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第16話
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『もしもし、葛城?』
木佐貫くんの声で私はハッとする。
「ごめん、何だっけ」
帰っていく先輩の後ろ姿を目で追っていたせいで、木佐貫くんとの会話が上の空になっていた。
『いや……今日はやめとくよ』
「え」
『今、残業に集中しているんだろ? 無理せず程々にな』
「……ごめん」
本当は、残業じゃなくて先輩のことが気になっていた、なんて言えるはずがなくて私は謝る。
『別にいいよ。それに明日――』
「ん?」
『あ、いや、なんでもない。それじゃあな』
そこで電話が切れてしまった。
木佐貫くんには悪いことしてしまった。また明日こちらから電話してあげよう。
その日の夜、私は不思議な夢を見た。
青空の下で私は胸を弾ませながら誰かを待っているのだ。高校生の時、誕生日に貰った花の髪留めをして。
誰かに名前を呼ばれて、満面の笑みで振り返るとそこには――……。
そこで目が覚めた。ジリリリとけたたましく時計が鳴っている。
何か変な夢だったな……。ベッドからおりると私は鏡台の引き出しを開けた。
そっと手に取ったのはあの髪留めだ。まだ、ずっと、持っている……。この髪留めは先輩から貰ったプレゼントだ。ってことは夢の中の私が待っていたのは。名前を呼ばれて満面の笑みで振り返った、その相手は――。
「うわぁっ」私はその場にしゃがみ込む。きっと、最近先輩のことで頭がいっぱいになっていたから夢になって出てきたのだろう。私は自分自身に言い聞かせて納得させると、髪留めを付けてみた。髪留めの色はゴールドでシンプルなデザインをしている。高校生の時に貰ったものだけど、今の私が付けても違和感がない。
「今日はこれを付けていくか」
何となく、そんな気分になった。
「葛城さん」会社に着くと、前川さんが声を掛けてきた。「昨日はありがとう! 助かった!」
「いえ。お子さんの具合はどうですか?」
「もう熱も下がって落ちついてるわ」
「なら良かったです」
「あら?」
そこで前川さんは私の頭に目を留めた。
「可愛い髪留めね」
「あ、ありがとうございます」
「この髪留めの花はミモザアカシアかしら?」
「ミモザアカシア?」
髪留めの花が何の花か知らなかった私は訊き返す。
「えぇ、私の実家の庭にあるの。黄色い花よ」
初めて花の名前と色を知った。ミモザアカシアか……。後で調べてみよう。
昼休憩が終わって午後の仕事をしていたときのことだった。
「葛城くん、ちょっと来てくれないか」
部長に呼ばれ、ついて行った先は応接室だった。
なんだろう? 不思議に思ったまま中へ入る。
「失礼します……えっ」
ドアを開けて驚いた。なぜなら目の前に木佐貫くんがいたからだ。
木佐貫くんはスーツを着て神妙な面持ちをして座っていた。その隣には木佐貫くんと同じ会社の人だろう。同じくスーツを着た女性が座っている。
「そんな所で立っていないでこっちに来なさい」
部長に促され席に座ると、木佐貫くんから名刺を差し出された。名刺に書いてある会社名に私は再び驚く。
「エトワールフラネっ⁉」
エトワールフラネとは大手化粧品メーカーで、新商品が出れば初日で完売するほどの人気ぶりだ。一番の魅力は化粧品のデザインが可愛いことで、写真映えすることからエトワールフラネの商品がよくSNSに載せられている。
こんな大きな会社に木佐貫くんは勤めていたんだ……。そういえば私は木佐貫くんがどこで勤めているか聞いてなかったっけ。
私は木佐貫くんを見た。すると、木佐貫くんはにこっと微笑む。
「エトワールフラネさんが葛城くんに商品のデザインをしてほしいそうだよ」部長が私に言う。
「私に、ですか……?」
「えぇ。以前、葛城さんがデザインしたコンパクトミラーを拝見して是非コフレのデザインをお願いしたいと思い、本日は参りました」
率直なところエトワールフラネのデザインを担当できることは嬉しい。でもそれは、木佐貫くん……同級生のよしみによる贔屓目なのでは? そのことが気になって、私は木佐貫くんの隣にいる女性社員の顔色を窺うと、目が合った。
「葛城さんのデザインは、どれも上品で女性らしく弊社の社員からも高評でした。それに葛城さんが手掛けた商品は売れ行きが好調らしいですね」にっこりと笑いながら言う彼女の言葉に私は胸をなでおろす。
こうして私はエトワールフラネのコフレデザインを担当することになった。
「それじゃ頑張るんだぞ葛城くん」部長は嬉しそうに私の肩をポンポンと叩くと上機嫌でオフィスへ戻っていく。
「葛城さん」
木佐貫くんが私に声を掛ける。女性社員は私に一礼すると応接室を出た。
「急に来たからびっくりしただろう?」
「もしかして昨日の電話ってこのことだったの?」
「そうだよ。でも葛城が残業していたから言えずじまいだったけど」
「失礼します」
そこへ、先輩が応接室へ入って来た。
木佐貫くんの声で私はハッとする。
「ごめん、何だっけ」
帰っていく先輩の後ろ姿を目で追っていたせいで、木佐貫くんとの会話が上の空になっていた。
『いや……今日はやめとくよ』
「え」
『今、残業に集中しているんだろ? 無理せず程々にな』
「……ごめん」
本当は、残業じゃなくて先輩のことが気になっていた、なんて言えるはずがなくて私は謝る。
『別にいいよ。それに明日――』
「ん?」
『あ、いや、なんでもない。それじゃあな』
そこで電話が切れてしまった。
木佐貫くんには悪いことしてしまった。また明日こちらから電話してあげよう。
その日の夜、私は不思議な夢を見た。
青空の下で私は胸を弾ませながら誰かを待っているのだ。高校生の時、誕生日に貰った花の髪留めをして。
誰かに名前を呼ばれて、満面の笑みで振り返るとそこには――……。
そこで目が覚めた。ジリリリとけたたましく時計が鳴っている。
何か変な夢だったな……。ベッドからおりると私は鏡台の引き出しを開けた。
そっと手に取ったのはあの髪留めだ。まだ、ずっと、持っている……。この髪留めは先輩から貰ったプレゼントだ。ってことは夢の中の私が待っていたのは。名前を呼ばれて満面の笑みで振り返った、その相手は――。
「うわぁっ」私はその場にしゃがみ込む。きっと、最近先輩のことで頭がいっぱいになっていたから夢になって出てきたのだろう。私は自分自身に言い聞かせて納得させると、髪留めを付けてみた。髪留めの色はゴールドでシンプルなデザインをしている。高校生の時に貰ったものだけど、今の私が付けても違和感がない。
「今日はこれを付けていくか」
何となく、そんな気分になった。
「葛城さん」会社に着くと、前川さんが声を掛けてきた。「昨日はありがとう! 助かった!」
「いえ。お子さんの具合はどうですか?」
「もう熱も下がって落ちついてるわ」
「なら良かったです」
「あら?」
そこで前川さんは私の頭に目を留めた。
「可愛い髪留めね」
「あ、ありがとうございます」
「この髪留めの花はミモザアカシアかしら?」
「ミモザアカシア?」
髪留めの花が何の花か知らなかった私は訊き返す。
「えぇ、私の実家の庭にあるの。黄色い花よ」
初めて花の名前と色を知った。ミモザアカシアか……。後で調べてみよう。
昼休憩が終わって午後の仕事をしていたときのことだった。
「葛城くん、ちょっと来てくれないか」
部長に呼ばれ、ついて行った先は応接室だった。
なんだろう? 不思議に思ったまま中へ入る。
「失礼します……えっ」
ドアを開けて驚いた。なぜなら目の前に木佐貫くんがいたからだ。
木佐貫くんはスーツを着て神妙な面持ちをして座っていた。その隣には木佐貫くんと同じ会社の人だろう。同じくスーツを着た女性が座っている。
「そんな所で立っていないでこっちに来なさい」
部長に促され席に座ると、木佐貫くんから名刺を差し出された。名刺に書いてある会社名に私は再び驚く。
「エトワールフラネっ⁉」
エトワールフラネとは大手化粧品メーカーで、新商品が出れば初日で完売するほどの人気ぶりだ。一番の魅力は化粧品のデザインが可愛いことで、写真映えすることからエトワールフラネの商品がよくSNSに載せられている。
こんな大きな会社に木佐貫くんは勤めていたんだ……。そういえば私は木佐貫くんがどこで勤めているか聞いてなかったっけ。
私は木佐貫くんを見た。すると、木佐貫くんはにこっと微笑む。
「エトワールフラネさんが葛城くんに商品のデザインをしてほしいそうだよ」部長が私に言う。
「私に、ですか……?」
「えぇ。以前、葛城さんがデザインしたコンパクトミラーを拝見して是非コフレのデザインをお願いしたいと思い、本日は参りました」
率直なところエトワールフラネのデザインを担当できることは嬉しい。でもそれは、木佐貫くん……同級生のよしみによる贔屓目なのでは? そのことが気になって、私は木佐貫くんの隣にいる女性社員の顔色を窺うと、目が合った。
「葛城さんのデザインは、どれも上品で女性らしく弊社の社員からも高評でした。それに葛城さんが手掛けた商品は売れ行きが好調らしいですね」にっこりと笑いながら言う彼女の言葉に私は胸をなでおろす。
こうして私はエトワールフラネのコフレデザインを担当することになった。
「それじゃ頑張るんだぞ葛城くん」部長は嬉しそうに私の肩をポンポンと叩くと上機嫌でオフィスへ戻っていく。
「葛城さん」
木佐貫くんが私に声を掛ける。女性社員は私に一礼すると応接室を出た。
「急に来たからびっくりしただろう?」
「もしかして昨日の電話ってこのことだったの?」
「そうだよ。でも葛城が残業していたから言えずじまいだったけど」
「失礼します」
そこへ、先輩が応接室へ入って来た。
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