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第八話 小さなお嬢さま
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おずおずと物陰から出てきた少女は、透き通った大きな瞳で、アリシアを見つめた。
その髪は酷く傷んで乱れているが、色はレイモンドと同じ銀色だった。海の底のようなコバルトブルーの瞳も、レイモンドにそっくりだ。
「あなた……もしかして」
肩に触れようとすると、少女は跳ねるように後ろに飛び退いた。
「だめっ! こおっちゃうから……さわったらだめなの」
よく見ると、少女の手には薄手の白い布手袋がはめられていた。両の手をぎゅっと握りしめて怯える姿に、小さい頃のレイモンドの姿が重なる。
レイモンドと同じ髪色に目の色、そして氷の呪い。
「あなたは……レイモンド様の、お嬢様ですか?」
少女は何も言わず、静かに俯いている。
(旦那様に、子供がいたなんて! アリシアが生きている時は、婚約の話もなかったけれど……。でもアリシアが死んでからすぐ結婚したなら、このくらいのお子さんがいても不思議じゃないわ。)
背丈から見るに、少女は六歳くらいだろうか。気まずそうに手をいじりながら、チラチラとこちらの様子を伺っている。
(そういえば旦那様も「亡き妻」と仰っていたものね。私がいない八年の間に、結婚して子供まで……。あの小さかった旦那様が、まるで大人みたいに!)
レイモンドは今、二十四歳だ。自分が共に過ごした、小さな少年ではないのだ。
八年も経っているのだから、知らないことがあるのは当然の事なのに……心臓の奥がギュッと締まる感覚があり、チクリと痛みが広がる。アリシアは胸に手を当て、小さく首を傾げた。
(どうして、胸が痛むのかしら。旦那様の幸せは、メイドの幸せなのに。奥様となられた方が、すでに亡くなられているのが悲しいから? それとも……旦那様が変わられて、自分の知らない人のように思えるから? 旦那様の全てを知っていたいだなんて……全く、独占欲の強い、悪いメイドだこと!)
アリシアはパシン!と音を立てて、両手で自分の頬を叩く。少女はそれを見てビクリと震え、縮こまりながら小さな声を絞り出した。
「あの……あなたが、わたしのあたらしい『おかあさま』……?」
アリシアは、ハッと口に手を当てる。
「そうだった。私、旦那様の妻ということになっていたんだったわ。──そうなれば……ええと、そうなのかもしれません」
アリシアは少女と目線を合わせ、穏やかに微笑んだ。その笑顔に、少女はようやく肩の力を抜き、ほう……と小さく声を漏らす。
アリシアはしゃがみ込み、少女と目線を合わせて言った。
「私、アリ……いえ、ミーシャと申します。お嬢様のお名前も、伺ってよろしいですか?」
「ええと……ブルーベル、です」
ブルーベルは小さな足を曲げ、拙いお辞儀を披露した。その姿に、キュン!と庇護欲が湧き上がるのを感じる。孤児院育ちで弟妹がたくさん居たのもあり、元々子供は大好きなのだ。
「なんて……なんて可愛らしいのでしょう!! ご挨拶できて、とっても偉いですね! お嬢様ともう少しお話がしたいのですが……私のお部屋に、ご招待しても良いですか?」
黙って頷いたブルーベルの手を取ろうとアリシアが手を伸ばすと、再び後ろに飛び退かれた。
「だ、だめ! 手は……」
「手袋もなさってますし、大丈夫ですよ」
アリシアは手袋の上から、ブルーベルにそっと触れる。そのまま小さな手のひらを包み込むと、ニコッと笑いかけた。
「ね、大丈夫だったでしょう?」
ブルーベルはポカンと口を開けたまま、呆然と呟いた。
「だれかと手、にぎったの……はじめて」
「まあ、本当に? じゃあこれからは、たくさん繋いでお散歩しましょうね! その、ブルーベル様が嫌じゃなければですが……」
ブルーベルはブンブンと首を振り、「いやじゃない……」と呟いた。
・・・・・
アリシアはブルーベルの手を引いて階段を上りながら、グルグルと頭を巡らせていた。
(こんな小さな子が……誰かと手を繋いだこともないなんて! 手袋をしていれば、呪いは発動しないのに。お母様は幼い頃に亡くなられているとしても……旦那様は? 自らの呪いのせいで、娘を凍らせてしまうのが怖かったのかしら。それにしても、使用人達だっているのに……。)
部屋に着くと、アリシアはブルーベルを暖炉の側のソファに座らせ、温かなココアを淹れて差し出す。ブルーベルは恐る恐るコップを口に運び、広がる甘味に少し口元を緩めた。
ブルーベルの服装は……一言で言うと、ちぐはぐだった。靴の色とドレスの色が合っていないし、髪に留めてあるリボンも反対色だ。タイツはひどく薄手だし、腰をとめる大きなリボンも左右の長さが揃っていない。
それに……髪の毛がもう、めちゃくちゃだった。伸び放題伸びた髪はそこかしこで絡まり、ブラシなどとても通りそうにないほど乱れていた。
(この服装、この子が自分で選んで着たのかしら? 貴族の子供が一人でドレスを着ることはないし、そもそも着方や選び方を教わっていない気がする。それにこの髪……もしかして、メイドも付いていないの?)
アリシアはブルーベルの向かいに座り、顔をのぞみ込むようにして話しかける。
「ブルーベル様。よろしければ今夜、一緒にお風呂に入っていただけませんか?」
「ええ……!?」
驚いたブルーベルはココアをこぼしそうになり、慌ててマグカップを握りしめる。
「まだこの屋敷に来たばかりで、知らないお風呂に一人で入るのが怖いんです。私付きのメイドもまだいないですし……お嬢様と一緒に入れたら、心強いなと思ったのですが……」
もちろん、大嘘である。お風呂を怖いと思ったこともないし、死ぬまでは数え切れないほど入った浴場だ。だがブルーベルの現状を知るのに、それが一番早いと思ったのだ。
不安そうな演技をするアリシアを見て、ブルーベルが意を結したように話し出す。
「いいけど……ミーシャさんは、いいの? わたしとおふろに入ると、おゆが氷になるとか、からだにさわると凍っちゃうとか……。そういって、だれもわたしにさわらないし、ちかよらないんだよ?」
悲しげに話すブルーベルを抱きしめたい衝動に駆られ、アリシアはぎゅっと手を握り締める。
(やっぱり。使用人も親も、呪いを怖がって、この子に触れないようにしているんだ。)
こんなに小さな子が……誰とも触れ合わずに、一人で全部頑張っているなんて。その姿に、小さい頃のレイモンドの姿が重なる。そして、愛を求めていたかつてのミーシャに。
「私がお嬢様と一緒に入りたいのです。それに……一緒にお風呂に入ったら、仲良くなれそうじゃないですか? 私たち、これから親子になるのですしね」
ブルーベルは目を見開いて、それから照れたように小さく頷いた。
・・・・・
バッシャーン!
浴場で、アリシアはあんぐりと口を開けていた。
ブルーベルの入浴の仕方は……何というか、斬新だったのだ。
石鹸を髪にそのまま擦り付け、頭からお湯をぶっかける。体も同様に、石鹸を擦り付けてお湯をぶちまけ……。これでは、洗っていないも同然だ。しかしお湯や泡に触れずに体を洗うため、思いついたのがこの方法しか無かったのだろう。
「あの……お嬢様。お風呂は、いつもお一人で?」
「うん。五さいから、ひとりで入ってるの。呪いがでてきてから……」
「それは……がんばりましたね。本当に偉いです」
泡が残る髪を優しく撫でると、ブルーベルはくすぐったそうに身を縮める。笑顔とまではいかないが、どことなく嬉しそうだ。
スノーグース家の呪いは、五歳で発現する。それはサンフラワー家のハレ巫女の力と同じだ。
五歳から一人で入っているのならば……髪があんな風に乱れたり、小さいのに肌がガサガサなのも納得だ。
アリシアは周囲の大人への怒りを抑えて笑顔を作り、高速できめ細やかな泡を作り出していく。
「お嬢様……失礼いたしますね」
「え? わっ……!」
アリシアが触れると、ブルーベルの体はあっという間にモコモコの泡に包まれた。肌に直接触れないくらいの優しさで、泡を転がしながら全身を洗う。ブルーベルは驚きつつも、心地良さそうに目を細めた。
髪の毛はしっかりとお湯で予洗いし、泡立てた泡で柔らかく包み込んで……。絡まって塊となった毛先の方は……もう修復出来なそうだ。
「あたま洗ってもらうのって、こんなにいい気もちなのね」
「ふふっ! お嬢様が良いと言ってくれるなら……明日も明後日も、ずっと洗わせていただきたいです」
「……ほんと? いいの?」
「もちろんです! ……あと、毛先を少し切ってもよろしいですか?」
ブルーベルが頷いたのを確認し、用意していたハサミで髪の毛を切り揃える。顔にかかっていた前髪も短くして、量が多すぎる部分は少しすいて……。
全身を温かいお湯で洗い流すと、アリシアは優しくブルーベルの頭を撫でながら微笑みかける。
「では、湯船に入りましょうか」
「……お湯、入ったことない。もしこおちゃったら、次に入る人がこまるから……」
「大丈夫ですよ。レイモンド様も、湯船に浸かっていましたから。念のため手袋をして、こういう風に頭に手を乗せて……」
ブルーベルは両手を頭の上に乗せ、そろりそろりと湯船に浸かった。大きなバスタブは二人浸かっても問題ない広さで、アリシアも後からそっと湯に入る。
「凍らない……それに、あったかいね」
溶けるように微笑んだブルーベルを見て、アリシアも思わず笑みがこぼした。
・・・・・
髪を乾かしてブラッシングをし、綺麗なネグリジェに身を包むと……ブルーベルは、見違えるほど美しい少女になった。
銀色の髪は細く柔らかく、肩の下辺りで切り揃えられてサラサラと揺れている。ブルーベルはアリシアの部屋のベッドの上で、微睡みながら呟いた。
「ミーシャさんは……どうしてそんなに、何でもできるの? かみを切るのも、ベッドメイキングも、お茶をいれるのだって……」
「ふふっ……大人だから、と言いたいところですが……。たくさん練習したんです。それに私、オールワークスのメイドなんですよ。家事から料理まで、何でもするメイドなんです」
「……ミーシャさんが、メイド?」
「ええ。大好きな人のために働くのが、一番楽しくて。お嬢様さえ良ければ……これからも、ちょっとだけ、身の回りのお手伝いをさせてもらってもいいですか?」
「……うん、いいよ」
「ありがとうございます!」
アリシアは、ブルーベルをぎゅっと抱きしめる。ブルーベルは身を固めたが、やがてそっと、僅かな力で抱きしめ返した。ほのかに石鹸の香りが漂い、お風呂でほかほかに温まった体温が、お互いの服越しに伝わって広がる。
(あったかい。こうやって安心して抱きしめ合えたのは、何年振りだろう。お嬢様も、安心できているかしら……。)
そっと覗き見ると、ブルーベルは既にスヤスヤと寝息を立てていた。
この小さな少女に、たっぷりと愛を注いであげたい。今まで寂しい思いをしてきた分を、取り戻すように。冷たい氷の呪いを溶かすくらい、温もりで包み込んで。──寂しかったミーシャがずっと、そうされたかったように。
その髪は酷く傷んで乱れているが、色はレイモンドと同じ銀色だった。海の底のようなコバルトブルーの瞳も、レイモンドにそっくりだ。
「あなた……もしかして」
肩に触れようとすると、少女は跳ねるように後ろに飛び退いた。
「だめっ! こおっちゃうから……さわったらだめなの」
よく見ると、少女の手には薄手の白い布手袋がはめられていた。両の手をぎゅっと握りしめて怯える姿に、小さい頃のレイモンドの姿が重なる。
レイモンドと同じ髪色に目の色、そして氷の呪い。
「あなたは……レイモンド様の、お嬢様ですか?」
少女は何も言わず、静かに俯いている。
(旦那様に、子供がいたなんて! アリシアが生きている時は、婚約の話もなかったけれど……。でもアリシアが死んでからすぐ結婚したなら、このくらいのお子さんがいても不思議じゃないわ。)
背丈から見るに、少女は六歳くらいだろうか。気まずそうに手をいじりながら、チラチラとこちらの様子を伺っている。
(そういえば旦那様も「亡き妻」と仰っていたものね。私がいない八年の間に、結婚して子供まで……。あの小さかった旦那様が、まるで大人みたいに!)
レイモンドは今、二十四歳だ。自分が共に過ごした、小さな少年ではないのだ。
八年も経っているのだから、知らないことがあるのは当然の事なのに……心臓の奥がギュッと締まる感覚があり、チクリと痛みが広がる。アリシアは胸に手を当て、小さく首を傾げた。
(どうして、胸が痛むのかしら。旦那様の幸せは、メイドの幸せなのに。奥様となられた方が、すでに亡くなられているのが悲しいから? それとも……旦那様が変わられて、自分の知らない人のように思えるから? 旦那様の全てを知っていたいだなんて……全く、独占欲の強い、悪いメイドだこと!)
アリシアはパシン!と音を立てて、両手で自分の頬を叩く。少女はそれを見てビクリと震え、縮こまりながら小さな声を絞り出した。
「あの……あなたが、わたしのあたらしい『おかあさま』……?」
アリシアは、ハッと口に手を当てる。
「そうだった。私、旦那様の妻ということになっていたんだったわ。──そうなれば……ええと、そうなのかもしれません」
アリシアは少女と目線を合わせ、穏やかに微笑んだ。その笑顔に、少女はようやく肩の力を抜き、ほう……と小さく声を漏らす。
アリシアはしゃがみ込み、少女と目線を合わせて言った。
「私、アリ……いえ、ミーシャと申します。お嬢様のお名前も、伺ってよろしいですか?」
「ええと……ブルーベル、です」
ブルーベルは小さな足を曲げ、拙いお辞儀を披露した。その姿に、キュン!と庇護欲が湧き上がるのを感じる。孤児院育ちで弟妹がたくさん居たのもあり、元々子供は大好きなのだ。
「なんて……なんて可愛らしいのでしょう!! ご挨拶できて、とっても偉いですね! お嬢様ともう少しお話がしたいのですが……私のお部屋に、ご招待しても良いですか?」
黙って頷いたブルーベルの手を取ろうとアリシアが手を伸ばすと、再び後ろに飛び退かれた。
「だ、だめ! 手は……」
「手袋もなさってますし、大丈夫ですよ」
アリシアは手袋の上から、ブルーベルにそっと触れる。そのまま小さな手のひらを包み込むと、ニコッと笑いかけた。
「ね、大丈夫だったでしょう?」
ブルーベルはポカンと口を開けたまま、呆然と呟いた。
「だれかと手、にぎったの……はじめて」
「まあ、本当に? じゃあこれからは、たくさん繋いでお散歩しましょうね! その、ブルーベル様が嫌じゃなければですが……」
ブルーベルはブンブンと首を振り、「いやじゃない……」と呟いた。
・・・・・
アリシアはブルーベルの手を引いて階段を上りながら、グルグルと頭を巡らせていた。
(こんな小さな子が……誰かと手を繋いだこともないなんて! 手袋をしていれば、呪いは発動しないのに。お母様は幼い頃に亡くなられているとしても……旦那様は? 自らの呪いのせいで、娘を凍らせてしまうのが怖かったのかしら。それにしても、使用人達だっているのに……。)
部屋に着くと、アリシアはブルーベルを暖炉の側のソファに座らせ、温かなココアを淹れて差し出す。ブルーベルは恐る恐るコップを口に運び、広がる甘味に少し口元を緩めた。
ブルーベルの服装は……一言で言うと、ちぐはぐだった。靴の色とドレスの色が合っていないし、髪に留めてあるリボンも反対色だ。タイツはひどく薄手だし、腰をとめる大きなリボンも左右の長さが揃っていない。
それに……髪の毛がもう、めちゃくちゃだった。伸び放題伸びた髪はそこかしこで絡まり、ブラシなどとても通りそうにないほど乱れていた。
(この服装、この子が自分で選んで着たのかしら? 貴族の子供が一人でドレスを着ることはないし、そもそも着方や選び方を教わっていない気がする。それにこの髪……もしかして、メイドも付いていないの?)
アリシアはブルーベルの向かいに座り、顔をのぞみ込むようにして話しかける。
「ブルーベル様。よろしければ今夜、一緒にお風呂に入っていただけませんか?」
「ええ……!?」
驚いたブルーベルはココアをこぼしそうになり、慌ててマグカップを握りしめる。
「まだこの屋敷に来たばかりで、知らないお風呂に一人で入るのが怖いんです。私付きのメイドもまだいないですし……お嬢様と一緒に入れたら、心強いなと思ったのですが……」
もちろん、大嘘である。お風呂を怖いと思ったこともないし、死ぬまでは数え切れないほど入った浴場だ。だがブルーベルの現状を知るのに、それが一番早いと思ったのだ。
不安そうな演技をするアリシアを見て、ブルーベルが意を結したように話し出す。
「いいけど……ミーシャさんは、いいの? わたしとおふろに入ると、おゆが氷になるとか、からだにさわると凍っちゃうとか……。そういって、だれもわたしにさわらないし、ちかよらないんだよ?」
悲しげに話すブルーベルを抱きしめたい衝動に駆られ、アリシアはぎゅっと手を握り締める。
(やっぱり。使用人も親も、呪いを怖がって、この子に触れないようにしているんだ。)
こんなに小さな子が……誰とも触れ合わずに、一人で全部頑張っているなんて。その姿に、小さい頃のレイモンドの姿が重なる。そして、愛を求めていたかつてのミーシャに。
「私がお嬢様と一緒に入りたいのです。それに……一緒にお風呂に入ったら、仲良くなれそうじゃないですか? 私たち、これから親子になるのですしね」
ブルーベルは目を見開いて、それから照れたように小さく頷いた。
・・・・・
バッシャーン!
浴場で、アリシアはあんぐりと口を開けていた。
ブルーベルの入浴の仕方は……何というか、斬新だったのだ。
石鹸を髪にそのまま擦り付け、頭からお湯をぶっかける。体も同様に、石鹸を擦り付けてお湯をぶちまけ……。これでは、洗っていないも同然だ。しかしお湯や泡に触れずに体を洗うため、思いついたのがこの方法しか無かったのだろう。
「あの……お嬢様。お風呂は、いつもお一人で?」
「うん。五さいから、ひとりで入ってるの。呪いがでてきてから……」
「それは……がんばりましたね。本当に偉いです」
泡が残る髪を優しく撫でると、ブルーベルはくすぐったそうに身を縮める。笑顔とまではいかないが、どことなく嬉しそうだ。
スノーグース家の呪いは、五歳で発現する。それはサンフラワー家のハレ巫女の力と同じだ。
五歳から一人で入っているのならば……髪があんな風に乱れたり、小さいのに肌がガサガサなのも納得だ。
アリシアは周囲の大人への怒りを抑えて笑顔を作り、高速できめ細やかな泡を作り出していく。
「お嬢様……失礼いたしますね」
「え? わっ……!」
アリシアが触れると、ブルーベルの体はあっという間にモコモコの泡に包まれた。肌に直接触れないくらいの優しさで、泡を転がしながら全身を洗う。ブルーベルは驚きつつも、心地良さそうに目を細めた。
髪の毛はしっかりとお湯で予洗いし、泡立てた泡で柔らかく包み込んで……。絡まって塊となった毛先の方は……もう修復出来なそうだ。
「あたま洗ってもらうのって、こんなにいい気もちなのね」
「ふふっ! お嬢様が良いと言ってくれるなら……明日も明後日も、ずっと洗わせていただきたいです」
「……ほんと? いいの?」
「もちろんです! ……あと、毛先を少し切ってもよろしいですか?」
ブルーベルが頷いたのを確認し、用意していたハサミで髪の毛を切り揃える。顔にかかっていた前髪も短くして、量が多すぎる部分は少しすいて……。
全身を温かいお湯で洗い流すと、アリシアは優しくブルーベルの頭を撫でながら微笑みかける。
「では、湯船に入りましょうか」
「……お湯、入ったことない。もしこおちゃったら、次に入る人がこまるから……」
「大丈夫ですよ。レイモンド様も、湯船に浸かっていましたから。念のため手袋をして、こういう風に頭に手を乗せて……」
ブルーベルは両手を頭の上に乗せ、そろりそろりと湯船に浸かった。大きなバスタブは二人浸かっても問題ない広さで、アリシアも後からそっと湯に入る。
「凍らない……それに、あったかいね」
溶けるように微笑んだブルーベルを見て、アリシアも思わず笑みがこぼした。
・・・・・
髪を乾かしてブラッシングをし、綺麗なネグリジェに身を包むと……ブルーベルは、見違えるほど美しい少女になった。
銀色の髪は細く柔らかく、肩の下辺りで切り揃えられてサラサラと揺れている。ブルーベルはアリシアの部屋のベッドの上で、微睡みながら呟いた。
「ミーシャさんは……どうしてそんなに、何でもできるの? かみを切るのも、ベッドメイキングも、お茶をいれるのだって……」
「ふふっ……大人だから、と言いたいところですが……。たくさん練習したんです。それに私、オールワークスのメイドなんですよ。家事から料理まで、何でもするメイドなんです」
「……ミーシャさんが、メイド?」
「ええ。大好きな人のために働くのが、一番楽しくて。お嬢様さえ良ければ……これからも、ちょっとだけ、身の回りのお手伝いをさせてもらってもいいですか?」
「……うん、いいよ」
「ありがとうございます!」
アリシアは、ブルーベルをぎゅっと抱きしめる。ブルーベルは身を固めたが、やがてそっと、僅かな力で抱きしめ返した。ほのかに石鹸の香りが漂い、お風呂でほかほかに温まった体温が、お互いの服越しに伝わって広がる。
(あったかい。こうやって安心して抱きしめ合えたのは、何年振りだろう。お嬢様も、安心できているかしら……。)
そっと覗き見ると、ブルーベルは既にスヤスヤと寝息を立てていた。
この小さな少女に、たっぷりと愛を注いであげたい。今まで寂しい思いをしてきた分を、取り戻すように。冷たい氷の呪いを溶かすくらい、温もりで包み込んで。──寂しかったミーシャがずっと、そうされたかったように。
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