強引な初彼と10年ぶりの再会

矢簑芽衣

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第33話

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「そういえばお前、お化け屋敷は平気なのか?」
「えっ!?」
 先輩に訊かれて、私の肩がびくりと跳ねた。実は私はお化け屋敷が苦手なのだ。
 でも、ここで苦手だなんて言ったら水を差してしまう。
「はい。平気ですよ」
 私は笑顔で答えると、先輩の後ろに続いてお化け屋敷へと入った。

 お化け屋敷の中は暗く、ひんやり冷たい風が吹いていた。
「おい、離れすぎじゃないか?」怪訝に訊いてくる先輩に私は「そうですか?」と、とぼけたふりをして歩く。
 しかしこれには理由があって、お化けが驚かしてくるとしたらきっと進行方向の前からである。だから、前を歩く先輩と少し距離を取ることで怖さを半減させる作戦なのだ。……と、その時――。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁっ⁉」
 なんと、私の真後ろからミイラ男が驚かしに来たではないか。油断していた私はびっくりして叫び声をあげると、その場に座り込んでしまった。
「おい⁉ 大丈夫か⁉」
 慌てて先輩が私に手を差し伸べてくれた。
「先輩……」
 私は先輩の手を取る。先輩の大きくて温かい手に安心する。私は立ち上がろうと足に力を入れた。
「どうした?」
 なかなか立ち上がらない私に先輩は不思議に思ったのだろう。顔を覗き込んだ。
「あの……足に力が入りません」
 あまりにもびっくりしたせいで腰が抜けたのか、立ち上がることが出来なかった。
「マジかよ……」
 頭上で先輩の溜息が聞こえる。
 こんな私に呆れてしまったのかもしれない。楽しいデートにしたかったのに、これじゃ台無しだ……。
「危ないから動くなよ。それと文句も受け付けないから」
「え?」
 ふわりと身体が軽くなったと思うと、私は先輩にかかえられていた。
「やだ、これってお姫様抱っこ――」
「文句は受け付けないって言っただろ。それに動けないんだから、こうするしかないだろ」
「そう、ですけど」
 恥ずかしさで顔が赤くなる。でも、照明が暗いから先輩に気付かれなくて良かった。
 私たちはお化け屋敷から出ると、先輩は近くのベンチに私をおろしてくれた。
「ありがとうございました。迷惑かけちゃってすみません」
「別に迷惑なんかじゃねぇよ。それよりお化け屋敷が苦手ならちゃんと言えよ」
「すみません」
 申し訳なさで私は身を縮める。
「何か飲み物買ってくるからお前は待ってろ」
 そう言うと先輩は売店へと走った。


 さっき抱き抱えた時の、ほのかの柔らかな身体の感触がまだ両手に残っている。
 俺は自分の手を唇へと持っていく。まるで、まだ手に残るほのかの身体にキスをするかのように。
 遊園地に行くつもりはなかった。でも、俺が来るまで待ってると言ったほのかの顔が本気で、つい気になって来てしまった。
 本当は、ほのかのことを解放してやるべきなのに――。
 俺が最近ほのかと距離を取っていたのは、オフィスで抱いたあの日、ほのかの泣き顔を見たからだ。
 今まで欲望のままほのかを弄んできたし、泣かせたこともあった。でも、頬を涙で濡らしぐしゃぐしゃの顔をされたのはあれが初めてだった。もちろん、ほのかに謝りたかった。許して欲しかった。しかし、ほのかに避けられるようになって俺は次第にこう思うようになっていた。
 俺と一緒にいないほうが、ほのかは幸せなんじゃないか――。
 だから。自分の気持ちに蓋をしてまでも、ほのかを拒んだのに――アトラクションに乗ったほのかの楽しそうにしている姿を思い出す。
 思わず俺は髪をくしゃっと掴んだ。
 今日一日だけ――……。これで最後にするから。

 売店は長い列が出来ていて、飲み物を購入するのに時間が掛かってしまった。
 だいぶほのかを待たせてしまった。早く戻らないと――すると、肩を叩かれた。
 もしかして、俺が遅かったからほのかが迎えに来たのか? 
「ごめん、ほのか。売店が混んでいて――」
 俺は後ろを振り返った。


 先輩が飲み物を買いに行ってからだいぶ時間が経っている。
 私は腕時計に目を落とした。
「ごめん。待たせた」
「先輩――」
 顔を上げると、私は息を呑み込んだ。
 そこには、先輩と……百合さんがいたからだった。
「ほのかちゃん!」百合さんが私に手を振る。
 どうして百合さんがここに――?
「ここの遊園地でカップル向けに宝石の展示会が開催されていたから来てみたの。そしたらさっき玲に会って」
「お前はカップル向けの展示会に一人で行こうとしてたのか」
「そりゃ、一人で行くのは気が引けるけど。だって彼氏がいないんだからしょうがないじゃない」
 息の合った二人の掛け合いに、見ていて胸が痛くなる。
「なら、百合さんと高坂さんで見に行きますか?」
 どうしてだろう。なぜかそんな言葉が口から出てしまった。
「おい――」
「一人で行くの、気まずいですよね。だから展示会は高坂さんと行ってきてください。私はここで待ってますから」
 先輩の言葉を遮って私は口調を強めに言った。
「……せっかくだし、行くか」
「え⁉ 玲……」
 先輩は百合さんの腕を引いて歩いていく。
 百合さんは先輩に腕を引かれたまま何度も私の方を振り返っていた。
 これで、いいんだ。
 先輩と百合さんが見えなくなると、力なく私はベンチに座り込む。
 楽しそうな二人の姿をこれ以上私は見たくなかった。だから遠ざけるようなことをしてしまった……本当は先輩と一緒にいたかったのに。でも、これでいい、これでいいんだ――。
 だけれど、私の胸は痛いままだった。

 
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