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帝国編
異世界②
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長い長い廊下を、ゆっくりと歩いて進んでいく。
様々な装飾がなされた廊下は帝国の文明レベルの高さを見せ、大切そうに飾られている絵画や彫刻などからはおそらく芸術的価値が高いものなのだろうという事が分かる。
正直に言って思っていた以上の文明レベルの高さだ。
異世界人が湊達以外にも居るのか少々疑問に感じていたが、これならばほぼ間違いなく湊達とは別の日本人が来ていたとしてもおかしくない。
「この部屋に入ってくれ」
そう言われて湊達が扉を押し上け部屋の中へと入ると、四人の人間が待っていた。
鎧を着た人、執事服を着た人、いろいろと居るが全員がそれなりに高い地位の人間特有の雰囲気を持ち、鋭い眼光はスキルが無ければ萎縮してしまいそうなほどだ。
目の前にいるクラスメイト達も先程まではゆったりとした空気感を作っていたが、今となっては緊張しきりと言った表情になっている。
「それではこれから君達には、帝国内においてどの様な役職に就くかを面接で決めて貰う。各自自分が就きたい役職、スキル構成などを紹介してくれ」
結局のところこの世界においても面接はあるのだなと思いながら、湊は執事として働きたい事、無限再生などのスキルも所有しているので、暗殺者などに狙われ、殺されても直ぐに復活し他の人へと報告しに行ける事などを伝えた。
その他のクラスメイトも自分の長所をアピールし、自分の就きたい役職について喋っている。
兵役を希望する者が一番多かったが、湊からすれば適度に異世界を楽しめれば良いので、わざわざ戦う必要もないので、必要に駆られた場合か帝国内での権力を増強させられる時以外は特に戦う気は起きない。
それからしばらくして結果が出たのか、それぞれ配備される場所が決められる。
先程の面接でどの様な事が決まるのかは分からないが、希望の役職にはとりあえず付けたのでそれほど重要な面接では無かったのだろう。
まぁ異世界から呼び出した時点で必要なのだから呼んだ訳で、つまりは当たり前といえば当たり前なのだが。
「さて、君の名前はなんというのかな?」
城の中のおそらくは庭園であろうその場所に、先程の部屋の中で執事服を着ていた美丈夫と、もう一人いかにも戦士というような体格をした男と共に座らされていた。
円形のテーブルを囲み面と面を向かい合わせながら話すのだから、さすがに自動行動ではまずいだろうと思いスキルを外して言葉を発する。
「鈴木湊と申します。所持しているスキルは〈無限再生〉〈剣士〉〈鑑定〉の三つです」
「ふぅむ…なるほどなぁ。これはどうしてなかなか良い戦士じゃないか」
「でしょう? 今回は数こそ多いものの未成熟な者が多く、どうしようかと思っていたのですが、一番最初に目をつけていた彼が残っていてくれて助かりましたよ」
ただでさえこちらは自動行動を外して緊張しているというのに、面接官同士で話し合うなど勘弁して欲しいものだ。
〈自動行動〉を取り外し〈鑑定完全無効化〉を使用しながら、湊は笑顔で二人を見据える。
正直に言えば若干の逃げ出したさはあるものの、能力のおかげで幾分か落ち着きはあるので質疑応答に関しては問題は無い。
「わざわざこうして君だけ特別に二次面接を行なっているわけだが、理由はなんだと思う?」
「なんだと思う? と言われましても。まだこの世界に来て一時間足らずのこの僕にそのような事を言われましても、分かりません」
「まぁそれもそうか。いやなに、この帝国には兵団とは別に騎士つーのがあるんだがな、十年以上修練を積んだ猛者のみが慣れる特別な役職なんだが、その内の一人がこの前の任務で逝っちまってな。手頃な奴を探してたんだよ」
手頃な奴を探していた?
勘弁してほしい。
このまま行けば騎士というお飾りの役職を身につけられて、いつのまにか逃げられぬままに肉の壁にでもされて終わりだ。
だからこそ湊は、真剣な表情で一切の反論を許さないとばかりに力強く言葉を返す。
「嫌ですよ。僕は楽な生活を目指して執事になろうとしているのに、何故そんな危険な事をしなくちゃいけないんですか」
「無限再生を持っているんだろう? なら少し痛いのを我慢すれば良いだけの話じゃないか。それに剣士のスキルを取っているって事はそういう事だろう?」
してやったりと言わんばかりの顔でそういう男に対して、湊は心の中で大きく舌打ちを打つ。
まったく、痛い所を突いてくる。
湊が剣士の役職を書いた理由は、湊のやりたい事の中に龍を倒してその背に乗るという物があるからだ。
剣士のスキルをわざわざ書いたのも、龍の背中に乗るのに不都合が内容にするためだったのだが、まさかこうも面倒な事態になるとは。
反論するだけならばできない事も無いが、とはいえ雇われる身である湊が拒否した場合はどうなるかなど考えるまでも無い。
「……ようやく表情らしい表情を見せたな。まぁ安心しろよ、最低限の実力さえ見せれば好待遇を約束する。それに普段は執事として仕事をしてくれて構わない」
「便利者として使われる訳ですか。本当に勘弁して欲しいですよ」
「なぁにその内慣れるさ。それじゃ後はアレンに任せた」
それだけ言うと、がしゃがしゃと音を立たせながら男はどこかへと向かって歩いて行く。
結局のところ良いように使われるだけになってしまったのだが、とはいえこうして上位に位置しているであろう二人に面識を取れたと言うのは、良い事だと考えておこう。
アレンと呼ばれた男性に先導されながら廊下を歩いていると、思い出したように声をかけられる。
「そう言えば彼、名前言ってませんでしたね。先程喋ってた男ははリンドという名前です。あれでも帝国の騎士を纏める割と上の人間なんですよ。
気に入ってもらえて良かったですね」
「そんな方とあんなに親しく話す貴方も、きっと上の人間なんでしょうね」
「まぁ彼と同じくらいにはね」
上の人に好かれると言うのは悪いことでは無い。
だがこれから先どうなるかを考えると、少し億劫になってしまうのも仕方がない事だろう。
まさか本当に盾に括り付けでもされ肉の盾にされるわけでは無いだろうが、危険な場所に単身ツッコマされる程度ならあり得るので勘弁してほしい。
「それじゃあ使い潰されないように気をつけないとですね。気づいたらミンチとか笑えませんし」
「それもそうだね。それじゃあ執事の方の仕事内容を説明していこうか。まずは掃除洗濯、あと料理も。次に来客者の接待に植木の剪定。後は他の部署から任された雑事の処理に、買い出し。最後にご近所付き合い。
これくらいは平均して毎日やる基本の事だから覚えておいてね。
あと皇帝陛下と廊下ですれ違ったら、その場で気をつけの姿勢をとって一歩後ろに下がり頭を下げること。本来なら団長クラスの人間にはみんなしなくちゃならないけど、君は異世界人だし皇帝陛下だけで良いよ。
それと僕の名前はアレン・デンゼルだ。デンゼルとでもチーフとでも好きに呼んでくれ」
一度に大量の事を言われ混乱しそうになる頭を抑えながら、湊は言われた事をこなす為に能力を設定し直す。
この世界に来てからもう既に何度も頼りにしているこの能力だが、やはりどんな物語のどんなキャラクターの能力でも使えるとだけあって、万能性はピカイチだ。
それに先程言われた業務を全てこなせるキャラクターなど今どき珍しくも無いので、一つの枠に全て治ると言うのも利点ではある。
「まずは朝の掃除なんだけど、こっちは終わらせてあるから料理をしに行こうか」
「分かりました。そう言えば今の時刻は、どのようにして測れば良いんですか?」
「あそこにある時計塔に時間が書いてあるから、それ見て行動してくれれば良いよ」
長い長い廊下を歩きながらそんな事を話していると、いつのまにか調理場へとたどり着く。
執事が料理すると言うことは自分達の料理なのかなと最初は思っていたものの、調理場に誰も居ないことから、おそらく全部執事がやる事になっているんだろうなという事が分かった。
思っていたよりブラックな仕事ではあるものの、とはいえ安全を考えればこの程度やすいものだ。
「一般の兵士達が食べる料理はここでは作られない。この調理場で作るのは我々幹部勢が食べる料理、後は皇帝陛下が召し上がる料理などだ」
「だからこんなに機材が豊富に揃ってるんですね。これなんか凄く高価そうです」
そう言って湊が触ったのは、ごてごてとした装飾がなされたどの様な料理に使うのかいまいち分からない包丁だ。
その他にも中華鍋もどきや大きいフライパンなど、日本で見たような料理器具などとも全く変わらないほどの品質のものがあり、先程言っていた言葉の信憑性が増してくる。
「メニューはそれぞれ別だから気をつけろよ。料理方法は、その棚にある本に書いてある。二時間ほど経ったらここに来るから、それまでに終わらせといてくれ。それともし早く終わったらそこに今日頼む仕事を書いておいたから出来るだけやっといてくれ」
それだけ伝えると彼は部屋から出て行った。
おそらくはどれくらい使えるかの検査なのだろうが、正直に言って入ったばかりの社員を置いて自分の仕事に戻るなど監督不行き届きで怒られても良いんじゃ無いだろうか。
なんて事を冗談めかして思いながら、再び借用している能力をいじる。
先程までは万能型の人の能力を借りているだけだったが、今は様々な料理に対応できるようにいろいろな料理マンガのキャラの能力を借りることにした。
「難しそうな料理だけど、まあ問題は無いな」
正式な名称を出すと謎の力に怒られそうなのでやめておくが、さすが料理漫画の主人公の能力だけあって、本を軽く読んだだけでどんな料理方法なのかが直ぐに理解できるし、さらに美味しくする方法すら浮かんでくる。
それらをミスしないように〈自動行動〉でこなしつつ、さらに今日やる仕事も頭に叩き込んでおく。
それから一時間ほどして料理が終わったので、本に書かれている保温の魔法を使用してから湊は部屋に鍵をかけて依頼された場所へと向かう。
「ここが洗濯場か…臭いな」
調理場から歩いて十分ほどすると、洗濯場と書かれた札が見えてくる。
部屋の扉をあけて中へ入ってみると籠の中に乱雑に入れられた服が、いくつか端の方に放置してあり、どうやら近くにある手洗い場のような場所で一つづつ洗わなければいけないようだ。
とはいえそんな事をするのは面倒なので、除菌作用のある洗剤を錬金術で生み出し水の魔法と一緒につけておく。
錬金術の基本は等価交換だと某小さな錬金術士は言っていたが、そもそも無から有を生み出す魔法がある世界においては、魔法を錬金術で変化させれば実質元など無いようなものであり、少し卑怯とも言えるだろう。
とはいえ仕事をしっかりとこなしているのに誰から文句が言われるわけでも無いので、適当な時間が経ったら乾くようにセットしておいて部屋を出る。
次に向かうのは調理場を超えて少ししたところにあるらしい、この国で働く者達が訓練する訓練場だ。
またあの長い廊下を歩かなければいけないのかと思いながらも、同時に仕事をこなす為にセンスの良さそうなキャラクターの能力を借用し、ついでに風使いの能力も借りて植木の剪定をしておく。
思えば魔法のようで魔法では無いものを先程から使用しているわけだが、この世界における正式な魔法とはどのようなものなのだろうか。
一度使用してみたーー
「ーーっとすいません。前を見ていませんでした」
「まったく、注意してくれよ。お前転生者だろ? 初めてこの国に来て浮かれてるのは分かるが、因縁つけてくるやつも居るんだからな」
ーーと、道中考え事をしているせいで通行人の兵士にぶつかりそうになったりもするものの特に問題なく切り抜け、ようやく訓練場にたどり着く。
藁で作られた人間を催した人形や、実際に生きている獣など様々な生き物が訓練場には居るようで、その動物達の姿に圧巻しながらも湊は伝えられた仕事をこなす為に奥の方へと歩いてく。
訓練場の端の方。
湊の身長の二倍はあろうかと言う程に積み上げられた藁を見上げながら、湊は再び能力を変える。
依頼された内容は三十体ほど藁人形をつくる事。
一個あたり30秒程度のペースでテキパキと仕事をこなし、こちらも早急に終わらせる。
これで大体残り時間は30分程となったわけだが、今から町の外へと出ても何を買えばいいかすら分からないので、ここは素直に部屋の中へ戻り次の支持を待つことにする。
待っている間に盛り付けた料理の最終チェックをしていると、ちょうど最期のチェックを終わらせた時にデンゼルが部屋へと入ってくる。
「凄いね。ミスがないように見張らせてもらっていたけど、全て完璧な仕事ぶりだったよ。さすがに僕達にすら能力を隠してるだけはあるね」
「よく隠しているって分かりましたね? 驚きました」
「隠していない方が珍しいさ。あの最初に書かせた紙だって、言ってしまえば幹部連中の誰も信用しちゃいないさ。異世界人だってバカじゃない、自分の身を守るための最低限の努力はするからね」
そう言いながら彼はクスリと笑った。
湊からしてみれば上司が理解のある人でよかった程度の認識なのだが、そう言われてみれば確かに湊の行動は分かりやすすぎただろう。
なるべく外に出る際には気をつけておかないとな、と心の中で決意を固めておく。
「それで仕事は終えた訳ですが、これから私は何をすれば良いので?」
「まだまだしてもらいたい仕事は山ほどある。執事は僕以外長いこと居なかったからね、よろしう頼むよ」
勘弁してくれよ。
そう言いたくなるのを我慢しながら、湊は薄く笑みを浮かべる。
これからの自分の日常が、少し楽しそうになっていくのを感じて。
様々な装飾がなされた廊下は帝国の文明レベルの高さを見せ、大切そうに飾られている絵画や彫刻などからはおそらく芸術的価値が高いものなのだろうという事が分かる。
正直に言って思っていた以上の文明レベルの高さだ。
異世界人が湊達以外にも居るのか少々疑問に感じていたが、これならばほぼ間違いなく湊達とは別の日本人が来ていたとしてもおかしくない。
「この部屋に入ってくれ」
そう言われて湊達が扉を押し上け部屋の中へと入ると、四人の人間が待っていた。
鎧を着た人、執事服を着た人、いろいろと居るが全員がそれなりに高い地位の人間特有の雰囲気を持ち、鋭い眼光はスキルが無ければ萎縮してしまいそうなほどだ。
目の前にいるクラスメイト達も先程まではゆったりとした空気感を作っていたが、今となっては緊張しきりと言った表情になっている。
「それではこれから君達には、帝国内においてどの様な役職に就くかを面接で決めて貰う。各自自分が就きたい役職、スキル構成などを紹介してくれ」
結局のところこの世界においても面接はあるのだなと思いながら、湊は執事として働きたい事、無限再生などのスキルも所有しているので、暗殺者などに狙われ、殺されても直ぐに復活し他の人へと報告しに行ける事などを伝えた。
その他のクラスメイトも自分の長所をアピールし、自分の就きたい役職について喋っている。
兵役を希望する者が一番多かったが、湊からすれば適度に異世界を楽しめれば良いので、わざわざ戦う必要もないので、必要に駆られた場合か帝国内での権力を増強させられる時以外は特に戦う気は起きない。
それからしばらくして結果が出たのか、それぞれ配備される場所が決められる。
先程の面接でどの様な事が決まるのかは分からないが、希望の役職にはとりあえず付けたのでそれほど重要な面接では無かったのだろう。
まぁ異世界から呼び出した時点で必要なのだから呼んだ訳で、つまりは当たり前といえば当たり前なのだが。
「さて、君の名前はなんというのかな?」
城の中のおそらくは庭園であろうその場所に、先程の部屋の中で執事服を着ていた美丈夫と、もう一人いかにも戦士というような体格をした男と共に座らされていた。
円形のテーブルを囲み面と面を向かい合わせながら話すのだから、さすがに自動行動ではまずいだろうと思いスキルを外して言葉を発する。
「鈴木湊と申します。所持しているスキルは〈無限再生〉〈剣士〉〈鑑定〉の三つです」
「ふぅむ…なるほどなぁ。これはどうしてなかなか良い戦士じゃないか」
「でしょう? 今回は数こそ多いものの未成熟な者が多く、どうしようかと思っていたのですが、一番最初に目をつけていた彼が残っていてくれて助かりましたよ」
ただでさえこちらは自動行動を外して緊張しているというのに、面接官同士で話し合うなど勘弁して欲しいものだ。
〈自動行動〉を取り外し〈鑑定完全無効化〉を使用しながら、湊は笑顔で二人を見据える。
正直に言えば若干の逃げ出したさはあるものの、能力のおかげで幾分か落ち着きはあるので質疑応答に関しては問題は無い。
「わざわざこうして君だけ特別に二次面接を行なっているわけだが、理由はなんだと思う?」
「なんだと思う? と言われましても。まだこの世界に来て一時間足らずのこの僕にそのような事を言われましても、分かりません」
「まぁそれもそうか。いやなに、この帝国には兵団とは別に騎士つーのがあるんだがな、十年以上修練を積んだ猛者のみが慣れる特別な役職なんだが、その内の一人がこの前の任務で逝っちまってな。手頃な奴を探してたんだよ」
手頃な奴を探していた?
勘弁してほしい。
このまま行けば騎士というお飾りの役職を身につけられて、いつのまにか逃げられぬままに肉の壁にでもされて終わりだ。
だからこそ湊は、真剣な表情で一切の反論を許さないとばかりに力強く言葉を返す。
「嫌ですよ。僕は楽な生活を目指して執事になろうとしているのに、何故そんな危険な事をしなくちゃいけないんですか」
「無限再生を持っているんだろう? なら少し痛いのを我慢すれば良いだけの話じゃないか。それに剣士のスキルを取っているって事はそういう事だろう?」
してやったりと言わんばかりの顔でそういう男に対して、湊は心の中で大きく舌打ちを打つ。
まったく、痛い所を突いてくる。
湊が剣士の役職を書いた理由は、湊のやりたい事の中に龍を倒してその背に乗るという物があるからだ。
剣士のスキルをわざわざ書いたのも、龍の背中に乗るのに不都合が内容にするためだったのだが、まさかこうも面倒な事態になるとは。
反論するだけならばできない事も無いが、とはいえ雇われる身である湊が拒否した場合はどうなるかなど考えるまでも無い。
「……ようやく表情らしい表情を見せたな。まぁ安心しろよ、最低限の実力さえ見せれば好待遇を約束する。それに普段は執事として仕事をしてくれて構わない」
「便利者として使われる訳ですか。本当に勘弁して欲しいですよ」
「なぁにその内慣れるさ。それじゃ後はアレンに任せた」
それだけ言うと、がしゃがしゃと音を立たせながら男はどこかへと向かって歩いて行く。
結局のところ良いように使われるだけになってしまったのだが、とはいえこうして上位に位置しているであろう二人に面識を取れたと言うのは、良い事だと考えておこう。
アレンと呼ばれた男性に先導されながら廊下を歩いていると、思い出したように声をかけられる。
「そう言えば彼、名前言ってませんでしたね。先程喋ってた男ははリンドという名前です。あれでも帝国の騎士を纏める割と上の人間なんですよ。
気に入ってもらえて良かったですね」
「そんな方とあんなに親しく話す貴方も、きっと上の人間なんでしょうね」
「まぁ彼と同じくらいにはね」
上の人に好かれると言うのは悪いことでは無い。
だがこれから先どうなるかを考えると、少し億劫になってしまうのも仕方がない事だろう。
まさか本当に盾に括り付けでもされ肉の盾にされるわけでは無いだろうが、危険な場所に単身ツッコマされる程度ならあり得るので勘弁してほしい。
「それじゃあ使い潰されないように気をつけないとですね。気づいたらミンチとか笑えませんし」
「それもそうだね。それじゃあ執事の方の仕事内容を説明していこうか。まずは掃除洗濯、あと料理も。次に来客者の接待に植木の剪定。後は他の部署から任された雑事の処理に、買い出し。最後にご近所付き合い。
これくらいは平均して毎日やる基本の事だから覚えておいてね。
あと皇帝陛下と廊下ですれ違ったら、その場で気をつけの姿勢をとって一歩後ろに下がり頭を下げること。本来なら団長クラスの人間にはみんなしなくちゃならないけど、君は異世界人だし皇帝陛下だけで良いよ。
それと僕の名前はアレン・デンゼルだ。デンゼルとでもチーフとでも好きに呼んでくれ」
一度に大量の事を言われ混乱しそうになる頭を抑えながら、湊は言われた事をこなす為に能力を設定し直す。
この世界に来てからもう既に何度も頼りにしているこの能力だが、やはりどんな物語のどんなキャラクターの能力でも使えるとだけあって、万能性はピカイチだ。
それに先程言われた業務を全てこなせるキャラクターなど今どき珍しくも無いので、一つの枠に全て治ると言うのも利点ではある。
「まずは朝の掃除なんだけど、こっちは終わらせてあるから料理をしに行こうか」
「分かりました。そう言えば今の時刻は、どのようにして測れば良いんですか?」
「あそこにある時計塔に時間が書いてあるから、それ見て行動してくれれば良いよ」
長い長い廊下を歩きながらそんな事を話していると、いつのまにか調理場へとたどり着く。
執事が料理すると言うことは自分達の料理なのかなと最初は思っていたものの、調理場に誰も居ないことから、おそらく全部執事がやる事になっているんだろうなという事が分かった。
思っていたよりブラックな仕事ではあるものの、とはいえ安全を考えればこの程度やすいものだ。
「一般の兵士達が食べる料理はここでは作られない。この調理場で作るのは我々幹部勢が食べる料理、後は皇帝陛下が召し上がる料理などだ」
「だからこんなに機材が豊富に揃ってるんですね。これなんか凄く高価そうです」
そう言って湊が触ったのは、ごてごてとした装飾がなされたどの様な料理に使うのかいまいち分からない包丁だ。
その他にも中華鍋もどきや大きいフライパンなど、日本で見たような料理器具などとも全く変わらないほどの品質のものがあり、先程言っていた言葉の信憑性が増してくる。
「メニューはそれぞれ別だから気をつけろよ。料理方法は、その棚にある本に書いてある。二時間ほど経ったらここに来るから、それまでに終わらせといてくれ。それともし早く終わったらそこに今日頼む仕事を書いておいたから出来るだけやっといてくれ」
それだけ伝えると彼は部屋から出て行った。
おそらくはどれくらい使えるかの検査なのだろうが、正直に言って入ったばかりの社員を置いて自分の仕事に戻るなど監督不行き届きで怒られても良いんじゃ無いだろうか。
なんて事を冗談めかして思いながら、再び借用している能力をいじる。
先程までは万能型の人の能力を借りているだけだったが、今は様々な料理に対応できるようにいろいろな料理マンガのキャラの能力を借りることにした。
「難しそうな料理だけど、まあ問題は無いな」
正式な名称を出すと謎の力に怒られそうなのでやめておくが、さすが料理漫画の主人公の能力だけあって、本を軽く読んだだけでどんな料理方法なのかが直ぐに理解できるし、さらに美味しくする方法すら浮かんでくる。
それらをミスしないように〈自動行動〉でこなしつつ、さらに今日やる仕事も頭に叩き込んでおく。
それから一時間ほどして料理が終わったので、本に書かれている保温の魔法を使用してから湊は部屋に鍵をかけて依頼された場所へと向かう。
「ここが洗濯場か…臭いな」
調理場から歩いて十分ほどすると、洗濯場と書かれた札が見えてくる。
部屋の扉をあけて中へ入ってみると籠の中に乱雑に入れられた服が、いくつか端の方に放置してあり、どうやら近くにある手洗い場のような場所で一つづつ洗わなければいけないようだ。
とはいえそんな事をするのは面倒なので、除菌作用のある洗剤を錬金術で生み出し水の魔法と一緒につけておく。
錬金術の基本は等価交換だと某小さな錬金術士は言っていたが、そもそも無から有を生み出す魔法がある世界においては、魔法を錬金術で変化させれば実質元など無いようなものであり、少し卑怯とも言えるだろう。
とはいえ仕事をしっかりとこなしているのに誰から文句が言われるわけでも無いので、適当な時間が経ったら乾くようにセットしておいて部屋を出る。
次に向かうのは調理場を超えて少ししたところにあるらしい、この国で働く者達が訓練する訓練場だ。
またあの長い廊下を歩かなければいけないのかと思いながらも、同時に仕事をこなす為にセンスの良さそうなキャラクターの能力を借用し、ついでに風使いの能力も借りて植木の剪定をしておく。
思えば魔法のようで魔法では無いものを先程から使用しているわけだが、この世界における正式な魔法とはどのようなものなのだろうか。
一度使用してみたーー
「ーーっとすいません。前を見ていませんでした」
「まったく、注意してくれよ。お前転生者だろ? 初めてこの国に来て浮かれてるのは分かるが、因縁つけてくるやつも居るんだからな」
ーーと、道中考え事をしているせいで通行人の兵士にぶつかりそうになったりもするものの特に問題なく切り抜け、ようやく訓練場にたどり着く。
藁で作られた人間を催した人形や、実際に生きている獣など様々な生き物が訓練場には居るようで、その動物達の姿に圧巻しながらも湊は伝えられた仕事をこなす為に奥の方へと歩いてく。
訓練場の端の方。
湊の身長の二倍はあろうかと言う程に積み上げられた藁を見上げながら、湊は再び能力を変える。
依頼された内容は三十体ほど藁人形をつくる事。
一個あたり30秒程度のペースでテキパキと仕事をこなし、こちらも早急に終わらせる。
これで大体残り時間は30分程となったわけだが、今から町の外へと出ても何を買えばいいかすら分からないので、ここは素直に部屋の中へ戻り次の支持を待つことにする。
待っている間に盛り付けた料理の最終チェックをしていると、ちょうど最期のチェックを終わらせた時にデンゼルが部屋へと入ってくる。
「凄いね。ミスがないように見張らせてもらっていたけど、全て完璧な仕事ぶりだったよ。さすがに僕達にすら能力を隠してるだけはあるね」
「よく隠しているって分かりましたね? 驚きました」
「隠していない方が珍しいさ。あの最初に書かせた紙だって、言ってしまえば幹部連中の誰も信用しちゃいないさ。異世界人だってバカじゃない、自分の身を守るための最低限の努力はするからね」
そう言いながら彼はクスリと笑った。
湊からしてみれば上司が理解のある人でよかった程度の認識なのだが、そう言われてみれば確かに湊の行動は分かりやすすぎただろう。
なるべく外に出る際には気をつけておかないとな、と心の中で決意を固めておく。
「それで仕事は終えた訳ですが、これから私は何をすれば良いので?」
「まだまだしてもらいたい仕事は山ほどある。執事は僕以外長いこと居なかったからね、よろしう頼むよ」
勘弁してくれよ。
そう言いたくなるのを我慢しながら、湊は薄く笑みを浮かべる。
これからの自分の日常が、少し楽しそうになっていくのを感じて。
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スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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