『中身は俺のままなのに、学園では美少女扱いです』

羽蟲蛇 響太郎

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第1話 中身は俺のままなのに、朝から世界がおかしい

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 目覚ましが鳴る三秒前に目が覚めた。
 これは俺のちょっとした特技だ。

「……」

 天井が見える。いつもの自室。
 カーテンの隙間から差し込む朝日。
 ここまでは問題ない。

 ――問題は、布団の中の“感覚”だった。

「……ん?」

 体が、軽い。
 いや、軽いというより、バランスが違う。

 寝返りを打とうとして、妙な違和感に気づく。
 重心が、普段より前に寄っている。

「……?」

 寝ぼけたまま、俺は布団の中で自分の身体を確認し――
 そこで完全に覚醒した。

「……は?」

 声が高い。
 間違いなく、俺の声じゃない。

 一瞬、夢だと思った。
 よくあるやつだ。テスト前とかに見る、意味不明な悪夢。

 だが、頬をつねると普通に痛い。

「……ちょ、待て待て待て」

 布団を跳ね除け、勢いよく起き上がる。
 その瞬間、視界の端で揺れた“何か”に、脳が理解を拒否した。

「……え」

 視線を落とす。

「……は?」

 そこにあるはずのものが、ない。
 代わりに、あるはずのない膨らみがある。

「……はぁぁぁぁ!?」

 悲鳴は、完全に女子のそれだった。

 慌ててベッドから転げ落ち、姿見の前に立つ。
 震える手で、鏡を見る。

「…………」

 そこにいたのは――

 長い黒髪。
 見慣れない大きな瞳。
 制服を着たら間違いなく“目立つ側”の、整った顔。

「…………誰」

 俺は、ゆっくりと鏡に近づき、
 鏡の中の“彼女”も同じように近づいてきた。

「……俺?」

 疑問形で口を開くと、
 鏡の中の少女も、同じ顔で首をかしげる。

「……俺だ」

 中身は、間違いなく俺だった。

 昨夜まで、
 男子高校生・佐倉 恒一、十七歳。
 成績は平均、友達は少なめ、特技は早起き。

 ――なのに。

「……なんで女」

 思考が追いつかない。
 だが、時計を見ると、もう七時十分。

「……あ」

 遅刻。

「いや待て待て待て! そこじゃないだろ!」

 自分でツッコミを入れながらも、
 体は条件反射で動いていた。

 洗面所。
 歯磨き。
 顔を洗う。

 鏡に映るたび、
 心がじわじわと削られていく。

「……冷静になれ」

 深呼吸。

「これは夢だ。
 もしくは、何かのドッキリだ。
 あるいは……」

 選択肢を考えるのをやめた。

 とりあえず、学校に行けば何かわかる。
 世界が正常なら、誰かが止めてくれるはずだ。

 ――止めてくれ。

 クローゼットを開けて、そこで固まる。

「……制服」

 女子用の制服が、当たり前のようにかかっていた。

「……用意周到すぎない?」

 誰に向けてかわからないツッコミを入れつつ、
 俺は極力見ないようにして着替えを済ませた。

 ……いや、正確には、
 着替えに五分以上かかった。

「……服って、こんなに工程あったっけ」

 リビングに降りる。

「おはよー」

 母の声。

「……おはよ」

 返事をすると、母は新聞を畳みながら言った。

「今日は早いわね、こーちゃん」

「…………」

 こーちゃん。

 呼び方は、昨日までと同じ。

 母は、俺の姿を見て、
 何の違和感も覚えていない様子だった。

「パン焼けてるわよ。
 あ、髪ちゃんと結びなさい。学校で邪魔でしょ」

「……はい」

 思考停止。

 朝食を食べ、
 通学路を歩き、
 校門をくぐる。

 途中、すれ違う生徒たちが振り返る。

「……あの子、誰?」

「転校生?」

「可愛くない?」

 心のHPが、ゴリゴリ削られていく。

「……やめて」

 教室に入ると、
 担任が出席を取る。

「佐倉――」

 間が空く。

 来た。
 来たぞ。

「佐倉……」

 俺は、覚悟を決めて立ち上がった。

「……はい」

「……佐倉さん、元気そうね」

「……はい?」

 “さん”。

 黒板に書かれた名前を見る。

 佐倉 恒一(女)

「……え?」

 教室は、何事もないようにざわついている。

(誰か……
 誰かツッコめよ……!)

 だが、誰もツッコまない。

 こうして俺の――
 中身は俺のままなのに、学園では美少女扱いされる生活が、
 何の説明もなく始まった。

 ――この世界、
 おかしい。

 確実に。
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