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第268話 アンドリュー子爵の物語

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「いやぁ~…こんなに毎日毎日釣りができるなんて…幸せだなぁ……」

『リュー・うちとしてもアンドリュー子爵の貴族向けの録画投影魔道具が累計3万本越えの大ヒット。映像産業部門の売上がダントツ1位だもん。本当にありがたいよ。』

 アンドリュー子爵と使い魔のリューは二人して魔道装甲車の上部から外を眺め、今の状況をしみじみと喜んでいる。アンドリュー子爵は趣味の釣りに没頭でき、リューはアンドリュー子爵の映像の売れ行きの好調さで他の使い魔に一目置かれるようになっている。

 それにしてもアンドリュー子爵の映像はよく売れる。貴族向けの録画投影魔道具は1台あたり金貨500枚はする。さらに新しい映像を見られるように増やそうとすれば1本金貨10枚はする、かなり高額な商品だ。

 他の冒険者たちのモンスター討伐映像やナイトの希少地域の探索映像や超危険モンスターの討伐映像もそれなりに売れているのだが、アンドリュー子爵はなぜかそれらよりも桁がいくつも上になるほど売れている。

 映像の内容は単にアンドリュー子爵が釣りをしたり、釣った魚を食べたり、地域を紹介するだけだ。物珍しさなどは左程ないはずの映像に人々は魅了されている。アンドリュー子爵の人柄と飽きさせない喋りに魅了されているようだ。

 ファンの数はかなりのもので、大勢の貴族から最新作が出たらすぐに買うと言う事前購入申請まで多く寄せられている。もう新作を1つ出しただけで金貨数千枚の売り上げが決まっているミチナガ商会のトップ俳優だ。

 そんなアンドリュー子爵一行は山間の村に向かっている。前に滞在した町でその山間の村に珍しい魚が生息していると言う情報を入手したため、その村に向かっているのだ。しかしその道中はなかなかの悪路で、人が滅多に近づかないらしく獣道くらいしかない。

 そしてそんな獣道を通ればモンスターに襲われる。しかしそこは合流したミラルたちによって素早く片付けられる。ミラルたちは多くの戦闘から経験を積み、魔王クラス上位と呼ばれるほど実力を増している。そんな3人にかかればそこらのモンスターなど一捻りだ。

 やがて鬱蒼とした森の中を抜けると数件の民家が見えた。どうやらここが目的地のようだが、人々には活気がない。それに見た限り老人ばかりだ。すぐに接触を試みたところ、快く受け入れてくれた。昼食も近かったことから共に食事をすると、活気のない理由がよくわかった。

「それでは環境が劣悪すぎて子供達はみんな逃げたと言うことですか?」

「ええ、我々は元々戦争から逃げてきたものたちです。もうずいぶん昔のことですが、ここは誰にも統治されておらず、逃げ場としては最適でした。しかし…この地は雨が多すぎるのです。」

 そう言うと老人はアンドリュー子爵をひらけた場所まで連れて行った。そこからはこの地が3方山に囲まれていることがよくわかった。しかし囲う山々はところどころ剥げてしまっている。

「大雨の影響で毎年土砂崩れが起きます。流れた土砂はそのまま川を流れて川底を埋めてしまい、魚も増えることが難しいのです。さらに流れた土砂が川底に溜まるせいで川幅が広がりあちこちで水害が起こります。そのせいで畑作も難しく…山で採れたものを食べて過ごしております。」

「それはなんと大変な…それでしたらこの地を離れたらどうですか?」

「我々老人はもう移動するだけの体力もありません。それに…この地は我々の初めて得た争い無き地。もうこの地に骨を埋める覚悟なのです。」

 かなり苦難の地ではあるようだが、人間同士が争い合わないこの地をこの村の人々は気に入っているらしい。再び昼食を食べに戻る途中でアンドリュー子爵は悲報を聞いた。

「そ、それでは…その七色に輝く美しき魚というのはもうこの地にはいないと……」

「ええ。あの魚はこの地の生存競争に負けてしまいここ数年見たことがありません。あの魚は見た目も美しかったですが、味もとろける様な美味さでした。捜し求めるのでしたら…下流を探した方が良いでしょう。あの魚は流れの早いところではなく、落ち着いた流れのない場所を好みます。参考までに。」

「これは貴重な情報感謝します。それから…一晩宿をお貸し願えますか?お礼はさせていただきます。」

「お礼なんてお気になさらずに。久しぶりの客人に皆喜んでおります。いくらでも休んで行ってください。」

 今日この後の移動を困難と判断したアンドリュー子爵はこの村で一晩明かすことにした。村の人々はこのことを喜び、最大限のもてなしをしてくれた。老人たちは野山をかき分け森の恵みを集めてアンドリュー子爵一行をもてなす。

 昼に加え夜までもこうしてもてなしてもらっては村の食糧事情が厳しくなるだろう。しかしそんなことは御構い無しに少しでも客人に喜んでもらおうという老人たちの心が伺える。アンドリュー子爵もその心意気に感激して何も言わずもてなされた。

 本音を言えば彼らを助けてやりたい気持ちはある。近くの町まで連れて行き、住居と死ぬまでの金銭を分け与えても良いとさえ思えている。しかしそんなこと彼ら老人たちは望まないだろう。

 だからアンドリュー子爵は日持ちのする穀物や塩など、あっても無駄にならないものを彼らに惜しげも無く渡した。これで少しでも生活が楽になれば良いと思い渡したそれらの品物は老人たちにいたく感激され、村を出て行くその時まで感謝の言葉を述べられた。

 魔道装甲車に乗り、村を後にするとものの1分足らずで村は森の中に消え隠れてしまった。あっという間に終わったこの村での1日はアンドリュー子爵の心に深く残った。

『リュー・大丈夫?』

「え?あ、ああ…ご心配をおかけして申し訳ない。……ミチナガ先生ならこういう時パパッと解決してしまうのでしょうね。彼らの様な老人でも生活に苦を感じない様に…安心して楽しい毎日を送れる様に…」

『リュー・やっぱり…気になる?ボスに相談して彼らのことなんとかできる様に…』

「いえ、先生はお忙しい方です。今では国を持つほど大きくなられました。そして私は何も変わらず釣りばかりして…有名になり金を稼げる様になっても私は何も変わらないですな。…おっと、すみません。湿っぽい話は終わりにしましょう。さあ、次の釣りの場所に行きましょう。この下流で池や湖を見つけて釣りをしましょう。」

 そういうアンドリュー子爵の横顔はひどく悲しそうに見えた。しかしそんなアンドリュー子爵の悲しみの原因を取り除く方法はない。ミチナガならばスマホと人脈を使ってなんとかできそうなものだがアンドリュー子爵にはまず不可能だ。

 だから忘れてしまうのが一番簡単だ。しかしこの出来事を忘れることは難しいだろう。それだけアンドリュー子爵の心に深く刻み込まれる出来事であった。

 それから3日間、ただひたすら移動を続けた。川はあるのだが流れが早く、落ち着いた流れの場所というのは見つからなかった。しかしそれでも移動を続けた今日、なんともうってつけな湖を見つけた。

 そこは川の本流から少し離れた場所にある湖でそれなりの大きさであった。たまたま野営した時に周囲の安全確認をして見つけたのだ。ここならばもしかしたら目的の魚が釣れるかもしれないと思い、釣竿を振るうアンドリュー子爵。

 しかしその竿づかいはいつもと違いキレがなかった。どうやら調子が出ない様だ。これは初めてのボツ作品になるかもしれないと思うリューであったが、アンドリュー子爵が釣りをしたら撮影をするという一連の行動が癖になっているため撮影は続けている。

 釣りを始めてすでに昼を過ぎている。しかしまだ1匹も釣れていない。これは本格的にダメな様だ。少し気持ちを切り替えさせるためにもリフレッシュさせようとしたその時、離れた場所に人影が見えた。盗賊かと思ったその人影は何処かの国の正規兵の様であった。

「貴様ら!そこで何をしている!」

「申し訳ない。私はアンドリュー子爵。旅の最中にこの地を見つけ釣りをしておりました。もしやここは……立ち入ってはならない場所ですかな?」

「アンドリュー子爵?聞いたことがない…しかし子爵ということは貴族…お、おい。こういう時はどうしたら…」

「し、しらねぇよ。だけど下手に手を出したらまずいだろ。貴族様のお忍びの旅ってやつだろ?下手に大事にしたらまずい。ここは戻って報告だ。」

「あの…釣りはしても良いのですかな?」

「え?…いいんじゃないか?あ!じゃなくて問題ないかと思います。我々はこれにて戻りますので。」

 そういうと数名の兵士たちはそそくさと帰って行ってしまった。なんだったのかと不思議に思うアンドリュー子爵たちであったが、ミラルたちだけは離れた林を見ていた。その場所はここから風下にある。しばらくし目をそらしたミラルたちの元へリューが近づく。

『リュー・どうかしたの?』

「いえ、何者かがこちらの様子を見ていたので…ですが特に殺気も感じませんでしたので問題ないかと。」

 こちらを観察していた者達がいたという報告を受けて不安になるリュー。そしてその日は結局、アンドリュー子爵は何も釣れずに1日を終えた。そして今日の出来事からすぐにこの地を離れた方が良いとアンドリュー子爵に打診したのだが、目的の魚が釣れていないので離れたくないという。

 身の安全の方が最優先なのだが、ここまで来て目的も果たせずに帰るというのが嫌らしい。どうやらあの村の老人たちのことが頭から離れないらしい。仕方ないので翌日も丸一日釣りをしたのだが何も釣れなかった。

 どうやら本格的なスランプらしい。もしくはこの湖に魚が1匹もいないかのどっちかだ。まあ間違いなく前者なのだろう。そしてさらにその翌日。アンドリュー子爵はまた釣りをしていると大変なことが起きた。

 突如地響きが起きたのだ。その原因は馬の駆ける音だ。ミラルたちがすぐにその数を音から割り出そうとしたのだが、その顔には汗がうっすらと流れている。

「5000は軽く超えている。軍隊が動いていると見て間違いない。」

『リュー・大変だ!今すぐ逃げないと!!』

「…もう遅い。反対側からも同程度来ている。」

 ミラルの言う通り、ものの1分ほどで左右から大勢の騎馬兵が押し寄せて来た。その数は合わせると1万を超えるほどだ。この事態にアンドリュー子爵も顔を歪ませる。ただ釣りをしていただけなのになぜこんなにも大勢の兵士に囲まれるか意味がわからない。

 ミラルたちもさすがにこの大勢の中を切り抜けるのは不可能だ。それでもなんとか打開策を見つけようとする。そんな中、左右の軍からそれぞれ数人の一団が飛び出してきた。

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