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第32話
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結局、昨日挨拶をして以来、先輩とは何も話せずにいた。
また先輩に素っ気ない態度を取られるのが怖くて、話し掛けることが出来なかったのだ。
仕事が終わり、帰ろうと会社を出ると百合さんが立っていた。
どうして百合さんが……? もしかして、先輩を待っている――……?
この前の、楽しそうに喋りながら並んで歩く二人の姿を思い出してしまった。
私は百合さんを見つめたまま動けないでいると、百合さんとばっちり目が合ってしまった。
「ほのかちゃん!」
笑顔の百合さんが早足で近寄ってくる。
「こんばんわ……。えっと、高坂さんならまだ会社にいますよ」
「玲? 私はほのかちゃんに用事があるのよ?」
「へ?」
思いもよらないその言葉に、私は間の抜けた声が出た。
「ごめんね、急に会社に来ちゃってびっくりしたよね? ほのかちゃんのケガの具合が気になって」
私は百合さんと一緒に帰っていた。
「ケガした膝はもう大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「……ほのかちゃん、もしかして元気ない?」
「え⁉」
百合さんに心を見透かされて、私は思わず声が出た。
「顔見たらわかるわよ、暗い顔してる。何かあった?」
「実は私、好きな人からつれない態度を取られていて、どうすればいいのかわからないんです」
そこまで言うと私は顔を伏せた。こんなこと、百合さんに相談して何になるんだろう。でも、今は誰かに話して少しでも気持ちが楽になりたかった。
「ほのかちゃんっ!」
百合さんが私の手を両手でがっしりと握った。
「好きな人から冷たい態度を取られて臆病になっちゃうほのかちゃんの気持ちはわかるわ。でも、好きなら絶対に諦めたらだめよ!」
熱っぽく語る百合さんに私は圧倒されていると「ご、ごめんなさい。私ったら語っちゃって」百合さんは恥ずかしそうに顔を赤らめると、握っていた私の手を離した。
「い、いえ……ちょっとびっくりしました」
「実は私もずっと片思いしてるから、ついほのかちゃんの恋を応援したくなっちゃって。私の好きな人、忘れられない人がいるらしくて全然振り向いてくれないの」
百合さんは寂しそうに言うと俯いた。
私は百合さんの綺麗な横顔を見る。百合さんのような完璧な人でも上手くいかない恋があるんだ――……。
百合さんの想い人は一体どんな人なんだろうと、私は気になった。
「だからほのかちゃん!お互い頑張りましょうね」
「はいっ!」
百合さんに相談して良かったかも。私は自分の心が軽くなるのがわかった。
「そういえば、ほのかちゃんってデザインの仕事をしているんですって?」
「はい。花をモチーフにしたデザインを作ってます」
「花? 好きなの?」
「そうなんです。高校時代、花壇で花を育てていたことがあって」
「そう、なんだ」
百合さんの顔が曇ったように見えた。でもそれは一瞬のことで、もしかしたら私の見間違いだったかもしれない。
ある晴れた日の休日。私は期待と不安を胸に遊園地に来ていた。
私、変じゃないよね? 鏡で前髪を確認するのは、これで何度目だろう?
周りを見渡すとカップルだらけで、一人でいる私は浮いているのか通る人皆が物珍しそうに私を見る。
勢いで誘っちゃったけど、先輩来てくれるかな……。
それは数日前のことだった。部長から遊園地のチケットを貰った私は、最初は摩耶に譲ろうかと思ったけど、これは良い機会だと思い切って先輩を誘ってみた――。
「遊園地?」
興味なさそうに先輩は言う。
「はい。先程、部長からチケットを貰って。良かったら一緒に行きませんか?」
先輩が一人で給湯室に入るのを見計らって、先輩を遊園地に誘ってみた……が、先輩の反応は冷ややかだった。
「俺は……」
あ、これは断られる。
覚った私は「九時に遊園地に来てください! 先輩が来るまで、ずっと待ってますから!」強引にチケットを先輩に突きつけると、給湯室を後にした。
そして今に至るわけだが、約束の時間はとうに過ぎている。
やっぱり先輩来ないのかな……。
諦めて、帰ろうと出口へ足を向け歩き出す――と、腕を掴まれた。
「どこ、行くんだよ」
息を切らした先輩がそこにいた。
「先輩!?」
私は声をあげる。
「自分から誘っといて帰ろうとするなよ」
「ごめんなさい。来ないかと思って……だって待ち合わせの時間過ぎていたから」
「そりゃ、こんなに広い遊園地のどこで待ち合わせするか決めてないのに、会えるわけないだろう」
「じゃあ、先輩はずっと私のことを探してたんですか?」
そう言うと、先輩は照れ臭そうに頭を掻いた。
「お前に電話したくても連絡先知らねぇし」
「……じゃあ! 連絡先交換しましょう!」
先輩が必死に私を探してくれたことが嬉しくて、ついニヤけてしまった。
こうして、私と先輩の遊園地デートが始まった。
ジェットコースターにメリーゴーランド。いくつものアトラクションを楽しむ。
「先輩! 次はどれに乗ります?」
「お前、子供じゃあるまいし少しは落ち着けよ」
不思議なことに、私は先輩と以前のように会話をしていた。
「だって遊園地って久しぶりで。それにデートで遊園地に行くのって憧れだったんですよ――っ!」
ポロリと自分の口からデートという単語がこぼれ、気付いた時にはもう遅かった。私は誤魔化すことも出来ずに、ゆっくりと首を動かし先輩の顔を見る。きっと迷惑そうに不愉快な顔をしているに違いない。
「……あの時は一度もデートに行けなかったからな」
迷惑そうでも、不機嫌そうでもなく、先輩は懐かしむように愛おしそうな顔をしていた。
堪らず、私は先輩の服を掴む。「先輩――」
「そこのカップルさん。良かったら寄っていきませんか?」
「きゃあっ」
お化けの格好をしたスタッフが私と先輩の間に割って入ってきた。
「驚かせてすみません。近くでお化け屋敷をやってるんですけど、良かったらどうぞ」
お化けの格好をしたスタッフはパンフレットを渡す。
「……せっかくだから行ってみるか」
さっきのことはまるでなかったかのように、先輩はお化け屋敷へ向かった。
また先輩に素っ気ない態度を取られるのが怖くて、話し掛けることが出来なかったのだ。
仕事が終わり、帰ろうと会社を出ると百合さんが立っていた。
どうして百合さんが……? もしかして、先輩を待っている――……?
この前の、楽しそうに喋りながら並んで歩く二人の姿を思い出してしまった。
私は百合さんを見つめたまま動けないでいると、百合さんとばっちり目が合ってしまった。
「ほのかちゃん!」
笑顔の百合さんが早足で近寄ってくる。
「こんばんわ……。えっと、高坂さんならまだ会社にいますよ」
「玲? 私はほのかちゃんに用事があるのよ?」
「へ?」
思いもよらないその言葉に、私は間の抜けた声が出た。
「ごめんね、急に会社に来ちゃってびっくりしたよね? ほのかちゃんのケガの具合が気になって」
私は百合さんと一緒に帰っていた。
「ケガした膝はもう大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「……ほのかちゃん、もしかして元気ない?」
「え⁉」
百合さんに心を見透かされて、私は思わず声が出た。
「顔見たらわかるわよ、暗い顔してる。何かあった?」
「実は私、好きな人からつれない態度を取られていて、どうすればいいのかわからないんです」
そこまで言うと私は顔を伏せた。こんなこと、百合さんに相談して何になるんだろう。でも、今は誰かに話して少しでも気持ちが楽になりたかった。
「ほのかちゃんっ!」
百合さんが私の手を両手でがっしりと握った。
「好きな人から冷たい態度を取られて臆病になっちゃうほのかちゃんの気持ちはわかるわ。でも、好きなら絶対に諦めたらだめよ!」
熱っぽく語る百合さんに私は圧倒されていると「ご、ごめんなさい。私ったら語っちゃって」百合さんは恥ずかしそうに顔を赤らめると、握っていた私の手を離した。
「い、いえ……ちょっとびっくりしました」
「実は私もずっと片思いしてるから、ついほのかちゃんの恋を応援したくなっちゃって。私の好きな人、忘れられない人がいるらしくて全然振り向いてくれないの」
百合さんは寂しそうに言うと俯いた。
私は百合さんの綺麗な横顔を見る。百合さんのような完璧な人でも上手くいかない恋があるんだ――……。
百合さんの想い人は一体どんな人なんだろうと、私は気になった。
「だからほのかちゃん!お互い頑張りましょうね」
「はいっ!」
百合さんに相談して良かったかも。私は自分の心が軽くなるのがわかった。
「そういえば、ほのかちゃんってデザインの仕事をしているんですって?」
「はい。花をモチーフにしたデザインを作ってます」
「花? 好きなの?」
「そうなんです。高校時代、花壇で花を育てていたことがあって」
「そう、なんだ」
百合さんの顔が曇ったように見えた。でもそれは一瞬のことで、もしかしたら私の見間違いだったかもしれない。
ある晴れた日の休日。私は期待と不安を胸に遊園地に来ていた。
私、変じゃないよね? 鏡で前髪を確認するのは、これで何度目だろう?
周りを見渡すとカップルだらけで、一人でいる私は浮いているのか通る人皆が物珍しそうに私を見る。
勢いで誘っちゃったけど、先輩来てくれるかな……。
それは数日前のことだった。部長から遊園地のチケットを貰った私は、最初は摩耶に譲ろうかと思ったけど、これは良い機会だと思い切って先輩を誘ってみた――。
「遊園地?」
興味なさそうに先輩は言う。
「はい。先程、部長からチケットを貰って。良かったら一緒に行きませんか?」
先輩が一人で給湯室に入るのを見計らって、先輩を遊園地に誘ってみた……が、先輩の反応は冷ややかだった。
「俺は……」
あ、これは断られる。
覚った私は「九時に遊園地に来てください! 先輩が来るまで、ずっと待ってますから!」強引にチケットを先輩に突きつけると、給湯室を後にした。
そして今に至るわけだが、約束の時間はとうに過ぎている。
やっぱり先輩来ないのかな……。
諦めて、帰ろうと出口へ足を向け歩き出す――と、腕を掴まれた。
「どこ、行くんだよ」
息を切らした先輩がそこにいた。
「先輩!?」
私は声をあげる。
「自分から誘っといて帰ろうとするなよ」
「ごめんなさい。来ないかと思って……だって待ち合わせの時間過ぎていたから」
「そりゃ、こんなに広い遊園地のどこで待ち合わせするか決めてないのに、会えるわけないだろう」
「じゃあ、先輩はずっと私のことを探してたんですか?」
そう言うと、先輩は照れ臭そうに頭を掻いた。
「お前に電話したくても連絡先知らねぇし」
「……じゃあ! 連絡先交換しましょう!」
先輩が必死に私を探してくれたことが嬉しくて、ついニヤけてしまった。
こうして、私と先輩の遊園地デートが始まった。
ジェットコースターにメリーゴーランド。いくつものアトラクションを楽しむ。
「先輩! 次はどれに乗ります?」
「お前、子供じゃあるまいし少しは落ち着けよ」
不思議なことに、私は先輩と以前のように会話をしていた。
「だって遊園地って久しぶりで。それにデートで遊園地に行くのって憧れだったんですよ――っ!」
ポロリと自分の口からデートという単語がこぼれ、気付いた時にはもう遅かった。私は誤魔化すことも出来ずに、ゆっくりと首を動かし先輩の顔を見る。きっと迷惑そうに不愉快な顔をしているに違いない。
「……あの時は一度もデートに行けなかったからな」
迷惑そうでも、不機嫌そうでもなく、先輩は懐かしむように愛おしそうな顔をしていた。
堪らず、私は先輩の服を掴む。「先輩――」
「そこのカップルさん。良かったら寄っていきませんか?」
「きゃあっ」
お化けの格好をしたスタッフが私と先輩の間に割って入ってきた。
「驚かせてすみません。近くでお化け屋敷をやってるんですけど、良かったらどうぞ」
お化けの格好をしたスタッフはパンフレットを渡す。
「……せっかくだから行ってみるか」
さっきのことはまるでなかったかのように、先輩はお化け屋敷へ向かった。
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