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青年期:鍛治国家
鍛治神になれなかった男
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一体何杯の酒を飲まされたのだろうかーー鍛治神の話をしてやると店主に言われ早数十分。
店主の口はまだ動く様子はなく、エルピスがさすがに騙されたかと疑い始めた時ーー店の扉が開き、ボロボロのローブに身を包みここ数日は剃った様子のない顎鬚を蓄えた一人の男が入ってくる。
店主はその男の姿を見ると再び作業に戻り、その背中からは安堵した様子が感じ取れた。
どうやら彼が店主の代わりに話をしてくれるらしい。
男はそんな店主を一瞥しながら何の躊躇もなくエルピスの横に座りこむと、エルピスと同じ酒を頼み、それを一気飲みしてから口を開く。
「俺を呼んだってことは話があるんだろう?」
「こちらのお客様から鍛治神についてのお話が」
「なるほどな。遥か遠方の地からようこそおいでなさった、新たな神よ。歓迎いたしましょう」
まるで声帯を炎で直接燃やされたかの様に聞き取りづらい声ではあったが、はっきりと神と呼ばれエルピスは警戒心を顕にする。
そんなエルピスに対して目の前の男は手を頭の横で振って降参の意を示し、再び酒を飲むと先程よりは少し聞き取りやすい声で語る。
「……若いな。警戒心を表に出すな、そんなんじゃ付けいられるぞ?」
「いきなり神呼ばわりされたら警戒しますよ、誰かも分からない人ですからね」
「そういうところが若いんだ。俺はなりかけだよ。一時期俺は、鍛治神の座に就きかけた事があった。だが神の称号は俺には不相応だった様でな、共に研鑽を重ねた友に称号を譲った」
「へぇ……ご友人がねぇ」
生産系の神の称号は技術もそうだが、生まれつきなれるかどうか決まっているとセラから聞いたことがある。
目の前の彼は技術だけなら鍛治神に届いたのだろうが、最後にたったそれだけが足りなかったのだろう。
「じゃあ今はそのご友人が鍛治神と言う事ですか?」
「いや、彼奴はもう神としては老人だからな、隠居したよ」
「隠居? 老人? 神は老化などしない筈です、それに貴方の年齢を見る限り、そんなに老けている様には見えないのですが……」
「鍛治神は違うんだよ、常に新しいものを取り入れ続けないといけないからな。それにしても嬉しい事を言ってくれるな神様よ。まぁ俺と友の年齢差はかなりあるし、本来なら千二百歳手前の俺がこうして若さを保っているのは、鍛治神であった彼奴から預かって居た権能の効果。だから今の俺の年齢はーーまぁざっと土精霊換算で三百歳ってとこかな、本来なら鍛治神であるあいつが使うべき権能なんだが」
桁を一つ間違えて居るのでは無いかと思う年齢に、亜人だから仕方ないと割り切りながら得た情報を整理する。
目の前にいる男は鍛治神になりかける程の腕前の持ち主であり、彼の友人であった鍛治神から授かった権能ーー神の力を代わりに行使する権限を与えられ、その効果によって今も若々しい姿を保てていると言う事が今の会話で把握出来た。
だがそれ以外にも権能はあるし、それを誰が持っているのかも気になる。
他にも色々と話のネタは尽き無さそうだと、予想よりも長くなりそうな話に万が一が有ってはとエラとニルに対して魔法を使用して遅くなりそうな旨を伝えておき、更に会話を進展させる。
「神の権能とは便利な物ですね、能力だけでは無く年齢の増加まで抑えられるとは」
「単純な長寿もまぁ良い事ではあるが、それに見合った実力と精神力が無ければただただ辛く大変なだけさ。だが神を含む上位種達は、愛する者や友に対して寿命の長期化を請い願う。一人になるのは辛いからな」
そう語る男の口振りは自身の経験を語っている様であり、その姿から漂うなんとも言えない空気に、実際にそうなのだろうと強く実感する。
もし自分のみが歳を取らないでは無く、歳は取るが老化が遅い様な状態にされたらと考えると冷や汗が流れるのを感じる。
不老と歳を取らないのでは、感じる時の流れの早さが違うのだ。
寿命でいえば神の称号を持つエルピスも例に漏れず不老なのだが、これからも共に過ごすであろう人物達は、アウローラと灰猫以外は寿命に囚われない様な種族の者達だ。
かなり恵まれた環境である。
だが目の前にいる男の状況が今のエルピス程恵まれては居ないだろうと感じ、自然と同情の視線を向けそうになる。
それに気付いたのか男は頬を掻きながら恥ずかしそうに語る。
「別に同情して欲しいって訳じゃないさ。まだ昔馴染みの子くらいなら生きているしな。俺が後悔しているのはそこじゃ無い、今から話す内容の事だよ。神ならば知っているーーいや何を司っているかは知らないが、新米の神様なら知らないか。権能を預かり受けた者は、権能を貸し与えた神が代替えや死亡した場合、急激に力を無くし能力値も一般の土精霊となんら変わらない物へと変わる。寿命はその時のその種族のおおよそ適正な年齢から他の者達と同じように進んでいく」
「ーー要は元に戻るという事で良いですか?」
「あぁ、その認識で間違って居ない。取り敢えず話はここからなんだが、俺の友達ーー鍛治神には一人娘が居るんだがその一人娘には所謂幼馴染というのに当たるのか? そこら辺は詳しく知らんが、昔から随分と仲が良い友達が居たらしい」
先程までの警戒心が強めだった口調は何処かに鳴りを潜め、恐らく彼本来の姿であろう話し方を見て、エルピスは態度を軟化させながらも真剣に話を聞く。
「最初の頃は鍛治神の娘とは言え、世襲するのはどうせもっと後だろうしとこの二人の関係は黙認されて居た。世襲前の鍛治神は恋愛沙汰は禁止だからな、後継問題に発展するといけないから。だが彼奴が、俺の昔馴染みが鍛治神の座を今までと同じ全国民の中からの選出ではなく、娘に明け渡す事を公表した事によって、この国の鍛治一族ーー人間で言う所の貴族達が反発を起こした訳だ」
そう言いながら辛そうな面持ちで語る男からは怒りの感情が見て取れ、鍛治一族と呼ばれる者達に対しての憤怒が感じ取れた。
表向きは公平性が失われてしまうから、実際のところは自分達の家系から鍛治神を出したかったからだろう。
鍛治一族が鍛治神の血を自らの一族に入れようとしたのは、勿論この国の中での地位向上も有っただろうが、いま聞いた話と昔見た御伽話の内容を相対的に照らし合わせれば、鍛治一族が最も求めたのはいまエルピスの目の前に座る男が手に入れて居た、寿命だろうとなんとなく思う。
土精霊は常に上を目指して修練に励む職人ばかりで、人間に比べれば長命ではあるもののまったく足りないと聞いたことがある。
「どこの国も問題を起こすのは家族ばかりですね、力を持つものが目立ってしまうのは当然なので仕方のない事ではありますが。狙いは寿命でしょうか」
「だろうな。土精霊で長命を望まない者など居ない、禁術に手を出すものも少なくはないからな」
人間ももちろん長命を望むが、土精霊はその比ではない。
土精霊にとって鍛治は生きがいであり生活だ、それを続ける為ならば親であろうが子であろうが犠牲にしてでも自らの鍛治の為に動く。
「とはいえ鍛治神の言葉は鶴の一声だ、直ぐに鍛治神の手によって鍛治一家は衰退し、一見潰れた様にも見えたが、神の称号を次代に託しついでに鍛治神になるお嬢の結婚式も同時にしようとなったある日、事件は起きた」
「なるほどそういう事ですか」
「まぁ聞け、本当なら俺も戦闘職でないにしろそれなりの力はあるし、元鍛治神であるダチならそれは尚更だ。だがダチが鍛治神の世代交代を終えた瞬間に飛来したーーそれもオレ達に対してでは無く、鍛治神になった娘に対してでも無く、婚約者である夫に対して放たれた矢を止められるほどその時の俺達は強くなかったんだよ」
「その夫の人はーー」
「ーー死んだ、巧妙に森霊種が作った様に偽装された弓矢でな」
この世界において土精霊と森霊種は表面上友好関係を築いているが、その裏では一部の者達の反発運動が今もなお続いていると聞いた事がある。
人間にとっては遥か昔の話でも、亜人たちからすればつい先日の出来事だ。
その原因が今回の相当に関係してくる鍛治一族であったとするならば、今回の話は更にこじれるであろう事が容易に想像できるし、その者たちが例え他人の人生を壊したとしても自らの血を伸ばし、命を伸ばしたいと願う事は理解できた。
それで管理局を通さなければ、森霊種の入国は禁止されていたのかと考えると同時に、だからこそ森霊種と窟暗種その両者を裏切ったとも言える混霊種は随分と贔屓されているのか。
「目の前で愛する者を殺された少女は己の無力を嘆き、計画を企てた者に消えることのない忿怒を燃料として、数日間の特訓によって歴代最速で神の称号を操ることに成功し、裏切り者達を全て抹殺した」
「数日ですか、狂ってますね。僕でも結構かかったのに」
「俺達土精霊全ての総力を合わせて、ようやく対等に並べれば良いと言えるような存在ーーそれが鍛治神だ。そんな神が何十日も晴れぬ暗雲を作り出すほどの怒りと悲しみに身を任せて攻撃を仕掛ければ、この世に存在した証拠すら残さずに塵芥となって消え去るさ」
「鍛治神とはそこまで強い者なのですね」
「あんたも神様なら分かってるだろ? 神々と俺達では、強さのスケールが違うのさ。ーーでだが、長々と色んな事を話したが、結局の所何故土精霊の姿がここまで幼くなったかと聞かれれば、夫を失った事を引きずっている鍛治神の想いが生まれてくる土精霊を幼くしているのが理由だ。髭が生えてるから生えてないかが見極めだな」
たった一個人の思想が種族そのものの根幹を覆す事に、エルピスが神の称号を解放する以前の話ならば疑っただろうが、今となってはそれも納得できる。
「さて神様よ、聞いた話によると、この国で一番の鍛治師を探しているらしいじゃないか?」
「どこから聞いたんですかその話……まだ誰にも言ってない筈なんですけど」
「壁に耳あり障子に目ありって言うだろ? どこの国でもおばちゃんは他人の話を聞いてるんだよ」
まさかエラと別れる時に言った言葉を聞いていた者が居たのかと、土精霊の一般常識を疑いそうになったが冷静に考えれば色々とやらかしていた後だから、話を聞いていても仕方ないかと納得する。
「という事でこれだけ腹を割って色々と話したんだ、この俺ーーゲイル・ヴァリアントがこの国に滞在する間専属の鍛治師になってやろう」
以外ーーそう言うには随分と前振りが有ったゲイルの専属鍛治師の提案に、エルピスは食い気味に頭を縦に振ると店主に対して追加の酒を出すように促しながら自分でおつまみの食材を机の上に大量に置く。
「良いのか? 了承してくれたのは嬉しい限りだが、お前さんを待ってるお連れさん達が困るだろ?」
「彼女達には遅くなるように言って有ります。ーーそれと僕の名前はエルピスです、ゲイルさん」
「敬語はやめてくれエルピス、神様相手に敬語を使われたらかなわん」
「それもそうですね、じゃあ折角ですし飲み比べと洒落込みますか!」
「土精霊に飲み比べで勝てると思うなよ? おい店主!追加の酒を出してくれ!」
飲み比べを始めたエルピスとゲイルの周りを囲むようにして土精霊達が集まりだし、その人だかりは徐々に数を増していくと、酒場だけでは無く店の外にまで飛び出し辺り早くも一帯は酔っ払い達の楽園となる。
だが夜はまだまだ長くーーそして土精霊達が酔うにはもう少しの時間が必要なようだ。
店主の口はまだ動く様子はなく、エルピスがさすがに騙されたかと疑い始めた時ーー店の扉が開き、ボロボロのローブに身を包みここ数日は剃った様子のない顎鬚を蓄えた一人の男が入ってくる。
店主はその男の姿を見ると再び作業に戻り、その背中からは安堵した様子が感じ取れた。
どうやら彼が店主の代わりに話をしてくれるらしい。
男はそんな店主を一瞥しながら何の躊躇もなくエルピスの横に座りこむと、エルピスと同じ酒を頼み、それを一気飲みしてから口を開く。
「俺を呼んだってことは話があるんだろう?」
「こちらのお客様から鍛治神についてのお話が」
「なるほどな。遥か遠方の地からようこそおいでなさった、新たな神よ。歓迎いたしましょう」
まるで声帯を炎で直接燃やされたかの様に聞き取りづらい声ではあったが、はっきりと神と呼ばれエルピスは警戒心を顕にする。
そんなエルピスに対して目の前の男は手を頭の横で振って降参の意を示し、再び酒を飲むと先程よりは少し聞き取りやすい声で語る。
「……若いな。警戒心を表に出すな、そんなんじゃ付けいられるぞ?」
「いきなり神呼ばわりされたら警戒しますよ、誰かも分からない人ですからね」
「そういうところが若いんだ。俺はなりかけだよ。一時期俺は、鍛治神の座に就きかけた事があった。だが神の称号は俺には不相応だった様でな、共に研鑽を重ねた友に称号を譲った」
「へぇ……ご友人がねぇ」
生産系の神の称号は技術もそうだが、生まれつきなれるかどうか決まっているとセラから聞いたことがある。
目の前の彼は技術だけなら鍛治神に届いたのだろうが、最後にたったそれだけが足りなかったのだろう。
「じゃあ今はそのご友人が鍛治神と言う事ですか?」
「いや、彼奴はもう神としては老人だからな、隠居したよ」
「隠居? 老人? 神は老化などしない筈です、それに貴方の年齢を見る限り、そんなに老けている様には見えないのですが……」
「鍛治神は違うんだよ、常に新しいものを取り入れ続けないといけないからな。それにしても嬉しい事を言ってくれるな神様よ。まぁ俺と友の年齢差はかなりあるし、本来なら千二百歳手前の俺がこうして若さを保っているのは、鍛治神であった彼奴から預かって居た権能の効果。だから今の俺の年齢はーーまぁざっと土精霊換算で三百歳ってとこかな、本来なら鍛治神であるあいつが使うべき権能なんだが」
桁を一つ間違えて居るのでは無いかと思う年齢に、亜人だから仕方ないと割り切りながら得た情報を整理する。
目の前にいる男は鍛治神になりかける程の腕前の持ち主であり、彼の友人であった鍛治神から授かった権能ーー神の力を代わりに行使する権限を与えられ、その効果によって今も若々しい姿を保てていると言う事が今の会話で把握出来た。
だがそれ以外にも権能はあるし、それを誰が持っているのかも気になる。
他にも色々と話のネタは尽き無さそうだと、予想よりも長くなりそうな話に万が一が有ってはとエラとニルに対して魔法を使用して遅くなりそうな旨を伝えておき、更に会話を進展させる。
「神の権能とは便利な物ですね、能力だけでは無く年齢の増加まで抑えられるとは」
「単純な長寿もまぁ良い事ではあるが、それに見合った実力と精神力が無ければただただ辛く大変なだけさ。だが神を含む上位種達は、愛する者や友に対して寿命の長期化を請い願う。一人になるのは辛いからな」
そう語る男の口振りは自身の経験を語っている様であり、その姿から漂うなんとも言えない空気に、実際にそうなのだろうと強く実感する。
もし自分のみが歳を取らないでは無く、歳は取るが老化が遅い様な状態にされたらと考えると冷や汗が流れるのを感じる。
不老と歳を取らないのでは、感じる時の流れの早さが違うのだ。
寿命でいえば神の称号を持つエルピスも例に漏れず不老なのだが、これからも共に過ごすであろう人物達は、アウローラと灰猫以外は寿命に囚われない様な種族の者達だ。
かなり恵まれた環境である。
だが目の前にいる男の状況が今のエルピス程恵まれては居ないだろうと感じ、自然と同情の視線を向けそうになる。
それに気付いたのか男は頬を掻きながら恥ずかしそうに語る。
「別に同情して欲しいって訳じゃないさ。まだ昔馴染みの子くらいなら生きているしな。俺が後悔しているのはそこじゃ無い、今から話す内容の事だよ。神ならば知っているーーいや何を司っているかは知らないが、新米の神様なら知らないか。権能を預かり受けた者は、権能を貸し与えた神が代替えや死亡した場合、急激に力を無くし能力値も一般の土精霊となんら変わらない物へと変わる。寿命はその時のその種族のおおよそ適正な年齢から他の者達と同じように進んでいく」
「ーー要は元に戻るという事で良いですか?」
「あぁ、その認識で間違って居ない。取り敢えず話はここからなんだが、俺の友達ーー鍛治神には一人娘が居るんだがその一人娘には所謂幼馴染というのに当たるのか? そこら辺は詳しく知らんが、昔から随分と仲が良い友達が居たらしい」
先程までの警戒心が強めだった口調は何処かに鳴りを潜め、恐らく彼本来の姿であろう話し方を見て、エルピスは態度を軟化させながらも真剣に話を聞く。
「最初の頃は鍛治神の娘とは言え、世襲するのはどうせもっと後だろうしとこの二人の関係は黙認されて居た。世襲前の鍛治神は恋愛沙汰は禁止だからな、後継問題に発展するといけないから。だが彼奴が、俺の昔馴染みが鍛治神の座を今までと同じ全国民の中からの選出ではなく、娘に明け渡す事を公表した事によって、この国の鍛治一族ーー人間で言う所の貴族達が反発を起こした訳だ」
そう言いながら辛そうな面持ちで語る男からは怒りの感情が見て取れ、鍛治一族と呼ばれる者達に対しての憤怒が感じ取れた。
表向きは公平性が失われてしまうから、実際のところは自分達の家系から鍛治神を出したかったからだろう。
鍛治一族が鍛治神の血を自らの一族に入れようとしたのは、勿論この国の中での地位向上も有っただろうが、いま聞いた話と昔見た御伽話の内容を相対的に照らし合わせれば、鍛治一族が最も求めたのはいまエルピスの目の前に座る男が手に入れて居た、寿命だろうとなんとなく思う。
土精霊は常に上を目指して修練に励む職人ばかりで、人間に比べれば長命ではあるもののまったく足りないと聞いたことがある。
「どこの国も問題を起こすのは家族ばかりですね、力を持つものが目立ってしまうのは当然なので仕方のない事ではありますが。狙いは寿命でしょうか」
「だろうな。土精霊で長命を望まない者など居ない、禁術に手を出すものも少なくはないからな」
人間ももちろん長命を望むが、土精霊はその比ではない。
土精霊にとって鍛治は生きがいであり生活だ、それを続ける為ならば親であろうが子であろうが犠牲にしてでも自らの鍛治の為に動く。
「とはいえ鍛治神の言葉は鶴の一声だ、直ぐに鍛治神の手によって鍛治一家は衰退し、一見潰れた様にも見えたが、神の称号を次代に託しついでに鍛治神になるお嬢の結婚式も同時にしようとなったある日、事件は起きた」
「なるほどそういう事ですか」
「まぁ聞け、本当なら俺も戦闘職でないにしろそれなりの力はあるし、元鍛治神であるダチならそれは尚更だ。だがダチが鍛治神の世代交代を終えた瞬間に飛来したーーそれもオレ達に対してでは無く、鍛治神になった娘に対してでも無く、婚約者である夫に対して放たれた矢を止められるほどその時の俺達は強くなかったんだよ」
「その夫の人はーー」
「ーー死んだ、巧妙に森霊種が作った様に偽装された弓矢でな」
この世界において土精霊と森霊種は表面上友好関係を築いているが、その裏では一部の者達の反発運動が今もなお続いていると聞いた事がある。
人間にとっては遥か昔の話でも、亜人たちからすればつい先日の出来事だ。
その原因が今回の相当に関係してくる鍛治一族であったとするならば、今回の話は更にこじれるであろう事が容易に想像できるし、その者たちが例え他人の人生を壊したとしても自らの血を伸ばし、命を伸ばしたいと願う事は理解できた。
それで管理局を通さなければ、森霊種の入国は禁止されていたのかと考えると同時に、だからこそ森霊種と窟暗種その両者を裏切ったとも言える混霊種は随分と贔屓されているのか。
「目の前で愛する者を殺された少女は己の無力を嘆き、計画を企てた者に消えることのない忿怒を燃料として、数日間の特訓によって歴代最速で神の称号を操ることに成功し、裏切り者達を全て抹殺した」
「数日ですか、狂ってますね。僕でも結構かかったのに」
「俺達土精霊全ての総力を合わせて、ようやく対等に並べれば良いと言えるような存在ーーそれが鍛治神だ。そんな神が何十日も晴れぬ暗雲を作り出すほどの怒りと悲しみに身を任せて攻撃を仕掛ければ、この世に存在した証拠すら残さずに塵芥となって消え去るさ」
「鍛治神とはそこまで強い者なのですね」
「あんたも神様なら分かってるだろ? 神々と俺達では、強さのスケールが違うのさ。ーーでだが、長々と色んな事を話したが、結局の所何故土精霊の姿がここまで幼くなったかと聞かれれば、夫を失った事を引きずっている鍛治神の想いが生まれてくる土精霊を幼くしているのが理由だ。髭が生えてるから生えてないかが見極めだな」
たった一個人の思想が種族そのものの根幹を覆す事に、エルピスが神の称号を解放する以前の話ならば疑っただろうが、今となってはそれも納得できる。
「さて神様よ、聞いた話によると、この国で一番の鍛治師を探しているらしいじゃないか?」
「どこから聞いたんですかその話……まだ誰にも言ってない筈なんですけど」
「壁に耳あり障子に目ありって言うだろ? どこの国でもおばちゃんは他人の話を聞いてるんだよ」
まさかエラと別れる時に言った言葉を聞いていた者が居たのかと、土精霊の一般常識を疑いそうになったが冷静に考えれば色々とやらかしていた後だから、話を聞いていても仕方ないかと納得する。
「という事でこれだけ腹を割って色々と話したんだ、この俺ーーゲイル・ヴァリアントがこの国に滞在する間専属の鍛治師になってやろう」
以外ーーそう言うには随分と前振りが有ったゲイルの専属鍛治師の提案に、エルピスは食い気味に頭を縦に振ると店主に対して追加の酒を出すように促しながら自分でおつまみの食材を机の上に大量に置く。
「良いのか? 了承してくれたのは嬉しい限りだが、お前さんを待ってるお連れさん達が困るだろ?」
「彼女達には遅くなるように言って有ります。ーーそれと僕の名前はエルピスです、ゲイルさん」
「敬語はやめてくれエルピス、神様相手に敬語を使われたらかなわん」
「それもそうですね、じゃあ折角ですし飲み比べと洒落込みますか!」
「土精霊に飲み比べで勝てると思うなよ? おい店主!追加の酒を出してくれ!」
飲み比べを始めたエルピスとゲイルの周りを囲むようにして土精霊達が集まりだし、その人だかりは徐々に数を増していくと、酒場だけでは無く店の外にまで飛び出し辺り早くも一帯は酔っ払い達の楽園となる。
だが夜はまだまだ長くーーそして土精霊達が酔うにはもう少しの時間が必要なようだ。
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