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幼少期:森妖種王国編 改修予定
病室にて
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そんなこんなで騎士団長であるアヴァリは特別収監病棟、通常特監へとやってきていた。
罪を犯したかどうか司法によって裁かれてもいないのにエルピスがそんなところへと収監されているのは、森霊種の国で力を持つ者が融通を利かせたからなのだろう。
女王であるアールヴの発言は絶対ではあるが彼女は政を積極的には行わず、数十年から数百年単位で間を開けながらいくつかの法案の整備などを行うだけだ。
だから彼女の持つ実権というのほとんど機能していないことが多く、そのためこうして国内は貴族たちが好き勝手に権力を行使しているわけである。
だが彼等も考えなしで権力を振りかざしているわけではない、あまりにもやり過ぎれば女王の目に留まるし、そうなって仕舞えば彼等は埃よりも軽く吹き飛ばされるような存在だ。
だからこそいままで慎重にやってきた彼等だったのだが、今回に関しては運が悪かった、そう言うしかないだろう。
エルピスに対して女王が興味を持ってしまった時点で、今回の件に関係した全ての森霊種の断罪が決定したのだ。
「私だ、開けてくれ」
「これはアヴァリ様、お話は陛下から既に。どうぞお通りください」
「ありがとう。陛下から何か伝言はあったか?」
「特にはありませんでしたが……そういえば普段通りの活躍をしてくれるだろうと」
「そうか。悪いが数人いまから負傷するから病室を開けておいてくれ」
「はい? 分かりました」
受付の女性に対してそんなことを口にしたアヴァリは病棟の中を一定のペースで歩いていく。
説明されているわけでもないのにアヴァリが迷うことなくエルピスのいる病室へと向かえるのは、それだけ彼の気配がただならぬものだからである。
道中エルピスの知り合いだろうか、人の女性と会釈を交わした後に数分ほど歩くと最も奥にある病室へとたどり着いた。
病室を監視している看守は二人、アヴァリも見たことのあるその顔に少しだけ残念な気持ちが湧き上がる。
「これはこれはアヴァリ騎士団長! 今日はどのような用事でこのようなところに?」
「なに、私用だよ。残念だ君達の顔は覚えていたのだがな」
「アヴァリ様? 一体何を──っグ!?」
アヴァリは他人の顔を覚えない、長い時を生きてきた中で他者の顔を覚えられるほどに興味を抱くことができなくなっていたのだ。
またこれで覚えることができなくなったと残念に思いながら、アヴァリは腰からぶら下げた剣を鞘に収めたまま喉仏へと向かって振り込む。
突如の事に血反吐を吐き出しながら膝を曲げた森霊種に対し、追い討ちをかけるようにして後頭部へと殴打を数度加えるとぴくぴくと体を痙攣させながら動けなくなる。
脊髄は損傷しないように殴ったものの、頭蓋骨はどうやら陥没してしまったようだ。
冷静に地に沈んだ名前すら覚えていないそれを記憶から抹消していると、ふと隣にいたもう一人から叫び声をあげる。
「アヴァリ様!? ──援護を! アヴァリ様がご乱心なされた!」
騎士団は基本的に連携をする事が得意ではないのだが、自分一人では絶対に勝てないのだからその判断は間違っていない。
肉の壁が出来ればもしかすればワンチャンスが生まれるかもしれないと考える勝利に対しての貪欲さは評価に値する。
「なっ!? 大丈夫か!」
「余所見をしている暇があるのか?」
「は、速い!? ──ガハッ」
「この狭い室内だ! 羽交い締めにしてしまえば何もできん!」
「剣を抜くな仮にも騎士団長相手だぞ!」
理性がほんの少しだけ残っている者が騎士団長に対して剣を抜くという行為に対して注意を投げかけるが、獣に襲われているのに武器を抜くなという方が無理だろう。
病室の中からやってきた物を含めて六人以上の兵士達はあっという間に中傷を負いなす術なく地面に五体を投げ出す。
強さを追い求める騎士団の中で常に最強の座を守り続けてきた団長、森霊種の国の最強の兵士でありつまるところ最高位冒険者であるアヴァリを前にしては騎士団員ですら脅威にはなり得ないのだ。
「弱いな、権力になど手を出そうとするからだ。判決は追って知らされるだろう」
きっと女王がエルピスに興味さえ持たなければ、彼等は明日からも普段通りの生活を送っていただろう。
だが残念なことに興味を持ってしまった以上その付近で発生した悪事は全て彼女の手によって精算され、雑用係であるアヴァリの手によって捕らえられた罪人達は裁かれるのを待つしかないのである。
「随分とまた凄い登場の仕方だね。ちょうどそろそろエルピスが起きる頃だよ、用事があってきたんだろう?」
冷たい目線で見下ろすようにして積み上がった騎士団員達にそんなことを口にしていたアヴァリの前に、いつのまにか灰色の毛並みが綺麗な獣人種の少年が立っていた。
アヴァリの間合いのほんの少しだけ先、ギリギリで距離感を保っているそんな灰色の少年に感心しながらアヴァリは今日初めて頭部の甲冑を取り外して素顔を見せる。
ほんのりと緑色の髪に黒い瞳、褐色色の肌に長い耳を携えたアヴァリは剣を地面に置き腰を曲げてこれ以上ないほどに頭を下げた。
「この度は我々騎士団員並びに森霊種の住民が迷惑をかけた、本当に申し訳ないと思っている」
頭を下げたアヴァリを見て部屋の中で奇妙な空気が流れる。
怒りでもなく侮蔑でもない、奇妙な雰囲気にアヴァリはどうしたことかと頭を上げて見てみれば、なにやら奇妙な雰囲気が部屋の中にまとわりついていた。
「えっと…混霊種がなんでここに?」
「ああそういう事か、私はあの戦争以前からこの国に仕えている。例外という事だ、気にしないでくれ」
もはや自分でも忘れてしまったことをぶり返されて少し驚きながらそう返すと、質問を投げかけてきた悪魔はそういう物なのかと納得する。
「窟暗種だろうと森霊種だろうといまはどうでもいいんじゃないかい? それよりも問題はエラちゃんの事だろう」
「灰猫が言う通りね。アヴァリさん、悪いけれど問題はまだ解決していないの。そこのそれらを殺しても問題は解決しないのよ」
そう言って倒れる森霊種達に視線を向けるセラだったが、その視線は先程アヴァリが向けていたそれよりもはるかに冷たい物である。
もし殺して問題が解決するのであれば遥か前に殺していた事だろう。
「その気配は天使か…しかもかなり上位の。報告は受けているのだがもし良ければ詳しく教えてもらえるだろうか」
「私達の仲間の一人が攫われたのよ、貴方達のせいでここからも動けないし困ったものよ」
「それは……申し訳ない。即時解放の手続きを終わらせよう、捜索の方もこちらで行おう。もちろん補償と国名を賭けての救出確約も。女王陛下から直接の謝罪も受けてもらえると嬉しい」
「随分と殊勝な事じゃありませんか、急に変わった態度の理由は一体何なのでしょう?」
「怒る気持ちも分かる、だが森霊種の国はそう言うところなのだ。女王が興味を持たなければ、国を揺るがさない限り全ての事件は有耶無耶に流される。長い寿命を持つが故の自堕落さが招いた結果だ、私からは詫びる事も出来ない」
天使と悪魔、森霊種よりもさらに長い寿命を持つ者達を前にしてそんな事を口にするのは怠慢か。
だが長年代わってこなかった社会形態を今更すぐに変えるのは難しい話だ、なまじアールヴは問題が起きてから解決できるだけの力を持っているだけにこんなことがあってもまた同じようなことを繰り返してしまうのだ。
アヴァリの言葉を受けて静かになった室内に何とも言えない空気を感じていると、ふと布一枚を隔てた先で誰かが動く気配が感じられた。
「痛っ……喉つぶれて……誰かいる?」
「エルピス、ようやく起きたのね。今は少しくらい寝ていなさい、体に障るわよ」
「俺はどうでもいい……エラは…エラはどこに…」
「大丈夫、大丈夫よ」
うわごとのようにして連れ去られた女性の名前を呼ぶエルピスであったが、ベットの傍に立ったセラが手をエルピスの目に当ててそっとなでると、先ほどまでと同じように規則的な呼吸が聞こえエルピスがどうやら眠らされたらしいという事がわかる。
聞いた話では理由が不明な外傷を負って重体になっているらしいが、それでも体を無理やり起こそうとするほどには捕まった女性の事が気になっているらしい。
まさかつい先日できたばかりの彼女とまでは想像もつかないところだが、相当に大切な存在らしいとはさすがにそんなエルピスの行動を見ていれば察しもつく。
今回ばかりはもしかすれば無事に回収できないかもしれないが…そう思ってはいるもののさすがに口に出せないでいたアヴァリに対してニルは小さく言葉を投げかける。
「悪いけれど外でいいかい? 記憶の混濁が激しいんだ、数日前から起きてはうわごとの様にしてああしてる」
「ああもちろん私はそれでも構わないが……」
「灰猫とフェルはここを頼んだよ、姉さん行こうか」
「エルピスはあと数時間は起きないと思うわ。容体も安定するとは思うけれどもし何かあったらすぐに私を呼んで」
「分かったよ」
部屋を後にしたアヴァリ達はこれから待つ重たい話を少しでもましにするために、風通しのいい屋上へと足を運んだ。
この場所はその立地も相まって会話を他者に聞かれるという事は殆どといっていい程ない。
念のためにといくつかセラが障壁を張ったのを確認した後、アヴァリの方から口を開く。
「ひとまず今回の件に関係した者達はこちらである程度の処分を考えている、もし何か気になるようであればそちらに任せてもいいのだがどうだろうか」
「私は不幸になってくれるなら別になんでも構わないわ、ニルは?」
「僕としてはいろいろとやりたいこともあるんだけど、残念なことにそれをエルピスが望んでいるとは思えないからね。
あの刑事と今回裏で問題を起こそうとしていた数人後でリストアップして渡すからそれだけ身柄を貰ってもいいかな? 処理をフェルに任せてみるよ」
「趣味悪いわよニル」
「僕が直接手を下さないだけどれだけマシか教えてあげたいくらいだよ」
拷問を得意とする悪魔は少なくないが、先程部屋の中で見た悪魔が話題に出たそれならばおそらく森霊種の国で与えられるであろうどんな拷問よりも酷いものが待っているだろうとアヴァリにも予想がつく。
長い年月を生きてきたアヴァリだが、目の前の二人とあの悪魔だけは自分よりも歳が上であると言うなんとなくの直感が働いていた。
長く生きれば強くなると言うわけではないが、先頭を好む上位の悪魔は弱ければすぐに死んでしまうので生きている年月がそのまま強さに比例することが多いのである。
「とりあえずこちらからの要求を伝えるわ。今後一切こちらの行動を邪魔しないこと、今回の件で発生する損害や被害の情報を隠蔽すること。いいわね?」
「もちろん、女王からも良いように計らうようにと指示が出ている」
「エラちゃんの位置はそっちに見つけてもらうとして、あとは女王との会談かな。どうせあるんでしょ?」
「申し訳ないと思っているのだが、元々こうしてサポートができるのも女王の興味が湧いたが故だ。
我慢してくれと言う言い方はおかしいのだが、耐えてくれるとありがたい」
なんとも口にしづらそうな顔をしながらそう言ったアヴァリの姿は、それこそ中間管理職のそれである。
アヴァリとしては目の前の二人が暴れ始めた場合に止められる確証がないので、出来ることならば暴れてほしくはない。
だが自分が口にしていることが相手を怒らせる可能性があるという事も重々承知しているので、こうしてなんとも言えない言葉選びをしてしまうのだ。
そんな所が女神二柱にはどうやら好評のようであり、普段ならばそろそろ怒りの感情を見せていてもおかしくないニルの表情もいまだに明るいままである。
「エルピスは今日の夜には会話ができるレベルにまでは回復するわ。悪いけれど病室から出すことはできないから、そちらから来てもらえるからしら」
「了解した。こちらから陛下には伝えておこう。何かあれば下の受付の者に言っておいてくれ、話は通しておく」
そうして一旦アヴァリの目的はこれにて達成された。
問題はエラと呼ばれる少女の場所の判別と女王がエルピスのことをどう思うかという二点のみ。
最低でも国が絡んでいる今回の件、救出には久しぶりに自分の力を出さなければいけないだろうと言う状況に直面して、アヴァリは獰猛な笑みを浮かべるのであった。
罪を犯したかどうか司法によって裁かれてもいないのにエルピスがそんなところへと収監されているのは、森霊種の国で力を持つ者が融通を利かせたからなのだろう。
女王であるアールヴの発言は絶対ではあるが彼女は政を積極的には行わず、数十年から数百年単位で間を開けながらいくつかの法案の整備などを行うだけだ。
だから彼女の持つ実権というのほとんど機能していないことが多く、そのためこうして国内は貴族たちが好き勝手に権力を行使しているわけである。
だが彼等も考えなしで権力を振りかざしているわけではない、あまりにもやり過ぎれば女王の目に留まるし、そうなって仕舞えば彼等は埃よりも軽く吹き飛ばされるような存在だ。
だからこそいままで慎重にやってきた彼等だったのだが、今回に関しては運が悪かった、そう言うしかないだろう。
エルピスに対して女王が興味を持ってしまった時点で、今回の件に関係した全ての森霊種の断罪が決定したのだ。
「私だ、開けてくれ」
「これはアヴァリ様、お話は陛下から既に。どうぞお通りください」
「ありがとう。陛下から何か伝言はあったか?」
「特にはありませんでしたが……そういえば普段通りの活躍をしてくれるだろうと」
「そうか。悪いが数人いまから負傷するから病室を開けておいてくれ」
「はい? 分かりました」
受付の女性に対してそんなことを口にしたアヴァリは病棟の中を一定のペースで歩いていく。
説明されているわけでもないのにアヴァリが迷うことなくエルピスのいる病室へと向かえるのは、それだけ彼の気配がただならぬものだからである。
道中エルピスの知り合いだろうか、人の女性と会釈を交わした後に数分ほど歩くと最も奥にある病室へとたどり着いた。
病室を監視している看守は二人、アヴァリも見たことのあるその顔に少しだけ残念な気持ちが湧き上がる。
「これはこれはアヴァリ騎士団長! 今日はどのような用事でこのようなところに?」
「なに、私用だよ。残念だ君達の顔は覚えていたのだがな」
「アヴァリ様? 一体何を──っグ!?」
アヴァリは他人の顔を覚えない、長い時を生きてきた中で他者の顔を覚えられるほどに興味を抱くことができなくなっていたのだ。
またこれで覚えることができなくなったと残念に思いながら、アヴァリは腰からぶら下げた剣を鞘に収めたまま喉仏へと向かって振り込む。
突如の事に血反吐を吐き出しながら膝を曲げた森霊種に対し、追い討ちをかけるようにして後頭部へと殴打を数度加えるとぴくぴくと体を痙攣させながら動けなくなる。
脊髄は損傷しないように殴ったものの、頭蓋骨はどうやら陥没してしまったようだ。
冷静に地に沈んだ名前すら覚えていないそれを記憶から抹消していると、ふと隣にいたもう一人から叫び声をあげる。
「アヴァリ様!? ──援護を! アヴァリ様がご乱心なされた!」
騎士団は基本的に連携をする事が得意ではないのだが、自分一人では絶対に勝てないのだからその判断は間違っていない。
肉の壁が出来ればもしかすればワンチャンスが生まれるかもしれないと考える勝利に対しての貪欲さは評価に値する。
「なっ!? 大丈夫か!」
「余所見をしている暇があるのか?」
「は、速い!? ──ガハッ」
「この狭い室内だ! 羽交い締めにしてしまえば何もできん!」
「剣を抜くな仮にも騎士団長相手だぞ!」
理性がほんの少しだけ残っている者が騎士団長に対して剣を抜くという行為に対して注意を投げかけるが、獣に襲われているのに武器を抜くなという方が無理だろう。
病室の中からやってきた物を含めて六人以上の兵士達はあっという間に中傷を負いなす術なく地面に五体を投げ出す。
強さを追い求める騎士団の中で常に最強の座を守り続けてきた団長、森霊種の国の最強の兵士でありつまるところ最高位冒険者であるアヴァリを前にしては騎士団員ですら脅威にはなり得ないのだ。
「弱いな、権力になど手を出そうとするからだ。判決は追って知らされるだろう」
きっと女王がエルピスに興味さえ持たなければ、彼等は明日からも普段通りの生活を送っていただろう。
だが残念なことに興味を持ってしまった以上その付近で発生した悪事は全て彼女の手によって精算され、雑用係であるアヴァリの手によって捕らえられた罪人達は裁かれるのを待つしかないのである。
「随分とまた凄い登場の仕方だね。ちょうどそろそろエルピスが起きる頃だよ、用事があってきたんだろう?」
冷たい目線で見下ろすようにして積み上がった騎士団員達にそんなことを口にしていたアヴァリの前に、いつのまにか灰色の毛並みが綺麗な獣人種の少年が立っていた。
アヴァリの間合いのほんの少しだけ先、ギリギリで距離感を保っているそんな灰色の少年に感心しながらアヴァリは今日初めて頭部の甲冑を取り外して素顔を見せる。
ほんのりと緑色の髪に黒い瞳、褐色色の肌に長い耳を携えたアヴァリは剣を地面に置き腰を曲げてこれ以上ないほどに頭を下げた。
「この度は我々騎士団員並びに森霊種の住民が迷惑をかけた、本当に申し訳ないと思っている」
頭を下げたアヴァリを見て部屋の中で奇妙な空気が流れる。
怒りでもなく侮蔑でもない、奇妙な雰囲気にアヴァリはどうしたことかと頭を上げて見てみれば、なにやら奇妙な雰囲気が部屋の中にまとわりついていた。
「えっと…混霊種がなんでここに?」
「ああそういう事か、私はあの戦争以前からこの国に仕えている。例外という事だ、気にしないでくれ」
もはや自分でも忘れてしまったことをぶり返されて少し驚きながらそう返すと、質問を投げかけてきた悪魔はそういう物なのかと納得する。
「窟暗種だろうと森霊種だろうといまはどうでもいいんじゃないかい? それよりも問題はエラちゃんの事だろう」
「灰猫が言う通りね。アヴァリさん、悪いけれど問題はまだ解決していないの。そこのそれらを殺しても問題は解決しないのよ」
そう言って倒れる森霊種達に視線を向けるセラだったが、その視線は先程アヴァリが向けていたそれよりもはるかに冷たい物である。
もし殺して問題が解決するのであれば遥か前に殺していた事だろう。
「その気配は天使か…しかもかなり上位の。報告は受けているのだがもし良ければ詳しく教えてもらえるだろうか」
「私達の仲間の一人が攫われたのよ、貴方達のせいでここからも動けないし困ったものよ」
「それは……申し訳ない。即時解放の手続きを終わらせよう、捜索の方もこちらで行おう。もちろん補償と国名を賭けての救出確約も。女王陛下から直接の謝罪も受けてもらえると嬉しい」
「随分と殊勝な事じゃありませんか、急に変わった態度の理由は一体何なのでしょう?」
「怒る気持ちも分かる、だが森霊種の国はそう言うところなのだ。女王が興味を持たなければ、国を揺るがさない限り全ての事件は有耶無耶に流される。長い寿命を持つが故の自堕落さが招いた結果だ、私からは詫びる事も出来ない」
天使と悪魔、森霊種よりもさらに長い寿命を持つ者達を前にしてそんな事を口にするのは怠慢か。
だが長年代わってこなかった社会形態を今更すぐに変えるのは難しい話だ、なまじアールヴは問題が起きてから解決できるだけの力を持っているだけにこんなことがあってもまた同じようなことを繰り返してしまうのだ。
アヴァリの言葉を受けて静かになった室内に何とも言えない空気を感じていると、ふと布一枚を隔てた先で誰かが動く気配が感じられた。
「痛っ……喉つぶれて……誰かいる?」
「エルピス、ようやく起きたのね。今は少しくらい寝ていなさい、体に障るわよ」
「俺はどうでもいい……エラは…エラはどこに…」
「大丈夫、大丈夫よ」
うわごとのようにして連れ去られた女性の名前を呼ぶエルピスであったが、ベットの傍に立ったセラが手をエルピスの目に当ててそっとなでると、先ほどまでと同じように規則的な呼吸が聞こえエルピスがどうやら眠らされたらしいという事がわかる。
聞いた話では理由が不明な外傷を負って重体になっているらしいが、それでも体を無理やり起こそうとするほどには捕まった女性の事が気になっているらしい。
まさかつい先日できたばかりの彼女とまでは想像もつかないところだが、相当に大切な存在らしいとはさすがにそんなエルピスの行動を見ていれば察しもつく。
今回ばかりはもしかすれば無事に回収できないかもしれないが…そう思ってはいるもののさすがに口に出せないでいたアヴァリに対してニルは小さく言葉を投げかける。
「悪いけれど外でいいかい? 記憶の混濁が激しいんだ、数日前から起きてはうわごとの様にしてああしてる」
「ああもちろん私はそれでも構わないが……」
「灰猫とフェルはここを頼んだよ、姉さん行こうか」
「エルピスはあと数時間は起きないと思うわ。容体も安定するとは思うけれどもし何かあったらすぐに私を呼んで」
「分かったよ」
部屋を後にしたアヴァリ達はこれから待つ重たい話を少しでもましにするために、風通しのいい屋上へと足を運んだ。
この場所はその立地も相まって会話を他者に聞かれるという事は殆どといっていい程ない。
念のためにといくつかセラが障壁を張ったのを確認した後、アヴァリの方から口を開く。
「ひとまず今回の件に関係した者達はこちらである程度の処分を考えている、もし何か気になるようであればそちらに任せてもいいのだがどうだろうか」
「私は不幸になってくれるなら別になんでも構わないわ、ニルは?」
「僕としてはいろいろとやりたいこともあるんだけど、残念なことにそれをエルピスが望んでいるとは思えないからね。
あの刑事と今回裏で問題を起こそうとしていた数人後でリストアップして渡すからそれだけ身柄を貰ってもいいかな? 処理をフェルに任せてみるよ」
「趣味悪いわよニル」
「僕が直接手を下さないだけどれだけマシか教えてあげたいくらいだよ」
拷問を得意とする悪魔は少なくないが、先程部屋の中で見た悪魔が話題に出たそれならばおそらく森霊種の国で与えられるであろうどんな拷問よりも酷いものが待っているだろうとアヴァリにも予想がつく。
長い年月を生きてきたアヴァリだが、目の前の二人とあの悪魔だけは自分よりも歳が上であると言うなんとなくの直感が働いていた。
長く生きれば強くなると言うわけではないが、先頭を好む上位の悪魔は弱ければすぐに死んでしまうので生きている年月がそのまま強さに比例することが多いのである。
「とりあえずこちらからの要求を伝えるわ。今後一切こちらの行動を邪魔しないこと、今回の件で発生する損害や被害の情報を隠蔽すること。いいわね?」
「もちろん、女王からも良いように計らうようにと指示が出ている」
「エラちゃんの位置はそっちに見つけてもらうとして、あとは女王との会談かな。どうせあるんでしょ?」
「申し訳ないと思っているのだが、元々こうしてサポートができるのも女王の興味が湧いたが故だ。
我慢してくれと言う言い方はおかしいのだが、耐えてくれるとありがたい」
なんとも口にしづらそうな顔をしながらそう言ったアヴァリの姿は、それこそ中間管理職のそれである。
アヴァリとしては目の前の二人が暴れ始めた場合に止められる確証がないので、出来ることならば暴れてほしくはない。
だが自分が口にしていることが相手を怒らせる可能性があるという事も重々承知しているので、こうしてなんとも言えない言葉選びをしてしまうのだ。
そんな所が女神二柱にはどうやら好評のようであり、普段ならばそろそろ怒りの感情を見せていてもおかしくないニルの表情もいまだに明るいままである。
「エルピスは今日の夜には会話ができるレベルにまでは回復するわ。悪いけれど病室から出すことはできないから、そちらから来てもらえるからしら」
「了解した。こちらから陛下には伝えておこう。何かあれば下の受付の者に言っておいてくれ、話は通しておく」
そうして一旦アヴァリの目的はこれにて達成された。
問題はエラと呼ばれる少女の場所の判別と女王がエルピスのことをどう思うかという二点のみ。
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