100年の恋

雑魚ぴぃ

文字の大きさ
上 下
10 / 25
第一章

第9話・北谷照子

しおりを挟む

『『狐火蓮華翔れんげしょう奥義・炎龍――』』

 メリーとハリーの放った激しい炎が竜となり、白子と婆さんの2人を包み込む!!

「白子ぉぉぉぉっ!!」
「――坊ちゃん……ありがと……う……さよう……なら……」
「ハルフミ……!!」

 胸の奥が熱い……何か大事なモノを失った気がした。目の前で燃えていく2人を見てそう思った……。

………
……


――15年前。1924年8月5日。

 霧川小夜はいつもの様に幼子を連れて屋敷へと帰ってきた。猿渡の当主と毎朝、密かに会い子供の顔を見せていたのだ。
 しかしこの日は帰宅した際に、異変に気付く。

「婆、どうしたのですか。こんな早くから騒がし――」
「お嬢様!お逃げください!当主様に坊ちゃんの父親がバレてしまい、お怒りなのです!」
「え……」

 ついにバレてしまったか、そう小夜は思う。猿渡家と霧川家は昔から仲が悪くいざこざが絶えなかった。そんな中、あろうことか小夜は猿渡の次期当主と関係を持ってしまう。
 その後、子を授かったのだが父親である霧川当主には隠していた。年に数度しか屋敷に戻らぬ父親には言わず小夜を慕う者達によって誤魔化してきたのだ。

「小夜はどこじゃ!!見つけ次第、蔵に閉じ込めるのじゃ!」
「はっ!旦那様!」

 小夜は家から飛び出し、後ろを振り返らずに走る。しかし行く先等見つからず、気付けば猿渡家の屋敷の前にいた。

「はぁはぁ……どうしましょう……せめてこの子だけでも……」
「おや?どちら様でしょうか?」

 屋敷の前で掃除をしていたお婆さんが小夜に話しかけてきた。

「はぁはぁ……私は……霧川……!」

言いかけて小夜は慌てて向きを変え、また走り出す。

「キヨや、キヨや!誰かおったのか?」
「あぁ、奥方様。おはようごぜぇます。今、お子を連れた方が……それより、お体に触ります。部屋に戻ってくんろ。わしが旦那様に怒られますじゃ」
「まぁ!少しお散歩するくらい大丈夫よ!黒子と白子もまだ寝てますしね!」
「駄目ですじゃ。ささ、戻りますぞぇ」
「んもう!キヨのケチケチ!」
「ケチで結構で御座います(さっきのは確か霧川家のお嬢さん……?)」

 小夜は母校の小学校へと向かっていた。他に行く当てなどない。

「はぁはぁ……これからどうすれば……」

中庭にある井戸から水を汲み、一息つく。

「大丈夫よ、春文……母さんがあなたを守りますからね?」
「ぶぅ」
「良い子ね……あっ!そうだ。柳川先生の元へ行けばもしかしたら――」
「いたぞっ!!お嬢様を見つけた!」
「!?」

 それから間もなくして小夜は屋敷へと連れ戻され、蔵へと閉じ込められる。

「春文を返して!お願い!春文を返して!」
「お嬢様!もうおやめ下さい!お子さんは大丈夫ですから!」
「春文!!」

………
……



――8月8日早朝。

「その子供はやはり呪い子じゃ。殺せ」
「ですが旦那様!!それはあまりにも!」
「婆や、貴様もわしに逆らうのならここを出て行ってもらう」
「……!!」
「お前らもだ!わしに逆らう事は許さん!」
「へ、へいっ!」

 婆やは急ぎ女中に頼み、春文を部屋から連れ出させた。最悪、全責任を自分で背負うつもりだったのだろう。
 そして小夜と春文は3日ぶりに再会する。しかし、再会した春文の体にはいくつものアザがあり、さらに見たこともない文字がびっしりと書かれている。

「あぁ!春文!どうしてこんな姿に!!」
「早く小夜様!お逃げください!婆やが時間稼ぎをしている間に!」
「照子!お前はどうするのだ!見つかったらただではすまぬぞ!」
「こっちだ!蔵の扉が空いている!」
「私は大丈夫です!先導しま――!」

バンッ!

「小夜さ……ま……おに……げ……」
「キャァァァ!!」
「照子っ!!」
「蔵の扉を閉めておけ」
「旦那様!その銃は!」
「東京の陸軍から拝借したんだ。呪いの子は用事が済んだらわしが殺す!わしが帰るまで蔵から一歩も出すな!」
「は、はいっ!」

 小夜をかばって女中の照子は即死だった。蔵の入口から照子が運び出され、扉には鍵がかけられる。
 「次は春文の番……」蔵には血の匂いが漂い、小夜は手足が震える。

「神様!どうか……!どうかこの子だけでもお助け下さい!この子は猿渡と霧川を繋ぐ最後の望み!……元の千家に戻る為に必要な子なのです!神様っ……!?」

 その声が届いたのか、偶然なのか、それは誰にもわからない。空から金色の光が差し込み蔵を包み込む。

『――ねぇさま、ここら辺で千家の匂いがしますわ』
『うむ、ご苦労。ん?なんじゃ。まだ稚児ではないか』
「あ、あなた様方は!?」
『女よ、気安く話しかけるでない。ねぇさまは高貴なお方なので――』
『女、名は?』
『ね、ねぇさま!?』
「は、はい!霧川小夜と申します!この子は春文と申します!」
『黒子よ、この稚児にヤツを与えよ。もし耐えれるなら後々役に立つかもしれぬ』
『ねぇ、ねぇさま!!アレは少々やり過ぎなのでは!』
『良い。解き放て』
『は、はい!!』
「え……何をなさるおつもりですか……この子だけはお助け……下さい!」
『封じられしモノノ怪よ!今、ここに再びその姿を現せ!えいっ!』
「この子だけは!なにとぞ!なにとぞ!お助けくだ――!!」

 黒子が投げた筒が、小夜の足元に転がり白煙が上がる。そしてそこから現れたのは!!

カランカランカランカラン……
ゴゴゴゴ……

『カァカァカァ!』
「ペットのカラスではないか。黒子、それではない」
「すいません、ねぇさま。筒を間違えました」

 有栖が指をくいくい曲げている。さっさと出せと言っている様だ。

「あっ!こっちですわ!えいっ!」

カランカランカランカラン……
ゴゴゴゴ……!!

『なんジャ……ここハ……ニンゲンの匂いがスル……』
「久しいのぉ……九狐きゅうこよ」
『このコエは……アリスサマ……?』
「そうじゃ。わしを忘れてはおるまいの?」
『滅相もございまセン。100年経とうが200年経とうガ……我は貴方様へノ忠義はかわりまセン』
「うむ。しかし100年経っても姿は変わらぬのぉ」
『有り難う存じメス。妖狐は100年生きラバ、九つの魂を持ち……さらに姿も自由自在ですノデ』
「そうであったのぉ。しかし元気そうで何よりじゃ」
『アリスサマ、このモノは?』
「おっ、そうじゃ。昔話をしとる場合では無かったのじゃ。この稚児が猿渡の血族なのでな、猿渡と霧川は元は1つの家元。もしかしたら今後役に立つやもしれぬ」
『そう言うコトですカ。それで我の力を授けろと言うワケですカ』
「話が早くて良い。すまぬが協力してくれぬか」
『御意。我が子、メリーとハリーを……ん?これはもしや呪詛でスカ……これは我でも解けぬかと……』
「良い、その呪詛は20歳までしか生きれぬ呪詛じゃ。問題ない、あやつに頼めば解けるじゃろ。それよりお主はこやつの手足となってやってくれ」
「御意。それでは乗り移りメス。少し熱いので離れていて下さいまセ」
「心配無用じゃ。それよりお主の炎で蔵まで燃やすでないぞ?はっはっは!」
「ワッハッハ!アリス様、御冗談が上手いでスナ!」
「はっはっは……へっぷし!!」
「ウワッ!アリス様!ビックリしたではありまセンカ!」
「すまぬ、すまぬ。蔵がホコリっぽ……」
「ねぇさま……九狐の尻尾の炎が……蔵に燃え移りました……」
「へ?」

 有栖のくしゃみに驚いた九狐の燃える尻尾が藁に引火し、蔵が燃え始める。小夜には九狐の姿は見えていない。有栖が黒子と話をしていると突然、蔵が燃え始めた様に見えた。

「火!?どこから!あぁ、神様!親子で共に死ねと言われるのですね……わかりました。神様の手によって死ねるのであれば本望です!私は春文と一緒にここで燃え尽きましょう!」
「あ……いや……ちが……うむ……。黒子よ、後は任せたぞ」
「はい、ねぇさま。……え?ねぇさま?ちょっと!どうすれば良いのですか!ねぇさま!」
「アリス様……行かれましたネ……」
「えぇ……相変わらず素敵な思わせぶりな態度ですわ……うっとり」
「あ、あのぉ……黒子サマ。我はどうすレバ……?」
「はっ!そうですわ!九狐の子があの稚児に乗り移り次第、次世代へ送りますわ」
「わかりまシタ、ではメリーとハリーを置いていきメス!御免!」

 そう言うと、2つの光が春文の体に吸い込まれていく。それを見送ると九狐は白い煙を吐き出し消えていく。

ゴンゴンゴン!!

蔵の扉を叩く音がする。

「誰か来たようですわ……幼子よ、行きなさい。そなたの未来に希望があらんことを……」

 そう言うと黒子が光に飲まれ、春文も徐々に姿を消していく。

「あぁ……神様!どうか!どうか!この子をよろしくお願い致します!!」

 小夜は祈る気持ちで春文を上へと持ち上げる。春文もまた、光輝きその姿は暗闇へと消えていった。

「春文や!いつかまた会おうぞ!!」

ガタン!!

 その時、蔵の入口が壊され外の空気が流れ込む。炎はさらに勢いを増し蔵を包んでいく。

「……ぐぎぎぎぃぃ!」
「お嬢様!お逃げください!鬼です!そやつは――!」
「鬼……?ゴホゴホッ」

 蔵の中はすでに炎と煙が充満しており、一寸先も見えない状況だった。そんな中、ふいに小夜の体が持ち上がる。

「え!?――きゃぁぁぁ!!」
「鬼が出たぞ!!お嬢様が鬼に捕まった!」
「お嬢様!!」

 (食べられる!)小夜は覚悟を決めた。春文はきっと助かった……それだけで満足だったのだ。
 鬼は小夜を持ち上げ少し笑った様にも見え、鬼の特徴であるツノが煙の合間から見え隠れしている。
 (せめて痛くない様に死ねれば……)しかし待てど暮らせど、一向に食べられる気配がない。それどころか、小夜を抱えたまま鬼は屋敷の外へと飛び出した。

「え!どういう……まさか助けてくれた……の?」

 鬼は走りながらうなづく。人目を避け雑木林を抜けると小学校の裏山へと出た。鬼はそこで小夜をようやく降ろしてくれた。小夜は鬼を見上げてようやく気が付く。

「あなた、照子なの!ねぇ!そうなんでしょ!」
「オジョウ……サマ……」
「やっぱり!聞いた事があるわ……生まれつきモノノ怪の卵を宿す者は死すると、鬼へと生まれ変わると……」
「……モウ……スグ……ワタシジャナクナル……ハヤクニゲ……ニゲテ……」
「照子……ありがとう……」

 小夜は腰をかがめている鬼の顔に抱きつき泣いた。照子はツノが生え、3m余りの背丈になっている。目には銃で撃たれた跡が有り、ほとんど見えていないように思えた。
 照子はその後、小学校の裏山で人目を忍んで暮らしていたが、何の因果か……最後は「坊っちゃん」と慕った春文によって殺される事になる。
 その頃には照子の面影はどこにもなく、完全に鬼だったと言う。

 ――小夜は照子にお礼を言い、緑子のいる柳川診療所へと向かった。そしてその日から間違った道を進んでいく。
 恨みつらみが彼女の中で芽生え始め、猿渡の奥方を毒殺する計画を立て始めた。
 その後、成長した春文とは出会う事が無事に出来たのだが、霧川小夜ではなく猿渡キヨとしての再会であった……。
 身勝手な彼女もまた、深い深い傷を負い生きてきたのだ。

 今となっては誰も知る由もない悲しい歴史の物語……。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:45,964pt お気に入り:2,788

私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか

恋愛 / 完結 24h.ポイント:347pt お気に入り:2,761

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:22,685pt お気に入り:1,589

懺悔

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

タイムワープ艦隊2024

SF / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:3

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:105,741pt お気に入り:5,017

処理中です...