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第280話 使い魔とメリア2

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 あれから2週間、メリアの香水は売れ行きを保ちながら商売を続けていた。廉価版の香水による売り上げへの影響はまだ特に出ていない。しかし街行く人々のメリアの香水への見方は変わったように思われる。そんなある日、一人の客が現れた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「あ、あの!香水が欲しくてきました!ちゃ、ちゃんとお金もためてきました!金貨10枚!」

 いきなり現れた女性は近くの宿で働いている若い女中であった。宿の女中など給料は月給金貨4枚か、いって5枚程度である。彼女は生活費を切り詰めてなんとかお金を貯めたようであった。

 従業員はそんな彼女に数種類の香水を試してもらい、一番ふさわしいものを選び出した。そして正しい使い方のレクチャーまでして、香水を売った。彼女はここまで丁寧に販売してもらったことを喜び、笑顔で店を後にしたのだがその様子を遠くから見ていた人々は彼女のことをバカにしていた。

「あの子ってあそこの宿で働いている子よね?」
「あそこのお給料そんなに良くなかったはずよ。それなのに無茶して買ってバカみたい。」
「今じゃ安いのあるんだからそっちにすれば良いのに。」

 心無い人々の言葉、その話は徐々に徐々に知れ渡っていった。そんなことも知らない彼女は宿の主人に許可をもらい仕事中もメリアの香水を使った状態で働いていた。同じ女中仲間は羨ましさ半分、安く済ませれば良いのにと嘲けるもの半分であった。

 それから数日後、宿に一人の若い男がやってきた。その男は宿に泊まり、併設されている食堂で食事をとっているとメリアの香水をつけているあの女中が食事を運んできた。本来給仕に香水などあり得ないのだが、たまたま手が足りず借り出されていたのだ。

「あれ?この匂い…」

「あ!ごめんなさい。臭い気になりましたか?今手が足りなくて…」

「いや、良い香りだね。街で似たような匂いを嗅いだことがあるけどあっちは苦手でね。君からは良い香りがする。」

「あ、ありがとうございます。メリアの香水なんですけどどうしても欲しくて頑張って買ったんです。嬉しくて数日だけ使った状態で仕事させてもらっているんですけど、この状態で部屋のお掃除をすると部屋まで良い香りになるってちょっと好評なんです。」

 他愛もない会話。その後彼女はすぐに仕事に戻った。忙しいため客と話している場合ではないのだ。それから数日間、男と彼女は顔をあわせるときに軽く話をする程度であった。そんなある日、彼女の休みの日に男は思い切って彼女に声をかけた。

 お客から言い寄られることも少なくなかった彼女は、最初はあしらおうかと思った。しかし男の見た目はあしらうには勿体無い。それに彼女自身香水を買ったためもう貯金がなく、せっかくの休みなのにどこかへ出かけることも難しかった。

 だから彼女は暇を潰すくらいの気持ちで男の誘いに乗った。男と一緒にいるのは悪くなかった。むしろ女慣れしていないのか、男のあたふたする表情を可愛いと思った。

 そんな男との1日はあっという間に終わった。そして数日後、男はその宿を出て去ってしまった。所詮は宿に泊まりにきた客と働いている女中である。彼女もそれがわかっているからこそ初めから割り切った関係であった。

 しかし割り切ったつもりでも男と遊んだあの日が時折思い起こされる。どうやら思っていたよりも男に惚れてしまったのだと気がついた頃にはもう遅い。男がどこへいってしまったかわからない。そんな憂鬱な日々を過ごしていた彼女の元にある話が飛び込んだ。

 この街にあるミチナガ商会の化粧品研究所の警備のために新たに騎士団の小隊が駐留することが決まったと。本来ならそんなことはあり得ないのだが、どうやらミチナガ商会が資金援助をする代わりに研究所の防備を頼んだとのことだ。

 駐留する騎士の数は20人程度。それでもその数を駐留させるためには多くの資金が必要だ。ミチナガ商会の思い切りの良さに驚くものも多くいる。

 そして騎士が駐留をしてから数日後、彼女はいつものように宿の前を掃除していると数人の見回りの騎士が歩いてきた。彼らは騎士とはいってもどうやら騎士見習いのようであった。本物の騎士であればそれは最下位とはいえ騎士爵をもつ貴族だ。もっと綺麗な鎧をつけさせてもらえるだろう。

 そんな騎士見習い数人の中から一人が駆け足で彼女の元へ近寄ってきた。彼女はすぐに気がついた。それがあの時の男であると。

「こ、こんにちは!あの…覚えて…」

「あの時のお客さんですね。まさか騎士様だったとは知らず、色々とご無礼を。」

「い、いえ!まだ見習いですので!あ、あの……あれから街中で君の香水に似た匂いを嗅いだら君のことを思い出して…いやそうじゃなくて……あの…こ、今度!休みの時にでもまた!どこかいきませんか!」

「え…あの……わ、私でよければ…喜んで…」

「本当!よかったぁ……そ、それじゃあ3日後にでも…どう?」

「はい!待ってます。」

 男は喜び舞い上がる。そして再び仕事だからと仲間の元へ戻っていく。仲間の元に戻った男は仲間たちからいじられている。その様子を見送った彼女は急いで宿の中へ戻り女将さんにすぐに休みをもらいにいく。

 こんな些細な宿屋の女と騎士見習いの男の恋物語。珍しくはあるが似たような話はいくらでもありそうなこの話は町中に広まっていった。なぜこんなにも広まったか、それはこの話のきっかけにメリアの香水が関わっているからだ。

 メリアの香水の話は廉価版のせいで町中に広まっていた。そして人々は新しい話を求める。更に安い廉価版の廉価版の話、廉価版を使っていたら蕁麻疹が出た話、そして今回の本物のメリアの香水を使った女が騎士見習いの男を射止めた話。

 話は広まれば広まるほど精度が落ちる。実は彼女は両親を早くに亡くし今まで辛い人生を歩んでいたとか、騎士見習いの男は実はどこかの王族の息子だったとか。そんなデタラメがどんどん話に尾鰭を付けだす。

 しかし重要な点は本物のメリアの香水を女が使ったという点だ。そしてそんな噂にあやかろうと女性たちは高くても本物のメリアの香水を求め出した。そして本物を使えばやはり廉価版とは一味も二味も違うと話題になる。

 やがて女性の中では金の無い内は廉価版で我慢してお金が貯まったら本物のメリアの香水を買うというのが女性としての嗜みという話が出回った。

 そして男たちは好きな女性への贈り物としてメリアの香水、もしくはメリアのブランド品を選ぶようになった。まず間違いなく喜んでくれるメリアブランドに男たちは奥さんを怒らせてしまった時などのもしもの時にもメリアブランドを頼るようになった。

 そして町中でメリアブランドが噂になっている頃、初めてのメリアの最高級香水を売り出したオークションの第2回が執り行われた。今回は女性が前回より少し増えた。そしてメリアの香水を買おうと息巻いていると驚きの情報が発表された。

「申し訳ありません。今回のオークションに出品予定でございましたメリアの香水が今回は原料不足のため出品を取りやめになりました。次回のオークションまでお待ちください…と言いたいところですが次回いつ作成できるかは原料次第になりますので次回の出品は未定です。」

 これには多くの貴族の女性たちから抗議の声が上がった。せっかく出向いたというのに一つもないのかと。しかしないものはないため、諦めてもらうしかない。

 もちろん諦めきれず、メリアの元まで直接出向き白金貨の詰まった包みを出して売って欲しいと言いにきた貴族の女性もいた。しかし原料がないため作れないと断るしかなく、帰ってもらった。何人かの貴族は密偵まで放って香水の所在を探させた。

 そこまで話が大きくなった頃。再びオークションが行われた。そこでは事前にメリアの香水が完成したという情報もついている。そしてその情報を聞きつけた貴族の女性たちはこぞって集まった。

 今回のオークションは異例なことに女性の割合が男性より高かった。そのせいでいつもよりナイトの倒したモンスター素材は良い値段がつかず、メリアブランドの服や化粧品などの最新作は高値がついた。そしてついに登場したメリアの香水に会場は色めき立つ。

「こちらは正真正銘メリアの香水でございます。メリアの香水の中でも最高の素材だけを使用して完成したこちらの商品を前回の落札価格白金貨47枚から始めさせていただきます。それでは…」

「50!」
「100!」
「150!」
「500!!」

 開始宣言をする前に待ちきれなくなった人々から声が上がる。その声は映像通信をしている他の会場からもどんどん聞こえてきた。その上がり方は異常だ。誰もがこの香水を求めるために大金を支払っている。

 その様子を見ていた研究員たちは言葉も出せず呆然と見ている。やがて声も少なくなり数人によるデッドヒートとなった。そして一人、また一人と諦めていく中、最後の一人が大きく声をあげた。

「よろしいですか?もうこれ以上はおりませんね?それでは…3番会場、47番様が白金貨2170枚で落札です。」

 そうして木槌が振り下ろされた。白金貨2170枚。前回の40倍以上の高値だ。これには研究員たちも言葉が出せず目をパチクリさせている。そんな中メリアは非常に落ち着いた表情で紅茶を飲んだ。

「この値段なら上々ね。だけど次回はもう少し上がると思うから作成に力を注がないと。私はこれで失礼するわ。まだまだ忙しいみたいだから。」

 そういうとメリアはどこかへ行ってしまった。その様子を見ていた研究員たちは思わず頭を下げた。その瞳は少し前までの落胆の眼差しではなく、羨望と尊敬の眼差しである。

「まさかここまで…読んでいたのか?」

「きっとそうよ。廉価版の販売に下手に手を出して取りやめになっていたらここまでの騒ぎは起こらなかった。ここまで全てを予期していて……全て手を打っていたんだわ。」

「すげぇ…研究の才能も…商売の才能もあるのかよ……本物の天才だ。」

「だけどさ。その才能を見つけたのはあのアンドリュー様なんだよな。それに…それを雇っているのがミチナガ商会の会長、ミチナガ様。天才は天才の元に集まるんだな……」

「俺…ここで働けてよかった。誰だよ他に転職しようとか言ったやつ。」

「……悪かったな。だってあの時は…というかやべ!あの誘い断らないと!給料は向こうの方がよかったけどここはまだまだ学べることが多くありすぎる。最高の職場だよここは。」




 ゆっくりとした足取りでメリアは所長室へと戻っていく。その足取りは本当にゆっくりで今にも倒れてしまいそうだ。所長室に戻るとそこには書類の片付けをしている使い魔の姿があった。

「てんちょぉぉぉぉぉぉぉぉ…すごすぎますよぉぉぉぉぉ……全部店長の言った通りじゃないですかぁ…」

『ムーン#1・おお、よしよし。いやぁうまくいったようで何よりだよ。』

 メリアは先ほどまでの姿が嘘のように泣きじゃくりながらムーンの眷属に抱きついている。そこからはいつもクールで優秀なメリアの姿はなかった。以前のおどおどしたメリアだ。

『ムーン#1・ああもう、メイクが台無しだよ。少し手直しするから。じっとしてて。』

「じっとなんかできませんよ!絶対に採算の取れない超高級香水の開発をさせたと思ったら今度は街中でうちの廉価版香水の作成をして売り出して……頭がおかしくなったと思ったらここまで考えていたんですねぇ……」

『ムーン#1・頭がおかしくなったって…まあ香水は消耗品ではあるけど頻繁に買い換えるものじゃない。だから数を売るのが難しい。流通量が少ないとメリアの香水という名前自体知られない。廉価版は良い広告になるからね。誰も作らなかったから秘密裏に売り出してそっちでも随分儲けさせてもらったよ。良い宣伝広告になった上に儲けさせてくれた廉価版には感謝だね。』

「あの騎士見習いと宿の娘の話はもすごかったです!あれも考えて?」

『ムーン#1・あれはたまたまだよ。まあなんかいい感じだったっていう情報は入手したからね。なんとか利用できないか画策して…騎士団呼び寄せることでうちの警備力も上がったしね。何よりこういう甘酸っぱい話はみんな好きだから。今後も見守らせてもらおうかな。』

「本当に店長は情報通ですよね。」

『ムーン#1・それが僕たちの強みだからね。僕たちは仲間を増やせば増やすほど世界中に散らばれる。そのためには白金貨が必要。だけど白金貨は貴族たちが溜め込んでいるからね。金貨よりもはるかに価値があって持ち運びしやすい白金貨は貴族のいざという時のための資金として便利だから。それを入手するためには貴族向けに超高級商品を売り出す必要があった。ありがとうねメリア。白金貨の入手経路が完成して嬉しいよ。』

「店長のお役に立てたようで何よりです。えへへ…」

『ムーン#1・お祝いに甘いものでも食べようか。今用意するね。』

「やったぁ!店長大好き!!」
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