『独り鬼ごっこ』

東雲皓月

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六話

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────コワい────


(……)


────逃げなきゃ────


(………)


────寒い痛い────


(………)


────独りは嫌だ────


(…………………分かるよ。君は誰?もっとハッキリ見せて……)


────来るアイツらが来る────


(どこに居るの?アイツらって誰?)


────逃げなきゃ────


────逃げなきゃ殺される────


(待ってて、助けに行くから。待ってて)


恐怖で怯える声に、少女は安心させるように話かける

けれど、少女の声は届かない

しかしその怯える声の居るであろう風景が見えて、少女は見知った場所だと分かった

そうして目が覚めた少女は、ボゥとした頭でパジャマにカーデガンを羽織ると家から出ていた


(……どこ?姿を見せて…)


フラフラとまるで夢遊病に掛かったようなおぼつかない足取りでカランカランと下駄を鳴らして歩く少女、千尋は先程見えた風景へと向かっている

千尋の見た風景が確かなら、家の近くにある古びた祠の筈

怯えて震えていた小さな黒い陰はきっとそこにいる


「………祠…」


たどり着くと千尋は周りを見渡す


「……迎えに来たよ。私が、守ってあげるから…」


ようやく意識がハッキリしてきたのか、千尋は優しい言葉を独り言のように吐く

すると、祠の後ろにある茂みがガサガサと動いた


「…誰かに、追われてるんだよね?君の声、ちゃんと届いたよ」

「…………オマエハダレダ……?」

「私は千尋。白崎千尋って言うの。君は?」

「……クロ…」

「そっか、良い名前だね」


姿は見せないもの、それは警戒しながらも言葉を交わしてくれた

千尋は微笑みながら祠の前に座り、それが出てくるのを待つ


「…ミエルニンゲンデモ、オマエノヨウナヤツハハジメテダ」

「そうなの?どうして??」

「………フツウ、アヤカシヲミタラニゲルダロ」

「んー・・・でも私、妖と一緒に暮らしてるし、怖くないから」

「…ハッ?」

「ほら、私の髪と目の色って日本人にしたら変わってるから……友達が出来にくいんだぁ。だけど、妖の友達ならいっぱい居るよ」


だから寂しくないと言いたげな千尋に、それは少し興味が湧いたのか茂みからヒョコっと姿を現した


「…オマエモナカマハズレサレテルノカ?」

「うーん、どうだろ?でも、君がそう言うならそうなのかも??」

「ハッキリシナイナ」

「そうかな?」

「ソウダッ」


なんだか目が離せない危なさにそれは呆れてしまう

けれど千尋は茂みから出てきてくれた事が嬉しいのか、幸せそうに笑ってそれを持ち上げた


「ッナニヲスル!?」

「クロって黒猫のクロだったんだねぇ。可愛いぃー」

「ハ、ハナセ!」


ジタバタ暴れる黒猫を大事そうに抱える千尋は、全く話を聞いていないのか黒猫を撫ではじめる


「~~~~~ナンナンダッオマエ!」

「私は千尋だよ?」

「ナマエヲキイタンジャナ──────!!」


カッとなって怒鳴る黒猫だったが、その言葉は途中で途絶えてガタブルと急に震えているのが伝わった


「・・・キタ・・」

「クロさん…?」

「ハ、ハヤクニゲロッ!」


危険を感じた黒猫が千尋に言うが、少し遅かったらしい

一人と一匹を覆うように大きな影が現れ、千尋は不思議そうに振り返り黒猫は怯えて目を閉じる事すら出来ずにいた


「───ミィ─ツケタ───♡」


熊の倍ある大きな身体をした妖は、ニヤリと背筋の凍る怪しい笑みを浮かべてくる

千尋の本能が無意識に逃げろと言われているようで、黒猫を離さず強めに抱え直すとキッと睨み勢いよくその妖の反対側を走り出した


「マァーテェー!」


逃げたのが分かると妖は重い足で追いかけてくる

しかし足のコンパスが違いすぎて、遅い走りでも千尋との距離は広がらず


「はぁはぁ……はぁっ……!」


先に息を切らした千尋は慌てて木の多い公園へと逃げ込んだ

木の多い場所なら、あの大きい妖が来ないと思ったし匂いを分からなくできると


「しばらくは…大丈夫、かな…?」

「ッナンデ…」

「ん?」

「ナンデオレヲ、オイテイカナカッタンダ。オレサエツカマレバ…オマエハッ」

「……だって、守るって言ったんだもん。置いてなんか行かないよ、絶対」

「ッ!!」


黒猫は心底千尋に興味が湧いてしまった

どうしてなんでそこまでしてという疑問と同じように千尋の予想外な行動に

こんな状態なのに、千尋は黒猫に不安を持たせまいと優しく微笑む

人間の、しかも女に守られている

そんな己が急に恥ずかしくさえ思えた


「……バカナヤツ…」

「えっ?」

「オレモオマエモ、バカヤローダ!」


黒猫は千尋の腕から飛び出ると黒いモヤに覆われて、次に出てきたのは人の姿をした三つの尻尾を持つ男の子だった

千尋と同い年くらいの姿をしたそれは、紛れもないさっきの黒猫だろう


「……クロさん?」

「俺が、お前を護る」


パチクリと瞬きする千尋にクロは言うと千尋を立たせる


「わわっ」

「少しの時間稼ぎにはなる筈だ。その隙に逃げろ」

「えっ、でも…クロさんは?」


周りを警戒しながら千尋を逃がそうとするクロに、不安な気持ちで問い掛ける

しかし、暗い表情をしてクロは黙ってしまう


「………………」

「ヤ、ヤダ!ヤダヤダヤダ!!クロさん死んじゃやだ!」

「勝手に殺すなっ」

「で、でも…」

「…約束する。お前にまた会いに行くと」

「本当に?」

「あぁ。だから、今は逃げてくれ…頼む」


さっきまで怯えていた黒猫とは思えない程、芯の通った真っ直ぐな瞳をする黒猫に千尋は小さく頷く

しかし、事はそう簡単に進みなどしない

ほんの一瞬だった


「っ!?」


逃がそうと林から出ようとした瞬間、大きな獣のような手が伸びてきて千尋を掴んだ

二人とも、何が起こったのか分からない


「ツカマエタゾー♪」

「っソイツを離せ!」


公園に出ると、先程の妖が千尋を片手で捕まえている

握る力が強いのか、千尋は苦しそうに呻き声をあげた


「うぅっ……」

「ニンゲンダ、ミエルニンゲンダァ」

「離せって言ってんだろ!」


苦しむ千尋をどうにか助けようと奮える身体を抑えて立ち向かう黒猫だが、蹴っても引っ掻いてもビクともしない


「オマエ、モウ、イラナイ。キエロキエロ」

「っうるせー!そっちが消えやがれ!!」


興味がなくなったのか、妖はシッシッと黒猫を除け者にしようとする

けれど、千尋が捕まっている状態で一人逃げる事など出来ない

千尋が黒猫を見捨てなかったように、黒猫も千尋を見捨てるなど出来ないのだ

どうにかして千尋を救出したい黒猫はある方法を思いつく


「ソイツを離せっノロマ!」

「……イマ、ナンカイッタカ」

「聞こえなかったか?ノロマって言ったんだよばーか!」

「…………オマエ、キニイラナイ、ヤッパリコロス」

「やれるモンならやってみろ!」


まんまと挑発にノった妖に黒猫は更に挑発する


「ばーかマヌケノロマ!」

「ッチョコマカト、スバシッコイナ!」


妖は黒猫を捕まえようと空いている手で追い掛けるが、素速い動きに苦戦していた

黒猫の優先と思えた

が、ただ図体のデカい妖ではないようで


「……ジャマダナ。ニギリツブスカ」

「っな!止めろ!」


捕まえていた千尋を邪魔だと言い、潰そうと力を入れた瞬間

慌てて動きを止めた黒猫に妖はニタリと不気味過ぎる笑みを浮かべた


「ッグァ」

「グッヒヒヒ。ヤァ~ットツカマエタ~」


未だに不気味過ぎる笑みを浮かべてくる妖に黒猫は握り潰されないようにもがく


(クソッ!ビクともしねぇ!)


焦る気持ちと死という恐怖に黒猫は体力のある分暴れる

しかし、同じように捕まっている千尋は苦しそうにしてはいるが恐怖に顔を歪ませる事はない

まだ、千尋の瞳の色は希望を失ってなどいない様子だった

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