ゲーム世界に転移した俺、ハズレ枠F級ドラゴンと組んだはずが、育成進化で最強の竜騎ハンターになりました

羽蟲蛇 響太郎

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第10話 黒門の断片と、新たなガチャの解放

その夜は、さすがに夢も見ないくらい深く眠った。

 いや、正確には何か夢を見ていた気もする。
 黒い門。
 金色の瞳。
 遠くで響く、あの低い声。

 けれど目が覚めたときには、その輪郭は朝靄みたいに薄れていた。

「……朝か」

 ぼんやりと天井を見上げてから、ゆっくり体を起こす。
 昨日の偵察で酷使した体は重い。けれど、北門防衛戦の翌朝ほどではない。少しずつこの世界の戦闘に慣れてきているのかもしれない。

 それはそれで怖い話だ。

「キュル!」
「キュイ!」

 俺が起きたのに気づいて、ベッドの足元で丸くなっていたルクスとネフィが同時に顔を上げた。

「おはよう、二人とも」

 手を伸ばすと、ルクスは真っ先に頭を押しつけてきた。
 ネフィは少し遅れて、でもしっかり俺の指先へ鼻先を寄せる。

 昨夜の時点でも感じていたが、二体との距離は明らかに変わった。
 リンクの感度が上がったことで、言葉にしなくても気分や調子が少し伝わってくる。

 ルクスはやる気十分。
 ネフィは落ち着いているが、北の方角を気にしている。

 俺も同じだ。

「今日はまた動きそうだな……」

 小さく呟きながらUIを開く。



【主:神代レン】
【状態:疲労回復・中】
【所持ガチャ石:20】
【所持特殊素材:《黒門の断片》×1】

【通知】
【特殊条件を満たしたため、新規ガチャ系統が一部解放されています】



「……来たか」

 目が完全に覚めた。

 やっぱりだ。
 あの黒門の断片は、ただのクエスト報酬じゃない。

 詳細を開く。



【特殊ガチャ解放】
【《断片共鳴ガチャ》】
【必要素材:黒門の断片】
【備考:門由来因子/共鳴系因子/適性変質因子が排出対象に追加されます】
【警告:不安定な要素を含むため、使用は推奨環境下で行ってください】



「推奨環境下ってなんだよ……」

 いや、たぶん意味は分かる。
 安全な場所でやれってことだろう。

 でも問題はそこじゃない。

 門由来因子。
 適性変質因子。

 字面からして危ない。
 けれど同時に、めちゃくちゃ強そうでもある。

「キュル?」
 ルクスが首を傾げた。
「キュイ……」
 ネフィはちょっと不安そうだ。

「大丈夫。まだすぐには回さない」

 そう言いながらも、胸の奥はかなりざわついていた。

 ガチャ石二十個。
 黒門の断片一個。
 そして新規解放ガチャ。

 昨日までの俺なら間違いなく即引きしていた。
 でも今は、少しだけ慎重になっている。

 黒門の力が本当に味方になるとは限らない。
 それに、あの門は明らかに俺たちを“試している”。そこで手に入れた断片を軽率に使うのは、罠へ足を突っ込むような気もする。

「……先に情報が欲しいな」

 ガチャ欲を理性で押さえるの、かなり偉くないか俺。

 そんなことを考えながら支度を整え、ルクスとネフィを連れて部屋を出た。

     ◆

 宿の一階はすでに慌ただしかった。

 朝食を取るハンターたち、伝令らしき兵士、荷物を運ぶ職員。昨日の偵察結果が街全体へ広がっているのだろう、空気は重いが動きは速い。

「お、起きたか」

 食堂の隅から声をかけてきたのはミリアだった。
 すでに席についていて、パンとスープを前にしている。

「珍しく早いな」
「珍しくって何よ。今日は私だって真面目よ」

 その向かいに座ると、すぐに宿の人が朝食を運んできてくれた。
 焼きたてのパン、薄い肉入りのスープ、果物少し。
 シンプルだけどありがたい。

「で」
 ミリアがスプーンを持ったまま言う。
「顔が“また何か面倒なの見つけました”って感じなんだけど」
「そんな顔してるか?」
「してる」

 隠せてなかったか。

「黒門の断片で、新しいガチャが解放された」
「ほら来た!」

 やっぱり、って顔をされた。

「どんなの?」
「《断片共鳴ガチャ》」
「名前からして危ないわね……」
「俺もそう思う」

 ミリアは一瞬嫌そうな顔をしたあと、逆に興味が勝ったらしい。

「でも、強いの?」
「たぶん強い。門由来因子とか共鳴系因子とか出るらしい」
「うわあ……」
「うわあって言うなよ」
「だって絶対ろくでもないでしょ、それ」

 否定できないのがつらい。

「まだ引かないの?」
「迷ってる。情報が足りない」

 そう答えると、ミリアは少しだけ意外そうに目を瞬いた。

「へえ。前なら即引きしてそうなのに」
「俺も成長したんだよ」
「一日で?」
「濃い一日を過ごしたからな」
「そこだけは認める」

 実際、軽率に引いてルクスやネフィへ変な影響が出たら困る。
 今は街の防衛もあるし、あまり博打を打つ場面じゃない。

 いや、もちろんタイミングを見て引くつもりではあるけど。

 そんな会話をしていると、ギルド職員らしき若い男が慌てて食堂へ入ってきた。

「神代さん、ミリアさん! ギルドへ! 副支部長代理が呼んでます!」
「朝からか」
「嫌な予感しかしないわね……」

 朝食を急いでかき込み、俺たちはすぐにギルドへ向かった。

     ◆

 ギルドの会議室には、昨日より人が増えていた。

 ガレス、セシル、ジークに加え、リタと大剣使い、それに初めて見る年配の男が一人。灰色のローブに金属製の小さな測定器具をいくつも腰へ下げている。学者か技師っぽい雰囲気だ。

「来たか」
 ガレスが短く言う。

 セシルがその男を示した。

「こちら、街の記録庫と遺構管理を兼任しているハイネさんです。昨日の報告を受けて、黒門に関する資料の照合を進めてもらっていました」
「どうも」
 ハイネさんは眠そうな顔のまま、でも目だけは異様に冴えていた。
「結論から言うと、最悪の一歩手前です」
「朝一で聞きたくない言い回しだな……」
 思わず本音が漏れた。

 ハイネさんは机の上へ、擦り切れた古文書と新しいメモを並べる。

「古い竜道伝承の一部に、“黒き門”“継ぐ者”“前哨の試し”に類する文言がありました。断定はできませんが、今回現れた門はそれらとかなり一致します」

「つまり、本物ってことですか」
 俺が訊くと、彼は頷いた。

「ええ。そして問題は、その門が単なる遺跡じゃないことです。どうやらあれは竜の因子を選別し、次代へ繋ぐための試練装置――あるいはそれに近いものらしい」

「試練装置……」
 ミリアが嫌そうに顔をしかめる。
「また“試される”系なの?」
「そういうことになる」
 ハイネさんはあっさり答えた。
「ただし正常稼働していれば、です。今の黒門は明らかに暴走気味だ。周辺魔物を侵食し、街を脅かしている時点で、かなり状態が悪い」

 セシルが補足する。

「本来の目的が何であれ、現状は危険源そのものです」
「じゃあ壊せばいいんじゃないですか?」
 ミリアが言う。

 それに対して、ガレスが渋い顔をした。

「壊せるならそうしている。だが黒門周辺にはC級個体が二体。加えて、昨日の時点で門本体へ近づく前に包囲誘導を受けた。正面突破は現実的じゃない」
「しかも」
 ハイネさんが俺を見た。
「君だけが“継ぐ者”と呼ばれている」

 会議室の空気が少し変わる。

「神代さん」
 セシルが静かに言う。
「率直に確認します。あなたには現在、《黒門の断片》があるのですね?」
「あります」
「見せてもらえますか?」

 俺はUIから取り出すような感覚で、黒門の断片を手のひらへ実体化させた。
 黒い、細長い結晶片。
 見た目はただの鉱石みたいだが、内側で赤金の光がうっすら流れている。

 ハイネさんの目が鋭くなる。

「……間違いない。かなり高純度の断片だ」
「高純度?」
「普通なら試練に巻き込まれた程度で得られるものじゃない。かなり深く門に認識されている証拠だよ」

「嬉しくない情報だな……」

 でも、それなら。
 俺が今朝見た《断片共鳴ガチャ》も、たぶんこの断片と完全に連動している。

「実は」
 俺は断片を見つめながら言った。
「これで新しいガチャが解放されました」

「ガチャ?」
 ハイネさんが眉を上げる。
 ミリアはもう慣れた顔をしている。
 セシルとガレスは、もはや“またか”という反応だった。

「《断片共鳴ガチャ》です。門由来因子とか共鳴系因子とか、そういうのが出るらしい」
「……なるほど」
 ハイネさんは意外にも真面目に頷いた。
「それは極めて重要だ」

「重要なんですか!?」
 ミリアが食いつく。

「試練装置の断片が、君の持つ“システム”と結びついているなら、黒門が何を求めているのか、逆にそこから探れる可能性がある。危険だが、無視する方がもったいない」

 やっぱりそうなるか。

 ガレスが腕を組む。

「つまり、神代がそのガチャとやらを引けば、門への対抗手段が出るかもしれん」
「出ないかもしれませんけどね」
 セシルが冷静に付け加える。
「そこが博打です」

 その通り。
 だから迷っていたんだ。

「レン」
 ミリアが少し真面目な顔で言う。
「あんた、どうしたいの?」

 全員の視線が集まる。

 俺は少しだけ考えて、それから正直に答えた。

「引きたい」
「でしょうね」
 ミリアが即答した。
「でも」
 俺は続ける。
「ただ勢いで引くんじゃなくて、ちゃんと準備して引きたい。何が出ても対応できる状況で」

 それを聞いて、セシルがわずかに頷いた。

「賢明です」
「たとえば?」
 ガレスが訊く。

「少なくとも、二つ確認したいです。ひとつは、断片を使ったときにルクスとネフィへどんな反応が出るか。もうひとつは、黒門側からの干渉がどの程度強まるか」
「なるほど」
 ハイネさんが顎に手を当てる。
「観測環境を整えれば、ある程度は追えるかもしれない」

 そこから話は早かった。

 ギルド地下の簡易訓練室を使い、ハイネさんとリタが補助結界を張る。
 セシルが記録係。
 ガレスとジークが非常時対応。
 ミリアは……「なんでか分からないけど絶対いた方がいい気がする」という理由で同行になった。

「雑じゃない?」
 ミリアが抗議する。
「でも実際そうでしょう」
 セシルが切り返した。
「ぐうの音も出ない……」

     ◆

 地下訓練室は思っていたより広かった。

 石造りの床に簡易魔法陣が刻まれ、壁際には防護杭のようなものが並んでいる。普段はドラゴンの訓練やスキル試験に使う場所らしい。

 そこで俺は中央に立ち、ルクスとネフィを左右へ下ろした。

「キュル」
「キュイ」

 二体とも少し緊張している。
 俺もだ。

 周囲ではリタが結界を張り、ハイネさんが計測器具を起動している。セシルは記録板を持って待機。ガレスとジークはそれぞれ武器を手に、万一のときは即介入できる位置にいた。

「準備完了です」
 セシルが告げる。

 ガレスが俺を見る。

「やれるな?」
「はい」

 深呼吸して、UIを開く。



【《断片共鳴ガチャ》】
【必要素材:《黒門の断片》×1】
【追加投入可能:ガチャ石×10/×20】
【推奨:初回は低出力起動】



「低出力起動……」

 つまり断片だけでも回せるが、ガチャ石を足せば排出枠が増えるらしい。
 迷う。

「どうする?」
 ミリアが小声で訊く。

「……断片単独でまず一回」
「珍しく慎重!」
「そこまで驚くなよ!」

 でも実際、今は様子見が正解だろう。
 いきなり石まで突っ込むのは危ない。

「行きます」

 俺が選択した瞬間、黒門の断片が手の中で浮き上がった。

 赤金の筋が結晶の内側を走る。
 やがて、それが小さな黒い魔法陣へ変わり、俺の前にゆっくり展開した。

 今までのガチャと違う。
 派手じゃない。
 むしろ静かすぎる。

 しん、と空気が凍るような感覚。
 黒い円環の中央に、金色の点がひとつ灯った。

 それを見た瞬間、ルクスとネフィが同時に身を固くした。

「キュル……!」
「キュイッ!」

「反応あり!」
 ハイネさんが即座に叫ぶ。
「門由来の波形と一致! でも暴走じゃない、むしろ……選別に近い!」

 選別。
 また嫌な言葉だ。

 黒い魔法陣の中央から、ゆっくりと一枚の薄い結晶板みたいなものが現れた。
 カードのようでもあり、鍵のようでもある、不思議な形。

 UIが結果を表示する。



【《断片共鳴ガチャ》結果】
【門鍵片《第一環》】
【分類:黒門アクセス因子】
【効果:試練系領域における認識権限を微量獲得】
【備考:黒門の第一外縁に対して“客体”ではなく“挑戦者”として記録されます】



「……は?」

 声が漏れたのは俺だけじゃなかった。

「なんですかそれ」
 セシルが珍しく素で言う。
「客体じゃなく挑戦者って、どう違うのよ……」
 ミリアも困惑している。

 ハイネさんは逆に目を輝かせていた。

「面白い! つまり今まで神代君は、門に一方的に試される“対象”だった。でもこれを得たことで、少なくとも門の外縁に対しては“試練へ挑む側”として扱われ始める可能性がある!」
「日本語で頼みます」
 俺が言うと、彼は咳払いした。

「簡単に言えば、門に近づいたときの扱いが少しマシになるかもしれないってことだ」
「最初からそう言ってくださいよ」

 でも、それはかなり大きい。

 昨日みたいに一方的に包囲誘導されるのを、少しでも崩せる可能性がある。
 しかも“第一環”ということは、続きがある。

 つまり黒門攻略の鍵アイテム、その一個目だ。

「……当たりでは?」
 ミリアが言う。

「当たりだと思う」
 俺も正直そう思う。

 そのとき、UIが続けて反応した。



【《門鍵片《第一環》》の獲得により条件更新】
【《断片共鳴ガチャ》高出力起動が可能になりました】
【追加投入:ガチャ石×20】



「追いガチャ要求が来た……!」

 思わず叫ぶ。

「何その最低の流れ」
 ミリアが顔をしかめる。
「でも気になるでしょ?」
「気にはなるけど!」

 なる。
 めちゃくちゃなる。

 高出力起動。
 たぶん断片単独より危ない。
 でも、門鍵片が出た後なら、次はさらに踏み込んだものが出る可能性が高い。

 ガレスが低く訊く。

「神代。まだやるか?」
「……やります」

 言い切った瞬間、ミリアが額を押さえた。

「やっぱり!」
「ここで止める理由もない」
「それもそうなのが腹立つ!」

 セシルが小さくため息をつく。

「全員、警戒を一段上げてください」
「了解」
 ガレスとジークが位置を変える。
 リタの結界も厚くなる。

 俺はUIへガチャ石二十個を投入した。

【高出力起動】

 黒い魔法陣が一気に拡大する。

 今度は静かじゃなかった。
 低く唸るような音。
 床の魔法陣が共鳴し、訓練室全体へ赤金の光が走る。

「うわっ」
 ミリアが一歩下がる。

 ルクスとネフィが俺の左右へ来た。
 守るように、あるいは一緒に受けるように。

「大丈夫だ、俺がいる」
 自分にも言い聞かせるように呟く。

 黒い魔法陣の中央に、今度は三つの光が現れた。
 赤。
 白。
 黒金。

 そのうち二つが砕ける。



【1/3】
【因子片《竜脈感応・微》】
【効果:周辺の高濃度魔力流を知覚しやすくなる】

【2/3】
【補助因子《拒絶皮膜・微》】
【効果:外部侵食系魔力への抵抗補助】



「おっ……!」
 思わず声が出る。

 どっちも当たりだ。
 偵察で欲しかったやつだし、黒門相手ならなおさら必要そうだ。

 問題は最後。

 中央に残った黒金の光が、ゆっくりと形を変えていく。
 そして現れたのは――小さな紋章だった。

 まるで竜の瞳を意匠化したような、黒い輪郭に金の縦線が入った印。

 UIが一瞬止まり、それから重く表示する。



【3/3】
【称号因子《黒門に見出されし者》】
【分類:特殊】
【効果:黒門系試練領域での認識優先度上昇】
【副作用:門由来存在からの注目度上昇】



「副作用が嫌すぎる」

 俺の本音がそのまま口から出た。

 周囲も同じ感想だったらしい。
 誰もすぐには喋らない。

 最初に口を開いたのはハイネさんだった。

「……いや、でもこれは大きい」
「大きいのは分かります」
 俺は言う。
「分かるけど、“注目度上昇”って完全にヘイト値増加じゃないですか」
「まあ、そうとも言う」
「言うんだ……」

 ミリアがげんなりした声を出す。

「つまり何? 黒門に近づいたら、今まで以上にレンが目立つってこと?」
「おそらく」
 セシルが頷く。
「ですが逆に言えば、門側へ働きかけやすくもなるかもしれません」

「嬉しくねぇ……でも必要そう……!」
 ものすごく嫌な二択だった。

 そのとき、ルクスが俺の足元で低く鳴いた。

「キュル」
 続けてネフィも。
「キュイ」

 二体とも、俺を心配するような目をしていた。

「大丈夫」
 俺はしゃがんで二体の頭を撫でる。
「ちょっと厄介な札を引いただけだ」

 でもそれだけじゃない。
 確実に前進ではある。

 竜脈感応・微。
 拒絶皮膜・微。
 門鍵片《第一環》
 そして、
 称号因子《黒門に見出されし者》

 危険は増えた。
 でも黒門への対抗手段も増えている。

 ガレスが口を開く。

「神代。今の結果を踏まえて、おそらく次の偵察は単なる確認では済まん」
「黒門へ近づくことになりますよね」
「ああ」

 セシルが資料板へ書き込みながら言う。

「近隣支部からの応援は最短で明日夕方。中央からはさらに遅れる見込みです。それまでに街を守るための情報と、可能なら黒門への対抗策を揃える必要があります」
「そのためにレンを使う、と」
 ミリアが言う。

 セシルは否定しなかった。

「はい」

 ストレートすぎる。
 でも事実だ。

 俺は立ち上がり、手の中に残った黒い紋章――《黒門に見出されし者》の気配を感じる。

 嫌な感じはある。
 でも不思議と、完全な拒絶ではない。
 あの門が俺を見ているのと同時に、俺の側も少しだけ門の輪郭を掴み始めている気がした。

「……行けるところまで行くしかないか」

 小さく呟くと、ミリアが隣で深く息を吐いた。

「その台詞、もうちょっとためらってから言ってくれない?」
「無理だった」
「知ってた!」

 でも彼女は、ちゃんと隣に立ったままだった。

     ◆

 訓練室を出たあと、俺は一人で廊下の窓辺に立った。

 北の空。
 昼なのに、あの方角だけ色が鈍い。
 赤黒い靄はまだ消えない。

 ポケットのようにUIの片隅へ残るクエスト表示が、静かに脈打っている。



【《黒門の前哨試験》】
【第一段階突破済】
【次段階条件:第一環所持者として黒門外縁へ接触せよ】



「……やっぱり来るよな、その流れ」

 完全に攻略ルートが出た。
 もう笑うしかない。

 でも。
 今の俺には昨日までなかった札がある。
 ルクスとネフィ。
 正式登録された《灼霧衝》。
 そして黒門へ干渉するための最初の鍵。

 これが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。
 それでも、ただ一方的に追い込まれるだけの立場じゃなくなったのは確かだった。

 窓の外を見ながら、俺はそっと拳を握る。

「次は……こっちから少し踏み込む番だな」

 その言葉に応えるみたいに、ルクスが肩へ飛び乗った。

「キュル!」
 ネフィも反対側へ。
「キュイ」

 頼もしい。
 それに、こいつらと一緒なら少しくらい無茶もできる気がしてしまう。
 良くない傾向かもしれないけど。

 そのとき、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。
 若い職員が息を切らして走ってくる。

「神代さん! 副支部長代理から至急です!」
「またか?」
「北門方面で新しい反応が! それと……」

 職員は一瞬ためらってから、言った。

「黒門周辺にいたブラストファング二体のうち、一体が単独で街道を南下し始めました!」

「……は?」

 嫌な予感が、現実になった。

 黒門がじっとしていない。
 しかも、今度は一体だけを先に動かしてきた。

 ただの襲撃じゃない。
 試し。
 揺さぶり。
 あるいは――招待。

 俺のUIが即座に反応する。



【緊急派生クエスト発生】
【《黒門の使い》を迎撃せよ】
【推定対象:ブラストファング(変異個体の可能性)】
【備考:第一環所持者への接触を目的としている可能性あり】



「迎撃、ね……」

 思わず口元が引きつった。

 さっきまで“次はこっちから踏み込む番”とか思っていたのに、向こうから来るのかよ。

 でも、逃げられない。
 いや、逃げるつもりもない。

 俺はルクスとネフィを見た。
 二体とも、もう臨戦態勢の目をしていた。
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