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青年期:法国
家を建てよう
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結婚式から早いもので一月。
ようやくあらかたの作業を終えて結婚生活にも一段落が付いたエルピスは、魔界の僻地へとやってきていた。
現場に居るのはエルピス、レネス、海神に治癒神、山神に森妖種の女王アールヴとそうそうたる面子が集まっている。
これだけの面々が集まった理由は結婚式の時の約束を果たすため、つまりエルピスの家作りをする為である。
「さぁて、家。作ろうか?」
「意外と時間かかったな、一ヶ月くらいか」
「法国の管理したり関係各所に話通したりいろいろとね。魔界の奴らが俺が上に立つのを嫌がって暴れなかったのがせめてもの救いだよ」
魔物の特性として強い者には巻かれるというものがあったからまだマシだったが、これが人相手だった時の事を考えると頭が痛くなってくる。
なんにせよ直近で最も優先順位の高いタスクは処理済みなので、何の心配をすることなくゆったりと家を作るための時間を作ることができた。
土地の確保すらしていないのでいまのエルピス達は家を建てるための場所をまずは探していた。
「英雄の家を作るのだ。大きな城を建てるのだろう?」
「問題はそこだよねぇ」
「世界樹を使って作るのだから、世界で一番素晴らしい城を作って貰えると嬉しいぞ」
「白亜の城だと森妖種と被るから魔王らしく黒い城はどうだ?」
「夜になったらそれ見えなくなりません?」
そもそも魔王としてこの世界に君臨することになるエルピスがどのような場所に住むべきなのか。
ルールが決まって居るわけではないが人の世界のルールにのっとるのであれば王は城に住むべきなのだが、住まないにしても城を作って威厳を示すというのは王の権威を示すためにも必要だろう。
カラーリングや素材すら決まって居ない辺り何とも突貫工事ではあるが、今日とりあえずある程度を決めてしまえばこなせるだけの労働力は既に確保できているのでこれでも問題はない。
「少なくとも一軒家とかは無理でしょうね。別の場所に立てることは出来るでしょうけど、魔界の王としての面子も考えると結局城は居るでしょうし」
「ならとりあえず城は魔界にあった城を適当に私が作っておこう。何か要望があれば適当に言ってくれ」
「そうは言われても城の知識なんて皆無ですからね……実用性重視で行きましょうどうせなら。全部自動ドアにして空調全部屋管理の上下水道とかで」
「恐ろしくコストかかりそうじゃが……まぁお主の城じゃしそれくらいやっても良いか」
「そういえば法国はなかったですね。夏とか冬大変じゃないですか?」
「いくら四大国の内の一つであるとはいえ毎日そこまでするほどの経済的余裕は法国にはない。外から来賓が来た場合一部区画くらいは確かしているはずじゃがな」
電気による発電がないためこの世界で使用する家電というものの代用の多くは魔力によって賄われるのだが、大体平均的な一軒家を一日空調管理するだけで平均的な魔法使い一人分のリソースを消費する。
首都は基本的に町全体を覆う警戒網の為に魔力を割いたり防壁や緊急時用に常に魔力のリソースを配分し続ける必要性があるので空調に割く余裕がないのだ。
だがそこはエルピスという無尽蔵の魔力リソースが存在するため本来ならば存在する魔力に対しての問題というものすべてを帳消しにすることができる。
「いつかは文化、産業を発達させて全員が快適に過ごせる状況を作りたいですね」
「戦争がなくならんと無理じゃろなぁ、そういえば魔王といえば外を攻めるのが恒例じゃがお主はどうするつもりなんじゃ?」
「俺は戦うつもりないですよ」
「戦わない魔王とはなんとも珍しいものだな」
パーナの言葉に返したエルピスだったが、それに対して意外そうな反応をするのは海神だ。
エルピスが暴れないのが意外というよりは、魔王と呼ばれるものが戦争を仕向けないこと自体が意外だというそんな海神の反応。
きっとそれは彼が数代前の魔王を知っているからこそ出る言葉なのだろうが、エルピスは書物の中でしか魔王の存在について詳しく知らず素直に海神に疑問を投げかける。
「先代の魔王はそんなに荒れていたんですか? 人間界には魔王の記録なんてありませんでしたが」
「魔王がおったのは一代前でも一千年は前のこと、その頃あった国の多くは他種族との戦いに敗れて大多数がこの世を去っていつ。法国や帝国なんかは生き残った部類だが、魔王ではなく魔界を恐れるようになったようだしな」
「法国では魔王の名前は禁忌じゃからな。特に初代龍魔王の名前は全ての記録から完全に消しておる」
「土精霊は魔界から遠いから話を聞いたことはないな。強かったのか?」
「それはそれは恐ろしいほどの強さを持っていたとのことじゃ。わしも直接やり合ったことはないが話は何度か聞いている」
「あの男なら俺もやり合ったことがある。実に強かったな、もう生きてはいないだろうが」
海神とやり合って生きている、それだけでその人物の規格外さが理解できようというものだ。
さすがに殺すつもりで戦闘はしていないだろうが、海神に遊ばれただけでも随分と大したものである。
「その人は領土拡大をしようとしてたんですか?」
「いや、あいつは基本的に他人に興味がなかったからな。魔界をぶらぶら歩いていただけであまりにも強すぎて魔王と呼ばれるようになっただけだ」
「随分と面白い魔王ですね」
「ああ、なかなかいい男だった。そういえばあいつゆかりの土地が確かあったはずだ、そこに行ってみるか」
「ぜひ案内お願いします」
何事も一期一会であり、この場所でこの話題が出たのも何かの縁。
海神に指定された座標に転移魔法陣を作成し、5人をまとめてエルピスが転移させると何処かの山中に転移する。
魔界とは思えないほどに落ち着いた雰囲気を漂わせているその場所は、いったい何年の樹齢があるのか分からない木々で囲まれており神聖な雰囲気が漂っている。
「ここは代々の魔王が好んでいた場所だ、山中だから家を建てるのには面倒だが、別荘には十分だろう」
「なんだか不思議な場所ですね」
「お前が持っている邪神の称号、それに一番近かった魔族があいつだ。親近感を感じるのはおかしくない」
「土地は決まったし神もこれだけいるんだ、今日中に作業を完了させよう」
「俺も手伝いますよ、なんでも言ってくださいね」
「それじゃあまずは──」
家を作り、土地を整え必要な設備を作るため各々はそれぞれ動き出す。
簡単な作業ではないが集まっている人物が人物なだけに作業に目に見えるような滞りというものはなく、今日中に何とか終わらせようと決意を固めたエルピスが作業を頑張って数時間。
天高く昇っていたはずの太陽もいつしか地平線の向こうに沈み、月が地面を照らす時間になるとエルピス達が数時間前に転移してきた場所に同じように複数人が転移してくる。
「エルピスに言われるがままに来たはいいけどここは……?」
「どうやら魔界のようね。結界で正確な位置は分からないけれど」
やってきたのはアウローラ達だ。
山道の中にはまるでいま作られたかのような石階段が出来上がっており、その道には等間隔で灯篭に火が灯っていた。
セラの言葉を信じるのであればここは魔界のはずだが、ここまで日本的な造形の場所が魔界にあるという話は聞いたことがない。
加えてまだ作られたばかりのように見えるこの設備から考えると、エルピスが作ったと考えるのがアウローラにとっては自然だ。
「エルが家を作ったっていってたけどそんなにすぐにできるものなのかな」
「人が作ったのならまだしも神様がよってたかって作ってるんだからそんなもんなんじゃないの?」
「そう言われると確かにそっか」
聞けば鍛冶神の他にも数柱集まって作業をしたとのことである。
それだけの過剰な労働力を割いたのだから一日で家を建てるという事もそれほど現実味のない話では無いように思えるのは、実際いま自分たちが石畳の上を歩いているからだろう。
一応安全だとは分かりつつ魔界の山なので万が一を警戒して襲われないように付近を注意深くアウローラが観察しながら歩いていると、横に居たエラが声を上げる。
「──あ、見えたかもいま」
「私は何も見えなかったけど……」
「上手く隠れてたつもりだったんだけど、さすがにいまの状態のエラだと見抜けちゃうか」
何が見えたのかと思えば現れたのはどうやら隠れていたらしいエルピス。
随分と疲れているのか顔に疲労が残るエルピスは道案内をするためにこの場所にやってきたのである。
「おはようエルピス!」
「おはようニル、もう夜になっちゃったけどね。結局鍛治神とアールヴが喧嘩しちゃって完成が遅くなったけどお披露目だよ」
「なんだか森妖種の国の温泉街にある家の事を思い出しますねここを歩いていると」
「さすがセラ良い所突いてくるね、こっからすぐ着くから行こうか」
エルピスに案内されるままにそのあとを付いて行くと、森の中に大きな門が現れる。
和風の装いであるその門を潜ってみれば巨大な平屋が一軒どんと建っており、庭には庭園の様な物も造られていた。
セラの言う通り森妖種の国にあった別邸にどこか似ているが、さすが関わっている人物が神だらけなこともあって景色の美しさや建物の作りの精巧さは比べ物にならない。
「温かみのあるお家ですね」
「やっぱり日本人たるもの日本家屋が一番よね」
「木造建築するってなるとやっぱりね。さて、いらっしゃいみんな、案内するよ。迷子にならないようについてきて
。ここが玄関、靴入れようの倉庫以外にもいろいろあるけど今は最低限だけ説明するね」
玄関を開けて右側にある扉を開けて靴を入れるための倉庫を一瞬だけ見せたエルピスだったが、一室ずつ説明しているとどれだけあっても時間が足りないのでいったんこの場所の説明は後回しにする。
左右に部屋がいくつかある廊下を歩きながらエルピスの後を追っていたアウローラは、ふと自分が歩いている距離と外から見た距離が微妙に違う気がしてエルピスに問いかけた。
「外から見たより長く感じるけどもしかして魔法?」
「そうだよ。空間圧縮系の魔法が使われてるから実際の大きさと外から見た大きさは違うんだ、適当な部屋開けてみてよ」
言われて何気なしに襖に手をかけて部屋の中を覗いてみるとそれなりに大きい和風の部屋が広がっている。
中には何も置かれていないが、これだけの部屋の広さがあれば好きなように自分だけの部屋を作ることができるだろう。
そんな部屋がもう一つの襖に手をかけて開けてみると同じように存在し、この長い廊下の通路すべてが同じように部屋としてあるのであればその部屋の数はいくつあるのか数えるのも大変なほどだろう。
「調度品とかはまだ入れてないから殺風景だけど廊下に着いてる部屋は基本こんな感じだよ」
「いったいこれ何部屋あるの?」
「いまは25部屋かな、一人5部屋位もあればまぁ足りるでしょ。あとから足すこともできるしね」
召使いの面々やここにはいないがフェルや灰猫などもここで寝泊まりすることを考えれば部屋数はそれでちょうどいいくらいかと考える面々だったが、実際のところ来客用と召使い達用で別に同じだけの部屋数を確保してある。
広ければいいというわけではないのはエルピスも思うところだったが、減らすのも増やすのもそう難しいことではないのでいったんの応急招致と考えればいい。
どれだけ進んでも向こう側につかないように感じられた廊下も気が付けば行き止まりであり、エルピスが進んでいく後を追いかけてみると広く開けた部屋に出る。
「廊下を抜けた先のここはリビング、あっちがキッチンだね。とりあえずいろいろ見てみようか」
大きなカーペットの敷かれたリビングには最低限の家具が設置されており、今日今すぐにここで最低限は生活をできるように環境が作られている。
リビングには囲炉裏が設置されており、装飾は鍛治神手作りの素晴らしいものだ。
「いいねこのソファー、ふっかふかだよ」
「囲炉裏にもカーペットにも魔法が掛けられてるのかなこれ」
「これだけ広いと掃除が大変だから保全の魔法をかけてあるんだ。飲み物とかこぼすと流石に汚れるけどね」
魔法によって簡略化できる部分があるのであればなるべくそうするべきというのがエルピスの考えだ。
リビングを一通り堪能した一行が次に向かうのは、広々としたキッチンである。
ここは神々の知識では何が必要で何がいらないか分からなかったため、急遽呼び出したフィトゥスに理想的な厨房についていくつか聞きながら作成した力作だ。
「ふむ、キッチンもなかなか広いな。城の厨房のようだ。こんなに大きくて使い切れるだろうか」
「お客様がたくさんいらっしゃるかも知れませんし、これくらい大きいくらいでいいんですよ」
「そういうものなのか」
「実家のキッチンを参考にして作ったんだ。土精霊の技術と科学技術を合体させてオール電化っぽくしてみました」
オール電化という言葉に疑問符を浮かべているエラだったが、アウローラがいくつかの機能を見せながら説明した事でその意味を理解したのか目をキラキラと輝かせる。
「便利ねこれ。この包丁もよく切れそうだけどもしかしてこれも鍛治神が?」
「そうだよ。危ないから気をつけてね」
「大商人の生涯年収が何本も刺さってるって考えるとこの包丁入れ恐ろしいわね。この扉は何かしら?」
「そこはまだ──!」
エルピスの咄嗟の反応も間に合わずアウローラが扉を開けてしまうと、その先にはただひたすら真っ暗な闇が広がっていた。
なんとなくどこかで見たことのある闇だが、人が直視して良いものではあまりない。
咄嗟に前に割って入ったエルピスが無理矢理に扉を閉めると、扉を開けた本人であるアウローラは若干涙目を浮かべてエルピスの方へと視線を向ける。
非難するようなそんな視線にエルピスは謝るしかない。
「ごめんごめん、魔王城の食料貯蔵庫に繋がる予定なんだけどまだ肝心の魔王城がないからさ。どことも繋げないで放置してあるんだよ」
「心臓止まるかと思ったわ」
「そういえばこれらを動かすのに何を使っているんだ?」
「さすが師匠いいところに目をつけるね、俺が作った魔石で動かしてるんだよ。自然に配慮したエコなエネルギーってわけ」
幼い頃は魔力の制御用に作成していた魔石だが、今となっては本来の使用方法である電池のよう扱い方を出来るに至った。
本来人工的に魔石を作成することは不可能なのだがそこは魔法の神、これくらいの問題はなんともなく解決することが可能である。
「次はみんなの部屋を紹介するよ。着いてきて」
扉の前に立ったエルピスがなにやらガチャガチャとノブを触っているのをみて、アウローラは次も先ほどのように巻き込まれては叶わないとばかりに質問を投げかける。
「さっきからずっと気になってたんだけどその扉のところでガチャガチャしてるのはなんなの?」
「よくぞ聞いてくれました。アウローラなら気づくと思ったよ。上から三つ目押して扉開けてみて」
言われて視線を落としてみればドアノブの上にいくつかのボタンが取り付けられており、エルピスがその三つ目のボタンを指さしている。
「押したけど、これで開けたらいいの?」
「どうぞ」
言われるがままにボタンを押すとカチャリと音が聞こえてくる。
それから扉を押して開けてみるとアウローラが見知った部屋が目の前に飛び込んでくる。
「ここは……私の部屋?」
「そうだよ。王城にあったアウローラの部屋をイメージして良い感じに作ってみたんだ」
「なんだか随分と懐かしく感じるわね」
王城から出てどれほど経つだろうか。
窓から見える景色は王城にあった頃の部屋とはまた違う。
あの部屋を出てから無事に戻って来れるかどうかも怪しいと思っていたのだが、こうして部屋に来てみれば意外と感慨深いものである。
「アウローラは意外と部屋にぬいぐるみとか飾るのだな」
「そういえばレネスに部屋を見せるのは初めてだったわね。良いでしょなかなか」
「私はこの熊のぬいぐるみが好きだな」
「それ犬よ」
自分の部屋を他の人に見せることは少し恥ずかしいが、家族に対していまさら何を隠すこともなし。
物珍しそうに部屋を探索されてもそれをアウローラは特に気にすることもない。
「ま、まぁなんにせよ一旦出て次は四つ目のボタンを押して開けてみて」
「もしかしてそういうこと?」
「そういうことです」
案内されるままにボタンを押して次の部屋へと入ってみれば、そこはエラがかつて住んでいた部屋である。
王城に戻り内見しなければいけなかったアウローラの部屋とは違いエルピスも何度か入ったことのある部屋なので、その完成度は部屋の主人であったエラをしてどこが違うのか分からないほどだ。
「ここは私の部屋ですか」
「実家にあったエラの部屋を参考に作ってみました。アウローラと同じで持ってきても大丈夫そうなものは実家からそのまま持ってきてるよ」
「ありがとうエル。やっぱり自分の部屋は落ち着くわね」
「俺も実家の部屋そのままのものを作ってあるから気持ちはわかるよ。実演した通りドアノブの上にあるボタンを押せばどこからでも自分の部屋に飛べるようにしてあるからぜひ有効活用してみて。ちなみに鍵がかかってるとボタンを押しても飛べないからね」
転移魔法と空間魔法の常時展開とそれを条件分岐させる魔法道具の存在。
エルピスが作り出すことのできる魔石こそ人類が作り上げることのできる最終到達地点であり、エネルギーの安定供給を可能とするものだが、この家に取り付けられている魔法陣は人類が到底到達することは不可能なものである。
こんな家一軒のために使うようなものではないのだが、実際のところこの技術をこの世界で唯一使用できるのはエルピスだけなのだからそれに対して誰が口を挟めるものでもなかった。
「家の中で迷うってどういうことって思ったけど、確かにこんな機能があったら迷うのも分かるわね」
「何もボタンを押さずに扉を開けたら普通に扉としても使えるからね、廊下とリビングとかはそれだし。あと押しても反応がないのはまだ部屋の登録が終わってないやつだから」
「よく一日でこれ作ったわね」
「いままでいろんな街の家を建ててきた経験が生きたよ。最後にお風呂を紹介します」
これまで破壊して来た街とそれを修繕した技能がここで生きてきたのは、エルピスが建築中一番実感していたことだ。
ボタンを押してエルピスが先導するまま扉の向こうへと歩いていくと、エルピスが作成に一番時間をかけた露天風呂へと通じている。
山頂にあるこの露天風呂はなんといっても景色が凄まじく、魔界を一望できるこの場所は露天風呂として世界有数の場所だろう。
「魔界の景色が一望できる露天風呂だよ」
「わぁ!! すごいわね!」
「こんなところがあったなんて外からじゃ分からなかったわ」
「実はここ家からちょっと離れてるんだよね。しかも作ったの俺じゃないし」
「エルピスじゃないの? じゃあ鍛治神が?」
「いやあの人でもないよ。この土地に昔住んでた人、初代魔王の湯治の場所だ。世界で一番贅沢な入浴場かもね」
いくら霊言あらたかなように思える山とはいえ、初代魔王が気に入ったからには何か理由があるだろうと思い探した結果ここを見つけたのである。
随分と長い間放置されていたようで湯としての機能はあまり保持されていなかったが、水を操れる海神がいたことが救いだった。
丁寧に魔王がいた頃と同じ湯を再現して、なんとかここまで漕ぎ着けたのだ。
「とりあえずこれで一旦説明は終わりだよ。明日からはいろいろと仕事もあるし、今日は早く寝よう」
やらなければいけないことはまだまだたくさん残っている。
家の下見はこれくらいにして各自一旦腰を落ち着け、明日からの仕事をするべきだろう。
エルピスが各自の部屋から持って来た物品を収納庫から取り出し部屋へと置き直し、その間に食事を作りアレコレと動き回っていると時刻はあっという間に夜中である。
各員自分の部屋に戻っているなかでふとエルピスの部屋を叩く者がいた。
「起きていますかエル」
呼びかけに応じてエルピスが扉の方に目を向けてみれば、そこにいたのは寝巻き姿のエラである。
セラやニルであるならばまだしもこんな時間帯に彼女が部屋を訪れることは珍しく、一体何事かとエルピスは眺めていた書類から顔を上げた。
「まだ起きてるよエラ。どうかした?」
「アケナから連絡があったのでそれを伝えにきたんですが……何してたんですか?」
エラが気になったのは視線の上に山と置かれた書物についてだろう。
エルピスは最近書類仕事をずっと捌いていたので重要な書類はあってもあれほど積むような情報はなかったはず、そんな考えから生まれたエラの疑問に対してエルピスは紙の一枚を手に取りながら見せる。
「初代魔王について調べてたんだ。始祖の魔物ですらない名前からして龍種の人物がどうやって魔王になったのかと思ってね」
「その話ならいまからする話と関係があるかも知れません」
「──詳しく聞くよ、何があったの?」
アケナが持って来た情報と魔王についての情報の因果関係が頭の中で成立せず、エルピスは自分が知り得ない情報を知っているらしいと判断して身を乗り出しながらエラの言葉に耳を傾ける。
「アケナから連絡で鬼神がエルに接触を図ろうとしていると」
「鬼神か……日本酒作ってた時にチラッと話は聞いてたけど、なんか篭ってたんじゃなかったっけ」
聞いた話によれば鬼神は冬眠する性質があるらしく、十年前に冬眠したと聞いてからは一度だって鬼神についての情報を聞いたことはない。
その鬼神が起きてあまつさえ自分にコンタクトを取ろうとして来ている?
エルピスが思い返すのは創生神が口にしていた取りこぼした可能性、いまさらになっめ接触してくることも相まってエルピスが持つ警戒心は最大だ。
「どうやら寝てただけらしいですね。なんでも次代の魔王が見たいと言ってるらしいですよ? 鬼神は魔王と代々交流があったとか」
「そっか……ねぇエラ、新婚旅行先東の国でもいいかな?」
「エルピスの頭の中に浮かんでくるのは私はエルが行くならどこでも大丈夫です!」
元気よく返事をしてくれているエラもエルピスが何かを感じ取っていることに気がついているだろう。
遠出をするたびになんらかの困難を引っ提げてしまうエルピス。
加えて今回の案件には既に神が関わっていることが分かっている上に、前回干渉してきてもおかしくなかった法国でのいざこざに破壊神の信徒が首を突っ込んでこなかったことも気がかりだ。
後手に回る事だけは避けるため、数日中にはここを出る必要があるだろう。
せっかく作った家にすら長くも入れないことに辟易しながらエルピスは準備を始めるのだった。
ようやくあらかたの作業を終えて結婚生活にも一段落が付いたエルピスは、魔界の僻地へとやってきていた。
現場に居るのはエルピス、レネス、海神に治癒神、山神に森妖種の女王アールヴとそうそうたる面子が集まっている。
これだけの面々が集まった理由は結婚式の時の約束を果たすため、つまりエルピスの家作りをする為である。
「さぁて、家。作ろうか?」
「意外と時間かかったな、一ヶ月くらいか」
「法国の管理したり関係各所に話通したりいろいろとね。魔界の奴らが俺が上に立つのを嫌がって暴れなかったのがせめてもの救いだよ」
魔物の特性として強い者には巻かれるというものがあったからまだマシだったが、これが人相手だった時の事を考えると頭が痛くなってくる。
なんにせよ直近で最も優先順位の高いタスクは処理済みなので、何の心配をすることなくゆったりと家を作るための時間を作ることができた。
土地の確保すらしていないのでいまのエルピス達は家を建てるための場所をまずは探していた。
「英雄の家を作るのだ。大きな城を建てるのだろう?」
「問題はそこだよねぇ」
「世界樹を使って作るのだから、世界で一番素晴らしい城を作って貰えると嬉しいぞ」
「白亜の城だと森妖種と被るから魔王らしく黒い城はどうだ?」
「夜になったらそれ見えなくなりません?」
そもそも魔王としてこの世界に君臨することになるエルピスがどのような場所に住むべきなのか。
ルールが決まって居るわけではないが人の世界のルールにのっとるのであれば王は城に住むべきなのだが、住まないにしても城を作って威厳を示すというのは王の権威を示すためにも必要だろう。
カラーリングや素材すら決まって居ない辺り何とも突貫工事ではあるが、今日とりあえずある程度を決めてしまえばこなせるだけの労働力は既に確保できているのでこれでも問題はない。
「少なくとも一軒家とかは無理でしょうね。別の場所に立てることは出来るでしょうけど、魔界の王としての面子も考えると結局城は居るでしょうし」
「ならとりあえず城は魔界にあった城を適当に私が作っておこう。何か要望があれば適当に言ってくれ」
「そうは言われても城の知識なんて皆無ですからね……実用性重視で行きましょうどうせなら。全部自動ドアにして空調全部屋管理の上下水道とかで」
「恐ろしくコストかかりそうじゃが……まぁお主の城じゃしそれくらいやっても良いか」
「そういえば法国はなかったですね。夏とか冬大変じゃないですか?」
「いくら四大国の内の一つであるとはいえ毎日そこまでするほどの経済的余裕は法国にはない。外から来賓が来た場合一部区画くらいは確かしているはずじゃがな」
電気による発電がないためこの世界で使用する家電というものの代用の多くは魔力によって賄われるのだが、大体平均的な一軒家を一日空調管理するだけで平均的な魔法使い一人分のリソースを消費する。
首都は基本的に町全体を覆う警戒網の為に魔力を割いたり防壁や緊急時用に常に魔力のリソースを配分し続ける必要性があるので空調に割く余裕がないのだ。
だがそこはエルピスという無尽蔵の魔力リソースが存在するため本来ならば存在する魔力に対しての問題というものすべてを帳消しにすることができる。
「いつかは文化、産業を発達させて全員が快適に過ごせる状況を作りたいですね」
「戦争がなくならんと無理じゃろなぁ、そういえば魔王といえば外を攻めるのが恒例じゃがお主はどうするつもりなんじゃ?」
「俺は戦うつもりないですよ」
「戦わない魔王とはなんとも珍しいものだな」
パーナの言葉に返したエルピスだったが、それに対して意外そうな反応をするのは海神だ。
エルピスが暴れないのが意外というよりは、魔王と呼ばれるものが戦争を仕向けないこと自体が意外だというそんな海神の反応。
きっとそれは彼が数代前の魔王を知っているからこそ出る言葉なのだろうが、エルピスは書物の中でしか魔王の存在について詳しく知らず素直に海神に疑問を投げかける。
「先代の魔王はそんなに荒れていたんですか? 人間界には魔王の記録なんてありませんでしたが」
「魔王がおったのは一代前でも一千年は前のこと、その頃あった国の多くは他種族との戦いに敗れて大多数がこの世を去っていつ。法国や帝国なんかは生き残った部類だが、魔王ではなく魔界を恐れるようになったようだしな」
「法国では魔王の名前は禁忌じゃからな。特に初代龍魔王の名前は全ての記録から完全に消しておる」
「土精霊は魔界から遠いから話を聞いたことはないな。強かったのか?」
「それはそれは恐ろしいほどの強さを持っていたとのことじゃ。わしも直接やり合ったことはないが話は何度か聞いている」
「あの男なら俺もやり合ったことがある。実に強かったな、もう生きてはいないだろうが」
海神とやり合って生きている、それだけでその人物の規格外さが理解できようというものだ。
さすがに殺すつもりで戦闘はしていないだろうが、海神に遊ばれただけでも随分と大したものである。
「その人は領土拡大をしようとしてたんですか?」
「いや、あいつは基本的に他人に興味がなかったからな。魔界をぶらぶら歩いていただけであまりにも強すぎて魔王と呼ばれるようになっただけだ」
「随分と面白い魔王ですね」
「ああ、なかなかいい男だった。そういえばあいつゆかりの土地が確かあったはずだ、そこに行ってみるか」
「ぜひ案内お願いします」
何事も一期一会であり、この場所でこの話題が出たのも何かの縁。
海神に指定された座標に転移魔法陣を作成し、5人をまとめてエルピスが転移させると何処かの山中に転移する。
魔界とは思えないほどに落ち着いた雰囲気を漂わせているその場所は、いったい何年の樹齢があるのか分からない木々で囲まれており神聖な雰囲気が漂っている。
「ここは代々の魔王が好んでいた場所だ、山中だから家を建てるのには面倒だが、別荘には十分だろう」
「なんだか不思議な場所ですね」
「お前が持っている邪神の称号、それに一番近かった魔族があいつだ。親近感を感じるのはおかしくない」
「土地は決まったし神もこれだけいるんだ、今日中に作業を完了させよう」
「俺も手伝いますよ、なんでも言ってくださいね」
「それじゃあまずは──」
家を作り、土地を整え必要な設備を作るため各々はそれぞれ動き出す。
簡単な作業ではないが集まっている人物が人物なだけに作業に目に見えるような滞りというものはなく、今日中に何とか終わらせようと決意を固めたエルピスが作業を頑張って数時間。
天高く昇っていたはずの太陽もいつしか地平線の向こうに沈み、月が地面を照らす時間になるとエルピス達が数時間前に転移してきた場所に同じように複数人が転移してくる。
「エルピスに言われるがままに来たはいいけどここは……?」
「どうやら魔界のようね。結界で正確な位置は分からないけれど」
やってきたのはアウローラ達だ。
山道の中にはまるでいま作られたかのような石階段が出来上がっており、その道には等間隔で灯篭に火が灯っていた。
セラの言葉を信じるのであればここは魔界のはずだが、ここまで日本的な造形の場所が魔界にあるという話は聞いたことがない。
加えてまだ作られたばかりのように見えるこの設備から考えると、エルピスが作ったと考えるのがアウローラにとっては自然だ。
「エルが家を作ったっていってたけどそんなにすぐにできるものなのかな」
「人が作ったのならまだしも神様がよってたかって作ってるんだからそんなもんなんじゃないの?」
「そう言われると確かにそっか」
聞けば鍛冶神の他にも数柱集まって作業をしたとのことである。
それだけの過剰な労働力を割いたのだから一日で家を建てるという事もそれほど現実味のない話では無いように思えるのは、実際いま自分たちが石畳の上を歩いているからだろう。
一応安全だとは分かりつつ魔界の山なので万が一を警戒して襲われないように付近を注意深くアウローラが観察しながら歩いていると、横に居たエラが声を上げる。
「──あ、見えたかもいま」
「私は何も見えなかったけど……」
「上手く隠れてたつもりだったんだけど、さすがにいまの状態のエラだと見抜けちゃうか」
何が見えたのかと思えば現れたのはどうやら隠れていたらしいエルピス。
随分と疲れているのか顔に疲労が残るエルピスは道案内をするためにこの場所にやってきたのである。
「おはようエルピス!」
「おはようニル、もう夜になっちゃったけどね。結局鍛治神とアールヴが喧嘩しちゃって完成が遅くなったけどお披露目だよ」
「なんだか森妖種の国の温泉街にある家の事を思い出しますねここを歩いていると」
「さすがセラ良い所突いてくるね、こっからすぐ着くから行こうか」
エルピスに案内されるままにそのあとを付いて行くと、森の中に大きな門が現れる。
和風の装いであるその門を潜ってみれば巨大な平屋が一軒どんと建っており、庭には庭園の様な物も造られていた。
セラの言う通り森妖種の国にあった別邸にどこか似ているが、さすが関わっている人物が神だらけなこともあって景色の美しさや建物の作りの精巧さは比べ物にならない。
「温かみのあるお家ですね」
「やっぱり日本人たるもの日本家屋が一番よね」
「木造建築するってなるとやっぱりね。さて、いらっしゃいみんな、案内するよ。迷子にならないようについてきて
。ここが玄関、靴入れようの倉庫以外にもいろいろあるけど今は最低限だけ説明するね」
玄関を開けて右側にある扉を開けて靴を入れるための倉庫を一瞬だけ見せたエルピスだったが、一室ずつ説明しているとどれだけあっても時間が足りないのでいったんこの場所の説明は後回しにする。
左右に部屋がいくつかある廊下を歩きながらエルピスの後を追っていたアウローラは、ふと自分が歩いている距離と外から見た距離が微妙に違う気がしてエルピスに問いかけた。
「外から見たより長く感じるけどもしかして魔法?」
「そうだよ。空間圧縮系の魔法が使われてるから実際の大きさと外から見た大きさは違うんだ、適当な部屋開けてみてよ」
言われて何気なしに襖に手をかけて部屋の中を覗いてみるとそれなりに大きい和風の部屋が広がっている。
中には何も置かれていないが、これだけの部屋の広さがあれば好きなように自分だけの部屋を作ることができるだろう。
そんな部屋がもう一つの襖に手をかけて開けてみると同じように存在し、この長い廊下の通路すべてが同じように部屋としてあるのであればその部屋の数はいくつあるのか数えるのも大変なほどだろう。
「調度品とかはまだ入れてないから殺風景だけど廊下に着いてる部屋は基本こんな感じだよ」
「いったいこれ何部屋あるの?」
「いまは25部屋かな、一人5部屋位もあればまぁ足りるでしょ。あとから足すこともできるしね」
召使いの面々やここにはいないがフェルや灰猫などもここで寝泊まりすることを考えれば部屋数はそれでちょうどいいくらいかと考える面々だったが、実際のところ来客用と召使い達用で別に同じだけの部屋数を確保してある。
広ければいいというわけではないのはエルピスも思うところだったが、減らすのも増やすのもそう難しいことではないのでいったんの応急招致と考えればいい。
どれだけ進んでも向こう側につかないように感じられた廊下も気が付けば行き止まりであり、エルピスが進んでいく後を追いかけてみると広く開けた部屋に出る。
「廊下を抜けた先のここはリビング、あっちがキッチンだね。とりあえずいろいろ見てみようか」
大きなカーペットの敷かれたリビングには最低限の家具が設置されており、今日今すぐにここで最低限は生活をできるように環境が作られている。
リビングには囲炉裏が設置されており、装飾は鍛治神手作りの素晴らしいものだ。
「いいねこのソファー、ふっかふかだよ」
「囲炉裏にもカーペットにも魔法が掛けられてるのかなこれ」
「これだけ広いと掃除が大変だから保全の魔法をかけてあるんだ。飲み物とかこぼすと流石に汚れるけどね」
魔法によって簡略化できる部分があるのであればなるべくそうするべきというのがエルピスの考えだ。
リビングを一通り堪能した一行が次に向かうのは、広々としたキッチンである。
ここは神々の知識では何が必要で何がいらないか分からなかったため、急遽呼び出したフィトゥスに理想的な厨房についていくつか聞きながら作成した力作だ。
「ふむ、キッチンもなかなか広いな。城の厨房のようだ。こんなに大きくて使い切れるだろうか」
「お客様がたくさんいらっしゃるかも知れませんし、これくらい大きいくらいでいいんですよ」
「そういうものなのか」
「実家のキッチンを参考にして作ったんだ。土精霊の技術と科学技術を合体させてオール電化っぽくしてみました」
オール電化という言葉に疑問符を浮かべているエラだったが、アウローラがいくつかの機能を見せながら説明した事でその意味を理解したのか目をキラキラと輝かせる。
「便利ねこれ。この包丁もよく切れそうだけどもしかしてこれも鍛治神が?」
「そうだよ。危ないから気をつけてね」
「大商人の生涯年収が何本も刺さってるって考えるとこの包丁入れ恐ろしいわね。この扉は何かしら?」
「そこはまだ──!」
エルピスの咄嗟の反応も間に合わずアウローラが扉を開けてしまうと、その先にはただひたすら真っ暗な闇が広がっていた。
なんとなくどこかで見たことのある闇だが、人が直視して良いものではあまりない。
咄嗟に前に割って入ったエルピスが無理矢理に扉を閉めると、扉を開けた本人であるアウローラは若干涙目を浮かべてエルピスの方へと視線を向ける。
非難するようなそんな視線にエルピスは謝るしかない。
「ごめんごめん、魔王城の食料貯蔵庫に繋がる予定なんだけどまだ肝心の魔王城がないからさ。どことも繋げないで放置してあるんだよ」
「心臓止まるかと思ったわ」
「そういえばこれらを動かすのに何を使っているんだ?」
「さすが師匠いいところに目をつけるね、俺が作った魔石で動かしてるんだよ。自然に配慮したエコなエネルギーってわけ」
幼い頃は魔力の制御用に作成していた魔石だが、今となっては本来の使用方法である電池のよう扱い方を出来るに至った。
本来人工的に魔石を作成することは不可能なのだがそこは魔法の神、これくらいの問題はなんともなく解決することが可能である。
「次はみんなの部屋を紹介するよ。着いてきて」
扉の前に立ったエルピスがなにやらガチャガチャとノブを触っているのをみて、アウローラは次も先ほどのように巻き込まれては叶わないとばかりに質問を投げかける。
「さっきからずっと気になってたんだけどその扉のところでガチャガチャしてるのはなんなの?」
「よくぞ聞いてくれました。アウローラなら気づくと思ったよ。上から三つ目押して扉開けてみて」
言われて視線を落としてみればドアノブの上にいくつかのボタンが取り付けられており、エルピスがその三つ目のボタンを指さしている。
「押したけど、これで開けたらいいの?」
「どうぞ」
言われるがままにボタンを押すとカチャリと音が聞こえてくる。
それから扉を押して開けてみるとアウローラが見知った部屋が目の前に飛び込んでくる。
「ここは……私の部屋?」
「そうだよ。王城にあったアウローラの部屋をイメージして良い感じに作ってみたんだ」
「なんだか随分と懐かしく感じるわね」
王城から出てどれほど経つだろうか。
窓から見える景色は王城にあった頃の部屋とはまた違う。
あの部屋を出てから無事に戻って来れるかどうかも怪しいと思っていたのだが、こうして部屋に来てみれば意外と感慨深いものである。
「アウローラは意外と部屋にぬいぐるみとか飾るのだな」
「そういえばレネスに部屋を見せるのは初めてだったわね。良いでしょなかなか」
「私はこの熊のぬいぐるみが好きだな」
「それ犬よ」
自分の部屋を他の人に見せることは少し恥ずかしいが、家族に対していまさら何を隠すこともなし。
物珍しそうに部屋を探索されてもそれをアウローラは特に気にすることもない。
「ま、まぁなんにせよ一旦出て次は四つ目のボタンを押して開けてみて」
「もしかしてそういうこと?」
「そういうことです」
案内されるままにボタンを押して次の部屋へと入ってみれば、そこはエラがかつて住んでいた部屋である。
王城に戻り内見しなければいけなかったアウローラの部屋とは違いエルピスも何度か入ったことのある部屋なので、その完成度は部屋の主人であったエラをしてどこが違うのか分からないほどだ。
「ここは私の部屋ですか」
「実家にあったエラの部屋を参考に作ってみました。アウローラと同じで持ってきても大丈夫そうなものは実家からそのまま持ってきてるよ」
「ありがとうエル。やっぱり自分の部屋は落ち着くわね」
「俺も実家の部屋そのままのものを作ってあるから気持ちはわかるよ。実演した通りドアノブの上にあるボタンを押せばどこからでも自分の部屋に飛べるようにしてあるからぜひ有効活用してみて。ちなみに鍵がかかってるとボタンを押しても飛べないからね」
転移魔法と空間魔法の常時展開とそれを条件分岐させる魔法道具の存在。
エルピスが作り出すことのできる魔石こそ人類が作り上げることのできる最終到達地点であり、エネルギーの安定供給を可能とするものだが、この家に取り付けられている魔法陣は人類が到底到達することは不可能なものである。
こんな家一軒のために使うようなものではないのだが、実際のところこの技術をこの世界で唯一使用できるのはエルピスだけなのだからそれに対して誰が口を挟めるものでもなかった。
「家の中で迷うってどういうことって思ったけど、確かにこんな機能があったら迷うのも分かるわね」
「何もボタンを押さずに扉を開けたら普通に扉としても使えるからね、廊下とリビングとかはそれだし。あと押しても反応がないのはまだ部屋の登録が終わってないやつだから」
「よく一日でこれ作ったわね」
「いままでいろんな街の家を建ててきた経験が生きたよ。最後にお風呂を紹介します」
これまで破壊して来た街とそれを修繕した技能がここで生きてきたのは、エルピスが建築中一番実感していたことだ。
ボタンを押してエルピスが先導するまま扉の向こうへと歩いていくと、エルピスが作成に一番時間をかけた露天風呂へと通じている。
山頂にあるこの露天風呂はなんといっても景色が凄まじく、魔界を一望できるこの場所は露天風呂として世界有数の場所だろう。
「魔界の景色が一望できる露天風呂だよ」
「わぁ!! すごいわね!」
「こんなところがあったなんて外からじゃ分からなかったわ」
「実はここ家からちょっと離れてるんだよね。しかも作ったの俺じゃないし」
「エルピスじゃないの? じゃあ鍛治神が?」
「いやあの人でもないよ。この土地に昔住んでた人、初代魔王の湯治の場所だ。世界で一番贅沢な入浴場かもね」
いくら霊言あらたかなように思える山とはいえ、初代魔王が気に入ったからには何か理由があるだろうと思い探した結果ここを見つけたのである。
随分と長い間放置されていたようで湯としての機能はあまり保持されていなかったが、水を操れる海神がいたことが救いだった。
丁寧に魔王がいた頃と同じ湯を再現して、なんとかここまで漕ぎ着けたのだ。
「とりあえずこれで一旦説明は終わりだよ。明日からはいろいろと仕事もあるし、今日は早く寝よう」
やらなければいけないことはまだまだたくさん残っている。
家の下見はこれくらいにして各自一旦腰を落ち着け、明日からの仕事をするべきだろう。
エルピスが各自の部屋から持って来た物品を収納庫から取り出し部屋へと置き直し、その間に食事を作りアレコレと動き回っていると時刻はあっという間に夜中である。
各員自分の部屋に戻っているなかでふとエルピスの部屋を叩く者がいた。
「起きていますかエル」
呼びかけに応じてエルピスが扉の方に目を向けてみれば、そこにいたのは寝巻き姿のエラである。
セラやニルであるならばまだしもこんな時間帯に彼女が部屋を訪れることは珍しく、一体何事かとエルピスは眺めていた書類から顔を上げた。
「まだ起きてるよエラ。どうかした?」
「アケナから連絡があったのでそれを伝えにきたんですが……何してたんですか?」
エラが気になったのは視線の上に山と置かれた書物についてだろう。
エルピスは最近書類仕事をずっと捌いていたので重要な書類はあってもあれほど積むような情報はなかったはず、そんな考えから生まれたエラの疑問に対してエルピスは紙の一枚を手に取りながら見せる。
「初代魔王について調べてたんだ。始祖の魔物ですらない名前からして龍種の人物がどうやって魔王になったのかと思ってね」
「その話ならいまからする話と関係があるかも知れません」
「──詳しく聞くよ、何があったの?」
アケナが持って来た情報と魔王についての情報の因果関係が頭の中で成立せず、エルピスは自分が知り得ない情報を知っているらしいと判断して身を乗り出しながらエラの言葉に耳を傾ける。
「アケナから連絡で鬼神がエルに接触を図ろうとしていると」
「鬼神か……日本酒作ってた時にチラッと話は聞いてたけど、なんか篭ってたんじゃなかったっけ」
聞いた話によれば鬼神は冬眠する性質があるらしく、十年前に冬眠したと聞いてからは一度だって鬼神についての情報を聞いたことはない。
その鬼神が起きてあまつさえ自分にコンタクトを取ろうとして来ている?
エルピスが思い返すのは創生神が口にしていた取りこぼした可能性、いまさらになっめ接触してくることも相まってエルピスが持つ警戒心は最大だ。
「どうやら寝てただけらしいですね。なんでも次代の魔王が見たいと言ってるらしいですよ? 鬼神は魔王と代々交流があったとか」
「そっか……ねぇエラ、新婚旅行先東の国でもいいかな?」
「エルピスの頭の中に浮かんでくるのは私はエルが行くならどこでも大丈夫です!」
元気よく返事をしてくれているエラもエルピスが何かを感じ取っていることに気がついているだろう。
遠出をするたびになんらかの困難を引っ提げてしまうエルピス。
加えて今回の案件には既に神が関わっていることが分かっている上に、前回干渉してきてもおかしくなかった法国でのいざこざに破壊神の信徒が首を突っ込んでこなかったことも気がかりだ。
後手に回る事だけは避けるため、数日中にはここを出る必要があるだろう。
せっかく作った家にすら長くも入れないことに辟易しながらエルピスは準備を始めるのだった。
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