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エデンの王子様

あのオメガ……

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 応接間にレオンを残し、ジェラルドはカツカツと靴音を響かせながら廊下を進んでいく。目的地は叔父のいる客間だ。父はレオンに庭園を案内して楽しませると言い、その間に叔父と話をつけてこいと送り出してくれた。正直なところ、番と死別している父とレオンを一緒にしておくのは望ましくないが、父が強力な抑制剤を使用しているというので、なんとかアルファの衝動を抑えてこちらに来た。

(あのオメガ……)

 従兄弟である青年を思い出すだけで、苦々しい気持ちが胸にわき上がる。これ見よがしにレオンと見つめ合い、さらにはか弱そうな様子でふらつき、抱かれた後に気を失うなど、何の真似なのか。エデンを卒業後、ノアに会いに来た彼を何度か見かけたが、か弱く儚げとは程遠い、健康な男だった。
 もしレオンに恋情を抱いているのなら、速やかに排除しなければならない。

 客間のドアをノックすると、使用人によってすぐに開けられる。ソファに座っている叔父は顔を上げ、こちらに視線を向けた。彼は眉をひそめ、何か言いかけたが、ジェラルドが手で制止すると黙った。部屋を見渡すがベッドは空で、従兄弟の姿はない。

「この部屋には貴方しかいないのか?」
「そうだが。アレステアは医務室に運ばれた」
「そうか」

 従兄弟の名前はアレステアらしい。名前は聞いたことがあるが、特に関心がないので忘れていた。医務室に運ばれたということは演技ではなく本当に体調が悪い可能性もあるので、そこは認識を改めておこう。叔父と二人というのなら遠慮なくアルファとしての話し合いができると思うことにして、彼の向かいのソファーに座った。

「声も掛けずに対面に座るとは。本家のマナー教育はどうなっているのか」
「貴方がマナーを語るとは。番予定者が決まっているアルファに、他のオメガを無理矢理宛がおうなんて、マナー以前の問題だ」

 ジェラルドが叔父の嫌味をバッサリ切り捨てると、彼の表情は一気に険しくなった。
 叔父は昔から権力志向なところはあったが、ここまで無作法をする男ではないと思っていた。息子に対する愛情のせいで周囲が見えていないのかもしれない。ジェラルドは内心で溜め息をつく。

「私はレオン以外を番にするつもりはない」
「発情しない、子が成せない男オメガを側に置くつもりか」
「別に子を成す必要はない。跡継ぎなら兄上の子が既にいる」

 発情期が来なくとも女オメガであれば子を成せるが、男オメガは妊娠しない。いや、妊娠率が限りなくゼロに近いというのがこの国の医学見解だ。ジェラルドは子供が出来なくても別に構わない。兄とは異なり、後継者を求められていないし、それに加えて幼少期の経験で、子供という存在に対して前向きになれない側面もある。

(それでもレオンとの間に生まれた子供なら……)

 確かに、父のように子供に関心が持てなかったらどうしよう。レオンが奪われたような気持ちになり、本能のままに子供に対して嫉妬心を抱いてしまったらどうしよう、と心配は尽きない。そんなアルファの歪んだ愛情も、レオンが隣にいてくれれば真っ直ぐ子供に注げる気がするのだ。そう思えるくらい、ジェラルドにとってレオンは眩しい。
 ジェラルドが思案している最中、叔父は苛立ったように立ち上がった。 そして身を乗り出し、拳でテーブルを強く叩く。

「お前の血は特別だろう、ジェラルド! 濃いアルファ因子を持つと……兄上よりも‼」

 叔父は唾を飛ばしながら叫ぶ。その言葉に、ジェラルドは呆れた。

(血? 私は特別な因子は何もないというのに)

 叔父が『兄上』と呼ぶのは、当主である父ハロルドだ。
 ハロルドはアルファ婚を繰り返してきたクイン家の血の結晶であり、特に濃いアルファ因子を持つが、ジェラルドに対して彼の威圧は通用しない。アルファ社会では序列が明確であり、威圧できる方がより濃いアルファ因子を持っていることを意味するのだという。しかし、ジェラルドはオメガの母から生まれており、遺伝的にはありえないはずだ。
 医師からは遺伝要因よりも環境要因が関与していると診断された。ジェラルドは研究所で長期間にわたる抑圧の下に置かれ、さらに身体に負担をかける投薬があった事で、生存本能が刺激されたのだろうと。

「私のアルファ因子は遺伝的要因ではありません、叔父上。それでも手元に私を取り込みたいというのは何か思惑あっての事か」

ジェラルドは当主に対して叛意があるのではないかと言葉でほのめかし、さらに威圧を増して威嚇する。
 アルファ同士の牽制で、アルファ因子が弱いと気を失うほどのものだ。しかし、五家のアルファである叔父は動じず、むしろ笑みを深めた。

「叛心など。息子の番に強いアルファが欲しいというのは親として当たり前のこと」

 飄々と言葉を紡ぐ叔父に、ジェラルドは鼻を鳴らす。 確かに事件被害に遭ったアレステアを憐れに思い、より良い相手を番にしようと考えるのは、客観的に見れば理解できることだ。それは叔父の思惑の一端であり、おそらく嘘はないのだろう。しかし、ジェラルドの心にはまったく響かない。

「叔父上は息子思いだな」
「その通りだ」
「ならば欲はかかない方がいい。何かしら策を弄して私の番にアレステアを据えるというなら、それを取り消す必要が出てくる」

 ジェラルドが口端を歪めて笑うと、叔父は顔を顰めた。暗に言わんとすることは伝わったようだ。番関係は一対一であり、それはどちらかの命が潰えるまで続く。死別すれば次の番が持てるのだ。
 積極的に物騒な行為を望んでいるわけではないが、もしも卑怯な手段を用いて、アレステアと結ばされるようなことがあれば、ジェラルド自身、どこまで本能を抑えられるか自信がない。思わず手が滑ってしまうかもしれない。
 ましてやレオンに危害を加えようとしたら、完全に叔父は敵となる。ジェラルドは敵に容赦するつもりはない。

 叔父は肩を落とし、ソファーに腰を下ろした。

「どうしても無理か」
「早急に番を探したいというなら、軍部の若いアルファを探してはどうか。クイン家縁者も多い」

ジェラルドは言い捨てると、踵を返して部屋を出る。これで叔父は滅多なことはしないだろう。誰も見ていない廊下で、ジェラルドは禍々しいほどの愉悦を含んだ表情を浮かべた。

(そもそも父以上のアルファ因子の持ち主である私が、運命レオン以外を愛せると考えていたなら、おめでたい)
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