君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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79話 初詣、ふたりの願い

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——そして朝。

カーテンの隙間から差し込む光が、頬をやわらかく照らす。
ぼんやりと目を開けると、すぐ目の前に、まだ寝息を立てている蒼真の顔があった。

「……っ」
春菜の頬が一瞬で熱くなる。

静かに体を起こそうとした瞬間、腕が動いて、もう一度抱き寄せられた。

「……どこ行くの」
低い声。まだ半分眠ったままの、甘くかすれた声。

春菜は息を呑んで、顔を真っ赤にしたまま動けなくなる。
「お、起きようかと……」

「もう少し……このままで」
まるで子どものように呟く蒼真の言葉に、春菜の心がじんわりと溶けていった。

彼の腕の中で迎える朝は、どこまでも優しく、夢の続きのようだった。

---

キッチンで簡単に朝食を並べ、並んでコーヒーを啜る。

「約束していた……初詣、行かないか?」

蒼真の問いに、春菜はマグカップを置き小さく笑って頷く。

「5日だけど……まだ、間に合うだろ」

「……はい。行きましょう」

蒼真は微笑みながら立ち上がり、春菜のマグカップをそっと受け取る。

「準備できたら声かける」

「はい。すぐ支度しますね」

---

玄関でコートを羽織り合い、靴を履く。

春菜がマフラーを巻こうとした瞬間、後ろから蒼真がそっと手を伸ばす。

「……貸して」

「え?」

驚く春菜の代わりに、蒼真が丁寧にマフラーを巻き直してくれる。指先が頬に触れ、布越しの温もりに胸が跳ねた。

「これで寒くない」

「……ありがとうございます」

彼の仕草ひとつひとつが、まるで夫婦の朝のようで。春菜は足元を見つめ、そっと笑った。

---

外に出ると、冬の空気は少し冷たいが、隣を歩く温もりが心地いい。

神社へ向かう道の途中、手袋越しの指先がそっと触れ合う。

春菜は迷った末、指を絡めた。

「……っ」

蒼真は一瞬だけ息を呑むが、すぐにしっかりと握り返してきた。

「遅い初詣も、悪くないな」

「はい。楽しそうですね」

冬空の下、ふたりの影が寄り添いながら、ゆっくりと神社へと進んでいく。

---

鈴を鳴らし、二人並んで静かに手を合わせる。

ぱん、ぱん。

目を閉じながら、春菜は胸の中でそっと願いを唱えた。

(……これからも、隣にいられますように)

願いを終え、顔を上げると、隣の蒼真も同じように目を開いたところだった。

「何、お願いしたんですか?」

春菜が微笑みながら尋ねると、蒼真は「秘密だ」と短く返す。

「えー、ずるい。私、言いましょうか?」

「……ああ」

春菜は少し間を置き、わざと真顔で言った。

「神様に、“浮気防止”お願いしようかなって」

蒼真の手が一瞬止まる。

「え?」

「あ、もちろん冗談ですよ?」と春菜は慌てて笑う。

からかうように言ったつもりだったのに――

蒼真は一歩近づき、春菜の耳元で低く囁いた。

「……俺が、浮気するわけないだろ」

息がかかるほど近い距離に、春菜は思わず肩をすくめる。

「そ、それは分かってますけど……」

「なら、変なお願いすんな」

拗ねたような声音に、春菜はぽかんと目を丸くする。

(……もしかして、怒ってる?)

と、思った瞬間。

蒼真が不意に春菜の手をぎゅっと握り、顔をそらしながら小さく呟いた。

「……俺が不安になるだろ」

一拍遅れて、春菜の頬が一気に熱を帯びた。

「え、え……な、なにそれ……!」

「俺は君にだけ必死なんだ」

冬の境内で、吐く息が白く絡んでいく。

けれど、それ以上にふたりの間にあった空気は、しっかりと熱を帯びていた。

---

境内を抜けると、参道には屋台の明かりがずらりと並んでいた。
日中の冷たい空気の中、湯気と甘い香りが混ざり合って漂う。

「うわぁ……お祭りみたいですね」

春菜は目を輝かせながら屋台を見回す。
すると、ひとつの屋台で足が止まった。

「あ、りんご飴……懐かしい」

赤く輝く飴がずらりと並んでいる。
蒼真はそれを見て、ふっと笑った。

「食べるか?」

「……食べたい、です」

春菜の素直な一言に、蒼真は即座に購入する。
渡されたりんご飴を春菜は両手で受け取るが――

「……あれ? 思ったより、固い……」

飴の表面をかじろうとするが、歯が滑ってなかなか入らない。

コンッ。

「う……取れない……」

苦戦する姿を見て、蒼真が吹き出した。

「貸してみろ」

「できるんですか?」

蒼真はりんご飴を受け取り、そのままガリッと迷いなく噛みついた。

パキッ。

春菜は思わず目を丸くする。

「あっ、すごい……!」

「できただろ?」

蒼真はそのまま、かじった部分を春菜の方へ向ける。

「ほら」

「えっ……」

「ここから食べれる」

「え、えっと、それ……」

「どうした」

「……だって、間接キスだし、周りの人も見てるかもしれないし……」
春菜は頬を赤くして、つい視線を周囲に向ける。

蒼真はそんな彼女を見て、無表情のまま低く笑った。

「今さらだろ。キス以上もしてる」

「し、してますけど……!」

周りのざわめきとは裏腹、二人の距離だけがやたら近い。
春菜は覚悟を決めて、そっと齧りついた。

シャリ……。

(……甘い……)

飴の甘さよりも、彼の視線の方が熱くて、胸の奥がじんじんする。

「……いい匂いだな」

「え?」

気づけば、蒼真が隣の甘酒の屋台に向かっていた。
湯気が立ち上るカップを二つ――。

「……はい」

「……ありがとうございます」

ふたり並んで甘酒を飲みながら、参道を歩く。

温かさが喉を通り、体に沁みわたる。
けれどそれよりも――

(……隣が、あったかい)

春菜は甘酒をすすりながら、横目でそっと蒼真を見上げた。

「……来年も、一緒に来ましょうね」

小さく呟くと、蒼真は一瞬動きを止め、それから真っ直ぐに言った。

「来年どころじゃ足りない。十年でも、二十年でも来よう」

春菜の胸の奥が一瞬で熱くなる。

「……はい」

湯気の向こうで交わされる視線は、ずっと温かかった。
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