君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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54話 確かめたいけど、確かめられない

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数日後。
成瀬は春菜と書庫で資料を探している最中、急に声を落として言った。

「……あの……春菜さん……ちょっといいですか?」

「ん? どうしたの」

成瀬は周りを確認してから、思い切ったように声を潜めた。

「香澄さん……最近、なんていうか……距離が近い気がして……」

「距離が近い?」

「この前の打ち合わせでも『今度お茶でもしない?』って言われて……普通の打ち合わせとは、違う感じがするんです」

春菜の手が資料を探す動きを止める。

「……え?お茶?」

「はい……なんというか、仕事の話だけじゃなくて、みたいな……」

成瀬は顔を真っ赤にして続けた。

「もしかして、俺の勘違いかもしれませんけど……でも、香澄さんって高瀬社長の……」

「……婚約者、だね」

春菜の表情がさっと曇る。

(……香澄さんが成瀬くんに? でも高瀬社長は……)

ふと、胸の奥にざわめきが生まれる。

「どうしたらいいでしょう……。俺、どう接すればいいのか分からなくて」

成瀬の困った顔を見て、春菜は真剣に考えた。

「成瀬くん、あなたは誠実だから悩むのよね。でも、変に意識しすぎる必要はないと思う」

春菜は優しく微笑んだ。

「もし香澄さんが何か別の意味で接してきても、成瀬くんが誠実でいれば、自然と適切な距離が保てるはず」

「……そうでしょうか」

「うん。成瀬くんの人柄なら大丈夫。」

成瀬は安堵したような表情を見せた。

「ありがとうございます、春菜さん。なんか、気持ちが楽になりました」

春菜は内心で小さく息を吐いた。

(成瀬くん、すごく真面目に悩んでる……少しは力になれたかな)


---

帰宅後の自室。
春菜はベッドに腰かけ、窓の外の夜景をぼんやりと見つめた。

(……あの夜、高瀬社長に「向き合って」と言われた。私も頷いた……)

体の奥に小さな不安がじわりと芽生える。
婚約のこと、将来のこと、これからどうなるのか。

(私……本当に高瀬社長と向き合えるのかな……逃げたくないけど、不安もある……)

決意は残っている。けれど、状況の複雑さに、心の奥で微かに揺れている自分もいる。

(……でも、何があっても、ちゃんと向き合おう。高瀬社長にも、自分にも)

春菜は深く息を吸い、手元のスマホを置いた。
窓の外の街灯の光が、少しずつ彼女の背中を温かく照らしているようだった。

---

同じ頃、蒼真は仕事を終え、ひとり自宅のデスクに向かっていた。

香澄との婚約解消は正式に決まった。両家の親にも話が通り、もう後戻りはできない。

携帯を手に取る。

(春菜さんに、すぐにでも伝えたい)

でも、このような重要な話を電話やメールで済ませるわけにはいかない。

机の上の資料を見る。来週、共同プロジェクトの会議が予定されている。

(あの会議の後で、時間をもらおう。ちゃんと、きちんと話をしたい)

蒼真はスマホを置き、窓の外の夜景を見つめた。
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