イケメンとテンネン

流月るる

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結婚アイサツ編

08

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 私は多分ずるいのだと思う。



 朝陽の気持ちが私にあるってことはわかっているはずなのに、時々残酷な方法で確かめたくなる。わざと嫌われることをして、それでも見捨てないか確かめて、見捨てられたらそれはそれでそこまでの男だったんだって馬鹿にして、もうこれ以上傷つかずにすむと安堵する。

 そうすればこんなに、針がふりきれるほど感情を揺さぶられることはないはずだから。

 朝陽は私からいろんなものを奪っていく。
 一生懸命培ってきた私なりの自信がどれだけ薄っぺらいものか思い知らされて、ありのままの汚い私を簡単に暴こうとする。
 見せたくないはずの醜い自分。
 なのにどうしてだろう。私は最初からこいつには、どうしようもない部分しか見せていないのかもしれない。

 心と同じぐらい冷えていた体に熱がこもっていく。エアコンの暖かい風だけのせいじゃなくて、ぎゅって抱きしめてくれる朝陽から伝わるぬくもりがゆっくりゆっくりしみわたってくる。

「腕くんで出てきたの見たときは、ショックだった」

「だよな……あれは最悪だった。許したオレが悪い、振りほどけばよかった」

 はあっと落ち込んだようなため息とともに吐き出される言葉が耳に静かに届く。同時に優しく頭をなでる手。ほんの少し前透にも同じことをされたけれど、いつからかこの感触を覚えていたことに気づかされる。そうだ、触れる手の大きさもかすかな朝陽の匂いも心地いいと感じる声も。少しずつ少しずつ塗り替えられて染められている。


「朝陽が選んだのは私だって言っちゃったけど……、朝陽は、後悔、し、な……の?」


 言葉がつっかえる。言わなきゃ、聞かなきゃそう思うのに、口にした途端すべてが雪のように溶けてしまいそうで。


「咲希……」


「あの子、朝陽とヨリ戻したくて離婚にふみきったんでしょう! 春ぐらいから別居していたって! ねえ、あの頃知っていたら、朝陽は、私じゃなくて……私じゃなくて」


 子リスちゃんの時も感じていたこと。
 けれど朝陽の家族に会って、朝陽の過去の恋人の存在の重さを大きさを知って、あの時以上に本当はずっと不安だった。
 陽人くんや、お母さまが彼の隣にいるのを望んでいたのはあの子だけ。
 視界の端にはいった朝陽と優奈さんのアルバムは、数年の空白を経てふたたび同じ二人で埋まっていくだろうことをきっと彼らは思い描いていた。
 私たちはあんなきっかけさえなければ、お互いを気に食わないただの同期として過ごしていったはずだから。



「今なら……まだ」



「今なら、まだ?」



 うつむいて涙でぐちゃぐちゃな私の頬を朝陽は両手でつつみこむ。低く感情を押し殺した声と、怒りとも悲しみともつかない視線の強さに、私の言葉はそこで途切れた。
 肩が大きく震える。そえられた掌は熱くて優しくて、痛みなど感じさせないのに。
 私たちは何度も何度もこんなことを繰り返しているね。
 それはきっと私が弱くてずるいから?



「嘘……もう、無理。朝陽は渡さない」



「……オレも無理。おまえしかいらない」



 キスをされたのが先か、押し倒されたのが先かわからなかったけれど。
 泣き声は朝陽の唇の中に消えていった。









 咲希が逃げようとするたびに追いかけている気分だけれど、本当は違うのかもしれない。



 涙を唇でぬぐいながらそれでも埒があかなくて、いっそ目の中を舐めてやろうかと思いながらさすがにやめる。
 自信満々に見えるくせに自信がなくて、好きだと結婚しようと約束まで交わしているのにいつまでもどこか疑っている。ささいなきっかけで揺らいで傷ついて不安になりながら、それでも最終的には逃げずにオレを選んでくれる。
 逃げようとしながらも逃げない、そうすることでオレも咲希の気持ちを確かめているのだろうか。


 そんな駆け引きを無意識にしているとすれば、オレも本当にこいつ相手には余裕も自信もないのだと思う。


 結婚するとわかっているのに、それでもそばに居続けようとするあいつの存在のせいだろうか。


 咲希の心の奥底の本音では、本当はオレとの関係を断ち切りたいと思っているのかもしれない。そうすればこんなに傷つくことも泣くことも不安になって弱り切ることもなかったのだろう。


 咲希はたぶん、オレと付き合い始めて弱くなった。


 透がよく言う「素の咲希ちゃん」とやらは、ものすごく繊細で、傷つきやすくて、脆い存在だ。 だからあいつは武装していくことで強くあろうとする彼女を手放せないのかもしれない。
 いや、わからん。あいつが手放さないせいで、いつまでも弱いままなのかもしれないし。

 そんなこいつがそれでもオレを求めようとしてくれる。少しずつ少しずつ強くなろうとしている。そんな気がしてならない。いや、それこそ惚れた弱みでオレがわけがわからなくなっているのかもしれんが。


 いいんだ。
 オレは、強がる咲希も、弱い咲希もどちらも好きだから。


 まさしくオレがいなければ、守らなければ、かばわなければ、そんな存在なのだろう。現実は裏腹に傷つけまくっているのでそういうオレの願いはうまくいかず、それはオレにも余裕がないせいだけれど。


 泣く咲希は嫌いじゃない(むしろたぶんすげーかわいくて好き)。


 涙と唾液でわけのわからなくなった味が口の中にあふれる。泣いては喘ぎ、喘いでは泣いているような咲希は涙腺がゆるみっぱなしで今回はさすがにきつかったんだなとよくわかる。


「すげーぼろぼろだな」


「あんたの、せいでしょ」


「ん、オレのせいだ。悪いのもオレ」


「……なんか、悪いと思っていないみたい」


 そんなことはない。さすがに指輪に手をかけているのを見たときはあせった。本音を言えば今夜の透も怖い。咲希があまりにも傷つけば、いざとなればどんな手をつかってでもオレたちを引き離すだろうことを認識させられた。あの時オレを射た目は本気でオレを刺していた。




「思っているよ、なんせおまえを傷つけたのはオレとオレの家族だから」




 そう、はじまりはすべて咲希がオレの家族に会ってから。



「本当にごめん。でもオレは、誰が認めなくても咲希と結婚したい。もし、とか今ならとか考えることに意味はない。おまえと一緒に生きていきたいんだ」



 たとえ、あの頃優奈の別居や離婚を知っていたとしても、こんな風に弱った咲希を見れば、オレはきっとそこにつけこんだはずだ。

「あの子を選ばなかったこと、後悔したって知らないからね」
「後悔しない」
「私以外の女の子に優しくしないで」
「ああ、咲希だけを大事にする」

 オレはそっと咲希を抱き寄せる。大切な宝物を抱くようにして頭を撫でた。咲希も腕を伸ばして、オレの背中にまわしてくる。



「朝陽、好き」


「オレも好きだ」



 名残の涙を唇ですくいとったあと、優しく唇を重ねた。 
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