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第九話 直談判という名の
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「奥様、お夕飯の準備が……と、え!? どういう状況ですか……!?」
部屋を訪ねてきた執事のヨゼフは、ベッドの上を見て驚きの声をあげた。
「その少女……ブルーベル様ですか!? 何故奥様のお部屋に? それにお体が、その……とても綺麗になって……」
ブルーベルはアリシアに膝枕され、スヤスヤと寝息を立てている。アリシアは口元に指を当て「しーっ」とジェスチャーをした。
「ヨゼフ。これはメイドではなく、伯爵夫人として質問するのですが……。何故ブルーベルお嬢様は、あんな状態だったのですか?」
アリシアはにこやかに微笑んではいるが、目だけは全く笑っていない。ヨゼフは背筋にヒヤリとしたものを感じ、身を固めながら話し出す。
「あの、ですね……。お嬢様が呪いを発現したばかりの頃、力の制御が上手くいかずメイドを凍らせかけた事件があって……。そのメイドは既に辞めていますが、今いるメイド達も呪いを怖がって、お嬢様に近寄りたがらないのです」
アリシアから放たれる冷たい視線に、ヨゼフは額から噴き出る汗を拭いて続ける。
「私やセドリックは旦那様の呪いを熟知しておりますので、呪いに怯えたりはしないのですが……大人の男性がお嬢様に触れるのも、いかがなものと思いまして、はい。それにお嬢様自身が、自らの呪いで傷付けるのを恐れて……他人を拒んでいる面もあります」
「……レイモンド様は、どうなのです?」
「旦那様は……お嬢様には、お触れになりません。そもそも旦那様は手袋をなさっていても、その手で生き物に触ることはありませんから」
アリシアは頬に手を当て、何やら黙って考え込んでいる。しばらくすると顔を上げ、真剣な眼差しでヨゼフを見据えた。
「……事情はわかりました。それでは私が、レイモンド様に直談判いたします。執務室を訪れて良いか、アポを取っていただけますか?」
「じ、直談判……ですか?」
「そうです。それと夕食は二人分、ここに運んでいただけますか? 目が覚めた時に、側に居てあげたいですし……。それにどうせお食事も、お嬢様はいつもお一人で召し上がっているのでしょうから」
有無を合わさぬアリシアの微笑みに、ヨゼフは背筋をピンと伸ばして了承し、駆けるように部屋を出て行った。
・・・・・
翌朝。レイモンドの執務室に、リズミカルなノックの音が響く。
顔を上げたレイモンドが見たのは、決意に満ち溢れたアリシアと、その影に隠れるようにして部屋に入って来たブルーベルの姿だった。
「失礼します、レイモンド様。お時間取っていただき、ありがとうございます」
美しいお辞儀の後、アリシアはツカツカと部屋の窓に歩み寄り、カーテンに手をかけた。
「何を……」
「カーテンは開けるようにと、いつも言っているじゃありませんか!」
「……開けて何になる。どうせ、いつもと同じ吹雪だ」
「あら、そうとは限りませんよ。……ほら!」
勢いよく開けたカーテンから、真っ白な光が差し込んで来る。眩い逆光の中、窓際のアリシアの姿だけが、くっきりと際立って浮かび上がった。
「ほらね、お日さま! 光に当たると、気分まで明るくなるでしょう?」
太陽のように、アリシアはレイモンドに笑いかける。
その姿がレイモンドの頭の中で、かつてのメイドの「アリシア」と重なった。
・・・・・
「あー! 旦那さま、またカーテンを閉めっぱなしにして!」
メイドのアリシアは勝手に執務室に入り込むと、いつも開口一番にそう言うのだった。
「開けたってしょうがないよ。どうせ吹雪だもん」
まだ少年だったレイモンドがそう答えると、アリシアはプクリと頬を膨らませる。
「開けてみないと、分からないじゃないですか。やる前に決めつけるのは、旦那さまの悪いクセです! それに窓を閉め切ったままだと、気分まで落ち込んじゃいますよ!」
「でも……」
「あ! じゃあ、私がお日さまにお願いしてあげます! 私のお願いはよく効くって、孤児院でも評判だったんですよ」
アリシアはそう言って指を組み、目を瞑って祈りを捧げる。
やがていたずらっ子のような顔でレイモンドを見つめると、勢いよくカーテンを開いた。窓から差し込んでくる光に、レイモンドは思わず目を瞑る。
「わっ……眩しい」
「ね、晴れてたでしょう! 私のお祈りは、旦那さまの呪いにだって負けませんから! いつか、スノーグース領の吹雪もやませてみせますよ」
「ふふっ、そんなの無理だよ。僕より前の前の前の……ずーっと前の世代から、呪いのせいで銀世界なんだから」
「だからー、やってみないと分からないんですってば!」
再び頬を膨らませるアリシアの顔を見て、レイモンドは笑い声を上げた。
「あはは! ……うん、ごめん。信じるよ。君なら出来ちゃう気がするもの。いつか僕に、春を見せてくれるんだものね?」
「もちろんです! 私を信じてくださいね、旦那さま。それだけで、百人力なんですから!」
そう言って笑うアリシアの笑顔が眩しくて、レイモンドは目を細める。
(本当は、晴れでも吹雪でも、どっちでもいいんだよ。ただ、太陽のようなアリシア……君さえ側に居てくれたら、それで十分なのだから。)
・・・・・
「……レイモンド様?」
名前を呼ばれ、レイモンドはハッと我に返った。
目の前のアリシアは白っぽいミルクティー色の髪の毛を揺らし、レイモンドの顔を覗き込んでいる。
その髪色で、目の醒めるような赤毛の「アリシア」とは別人だと、ハッキリ分かるというのに。
この女と愛しい「アリシア」を重ねてしまったのは、おそらく疲れのせいだろう……と、レイモンドは思い出を振り払うかのように首を振る。
「……それで、何の用だ。昨日みたいに、自分が『アリシア』だと主張しに来た訳ではあるまいな?」
鋭い眼光に射すくめられ、アリシアの背中を冷たい汗が流れ落ちた。
「とんでもございません。昨日は、失礼いたしました」
(今一瞬、自分が「ミーシャ」の体だって忘れかけていたわ! 普通に「アリシア」として振る舞っちゃったけれど……バレてないわよね?)
アリシアはこほんと咳払いをすると、静かにスッと姿勢を正す。それは王妃教育で身に染み込ませた、貴婦人の姿だ。
「本日は、ブルーベル様のことで参りました。お嬢様としっかり……親子として、接していただきたいのです」
レイモンドの眉がピクリと動き、ヨゼフが間に入るように慌てて声をかけた。
「奥様、それは……」
「親子だと言うのに、娘に触れもしないというのは何事ですか! それだけでなく、食事も別、寝室も別、遊びも話しもせず、顔を合わせる時間もない……。呪いに怯える気持ちは分かりますが、齢六歳の子供が、どれほど寂しい思いをされているのか分かりませんか?」
静かに語気を強めるアリシアの袖を、ブルーベルが引っ張って止める。
「ミーシャさま。わたしなら、だいじょうぶです。それに、レイモンドさまは……」
「ほら! 父親だと言うのに『パパ』とも『お父様』とも呼ばず、遠慮がちなこの姿! まだまだ親に甘えたい年頃ですのに……」
しゃがみ込んだアリシアは、ブルーベルを抱き寄せて頬擦りをする。レイモンドは額に手を当ててため息を吐き、二人から目線を外して言った。
「何か誤解があるようだが……。とにかく、その子と私は、関わるべきではないのだ」
「そんなこと、あるはずがありません! 呪いの辛さや寂しさを、真に理解出来るのはレイモンド様だけなのです」
アリシアは再び立ち上がると、優しく、凛とした声でレイモンドに語りかける。
「幼い頃の貴方がして欲しかったことを、この子にしてあげてください。それが貴方をも、救うことになるはずです。……誰よりも貴方が、親子の愛や人の温もりを求めていたのではありませんか?」
レイモンドの視線が、こちらを見つめるブルーベルとぶつかる。
縋るようなコバルトブルーの瞳は寂しげで、哀しげで……幼い頃の自分を思い出させた。
・・・
自分の中に突然現れた、得体の知れない呪いへの恐怖。いつか、人を傷つけてしまうのではないかという不安。それでも欲してしまう、人からの愛や温もりへの渇望。そして、孤独……。
様々な感情を胸の中に押し込め、幼い頃のレイモンドは自分の殻に閉じこもっていた。いくら欲しても手に入らないならば、消えることがないのならば、その感情を殺してしまえと……屋敷の中で一人、いつか訪れる死をただただ待っていた。
そんなレイモンドを救ったのが、メイドの「アリシア」だった。彼女は恐れることなく自分の手に触れ、髪に触れ、呪いなんて大したことはないと笑った。
親からも他人からも見捨てられた自分を救ってくれた、ただ一つの太陽。
ブルーベル……この子に、「アリシア」のような存在はいない。触れてくれる人も、愛してくれる人も。
お互いのために関わらない方が良いと……そう思っていたが、この少女がどんな思いで生活しているか、考えたことはなかった。
小さい体に、小さな手。この幼い体で自分と同じような寂しさを、たった一人で受け止めているなんて……とても耐えられたものではないだろう。
自分も「アリシア」の思い出のおかげで、ようやくこの世界に踏みとどまっているようなものなのだから。
・・・
レイモンドは立ち上がり、ゆっくりとブルーベルの前に跪いた。ブルーベルはビクリと体を震わせて、横にいるアリシアのドレスにしがみつく。
「……私が悪かった。関わるべきでないと決めつけて、お前の気持ちを想像したこともなかった……」
レイモンドはそっと手を伸ばし、ぎこちなくブルーベルの手を取る。その手は、僅かに震えていた。
「手袋をしていれば、相手を凍らせることはない。分かってはいるのだが……怖かった。ブルーベル、お前なら分かってくれるだろう?」
コクリと頷いたブルーベルを見て、レイモンドがほんの少しだけ、頬を緩める。
「お前が望んでくれるならば……これからは、共に過ごそう。同じ呪いを持つ者同士……今からでも、家族に、なれるだろうか?」
「……はい……おとう、さま……」
ブルーベルは目を潤ませながら、呟くように頷いた。
・・・・・
一同が退室してから、レイモンドは一人考え込んでいた。
(あの「ミーシャ」という女……何者だ?)
最初は貴族の娘らしからぬ、気弱で従順な娘という印象だったが……。その後の、「アリシア」を騙るあの事件。それを否定したと思えば、喜んでメイドとなろうとする奇行。
そして怯えていたはずの自分に、凛とした態度で物申すあの胆力。
ブルーベルと和解した時には、自分の事のように涙を流して喜び……レイモンドに対しても、優しく慈しむような微笑みを浮かべた。
まるで「よく出来ました」とでも言うように。
(人のために我を忘れて全力を注ぐあの姿と、全てを包み込むようなあの微笑み……。)
再びかつての「アリシア」の姿と重なり、レイモンドはその思考をかき消すように首を振る。図らずも心を動かされてしまった気持ちも、胸から消し去るように。
部屋を訪ねてきた執事のヨゼフは、ベッドの上を見て驚きの声をあげた。
「その少女……ブルーベル様ですか!? 何故奥様のお部屋に? それにお体が、その……とても綺麗になって……」
ブルーベルはアリシアに膝枕され、スヤスヤと寝息を立てている。アリシアは口元に指を当て「しーっ」とジェスチャーをした。
「ヨゼフ。これはメイドではなく、伯爵夫人として質問するのですが……。何故ブルーベルお嬢様は、あんな状態だったのですか?」
アリシアはにこやかに微笑んではいるが、目だけは全く笑っていない。ヨゼフは背筋にヒヤリとしたものを感じ、身を固めながら話し出す。
「あの、ですね……。お嬢様が呪いを発現したばかりの頃、力の制御が上手くいかずメイドを凍らせかけた事件があって……。そのメイドは既に辞めていますが、今いるメイド達も呪いを怖がって、お嬢様に近寄りたがらないのです」
アリシアから放たれる冷たい視線に、ヨゼフは額から噴き出る汗を拭いて続ける。
「私やセドリックは旦那様の呪いを熟知しておりますので、呪いに怯えたりはしないのですが……大人の男性がお嬢様に触れるのも、いかがなものと思いまして、はい。それにお嬢様自身が、自らの呪いで傷付けるのを恐れて……他人を拒んでいる面もあります」
「……レイモンド様は、どうなのです?」
「旦那様は……お嬢様には、お触れになりません。そもそも旦那様は手袋をなさっていても、その手で生き物に触ることはありませんから」
アリシアは頬に手を当て、何やら黙って考え込んでいる。しばらくすると顔を上げ、真剣な眼差しでヨゼフを見据えた。
「……事情はわかりました。それでは私が、レイモンド様に直談判いたします。執務室を訪れて良いか、アポを取っていただけますか?」
「じ、直談判……ですか?」
「そうです。それと夕食は二人分、ここに運んでいただけますか? 目が覚めた時に、側に居てあげたいですし……。それにどうせお食事も、お嬢様はいつもお一人で召し上がっているのでしょうから」
有無を合わさぬアリシアの微笑みに、ヨゼフは背筋をピンと伸ばして了承し、駆けるように部屋を出て行った。
・・・・・
翌朝。レイモンドの執務室に、リズミカルなノックの音が響く。
顔を上げたレイモンドが見たのは、決意に満ち溢れたアリシアと、その影に隠れるようにして部屋に入って来たブルーベルの姿だった。
「失礼します、レイモンド様。お時間取っていただき、ありがとうございます」
美しいお辞儀の後、アリシアはツカツカと部屋の窓に歩み寄り、カーテンに手をかけた。
「何を……」
「カーテンは開けるようにと、いつも言っているじゃありませんか!」
「……開けて何になる。どうせ、いつもと同じ吹雪だ」
「あら、そうとは限りませんよ。……ほら!」
勢いよく開けたカーテンから、真っ白な光が差し込んで来る。眩い逆光の中、窓際のアリシアの姿だけが、くっきりと際立って浮かび上がった。
「ほらね、お日さま! 光に当たると、気分まで明るくなるでしょう?」
太陽のように、アリシアはレイモンドに笑いかける。
その姿がレイモンドの頭の中で、かつてのメイドの「アリシア」と重なった。
・・・・・
「あー! 旦那さま、またカーテンを閉めっぱなしにして!」
メイドのアリシアは勝手に執務室に入り込むと、いつも開口一番にそう言うのだった。
「開けたってしょうがないよ。どうせ吹雪だもん」
まだ少年だったレイモンドがそう答えると、アリシアはプクリと頬を膨らませる。
「開けてみないと、分からないじゃないですか。やる前に決めつけるのは、旦那さまの悪いクセです! それに窓を閉め切ったままだと、気分まで落ち込んじゃいますよ!」
「でも……」
「あ! じゃあ、私がお日さまにお願いしてあげます! 私のお願いはよく効くって、孤児院でも評判だったんですよ」
アリシアはそう言って指を組み、目を瞑って祈りを捧げる。
やがていたずらっ子のような顔でレイモンドを見つめると、勢いよくカーテンを開いた。窓から差し込んでくる光に、レイモンドは思わず目を瞑る。
「わっ……眩しい」
「ね、晴れてたでしょう! 私のお祈りは、旦那さまの呪いにだって負けませんから! いつか、スノーグース領の吹雪もやませてみせますよ」
「ふふっ、そんなの無理だよ。僕より前の前の前の……ずーっと前の世代から、呪いのせいで銀世界なんだから」
「だからー、やってみないと分からないんですってば!」
再び頬を膨らませるアリシアの顔を見て、レイモンドは笑い声を上げた。
「あはは! ……うん、ごめん。信じるよ。君なら出来ちゃう気がするもの。いつか僕に、春を見せてくれるんだものね?」
「もちろんです! 私を信じてくださいね、旦那さま。それだけで、百人力なんですから!」
そう言って笑うアリシアの笑顔が眩しくて、レイモンドは目を細める。
(本当は、晴れでも吹雪でも、どっちでもいいんだよ。ただ、太陽のようなアリシア……君さえ側に居てくれたら、それで十分なのだから。)
・・・・・
「……レイモンド様?」
名前を呼ばれ、レイモンドはハッと我に返った。
目の前のアリシアは白っぽいミルクティー色の髪の毛を揺らし、レイモンドの顔を覗き込んでいる。
その髪色で、目の醒めるような赤毛の「アリシア」とは別人だと、ハッキリ分かるというのに。
この女と愛しい「アリシア」を重ねてしまったのは、おそらく疲れのせいだろう……と、レイモンドは思い出を振り払うかのように首を振る。
「……それで、何の用だ。昨日みたいに、自分が『アリシア』だと主張しに来た訳ではあるまいな?」
鋭い眼光に射すくめられ、アリシアの背中を冷たい汗が流れ落ちた。
「とんでもございません。昨日は、失礼いたしました」
(今一瞬、自分が「ミーシャ」の体だって忘れかけていたわ! 普通に「アリシア」として振る舞っちゃったけれど……バレてないわよね?)
アリシアはこほんと咳払いをすると、静かにスッと姿勢を正す。それは王妃教育で身に染み込ませた、貴婦人の姿だ。
「本日は、ブルーベル様のことで参りました。お嬢様としっかり……親子として、接していただきたいのです」
レイモンドの眉がピクリと動き、ヨゼフが間に入るように慌てて声をかけた。
「奥様、それは……」
「親子だと言うのに、娘に触れもしないというのは何事ですか! それだけでなく、食事も別、寝室も別、遊びも話しもせず、顔を合わせる時間もない……。呪いに怯える気持ちは分かりますが、齢六歳の子供が、どれほど寂しい思いをされているのか分かりませんか?」
静かに語気を強めるアリシアの袖を、ブルーベルが引っ張って止める。
「ミーシャさま。わたしなら、だいじょうぶです。それに、レイモンドさまは……」
「ほら! 父親だと言うのに『パパ』とも『お父様』とも呼ばず、遠慮がちなこの姿! まだまだ親に甘えたい年頃ですのに……」
しゃがみ込んだアリシアは、ブルーベルを抱き寄せて頬擦りをする。レイモンドは額に手を当ててため息を吐き、二人から目線を外して言った。
「何か誤解があるようだが……。とにかく、その子と私は、関わるべきではないのだ」
「そんなこと、あるはずがありません! 呪いの辛さや寂しさを、真に理解出来るのはレイモンド様だけなのです」
アリシアは再び立ち上がると、優しく、凛とした声でレイモンドに語りかける。
「幼い頃の貴方がして欲しかったことを、この子にしてあげてください。それが貴方をも、救うことになるはずです。……誰よりも貴方が、親子の愛や人の温もりを求めていたのではありませんか?」
レイモンドの視線が、こちらを見つめるブルーベルとぶつかる。
縋るようなコバルトブルーの瞳は寂しげで、哀しげで……幼い頃の自分を思い出させた。
・・・
自分の中に突然現れた、得体の知れない呪いへの恐怖。いつか、人を傷つけてしまうのではないかという不安。それでも欲してしまう、人からの愛や温もりへの渇望。そして、孤独……。
様々な感情を胸の中に押し込め、幼い頃のレイモンドは自分の殻に閉じこもっていた。いくら欲しても手に入らないならば、消えることがないのならば、その感情を殺してしまえと……屋敷の中で一人、いつか訪れる死をただただ待っていた。
そんなレイモンドを救ったのが、メイドの「アリシア」だった。彼女は恐れることなく自分の手に触れ、髪に触れ、呪いなんて大したことはないと笑った。
親からも他人からも見捨てられた自分を救ってくれた、ただ一つの太陽。
ブルーベル……この子に、「アリシア」のような存在はいない。触れてくれる人も、愛してくれる人も。
お互いのために関わらない方が良いと……そう思っていたが、この少女がどんな思いで生活しているか、考えたことはなかった。
小さい体に、小さな手。この幼い体で自分と同じような寂しさを、たった一人で受け止めているなんて……とても耐えられたものではないだろう。
自分も「アリシア」の思い出のおかげで、ようやくこの世界に踏みとどまっているようなものなのだから。
・・・
レイモンドは立ち上がり、ゆっくりとブルーベルの前に跪いた。ブルーベルはビクリと体を震わせて、横にいるアリシアのドレスにしがみつく。
「……私が悪かった。関わるべきでないと決めつけて、お前の気持ちを想像したこともなかった……」
レイモンドはそっと手を伸ばし、ぎこちなくブルーベルの手を取る。その手は、僅かに震えていた。
「手袋をしていれば、相手を凍らせることはない。分かってはいるのだが……怖かった。ブルーベル、お前なら分かってくれるだろう?」
コクリと頷いたブルーベルを見て、レイモンドがほんの少しだけ、頬を緩める。
「お前が望んでくれるならば……これからは、共に過ごそう。同じ呪いを持つ者同士……今からでも、家族に、なれるだろうか?」
「……はい……おとう、さま……」
ブルーベルは目を潤ませながら、呟くように頷いた。
・・・・・
一同が退室してから、レイモンドは一人考え込んでいた。
(あの「ミーシャ」という女……何者だ?)
最初は貴族の娘らしからぬ、気弱で従順な娘という印象だったが……。その後の、「アリシア」を騙るあの事件。それを否定したと思えば、喜んでメイドとなろうとする奇行。
そして怯えていたはずの自分に、凛とした態度で物申すあの胆力。
ブルーベルと和解した時には、自分の事のように涙を流して喜び……レイモンドに対しても、優しく慈しむような微笑みを浮かべた。
まるで「よく出来ました」とでも言うように。
(人のために我を忘れて全力を注ぐあの姿と、全てを包み込むようなあの微笑み……。)
再びかつての「アリシア」の姿と重なり、レイモンドはその思考をかき消すように首を振る。図らずも心を動かされてしまった気持ちも、胸から消し去るように。
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