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第135話 世界貴族
しおりを挟むディナー後、リカルドと別室に移動する。先ほどの子爵になったことの話し合いだ。俺とリカルドだけかと思っていたところ、使い魔達がいつの間にかこっそりと行動していたらしい。使い魔によって映像通信が繋がる。
『久しぶりだねミチナガくん。それに…噂は聞いているよ、初めましてリカルドくん。何が起きたかは聞いている。私にもその話を聞かせてもらおうか。』
「これはブラント国王。初めまして。私が不在の間に評議員が問題を起こし申し訳ない。すでにお詫びの品は受け取ってもらえましたかな?」
『ああ、今しがた受け取った。それで?彼を子爵にしたということだがそれは一体どういうことかな?』
「何、彼はこの国に多くの土地を持っています。それがこの国に関係ない他国の貴族というのは問題でしょう。それに彼は実績も十分ある。貴族にするのには十分なだけの実績がある。そして貴族にするのは彼にも我々にも得となる。…彼を世界貴族にしようと考えているんですよ。」
『……それはあまりにも早計だ。そんな簡単になれるものではないのは君も知っているはずだ。』
リカルドとブラント国王の視線が同時にこちらに向く。俺は全く今の話についていけていない。そもそも世界貴族ってなんだよ。語尾にだえってつければいいのか?それでいいのかえ?
「えっと…世界貴族とはなんですか?一から説明をお願いします。…無知ですみません。」
『ミチナガくんが今向かっている英雄の国の王は勇者神、つまり魔神だ。魔神は世界最強の10人の1人に与えられる称号。そんな魔神から一定の地位を、つまり貴族位を与えられるというのはとてつもない功績なのだ。そんな魔神によって与えられた爵位持ちのことを世界貴族という。』
「世界貴族とは魔神の庇護下に入ることも意味します。故にたとえ他国の王であっても世界貴族には手を出さない。下手に手を出せば後ろ盾の魔神が出てきますから。世界中で一定の地位を確立された存在、それが世界貴族です。魔神に認められるというのはそれだけすごいことなんですよ。」
『そこのリカルドくんも儂も世界貴族の一員だ。儂は子爵だがな。伯爵級になると他国の王なら平伏する。それだけの存在だ。故に採用もかなり厳しい。年に1人なれれば良い方だ。多くの人間が世界貴族になろうと日々努力している。』
一国の国王であっても子爵止まりなのかよ。そんなものになれる自信はないのだが、リカルドは俺を世界貴族に推薦するつもりのようだ。自身の推薦から世界貴族が生まれると推薦した人物は高い評価を受ける。それこそ私も推薦して欲しいと数百人の人間が賄賂を送るので金も儲かるとのことだ。
「どうですか、ブラント国王。私は彼ならばやってくれると信じています。彼にはそれだけの力がある。そしてブラント国王、あなたからの推薦も欲しい。彼の世界貴族への推薦を我々の友好関係の始まりにしませんか?」
『…確かにそうかもしれん。ミチナガくんならやってくれそうだ。よし、乗ろうじゃないか。我々の友好関係の始まりにもちょうど良い。ミチナガくん、是非とも君に世界貴族になって欲しい。我々もできる限りのバックアップをしよう。』
「世界貴族になればどこの国でも、いや世界中に店を構えることができる。むしろ歓迎されることだろう。どうだ?メリットも大きいはずだ。」
「確かにそれは…だけど俺でもいけますか?もしもなれなかったら…」
『なれなくてもそれはそれで仕方ない。やってみるだけやってみてくれ。我々の国の友好関係のためにも。』
「なろうと思ってなれるものでもない。世界貴族のために生涯を費やす人間もいるからそこまで気負わなくても構わない。受けるだけ受けてみてくれ。」
「わ、わかりました。やれるだけのことはやってみましょう。」
『ありがとう。それでは少し席を外してくれるかな?リカルドくんとしばらく話がしたいんだ。』
まあ別にいいけど投影しているのは俺の使い魔だから俺の耳にも情報が入ってくる可能性が十分あるぞ。まあ内密な話みたいだから聞かないようにはするけどさ。それに長い話は面倒だ。俺はすぐさまその場から退散する。しかし世界貴族なんて話が随分大事になってきたぞ…めんどくさ……
『それで?リカルドくん、君が世界貴族に推薦なんて初のことじゃないか?勝算はあるのかね?』
「可能性は十分あると思う。それに…彼は我々の知らない秘密を多く抱えていそうだ。彼ならやってくれると思う。それに……娘をやる男にはそのくらいをやってもらわないと困る。」
『ほう、娘をやることを決めているのか。君は子煩悩だと風の噂…というよりこの使い魔くんから聞いたぞ?娘をやるつもりはないと。』
「私だって可愛い娘をやるつもりは本当なら無い。しかし…リリーはマリアの子だ。絶対に何が何でも叶えてみせるだろう。ならせめてリリーに相応しい男に仕上げてみせる。そうすれば私とて納得…納得……す………る…ああ、リリー…」
『随分と葛藤しているようだな。まあいいだろう。ああ、それから使い魔くん。この話はミチナガくんには内密にして欲しい。お願いできるかね?』
『ブラン・はい、わかりましたブラント国王陛下、それにリカルド様。絶対に内緒にしておきます。それからそれまでの間、悪い虫は追い払っておきます。』
『ははは、よろしく頼むよ。よかったな、リカルドくん。』
「リリー…ああ…リリー…行かないでくれ。私の可愛いリリー…」
『こりゃ重症だな。正気に戻りたまえリカルドくん。今から友好関係に先立ち色々と話をしようでは無いか。おい、おーい…こりゃダメか?』
俺は長い廊下を歩いている。メイドさんに連れられて今日泊まる部屋へ移動中だ。しかし移動だけで随分と時間がかかる。今日は他にも多くの貴族の方々が泊まっているから空いている部屋は限られているのだ。
俺が長いこと移動していると数人の貴族の集団がうろついている。見るからに怪しい。メイドさんもこの状況に少し動きが硬くなった。ありえないとは思いたいけど、貴族たちが集まった今日を狙って暗殺計画を立てている可能性も十分ある。するとこちらに気がついたのか駆け足で寄って来るではないか。
「お、おほん…君はミチナガ商会の…ミチナガ子爵だね?私はハルディ子爵だ。…少しいいかね?」
「え、ええ…この場でもよろしいですか?」
目的は俺か。おそらく…オークションの話だな。他の貴族が落札した落札物を譲れとかそんなとこだろう。しかし一度決まったものを変更することはできない。どんなに脅されても決してノーと答えてみせる。…だけど刃物とかはやめてね?
「映像が見たいんだ。その…君の見せてくれた…あの映像をもう一度。」
「え?ああ、あのケリュネイア?の討伐映像ですか。わかりました。そういうことならすぐに用意します。」
なんだ、あの映像の迫力をもう一度見て体験したかったのか。どうやら随分と気に入ってくれたらしい。そんなことならすぐに用意しようと思ったのだが、何やら反応がおかしい。なんというか…あれ?もしかして…
「…もしかしてアンドリュー子爵の釣り動画ですか?」
「そ、そうだ!それが見たいんだ。すでに空いている部屋を用意させて準備させている。是非ともお願いしたい。」
まさかのそっちかよ。まあまったりと見られるし、結構景色も綺麗な映像が多いから貴族受けはいいのかもな。案内されるまま移動していくとすでに10人以上の貴族の面々が集まっていた。俺を探していた6人を合わせたら18人か。あ、なんかまた増えたぞ。これで23人だ。
「おお、ハルディくん。見つけてきたかね。やあミチナガ子爵。私はウィルシ侯爵だ。あの釣り映像がつい見たくなってしまってね。呼びかけたら他にも多くの面々が集まってしまったんだ。もう一度見せてくれるかね?」
「え、ええ、もちろんですウィルシ侯爵。すぐにご用意します。」
おいおい、なんかすごいことになってないか?俺が急いで用意している間もなんだかみんなそわそわしている。全てきっちり用意し、また同じ雪魚の映像とミロップの映像を流し始めた。するとその熱狂は凄まじいものになった。
「おお、あの雪魚を釣り上げるというのはかなり難しいはずだ。それをいともたやすく。素晴らしい腕前だ。」
「あのグンと引く時の表情、いい顔をしているな。そして釣り上げるまでの動きも滑らかだ。」
「あの食べた時の感想…どれだけ美味しいのかが伝わって来るようだ。人柄の良さも顔に出ているな。」
「ミチナガ子爵、実に良いものを見せてもらった。ありがとう。」
「お喜びいただきこちらとしても嬉しい限りです。どうせでしたらウィルシ侯爵、今使っていたものと同じモデルの釣り竿がありますが、手に取って見てみますか?」
「おお!それは良いな。是非とも頼む。」
すぐに数本の使い魔たち用の小さい釣竿を取り出す。親方がこれから増える使い魔用に量産していたのでここにいる貴族全員分用意できる。一本一本手渡してやると皆嬉しそうにその釣竿を手に取る。どうせなので簡単な説明をしておこう。
「そちらの釣竿は雪魚などの小さい魚専用です。竿先を触ってもらえばわかりますが非常に柔らかいです。なので小さなアタリにも瞬時に反応できます。ただし、予想外の大物がかかった際には竿が折れないように糸が先に切れるようになっています。リールも小さいので糸を巻く速度も遅いです。」
「なるほど…ミロップを釣った際の釣竿は?」
「そちらもご用意しました。こちらは一般的な釣竿に近いですが強度を高めているため、竿が硬いです。ですから小さい魚…20cmほどの魚の場合アタったのかわかりません。大物専用の釣竿です。まだ初期モデルで不具合も多く、アンドリュー子爵から問題点を指摘されているのでそこを今後改良する予定です。ちなみにこの釣竿は実際にアンドリュー子爵が使ったものです。どうぞ…」
「おお、これが先ほどの映像の…確かにこの色だった。予想よりも重いな。ああ、君達も来たまえ、一緒に見よう。」
ウィルシ侯爵の合図の元、他の貴族の面々が群がるように集まって来る。その目は爛々と輝いている。ものすごく夢中になってしまったようだ。しかしなぜこんなにも人気があるのだろう。そこのところが全く分からない。
「一つ聞きたいのですがどうしてこの釣りに興味を示されたのですか?」
「ああ、それはね…恥ずかしい話だが、ここにいる我々は魔法や武術に対して全く才能がないのだよ。戦うことに興味がない。わざわざ痛い目に遭うのは嫌だからね。しかし心のどこかで何か…何か欲求がある。本を読むでもない、領地を経営するでもない、底知れぬ欲求があるのだ。そしてその欲求を満たしてくれるのは釣りだと、この映像を見て思ったんだ。」
なるほど、この世界ではモンスターが多く、戦うことが当たり前みたいに考えていた。しかし戦いたくないという人間もちゃんといる。戦いを好まない人間もいるのだ。そんな彼らにだって何かしらの欲求がある。それは酒かも知れないし金かも知れないし女かも知れない。しかしここにいる彼らは釣りを選んだ。
その後もウィルシ侯爵や他の貴族の面々は思い思いのことを語った。自然が好きで、自然と向き合いたい。殺し合いではなく何かと真正面から向かい合ってみたい。自分の手で勝ち取ったものを食してみたい。そんな一人一人の思いがある。
「どうだろうか。ミチナガ子爵は釣りについて詳しいようだ。近くにある湖で我々に釣りを教えてもらえないか?やってみたいのだ。釣りというものを。」
「わかりました。私でよければ皆さんにお教えします。ああ、でも全員分の釣竿を用意するのに時間がかかります。新しいモデルの釣竿を作成しているので完成次第お声をかけます。」
「ありがとう。本当にありがとう。ではその日が来るのを楽しみにしている。ああ、本当に楽しみだ。ああ、我々の領地の場所を教えておこう。それからこれを持って行ってくれ。これを見せればいつでも私に会うことができる。」
「私のも渡しておこう。」「私のもだ。」「私も…」
皆が一斉に名刺のようなものを渡して来る。よく見てみると家紋のようなものが入っている。紹介状とかそんな感じの役割があるのだろう。俺もその内作っておかないとな。するとカントクから連絡が入った。
「ああ、皆さん。今新しい映像が完成したので見ていかれますか?釣り好きがこうじてアンドリュー子爵が自身の庭に作った釣り場での釣り風景です。」
「なんと!皆、席に着きなさい。その新作を見させてもらおうじゃないか。自身の庭か…私も作るかな。」
もう完全にどハマりしちゃったな。カントクはうまい具合に長めの映像を持って来た。しかも色々な釣り方を試している映像だ。……この人たち用にアンドリュー子爵に釣り道具の説明映像とか作ってもらうか。
確か…ムーンの眷属があの街で店やっているはずだ。休みの日に…いや、そうだ。ワープの能力を使って新しい使い魔を送り込むか。そうすれば時間の都合を考えなくてもいけるはずだ。ちょっと色々動いてみるかな。
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