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翌日、いつものように私が働いている横を、エイダが走り抜けていった。
エイダが走っているのを、私は初めて見て。
とても慌てているようだ。
しばらくの間、エイダたちは忙しくしていた。
村人の噂話から得た情報によると、国から使者が来て、私を引き渡すよう要求しているらしい。
しかしここは国と独立した神殿に属する。
エイダたちは神殿が私の処遇を決めるので、手出し無用と突っぱねているそうだ。
エイダたちは神殿の中では下っ端らしく、この件を判断できる権限がない。
上層部と交渉してほしいというのが本音で、毎日訪ねてくる国の使者を追い返すのに必死らしし。
嬉しい報告があった。
クレアの体調不良は、妊娠によるものだった。
ウォーレンはとても喜んでいて、私もとても心が温かくなった。
ウォーレンは木苺の実をおすそ分けしてくれた。
木苺が実るのは10年ぶりらしく、実ったのも数粒だけ。
とても貴重なものを、ウォーレンは私に分け与えてくれた。
その場で食べた木苺は、爽やかな酸味とほのかな甘みで美味しかった。
「こんにちは」
川の温泉で出会った男は、毎日私に会いに来て、仕事中の私に話しかけてくる。
エイダたちは気づいているが、何も言ってこない。
私は男に会釈をした。
「今さらなんだけど、名前はなんて言うんだ。いつも君の美しさに心を奪われて聞きそびれてしまっていた。教えてくれないか」
この男は、恥ずかしいセリフを平気で言えるタイプだ。
最初の頃は本音かどうか疑ったし、気持ちを揺さぶられたけれど、今は慣れ始めている。
「エリナよ」
「エリナか。エリナ エリナ」
男は、何度も繰り返した。
名前を呼ばれるのは、ここにきて初めてだった。
理由の分からない不思議な涙があふれた。
男は私が泣いているのに気づき、涙を指で拭ってくれた。
「あなたの名前は?」
「エドワード。エドでも、エディでもお好きに」
「エドと呼ぶわ」
私は泣き、笑った。
「今日は、相談があって来た。私たちはエリナを王宮に連れていきたいと思っている。でも神殿はエリナを引き渡さない。君の存在は伝説上のもので、実際の対処例がない。だから解決は総本山がすることになったそうなんだ。だがその総本山はここから3か月かかる。総本山が決定し、その決定がここに届けられるのはいつになるか分からない。雪のせいだ。だけどおかしいんだ。君は神殿の所有物ではない。君の意思で自由に今後どうするか決断できる。私と一緒に王宮に行くか、このままここに残るか。どうする?」
「私の自由にしていいの?」
「そうだ。最初エリナは黒髪だからという理由で、自警団に引き渡された。けれど黒髪だから拘束できるという根拠はない。自警団は持て余し、この神殿に連れてきた。神話では黒髪は不吉とされているが、黒髪の者をどうするかは決められていない。この神殿も持て余し、上にお伺いを立てた。その上もさらに持て余し、今エリナの話は総本山に届けられたところだ。誰もエリナを所有する権限はない。自由だ」
「エドと行きたい」
迷いはなかった。
荷物を取りに部屋に戻り、私は髪を隠し神殿を出た。
エドは私を馬に乗せ、後ろから私を包むように手綱を握り、馬を走らせた。
エドは私の体もマントで包んでくれたので、とても温かい。
着いたのはクレアとウォーレンの家だった。
ウォーレンは仕事に行っていて、クレアが家にいた。
私はクレアに神殿を出ることを伝え、お世話になったことに感謝し、村を出た。
エイダが走っているのを、私は初めて見て。
とても慌てているようだ。
しばらくの間、エイダたちは忙しくしていた。
村人の噂話から得た情報によると、国から使者が来て、私を引き渡すよう要求しているらしい。
しかしここは国と独立した神殿に属する。
エイダたちは神殿が私の処遇を決めるので、手出し無用と突っぱねているそうだ。
エイダたちは神殿の中では下っ端らしく、この件を判断できる権限がない。
上層部と交渉してほしいというのが本音で、毎日訪ねてくる国の使者を追い返すのに必死らしし。
嬉しい報告があった。
クレアの体調不良は、妊娠によるものだった。
ウォーレンはとても喜んでいて、私もとても心が温かくなった。
ウォーレンは木苺の実をおすそ分けしてくれた。
木苺が実るのは10年ぶりらしく、実ったのも数粒だけ。
とても貴重なものを、ウォーレンは私に分け与えてくれた。
その場で食べた木苺は、爽やかな酸味とほのかな甘みで美味しかった。
「こんにちは」
川の温泉で出会った男は、毎日私に会いに来て、仕事中の私に話しかけてくる。
エイダたちは気づいているが、何も言ってこない。
私は男に会釈をした。
「今さらなんだけど、名前はなんて言うんだ。いつも君の美しさに心を奪われて聞きそびれてしまっていた。教えてくれないか」
この男は、恥ずかしいセリフを平気で言えるタイプだ。
最初の頃は本音かどうか疑ったし、気持ちを揺さぶられたけれど、今は慣れ始めている。
「エリナよ」
「エリナか。エリナ エリナ」
男は、何度も繰り返した。
名前を呼ばれるのは、ここにきて初めてだった。
理由の分からない不思議な涙があふれた。
男は私が泣いているのに気づき、涙を指で拭ってくれた。
「あなたの名前は?」
「エドワード。エドでも、エディでもお好きに」
「エドと呼ぶわ」
私は泣き、笑った。
「今日は、相談があって来た。私たちはエリナを王宮に連れていきたいと思っている。でも神殿はエリナを引き渡さない。君の存在は伝説上のもので、実際の対処例がない。だから解決は総本山がすることになったそうなんだ。だがその総本山はここから3か月かかる。総本山が決定し、その決定がここに届けられるのはいつになるか分からない。雪のせいだ。だけどおかしいんだ。君は神殿の所有物ではない。君の意思で自由に今後どうするか決断できる。私と一緒に王宮に行くか、このままここに残るか。どうする?」
「私の自由にしていいの?」
「そうだ。最初エリナは黒髪だからという理由で、自警団に引き渡された。けれど黒髪だから拘束できるという根拠はない。自警団は持て余し、この神殿に連れてきた。神話では黒髪は不吉とされているが、黒髪の者をどうするかは決められていない。この神殿も持て余し、上にお伺いを立てた。その上もさらに持て余し、今エリナの話は総本山に届けられたところだ。誰もエリナを所有する権限はない。自由だ」
「エドと行きたい」
迷いはなかった。
荷物を取りに部屋に戻り、私は髪を隠し神殿を出た。
エドは私を馬に乗せ、後ろから私を包むように手綱を握り、馬を走らせた。
エドは私の体もマントで包んでくれたので、とても温かい。
着いたのはクレアとウォーレンの家だった。
ウォーレンは仕事に行っていて、クレアが家にいた。
私はクレアに神殿を出ることを伝え、お世話になったことに感謝し、村を出た。
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