100年の恋

雑魚ぴぃ

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第一章

第8話・霧川小夜

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 猿渡の屋敷に久しぶりに帰って来た。しかしそこで僕の産みの母親、霧川小夜が猿渡の現当主、猿渡黒子に殺された。目の前で起こるにわかには受け入れられない現実、そして事の真実を語る見溜有栖。
 霧川小夜は黒子と白子の母親を毒殺し、その後、猿渡キヨとして平然とこの屋敷に住んでいた。激昂した黒子は霧川小夜を刺し殺し、全ては終わったかに思えた。

ーーその夜。

 霧川小夜はすでに冷たくなっている。汚れを落とし、布団に寝かせる。白子は着替えを済ましたものの、抜け殻の様に婆さんの横に座ったまま動かない。
 弓子が夕食を簡単にと、おにぎりを作ってくれたが誰も手を付けない。

「ご主人サマ、おにぎり食べてイイカ?」
「あぁ……メリー、お食べ。ハリーも……」
「あんさん、おおきに。ほな頂くで――」
「コラ!ハリー!あちきが先に聞いたんダ!先に食べるナ!」
「ええやないか!メリーの分もあるやないか!」
「わしの分も残してお……」
「2人共、少し静かにしてくれ……」

 僕がメリーとハリーをなだめるとなぜか有栖まで、その並びに正座している。

「む……わしもお腹空いた……」
「有栖様、さ、さ、食べましょう!お茶煎れますね!」
「うむ、お主は良くわかっておる様じゃな。出来た娘じゃ」

弓子は有栖に褒められ嬉しそうだ。

「弓子、黒子は……?」
「黒子さんはお部屋から出て来られません……」
「そうか……」
「春文様は……そのぉ……目の前で母を亡くされて……」
「あぁ、いや。正直戸惑ってはいる。火事でとっくに亡くなっているものだと思っていた。それに育ての母親は別にいたからな……」
「そうなんですね……」

 2039年の未来では17年間、千家の家の子として育てられた……今でも霧川春文と言われてもピンとは来ない。

「時に春文もぐもぐよ、妹はどこにおるもぐもぐのじゃごくん。この時代にもぐもぐ来ているとズズズ……聞いたのじゃがごくん」
「何言ってるかわからないよ、有栖」
「ズズズ……妹じゃよ。来ているのじゃろ」
「あぁ、千草か。僕も探しているんだ。どこかにいるはずなんだが……」
「なるほどのぉ……そういう事か。弓子とやら、黒子を呼んで来るのじゃ」
「え?有栖様。さすがにまだお部屋から出て来れないのではないかと……」
「良いか弓子よ。わしの言う事には絶対服従じゃ。例外は認めん」
「は、はい……一応声をかけてみます……」
「うむ」

しばらくすると、弓子が黒子を連れて帰ってくる。

「有栖様、お連れしました……」
「うむ、ご苦労。黒子よ、命令じゃ。今すぐ千家千草を探すのじゃ」
「ねぇさま……」
「有栖様!いくら何でもそれでは黒子さんが可哀想です!せめて一晩だけでも――!」
「やかましい!!弓子よ、時は待ってはくれぬ。それは黒子が1番わかっておる」
「はい……ねぇさま……」
「そんなっ!春文様からも何か言って下さいませ!」
「……いや。黒子には悪いが僕も有栖と同じ意見だ。一刻も早く妹を見つけて欲しい。有栖には何か意図があるんだろ?」
「うむ。黒子よ、辛いじゃろうが今は耐えよ。それとこれを持っていけ」

有栖は懐から包みを出し、黒子に渡した。

「京極屋のぷりんじゃ。道中で食べるが良い」
「ねぇさま……ありがとうございます……行ってきます」

 そう言うと黒子は白子の方をチラッと見てから出ていった。

「さて、今日はもう休もうではないか。弓子よ、風呂を用意してくれぬか?用意が出来たら白子を先に入れてやるが良い……」
「は、はい。有栖様……」

弓子はお風呂の用意をしにお風呂場へと向かう。

カッチカッチカッチ……

居間には時計の音が響く。

「春文よ。お主に言っておく」
「何だ?」
「未来から来た貴様も知っての様に、1942年にこの国は戦争になる」
「あぁ、第二次世界大戦……だよな。3年後だな」
「左様。そして貴様らにどう伝わっているかじゃが……終戦を迎える時のこの国の状況を覚えておるか?」
「え……と、長崎と広島に原爆が落とされて……アメリカに降伏したんじゃなかったか?」
「そうじゃ、表向きはな。しかし語り継がれぬ歴史もある」
「語り継がれぬ歴史?」
「うむ。原爆と呼ばれる爆弾は、ここ東海に落とされる未来もあるのじゃ」
「何だって!!」

 立ち上がって気付いた。足が震えている。どこか他人事だった。いくら戦争になろうと、都心からも離れている。戦争と言ってもここまでは影響も少ないだろうと高をくくっていた。

「その未来を動かす事が出来るのが千家千草なのじゃよ。貴様は霧川春文じゃ、何も変える事はできぬ」
「そんな……!僕にも妖狐の力があって、何か出来るかもしれないじゃないか!」
「過去の修復力リストーラルは貴様では太刀打ち出来ぬ……身を滅ぼすだけじゃ」
「有栖様!お風呂の準備が出来ました!」
「おぉ、ご苦労じゃ。白子よ、先に入るが良い」
「……」

 白子は黙ってうなずいた。その後各々は部屋に戻り、亡くなった婆さんの事を思い眠りについた。

………
……


「――文様!春文様!起きて下さい!」
「ん……弓子……どうした……」

明け方、弓子に起こされ眠たい体を起こす。

「もう……朝か……ふぁぁぁ……」
「春文様!大変です!白子さんが!」
「え……」

 嫌な予感がした。まさか婆さんの後を追って……不安が胸を包んでいく。
 僕は慌てて居間へと向かう。居間には弓子に起こされたであろう有栖が目をこすりながら座っている。

「……起きたか、春文よ。これを」
「手紙?」
「白子が霧川小夜を連れて行ってしもうたわ。やれやれ……」

 居間には折りたたまれた布団が置いてあり、白子と婆さんの姿は無い。布団の上に手紙はあったと言う。

『有栖様、坊ちゃん。申し訳ありません。私は婆の死を簡単には受け入れられません。黒子姉さんの恨む気持ちもわかりますが、婆は私の帰る場所であり、いつも笑顔で迎えてくれました。そして長年この屋敷を守ってくれました。そんな婆を一人で逝かせる事は出来ません。どうぞ探さないで下さい。皆様、今ままでありがとうございました。猿渡白子』

「白子……お前……!」
「うむ……困ったの。霧川小夜は『かい』を宿しておる。燃やさねば数日で鬼に化ける可能性があるぞ?」
「鬼!?」
「そうじゃ。貴様は鬼と戦ったそうじゃの。あれは生まれつき体にモノノ怪の卵を持っておる人間の最後の姿じゃ。恨みつらみが重なり、最後はその人間の死を持って孵化する……。霧川小夜の死後は鬼になる可能性があるのじゃよ」
「何だって!」
「大丈夫デス、ご主人サマ。もしご主人サマが鬼になったらあちきが食い殺してさしあげマス」
「メリー怖い事言うなよ」
「せやかてメリー。この人の足は――」

ギロ。

 一瞬、有栖が睨みつけるとハリーはメリーの後ろに隠れてしまった。

「それでじゃ、春文よ。白子はたぶん東の……」
「有栖様、東は向こう側で御座います」

 弓子が違う方向を指差す。それを見て有栖は、何も無かったかの様にゆっくりとその方向に修正する。

「うむ。春文よ、白子はたぶん東の……」
「有栖って指短いんだな……」
「貴様、一回死んでみるか?」

一瞬、有栖が僕を睨みつけ僕は弓子の後ろに隠れる。

「こほん。白子はたぶん東の東海浜神社……たぶんそこじゃ」
「東海浜神社?」
「そうじゃ。あの神社は黄泉よみの国とこの世を繋ぐ鬼門があるとされておる。噂ではあるがな……ただ、白子がそれを知っておってもおかしくはない」
「そこで婆さんを生き返らせようとしていると?そんな馬鹿な話があるか。冷静に考えればそんな事あるわけないだろう?」
「冷静ならばな……。今の白子は心の支えを失い冷静ではないのじゃ。自分が信じていた者が目の前で亡くなり、さらに霧川小夜という別人であったと言う事実。これを受け入れられないのじゃよ……貴様にもわかるであろう?」
「僕は……」

 言葉にならない感情に襲われる。確かに霧川小夜が母親と言っていたが、僕の記憶にはない。離れ離れになったのは産まれてすぐの事だ。未だにこの時代に産まれたと言われてもピンときていない。「僕は未来からやってきた」と思う方が、なぜかしっくりする。

「有栖、僕はどうすれば……」
「行って自分の目で確かめるが良い。白子を追うぞ、まだ間に合うかもしれぬ」
「わかった……。弓子、留守番を頼めるか?」
「もちろんです、春文様。ご無理なさりませんように」
「あぁ、ありがとう。メリー、ハリー、行くぞ」
「ハイデス」
「しゃあないな、付きおうたるわ」

 僕は有栖と東海浜神社へと向かう事にした。まだ夜も明けぬ薄暗い中、東の海岸へと向かう。
 海岸までは徒歩で1時間程だろう。町を抜け、丘をひとつ越えた所で海岸が見えてきた。

「そうか……あの辺りが、なごり団地があった場所か。こうして見ると風景はさほど変わらないんだな……」
「何をぼぅとしておる。先を急ぐぞ」
「あぁ……いや。何でもない。急ごう」

丘を下り、田畑が広がるあぜ道を海岸へと向かう。

【東海浜神社この先もうすぐ】

 朝日が昇り始め、案内板がうっすら見える。案内板の先には海に突き出た崖があり、崖の上には鳥居が見えた。

「あんな崖の所に神社があったんだな。そう言えば未来では『神社跡』て言うのを案内板で見たことあるな……」
「もうすぐじゃ、急ぐぞ」
「あぁ……はぁはぁ……先に行ってくれ。上りは足がきつい」
「ふん!だらしな……いや、そうじゃったの。貴様の足は借り――!?」

 有栖が何か言おうとした時だった!神社の方に天から一筋の光が降りてくる。

「間に合わなかったか!妖狐よ!こやつを抱えて運べ!」
「ヘイ!有栖サマ」
「おおせのままに――」

 いつの間にかメリーとハリーが人型になっている。両手は……使える。脱力感はあるが、腕が無いよりはかなり良い。移植には正直抵抗はあったがこうなると、緑子先生に感謝する他ない。
 崖の上の神社に向かい駆け上がる。神社の前には2人の姿があった。

「白子っ!早まるでない!!その魔法陣は危険なのじゃ!」
「有栖……様?」

 白子と婆さんの周りに魔法陣らしき物が書かれている。地面が赤く鈍い光を放ち、2人は光に包まれている。

「婆さん……が立っている……?本当に生き返ったのか?」
「一時じゃ!あの魔法陣は死者の魂を戻すと同時に、モノノ怪の卵の孵化を速める!今すぐやめさせるのじゃ!」
「白子!やめるんだ!婆さんは……霧川小夜は死んだんだ!」

ドクン……

母親の名を呼ぶと、胸の奥底で何かがチクリと痛んだ。

「白子!婆さんは……!キヨさんはそんな事は望んでないだろ!」
「坊ちゃん……」
「ハルフミ……アイタ……カッタ……ハルフミ……」

 死んだはずの婆さんの姿をした霧川小夜がこちらに気付き、手を伸ばそうとする。その顔には涙が流れていた。

「か……母さん……?泣いて……」
「春文しっかりせぬか!妖狐よ!あの婆さんが鬼になる前に燃やせ!」
「ヘイ、ユー。有栖タマ」
「御意……」
「ちょっと待て――」

狐火蓮華翔レンゲショウ……』

メリーとハリーが同時に詠唱に入る。

「ハルフミ……ワタシノ……ノ……ムス……コ……ハル……ハル……フ……ミ……」
「婆……一緒に行こう。私も一緒に行くから……」
「よせっ!白子!霧川小夜から離れよっ!!」

 そして、霧川小夜を抱きかかえる様に白子が覆いかぶさった。

『『狐火蓮華翔れんげしょう奥義・炎龍――』』

激しい炎が竜となり2人を包み込む!!

「チョ!マテ!ハリー!止めレ!!」
「メリー!!もう止められな――!!」
「白子ぉぉぉぉっ!!」
「――坊ちゃん……ありがと……う……さよう……なら……」
「ハルフミ……!!」

 胸の奥が熱い……何か大事なモノを失った気がした。目の前で燃えていく2人を見てそう思った……。
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