俺から少し離れた。

 もう俺の意識は朦朧といている。俺はうなだれながら腫れ上がった目でネックレスを確認する。これだけやられた状態でもネックレスの防御は発動していたらしい。しかしそれもすでに効果が失われ、淡い発光はすでに消えてしまった。

 これから先の攻撃は確実な致命傷となるだろう。それにカイももう俺を甚振るのには飽きて来たようだ。剣の方へ目を向けている。つまりここでもうお終いということだ。メリリドたちの応援も期待できない。

「どうした?もう何も言えないか?最後に言い残すことはないか?それぐらい聞いてやる、俺様は寛大だからな!」

「……だ…」

「あ?なんて言った?聞こえねぇよ。」

「もう…俺はダメだ…ここままじゃあただ死ぬだけだ…俺を犬死させるな…最終手段を発動させろ……聞こえているんだろ?…だから…あとは…頼んだ…」

「お前は何を言っている?そんなわけのわからないことがお前の最後の言葉ってことでいいんだな?」

 カイは地面に突き刺した剣を抜く。本当にもうこれで終わりにするようだ。その剣を大きく上に構えると不敵な笑みを浮かべた。俺はそれに反応することはできない。すでに満身創痍だ。

 その時、上空から風を切る音が聞こえて来た。




 時間は少し戻り、とある森の中。そこではゴザが敷かれその上では二つの小さな白い人形のようなものが茶をすすっていた。それはメリリドたちとは別行動をとっていた3体のうちの残り1体のシェフの眷属、それにいつのまにかこっそりとミチナガの元から離れていた新入りのサクラだ。

シェフ#3『“それにしてもこっちは暇だなぁ…あ、お茶のおかわり入ります?いまのと同じ緑茶じゃなくて薬草とか野草で作ったお茶ですけど。”』

サクラ『“いただこう。確かに自分らは暇だが、暇でなくてはならんのだ。自分が動く時は自分らの終わりなのだから。”』

 シェフの眷属と使い魔のサクラはのんびりとお茶をすすっている。この頃にはすでにメリリドもミチナガも死闘を繰り広げていると言うのに呑気なものだ。お茶を飲みながらお茶菓子を摘む。しかしその背後には物々しい物体がそびえ立っていた。

シェフ#3『“それにしてもその発射台は使えるのか?そんな使い方には対応していないと思うのだが…”』

サクラ『“特別仕様だ。なんせここは異世界、それにすでに元の世界でも展示品以外では廃棄されている。だからこれは異世界仕様よ。初めての活躍の機会だが…活躍したく無いものだ。”』

ポチ『“緊急!ボスが危険状態、サクラ…最終手段の準備を。”』

サクラ『“了解した。やれやれ…下手なことを言うものではないな。どうやら出番が来てしまったようだ。”』

 サクラは湯呑みをその場に置いて小さい身体を巧みに動かして素早く移動する。ものの1分で発射台に取り付けられているサクラが呼び出した機体のコックピットに座る。

 すでにサクラの眷属が各所に配置されている。特別仕様といえども使い魔の身体でこの機体を一人で動かすのは不可能だ。サクラは眷属たちに最終確認をさせる。

 それからポチはギリギリまで待ったのだろう。約3分後、再び通信が入った。

ポチ『“…ボスからゴーサインが出た。サクラ、出撃して………それと…さようなら。”』

サクラ『“うむ、さらばである。自分は随分と短い人生だったが悔いはない。シェフの眷属殿、射出してくれ。”』

シェフ#3『“了解した。では射出する。”』

 シェフの眷属は発射台に取り付けられている操作パネルを操作する。すでに準備は完了しているようですぐに点火された。

サクラ『“では皆さらばだ。サクラ参るぞ!”』

 発射台から火の手が上がり、轟音と共に機体が射出される。その光景は異世界では初めて、いや人類史上初めての光景かもしれない。闇夜の大空に勢いよく射出されたその機体はまだエンジンがかかっていない。目的地を定めるまでは決してエンジンをかけない。

 大空に射出されたその機体を月明かりが照らす。その機体は月明かりを反射し綺麗に白く輝いた。その機体は飛行機であることには間違いない。翼も尾翼もある。しかしプロペラなどはついておらず、銃弾を発射できるような銃口もない。

 その機体はやがて上昇をやめ、水平移動を始めた。その機体の左右先端には桜の花が花開いていた。

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