クラス転移で神様に?

空見 大

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幼少期編

世界を隔てる境を超えて

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ふわりと身体が浮き上がり、晴人の意識はゆっくりと白い空間の中から拾い上げられる。
 長い間寝ていたようにも思えるし、ずっとどこかで起きていたような気もした。
 ただ確かに言えることは、起きていることすらできないほどの倦怠感がいまもなお胸中を支配しており、気を抜けばいつ眠ってしまってもおかしくないということだけだ。

「ああ、なんて可愛らしいのかしら。これが私たちの子供よ」

 意識はもう戻っているというのに、聞こえてくる声は一つ壁を隔てているように曖昧だ。
 こじ開けられるようにして開いた視界には、女性のものだろうか、金色の綺麗な髪にライトブルーの目が見え隠れしている。

 甘く優しい声音で言葉を語る口からは綺麗な八重歯が見え隠れしており、その鋭さには背筋が少し凍りついてしまいそうだ。

「ああ、俺の全てはこの子のために。名前はもう決めたのか?」

 もう一度同じような浮遊感が身体を包み、新たな人物が視界の中に現れた。
 黒い目に黒い髪。地味と言ってしまえばそれで終わりだが、そうさせないだけの整いが見ただけで分かる。

 確かな決意がその瞳からは感じられ、何よりも優しさがその目には宿っていた。
 知らないはずの人物なのに安心感を感じるのがなぜなのか。

「もちろん。この子の名前はエルピス。みんなの希望になるような、そんな優しい子に育ってほしいから」

「エルピスか……。良い名前だ。この子ならなれるさ、きっと誰かの希望に」

「ええ。今はゆっくりとおやすみなさい、エルピス。また明日」

 視界が開けられた時と同じように、抗えない力に負けて目はゆっくりと閉じていく。
 安心感から微睡みの中に落ちるのにそう時間はかからず、晴人エルピスはその声の主たちのことを少し考えようとするが、耐えがたい眠気に襲われてゆっくりと眠りに落ちるのであった。

 /

 そんな事があったのが二日前の夜。
 時間が過ぎるというのは意外にも早いものであり、エルピスは己の状況を正確に理解するためにこの二日間を費やしていた。

「――ていますか?」

 いまのエルピスの現状がどうなっているか、それを語るのには少々の時間を要するだろう。
 なにせこれは前代未聞、おそらくは日本中でエルピス一人だけが今まさに実体験している稀有な出来事であるのだから。

「聞いていますか、エルピス様?」

 そう言って大きな声でエルピスを呼ぶのは、メイドのなんと言っただろうか……確かリリィと呼ばれていた女性である。
 エルピスの専属として働くメイドの一人であるらしく、この二日間常にエルピスの側にいた人物の一人でもある彼女は、思考の海に沈んでいたエルピスを引き上げた。
 少し膨れた頬を見せながら、軽々とエルピスを持ち上げて胸の前で抱えたリリィは、続けて言葉を発する。

「いまイロアス様とクリム様の話がクライマックスなのですから、よく聞いてくれないと困りますよ」

 リリィがエルピスを抱き抱えたのは、なにも彼女が巨人だからというわけではなく、エルピスが小さくなってしまったからだ。
 ただ小さくなったといってもそのままサイズが小さくなったわけではない。手や足指の先から髪の一本に至るまで、そのすべてが元のエルピスとは違うものに変質していたのだ。

 簡単に現在の状況を一言で言ってしまえば、晴人という名前を捨て、この世界でエルピスとして生を受けた。
 つまりは仏教で言うところの輪廻転生だとか、そういったものが近いだろうか。
 リリィが出したイロアスとは父の名前、クリムとは母の名前であり、眠らないエルピスを心配してか夜通し話し続けたエルピスに対してリリィはこの話を既に数回している。

「まずイロアス様の功績はなんといっても邪竜の討伐でしょう。天災級とも呼ばれ、過去には大国をも滅ぼした邪竜の討伐は、もはや人類史に残る快挙の一つです。妻であるクリム様とはそこで出会い、今の関係になったわけですが、劇として語り継がれるその出会いのトキメキと言ったら……。二つ目はイロアス様が多国籍に爵位を持つという事でしょうか?この王国では国王から公爵家としての地位もいただいており、これは大変名誉ある事なのですよ? アルヘオという家名はクリム様が代々受け継いできたものらしいです。三つ目は私達亜人種の存在ですね。イロアス様は──というよりアルヘオ家は亜人種に非常に親和的であり、周辺諸国に家を置き亜人種と人の橋渡しとしての役割をこなすという、大事な仕事を任せられているのです」

 長い長いこのリリィの話から分かることは、
 1. 父が英雄と呼ばれる存在であること
 2. 様々な国で貴族である珍しい家でアルヘオ家という家名があること
 3. 亜人と交流を密にしていること
 この三つであろう。

 確かにそう話すリリィは人ではなく、エルピスの勝手な想像でしかないが、日本で呼ばれるところのエルフというような見た目をしている。
 この世界の人間基準を父にするのであれば、その綺麗な翡翠の目とまとめられた黄金に輝く髪、特徴的とも言える長く尖った耳は人のそれではない。

 日本にいたときには一度も見たことのない整った顔立ちに、透き通る様な綺麗な声音をしたリリィの存在は異世界を信じさせるには十分すぎる証拠だ。
 しかし、そんな話も何度も聞けばさすがに飽きがやってくる。
 別のことを考え始めてそっぽを向いたエルピスを見て、リリィもエルピスが退屈していることに気が付いたようである。

「あれれ、なんだかげんなりしてしまいましたね。
 そろそろ英雄譚とか、かっこいい話をし始めた方が良いのでしょうか? きっとその方が良いのよ、そうしましょう」

 木の柵で囲まれたベッドにもう一度丁寧に寝させられれば、それは長い話がまた始まるという合図でもある。
 聞けばエルピスはこの家で生まれた第一子。子供に対しての扱いが少し苦手なのも、そういったところを考慮すれば仕方のないことなのかもしれない。

 暴走し始めたリリィの言葉を軽く横に流して、エルピスは自らの思考の整理に入る。
 今回は母の説明がリリィの口から語られることは無かったが、彼女から聞いた話によれば母もまたこの世界では英雄と呼ばれる様な偉業を成し遂げた伝説級の人物であるらしい。
 そんな人物二人の息子がこんなので非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、そこに関して深く考える勇気は今のエルピスにはない。
 理由としては、この身体を乗っ取ってしまったかもしれないという思いが、確かにエルピスの中にあるからだ。

 人格構成もまともに終わっていない、生まれてすぐのこの身体。
 だがきっと出来上がるはずだった人格というものは存在しているはずで、そのことを考えると殺人を犯したような、そんな気持ちになってしまう。
 無意味な感傷といってしまえばそれだけで終わるようなことではあるが、一度その責任について考えてしまった以上、エルピスにとって今後最も重要なことになるだろうことは本人が一番理解していた。

「──そうして冒険王ヴァスィリオは新たな王国を建設し、巨万の富と圧倒的な力を優しき民を守るために使ったのでした」

 話を戻せば母の種族なのだが、どうやら人ではなかったらしい。
 あの鋭く尖った八重歯に恐怖を感じたのは、被食者としての潜在的なものだったのかもしれないとエルピスは考えていた。

 母の種族である龍人という種族についてもやはりリリィから詳しい説明を受けており、ある一定以上年を取った才能と力の両方を持ち合わせる龍種が、技能スキルや魔法などを使用して身体を形態変化させることで新たに生まれてくる種族らしい。
 母が龍人、父は人。そうなってくるとエルピスの種族はどうなるのかというところだが、半人半龍ドラゴニュートと呼ばれる、いわゆるところのハーフに分類される亜人種になる。
 全亜人の中でもトップクラスの戦闘力を誇り、相当の強さが約束されているのだとか。

「土精霊の神は、かつて世界創造の時に課せられた何者にも超えられない迷宮を作るために、今もなお代を繋いで──」

 いつのまにか話が進んでいるリリィの事は横に置いておき、基本的な話としては今のところ纏めたことで全てだろうか。
 これから先また何か分かることがあるのだろうが、今ある手札で判断できることはそれだけだ。

「──というわけです。どうですか、面白かったですか?」

 時間にして二十分くらいだったろうか。早口言葉の様にペラペラと話を進めていたので、内容としては五、六個分の童話や神話を聞いたのではないだろうか。
 ファンタジー世界の童話や神話がどういった方向性なのか気にはなっていたが、現実に存在することをそのまま話にしているのでリアリティが物凄い。
 いつかエルピスにもそれらを直接見る日が来るのだろうが、それにしたって気になる話が多すぎる。

(この身体がもどかしい)

 小さい身体でなければ今すぐにでもこの異世界にその身を放り投げ、未知の世界を堪能したいというのに。
 そんなことを思ってみてもすぐに大きくなることはない。
 生まれたばかりの子の体がどれだけの年月で今までと同じようになるのかは定かではないが、

 そんな風にゆったりとした時間を過ごしていると、部屋の扉がぎぃっと乾いた音を立ててゆっくりと開いていく。
 扉の先にいたのは金色の髪を腰まで下ろし、息をするのを忘れさせる美貌をまるで投げ捨てるかの様にデレデレとした表情を浮かべたエルピスの母、クリムである。

 立ち上がろうとしたリリィを手で制し、ゆっくりとエルピスの方へ歩いてくる。

「お帰りなさいませ、クリム様」

「良いのよ、座ってリリィ。エルピスはどうだった?」

「それはもうクリム様の話に興味を持たれて楽しそうでした」

「本当に!? エルピスは私のどんな話が好きだった? なんだったら今から一狩り行って童話一本作ってもらおっか?」

 突き詰めた戦力は冗談の様なことまで可能にしてしまえるらしく、母が語る言葉にはおおよそ嘘や冗談といったできない前提の空気感はない。
 きっと母がそうしたいと思えば出来るのだろう。話を聞いている限り、母にはそれだけの力がある。
 否定も肯定もせずに呻き声の様にしてうわうわと言葉を返すと、何度か頷いたのちに母は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ご飯はもう食べた?」

「いいえ、まだお昼には少し早いかと。いまフィトゥスが茜の花を取りに行っているので外していますが、私でよろしければ何かご用意いたしましょうか?」

「だ、大丈夫よ、ありがとう。ヘリアは何をしているの?」

「ヘリア先輩なら百面鳥を狩りに森の方へ。羽を絞るとよい花の蜜が出るそうなので、問題がなければエルピス様の今晩のご飯はそれになりそうですね」

「半人半龍は何食べても体に害はないから、とにかく栄養価の高くて美味しいものを食べさせてあげて。出てきてからは元気だけれど、この子お腹の中じゃあんまり元気なかったから」

 そう言って下を見つめる母の顔は少し寂しそうだ。
 きっと何をしたところでエルピスがする事は間違っている、本当の子供でない可能性のあるエルピスが出来ることなど、果たしてあるものなのだろうか。
 だが木の柵を掴む母の悲しい顔がなくなるのであれば、エルピスは自らの行動を正当化できる様な気がしていた。

「──あらっ! エルピス、心配してくれたの?」

 声は出せないし、身体を起こすことなんて、もちろんまだ出来るはずもない。
 だが小さく細く短くなってしまった腕でも、手を伸ばし指くらいならば頑張れば動かすことはできる。
 母の綺麗な白い手になんとか触れる様にして小さく伸びたエルピスの手は、精一杯悲しそうにする母を元気づけようとしていた。

「ありがとうエルピス。これでママも頑張れるわ。リリィ、メチルとティスタも私が空いた時はこの子に時間を回すよう言ってあるから、確認だけしておいてくれる?」

「分かりました。奥様は今からどちらに?」

「私はもちろんイロアスのところよ。エルピスが起きてるならイロアスも呼んで来なくっちゃ。あの人、遠征で四年くらいエルピスと顔合わせられないんだし」

 元気になった母はそんな事を口にすると、再び扉の外へと出て行ってしまった。
 あの先に何があるのか、それを知るにはまだまだ時間が必要そうである。

「それじゃあエルピス様、英雄譚クリム様バージョン行きましょうか。嘘ついてたのバレたら怒られちゃいますし」

 ──それはもう勘弁してくれ。
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