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第209話 神剣の朝食

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「すみません、朝食の手伝いまでしてもらって。しかしすごい腕前ですね。このシェフくんは。」

「シェフは料理が得意なんですよ。大変かと思い手を出してしまってこちらこそすみません。」

 そんなことないです、とイッシンは台所から声を出す。俺は流れでイッシンから朝食を招待されたが、かなり緊張する。なんせ相手は国王級の、言うなれば勇者神と同じような人間だ。そんな人間が俺のために朝食を作ってくれているとなれば、このそわそわする気持ちも自然なものだ。

「「「ただいまぁ!」」」

 俺がそわそわと座って待っているとなんとも元気な声が聞こえて来た。声の主はイッシンの3人の子供たちだ。この子達は近くの子供向けの道場で学んでいるらしい。ドタドタ走りながら食卓にやって来た子供たちと目があった。

「おはようございます!お客さんですか?」

「おはようございます。お父さんに招待されました。ミチナガという商人です。よろしくね。」

「おかえり~。もう直ぐ朝ごはんできるから汗流してきなぁ。」

「「「はーい。」」」

 そういうとまたドタドタと走って行く。なんとも元気の良い子供達だ。イッシンは食事を運びながら俺に笑いかけて来た。

「元気すぎる子達なんです。朝ごはん食べたら昼ごはんまでずっと遊んでいますよ。うるさいかもしれませんが…すみませんね。」

「いえいえ、子供達は元気が一番ですから。それに孤児院の運営なんかもしているんでこのくらい騒がしい方が好きですよ。」

 イッシンはいくつも料理を運んで来た。これはかなりの量になりそうだが、これでもまだまだ足りないという。それこそ満漢全席だと思うほどの量だ。しかし育ち盛りの子供3人にかかればこの程度あっという間だという。

 その後、数往復するとようやく料理が全て運ばれて来た。しかしなぜかシェフのやつが戻ってこない。不思議に思いイッシンに尋ねると見て来た方が早いと言われてしまった。なので台所に移動するとそこには炭に頬ずりしているシェフがいた。

「……お前ひとんちで何してんの?」

『シェフ・これすごい…最高……ほんと最高…あ、スミも呼んで。これ見せたら直ぐにわかる。』

 いや、そんなの分かるわけないだろ、と思いながらスミを呼んでやるとなぜか直ぐにスミも同じように頬ずりし出してしまった。もうこいつらダメだ。

 何が良いのかわからないがとりあえず炭を持ってみる。なんとなく良い炭なのかとは思うがこのままではわからない。そこで炭同士をぶつけてみる。するとまるで金属のような甲高い音が響き渡った。これはまるで楽器のようだ

「おお…すごい音だな……」

『シェフ・良い炭はぶつけた時に良い金属の音がする。だけどこれは別格。これで料理作ったけど食材が喜んでた。』

『スミ・これは炭焼き職人の目指すところです。本当に…本当に素晴らしい……』

「わかったわかった。とりあえずこっち来い。イッシンにどこから仕入れたか聞いてやるから。」

 そういうことならとシェフもスミも俺の後について来たのだが、その手にはしっかりと炭が握られている。顔中真っ黒にしながら嬉しそうについてくるが、まるで子供のようだ。まあ注意しても無理そうなのでイッシンに言って許してもらおう。

 食卓のある場所に移動するといつの間にか食事が始まっていた。ちょっと驚いているとイッシンが謝って来た。どうやら子供達が我慢できなかったようだ。まあ朝早くから何も食べずに稽古をして帰ってきたらご飯を早く食べたいだろう。

 俺も特に気にせず食事を始める。なんとも騒がしい食卓だが、なんだか落ち着く。実家の、小さい頃を思い出す。こういう食事風景を見ると早く結婚して子供が欲しいと思う。まあ良い相手いないんだけどね。…リリーちゃんはまだ子供だし。大きくなるころには俺のこと忘れちゃっているよね?

 それからこの食卓の中にそれは見事な鯛が鎮座していた。3匹焼いてあったのだが、すでに2匹は骨だけになっている。この鯛はどうやらシェフがその素晴らしい炭を使って焼いたのでぜひ食べて欲しいらしい。

 なのでなくなる前に一口食べて見ることにした。まあこれだけ立派な鯛だ。美味しいことには間違いない。この辺りは海がないので、おそらくうちの商会で入手したものだろう。鯛まで食べられるのはなんとも嬉しいと思いながら一口食べる。

 俺はその美味しさを、目をつぶって堪能した。鯛の皮はパリッとしていて香ばしい香りが立ってくる。その身はふっくらとしていて脂が滴り落ちてくるほどジューシーだ。この鯛が美味いのには間違いないだろう。しかし焼き方が完璧だ。

 なるほど、シェフがこの炭を欲しがるわけがわかった気がする。おそらくここまでよく焼けたのはこの炭のおかげなのだろう。良い炭で焼けばそれは良い焼き物になる。俺はしっかりと味を堪能したのちに、イッシンにこの炭のことを訪ねてみた。

「この炭ですか?これは山奥に住む老人が一人で焼いているんです。以前たまたま出会いまして、時折買っているんです。気に入ったのならこの後紹介しましょうか?」

「是非ともお願いします。お手間を取らせてしまい申し訳ありません。商人としてはやはり良いものに目がなくて……。ああ、忘れるとこでした。昨日のお礼の品です。お子さん達と皆さんで食べてください。」

 俺はスマホからシェフに用意してもらったイッシンへのお礼の品を取り出す。しかし取り出して驚いたのだが、数十種類のカットケーキだ。フルーツタルトにショートケーキ、モンブランにチーズケーキと様々だ。これには子供達も目を輝かせている。それからイッシンの妻、サエもそわそわしているように見える。

『シェフ・お子様達の好みがわからなかったので色々用意させていただきました。お好きなものを幾つでもどうぞ。』

「これは目移りしてしまいますね。ちょうど朝食も終わることですし、食後のデザートにしましょうか。」

 イッシンは子供達に早く朝食を食べるようにいう。子供達は食後の楽しみがあるのでもうそわそわしながら残りの朝食を食べる。そんな中俺は何か嫌な感じがして、声には出さずにスマホ経由でシェフに尋ねる。

ミチナガ『“これって試作品だろ。店で出す前に神剣の家族相手にそういうこと試すなよ…”』

シェフ『“相手はこの国、この世界3強の一人。広告塔としてはバッチリでしょ。それに試作品とは言っても素材も良いものだし、味も完璧だよ。みんなで食べて確認しているもの。少しくらい商魂見せた方がいいよ。”』

 俺はそういうの苦手なんだよ、と喉まで出かけたミチナガであったが、商人として正しいのはシェフなのだろう。商人としてはちょっとしたきっかけは逃さない方が良いのだろう。軽くため息をつきながら朝食の食器片付けを手伝う。

 そして朝食の片付けが終わった頃についに子供達の待ちに待ったケーキの時間だ。子供達はあれもこれも選ぶが、それはイッシンとその妻サエが止める。そして一人2つのケーキをとったところで食べ始める。

 こういう時、大人と子供で食べ方がまるで違う。子供は美味しさのあまりがっつくように食べる。逆の大人は一口一口堪能するように食べる。気に入ってもらったようで何よりだ。

「さすがは魔王クラスの商人というところですね。扱っているものが実に良いものです。」

「え?ご存知だったんですか?」

「私の門下生にはこの国の警備兵から何から何までいますから。これだけの情報ならすぐに私の耳に入ります。」

「へぇ~~…ミチナガさん魔王クラスの商人だったんですか。」

 サエさんは知っているのにイッシン、お前は知らなかったのかよ。仮にも世界最強の一人であるイッシンの情報網が酷すぎるだろ。そう思ったのだが、しかしこれには十分すぎるほどの理由があった。

「私は弟子も門下生もいませんから。私も元々は先代の剣神様の道場の門下生だったんですけど…才能なくて破門されちゃいまして。私の剣は我流で教えるのも難しくて……」

 さらにサエさんから追加の情報がどんどん入ってくる。この国の人間の半分以上からは呼び捨てされるし好かれていない。むしろ嫌われているから時折闇討ちまがいのこともされるほどだという。

「この男の蔑称もあってガキの剣と呼ばれているわ。まあ子供の夢、理想を体現したような剣術ですからね。生物には感知できないほどの剣速、相手の攻撃ごと全てを切り裂く剣。単純にして最強…ということです。まあ私も昔は嫌いでした。」

 すごいボロクソに言われているのだが、なぜかイッシンは照れている。どうやら昔は嫌いでした、というのに反応したらしい。昔は、ということは今では好きということなのだろう。剣も単純ならば考えも単純ってか。幸せそうで何よりだ。

「しかしどうやって今の剣にたどり着いたんですか?」

「それが…恥ずかしい話、私は剣術に関して物覚えがすごく悪くて…。技を一つ覚えると他の技を忘れてしまうくらいなんです。そんな時に冒険者ギルドで酔っ払いがものすごく早く剣を振ってなんでも切っちまえば最強の剣だ、なんていうのを聞いて…私はそれだ!と思ってただひたすらそれだけを練習したんです。」

 な、なんかものすごく頭の悪い話を聞いた気がする。サエさんもこれには大きくため息をついた。だがこんな馬鹿げた話でもイッシンはそれを実現させて見せた。そして現に世界最強の一角として世界に名を轟かせている。

 ちなみにイッシンは未だに剣術というものは苦手で、様々な剣技を扱えるサエさんを本気で尊敬している。サエさんとしてはどんなに剣術が扱えようとイッシンにはどれも通用しないので尊敬されていることに苛立っているという。

 なんとも凸凹な夫婦関係に思えるのだが、この二人が隣り合ってケーキを食べる姿を見るとお似合いの夫婦だと心から思える。そんな二人と子供達は食べ終えたケーキの乗っていたお皿を見つめる。そしてお互いに頷いている。

「「「「「ケーキもう少しください。」」」」」

「はいはい、幾つでもどうぞ。」

 どうやらやはり似た者親子のようだ。

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