君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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33話 再開の気配

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ローンチイベントから三週間が過ぎた。

春菜は朝から、新しい案件の資料整理に追われていた。机の上には複数のクライアントからの依頼書が並び、いつものせわしない日常が戻ってきていた。

「春菜さん、お疲れさまです」

成瀬が温かいコーヒーを手に、春菜のデスクに近づいてきた。

「ありがとう。成瀬くんも忙しそうだね」

「まあまあですかね。でも春菜さん、最近少し落ち着いて見えますけど、大丈夫ですか?」

「そう?」

春菜は手を止めて、小さく笑った。落ち着いて見えるのは、忙しさに紛れて考えないようにしているからかもしれない。

「KITE社の件、ローンチイベントが終わってから静かですよね」

成瀬の何気ない一言に、春菜の手がほんの一瞬止まった。

「うん。共同プロジェクトは続いてるけど……必要があれば連絡が来るよ」

平静を装って答えたが、心の奥では確かに気にしていた。あのイベント以来、蒼真からの個人的な温度を感じる連絡は途絶えていた。それが当然なのだと頭では分かっているのに、時折寂しさを感じてしまう。

そう思い込もうとしている。でも、心の奥では「どうしていいか分からない」気持ちがまだ残っていた。

「春菜さん、新しい案件の件で相談があります」

上司の森下が声をかけてきた。

「財前グループから、ブライダル関連の広告案件の打診が来ています。結構大きな案件になりそうなんですが、担当してもらえますか?」

「財前グループですか?」

春菜の胸が小さく跳ねた。香澄の父が経営する大手企業。

「ええ。来月、都内で大型のブライダル紹介フェアを開催予定で、その広告制作とイベント運営のサポートを求められています」

「……わかりました。詳細資料をいただけますか?」

森下から受け取った資料に目を通すと、確かに大規模なプロジェクトだった。会場は都内の高級ホテル、参加予定の結婚式場やドレスショップも一流どころばかり。

そして資料の最後に、小さく記載されていた一文。

「広告モデル:財前香澄様・高瀬蒼真様(KITE社代表)」

春菜の指先が、わずかに震えた。

(また、あの二人の……)

胸の奥で、まだ整理しきれない感情がざわつく。仕事だ、と自分に言い聞かせても、簡単には割り切れない。

---

その日の夕方、春菜は一人でカフェに立ち寄っていた。

この案件について、頭を整理したかった。財前グループという大手との仕事は、自分のキャリアにとっても重要だった。でも同時に、蒼真と香澄の写真を撮影し、それを広告として世に送り出すということでもある。

(大丈夫……のかな)

コーヒーを一口飲んで、深呼吸する。

あのローンチイベントで、蒼真には香澄という人がいる現実を見た。頭では受け入れようとしている。でも、心はまだ追いついていない。

あの日に流した涙の意味も、まだよく分からない。ただ、どうしようもない想いを抱えていることだけは確かだった。

でも、逃げるわけにはいかない。これは仕事なのだから。

「……やるしかないよね」

小さく呟いて、春菜はバッグから手帳を取り出した。明日から本格的にプロジェクトを始動させる準備をしよう。

心の整理はまだついていない。でも、仕事は仕事として向き合っていこう。

窓の外では、夕日が街を優しく照らしていた。
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