君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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6話 曖昧な居場所

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夜の街を歩きながら、優斗はスマホを握りしめていた。

(ちゃんと向き合おうって、あのときは思ったのに……)

足が止まりそうになる。怖いのは、自分の気持ちだった。春菜にも、晃にも、きちんと応える勇気が、まだない。

待ち合わせ場所は、大学時代からよく通っていたバーだった。

「来たな」

晃が、いつもの席に座っていた。グラスにはレモンサワー。

「……話って」

「春菜さんのこと、ちゃんと考えてる?」

「……考えてるよ。でも、答えが出ない」

「君、昔から逃げるのが上手だったよね」

優斗は苦笑いを浮かべた。

晃は、カウンター越しにグラスを指で回しながら続けた。

「俺たち、あの子の"曖昧な居場所"になってないか?」

優斗は答えない。代わりに、カウンターに肘をついた。

「大学の時も、春菜さんが君を好きになってから、なんとなく距離を置いてたじゃん」

「それは……」

「あの時の春菜さんの顔、覚えてる? 卒業式の日、俺に『優斗くんともっと心を通わせたいのに、なんだか壁を感じる』って言ってたよ」

優斗の手が止まる。

「晃、お前……春菜と話してたのか?」

「少しだけ。君が就職活動で忙しかった時期に、図書館で偶然会って。あの子、悩んでた」

「……悩んでた?」

「『優斗くんは優しいけど、本当の気持ちが見えない。私のことを本当に好きなのかな』って」

優斗は目を伏せた。

「俺、あの時から……」

「曖昧だったんだよ。あの子の気持ちに、ちゃんと応えることから逃げてた」

晃の声は静かだったが、その奥に確かな重みがあった。

「今も同じことしてるじゃない。彼女と付き合ってるのに、俺といる時間の方が長い」

「……」

「……俺、春菜のこと、大事だと思ってる。でも、たぶん……それ以上が、よくわからないんだ」

「なら、ちゃんと話した方がいい。誰かの"好き"に曖昧なまま寄り添うのは、やさしさじゃない」

「……わかってる。でも」

「でも、それでも君は俺にキスして帰るんでしょ?」

晃の声は、優しかった。でもその奥にある冷静さが、優斗の胸に静かに突き刺さる。

「俺は別に、他の誰かとも付き合っていいなんて言ってない。ただ……その彼女が、あまりにも君を信じてるから」

優斗は何も言えなかった。


---

同じころ、春菜はKITE社の会議室で、蒼真と向かい合っていた。

「ここの構成を逆にしてみましょうか。来場者の視線の流れ的にも、こっちの方が自然です」

「なるほど……すごいですね、やっぱり。全体が見えてる」

蒼真は少しだけ照れたように笑った。

「そう見えるだけかもしれませんよ。……でも、水沢さんが作った資料、ちゃんと気持ちがこもってる。そういうの、案外、伝わるんです」

春菜は、ふと息を飲む。

──気持ち。伝わってるのかな、誰かに。

「ありがとうございます……。私、まだまだですけど、でも……もっと成長したいって、今は本気で思ってるんです」

蒼真は少し驚いた顔をして、それから優しく頷いた。

「いい言葉ですね。"本気で"って」

春菜の胸に、微かな温かさが広がっていく。


---

その夜。春菜は帰宅後、スマホを見ながらため息をついていた。

(どうして今日は、ひと言もないんだろう)

いつもなら優斗から「ただいま」とか「お疲れ」の一言でもLINEが来るのに、今日はなかった。電話をかけようか迷ったが、やめておいた。でも、スマホの通知が鳴るたびに、優斗からかもしれないと期待してしまう。

そんなとき、KITE社からメールが届いた。

《次回の打ち合わせの前に、19日16時より会議室Bにて。蒼真社長から、個別に話を伺いたいとのご希望あり》

――個別に。

その言葉が、春菜の胸を高鳴らせる。だめだとわかっているのに、どうしようもなく期待してしまう。

(また、会える)

それだけで、今夜は少しだけ強くなれそうな気がした。


---

晃のマンション。

バスルームから出てきた優斗がタオルで髪を拭きながら言った。

「春菜とは……ちゃんと終わらせなきゃって思ってる」

「思ってる、だけじゃダメなんじゃない?」

「……わかってる」

「……でも俺、やっぱり晃が好きなんだ」

優斗の言葉に、晃は一瞬だけ笑って、そっぽを向いた。

「その言葉、彼女にも言ってあげなよ。君のことが大好きな人に」

優斗は答えなかった。

晃と別れた帰り道。スマホを開いて、春菜の名前をタップしかけて、やめた。

(まだ、言えない……。怖いんだ、失うのが)

自分の弱さに、胸が詰まる。
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