【ハレ巫女】妹の身代わりに「亡き妻しか愛せない」氷血の辺境伯へ嫁ぎました〜全てを失った「ハレの巫女」が、氷の呪いを溶かして溺愛されるまで〜

きなこもちこ

文字の大きさ
9 / 41

第九話 直談判という名の

しおりを挟む
「奥様、お夕飯の準備が……と、え!? どういう状況ですか……!?」

 部屋を訪ねてきた執事のヨゼフは、ベッドの上を見て驚きの声をあげた。

「その少女……ブルーベル様ですか!? 何故奥様のお部屋に? それにお体が、その……とても綺麗になって……」

 ブルーベルはアリシアに膝枕され、スヤスヤと寝息を立てている。アリシアは口元に指を当て「しーっ」とジェスチャーをした。

「ヨゼフ。これはメイドではなく、伯爵夫人として質問するのですが……。何故ブルーベルお嬢様は、状態だったのですか?」

 アリシアはにこやかに微笑んではいるが、目だけは全く笑っていない。ヨゼフは背筋にヒヤリとしたものを感じ、身を固めながら話し出す。

「あの、ですね……。お嬢様が呪いを発現したばかりの頃、力の制御が上手くいかずメイドを凍らせかけた事件があって……。そのメイドは既に辞めていますが、今いるメイド達も呪いを怖がって、お嬢様に近寄りたがらないのです」

 アリシアから放たれる冷たい視線に、ヨゼフは額から噴き出る汗を拭いて続ける。

「私やセドリックは旦那様の呪いを熟知しておりますので、呪いに怯えたりはしないのですが……大人の男性がお嬢様に触れるのも、いかがなものと思いまして、はい。それにお嬢様自身が、自らの呪いで傷付けるのを恐れて……他人を拒んでいる面もあります」

「……レイモンド様は、どうなのです?」

「旦那様は……お嬢様には、お触れになりません。そもそも旦那様は手袋をなさっていても、その手で生き物に触ることはありませんから」

 アリシアは頬に手を当て、何やら黙って考え込んでいる。しばらくすると顔を上げ、真剣な眼差しでヨゼフを見据えた。

「……事情はわかりました。それでは私が、レイモンド様に直談判いたします。執務室を訪れて良いか、アポを取っていただけますか?」

「じ、直談判……ですか?」

「そうです。それと夕食は二人分、ここに運んでいただけますか? 目が覚めた時に、側に居てあげたいですし……。それにどうせお食事も、お嬢様はいつもお一人で召し上がっているのでしょうから」

 有無を合わさぬアリシアの微笑みに、ヨゼフは背筋をピンと伸ばして了承し、駆けるように部屋を出て行った。

 ・・・・・

 翌朝。レイモンドの執務室に、リズミカルなノックの音が響く。
 顔を上げたレイモンドが見たのは、決意に満ち溢れたアリシアと、その影に隠れるようにして部屋に入って来たブルーベルの姿だった。

「失礼します、レイモンド様。お時間取っていただき、ありがとうございます」

 美しいお辞儀カーティシーの後、アリシアはツカツカと部屋の窓に歩み寄り、カーテンに手をかけた。

「何を……」

「カーテンは開けるようにと、言っているじゃありませんか!」

「……開けて何になる。どうせ、いつもと同じ吹雪だ」

「あら、そうとは限りませんよ。……ほら!」

 勢いよく開けたカーテンから、真っ白な光が差し込んで来る。眩い逆光の中、窓際のアリシアの姿だけが、くっきりと際立って浮かび上がった。

「ほらね、お日さま! 光に当たると、気分まで明るくなるでしょう?」

 太陽のように、アリシアはレイモンドに笑いかける。
 その姿がレイモンドの頭の中で、かつてのメイドの「アリシア」と重なった。

 ・・・・・

「あー! 旦那さま、またカーテンを閉めっぱなしにして!」

 メイドのアリシアは勝手に執務室に入り込むと、いつも開口一番にそう言うのだった。

「開けたってしょうがないよ。どうせ吹雪だもん」

 まだ少年だったレイモンドがそう答えると、アリシアはプクリと頬を膨らませる。

「開けてみないと、分からないじゃないですか。やる前に決めつけるのは、旦那さまの悪いクセです! それに窓を閉め切ったままだと、気分まで落ち込んじゃいますよ!」

「でも……」

「あ! じゃあ、私がお日さまにお願いしてあげます! 私のお願いはよく効くって、孤児院でも評判だったんですよ」

 アリシアはそう言って指を組み、目を瞑って祈りを捧げる。
 やがていたずらっ子のような顔でレイモンドを見つめると、勢いよくカーテンを開いた。窓から差し込んでくる光に、レイモンドは思わず目を瞑る。

「わっ……眩しい」

「ね、晴れてたでしょう! 私のお祈りは、旦那さまの呪いにだって負けませんから! いつか、スノーグース領の吹雪もやませてみせますよ」

「ふふっ、そんなの無理だよ。僕より前の前の前の……ずーっと前の世代から、呪いのせいで銀世界なんだから」

「だからー、やってみないと分からないんですってば!」

 再び頬を膨らませるアリシアの顔を見て、レイモンドは笑い声を上げた。

「あはは! ……うん、ごめん。信じるよ。君なら出来ちゃう気がするもの。いつか僕に、春を見せてくれるんだものね?」

「もちろんです! 私を信じてくださいね、旦那さま。それだけで、百人力なんですから!」

 そう言って笑うアリシアの笑顔が眩しくて、レイモンドは目を細める。

 (本当は、晴れでも吹雪でも、どっちでもいいんだよ。ただ、太陽のようなアリシア……君さえ側に居てくれたら、それで十分なのだから。)
 
・・・・・

「……レイモンド様?」

 名前を呼ばれ、レイモンドはハッと我に返った。
 目の前のアリシアは白っぽいミルクティー色の髪の毛を揺らし、レイモンドの顔を覗き込んでいる。
 
 その髪色で、目の醒めるような赤毛の「アリシア」とは別人だと、ハッキリ分かるというのに。
 この女と愛しい「アリシア」を重ねてしまったのは、おそらく疲れのせいだろう……と、レイモンドは思い出を振り払うかのように首を振る。

「……それで、何の用だ。昨日みたいに、自分が『アリシア』だと主張しに来た訳ではあるまいな?」

 鋭い眼光に射すくめられ、アリシアの背中を冷たい汗が流れ落ちた。

「とんでもございません。昨日は、失礼いたしました」

 (今一瞬、自分が「ミーシャ」の体だって忘れかけていたわ! 普通に「アリシア」として振る舞っちゃったけれど……バレてないわよね?)

 アリシアはこほんと咳払いをすると、静かにスッと姿勢を正す。それは王妃教育で身に染み込ませた、貴婦人の姿だ。

「本日は、ブルーベル様のことで参りました。お嬢様としっかり……親子として、接していただきたいのです」

 レイモンドの眉がピクリと動き、ヨゼフが間に入るように慌てて声をかけた。

「奥様、それは……」

「親子だと言うのに、娘に触れもしないというのは何事ですか! それだけでなく、食事も別、寝室も別、遊びも話しもせず、顔を合わせる時間もない……。呪いに怯える気持ちは分かりますが、齢六歳の子供が、どれほど寂しい思いをされているのか分かりませんか?」

 静かに語気を強めるアリシアの袖を、ブルーベルが引っ張って止める。

「ミーシャさま。わたしなら、だいじょうぶです。それに、レイモンドさまは……」

「ほら! 父親だと言うのに『パパ』とも『お父様』とも呼ばず、遠慮がちなこの姿! まだまだ親に甘えたい年頃ですのに……」

 しゃがみ込んだアリシアは、ブルーベルを抱き寄せて頬擦りをする。レイモンドは額に手を当ててため息を吐き、二人から目線を外して言った。

「何か誤解があるようだが……。とにかく、その子と私は、関わるべきではないのだ」
 
「そんなこと、あるはずがありません! 呪いの辛さや寂しさを、真に理解出来るのはレイモンド様だけなのです」

 アリシアは再び立ち上がると、優しく、凛とした声でレイモンドに語りかける。

「幼い頃の貴方がして欲しかったことを、この子にしてあげてください。それが貴方をも、救うことになるはずです。……誰よりも貴方が、親子の愛や人の温もりを求めていたのではありませんか?」

 レイモンドの視線が、こちらを見つめるブルーベルとぶつかる。

 縋るようなコバルトブルーの瞳は寂しげで、哀しげで……幼い頃の自分を思い出させた。

 ・・・

 自分の中に突然現れた、得体の知れない呪いへの恐怖。いつか、人を傷つけてしまうのではないかという不安。それでも欲してしまう、人からの愛や温もりへの渇望。そして、孤独……。

 様々な感情を胸の中に押し込め、幼い頃のレイモンドは自分の殻に閉じこもっていた。いくら欲しても手に入らないならば、消えることがないのならば、その感情を殺してしまえと……屋敷の中で一人、いつか訪れる死をただただ待っていた。

 そんなレイモンドを救ったのが、メイドの「アリシア」だった。彼女は恐れることなく自分の手に触れ、髪に触れ、呪いなんて大したことはないと笑った。
 親からも他人からも見捨てられた自分を救ってくれた、ただ一つの太陽。
 
 ブルーベル……この子に、「アリシア」のような存在はいない。触れてくれる人も、愛してくれる人も。
 お互いのために関わらない方が良いと……そう思っていたが、この少女がどんな思いで生活しているか、考えたことはなかった。

 小さい体に、小さな手。この幼い体で自分と同じような寂しさを、たった一人で受け止めているなんて……とても耐えられたものではないだろう。
 自分も「アリシア」の思い出のおかげで、ようやくこの世界に踏みとどまっているようなものなのだから。

 ・・・

 レイモンドは立ち上がり、ゆっくりとブルーベルの前に跪いた。ブルーベルはビクリと体を震わせて、横にいるアリシアのドレスにしがみつく。

「……私が悪かった。関わるべきでないと決めつけて、お前の気持ちを想像したこともなかった……」

 レイモンドはそっと手を伸ばし、ぎこちなくブルーベルの手を取る。その手は、僅かに震えていた。

「手袋をしていれば、相手を凍らせることはない。分かってはいるのだが……怖かった。ブルーベル、お前なら分かってくれるだろう?」

 コクリと頷いたブルーベルを見て、レイモンドがほんの少しだけ、頬を緩める。

「お前が望んでくれるならば……これからは、共に過ごそう。同じ呪いを持つ者同士……今からでも、家族に、なれるだろうか?」

「……はい……おとう、さま……」

 ブルーベルは目を潤ませながら、呟くように頷いた。

 ・・・・・

 一同が退室してから、レイモンドは一人考え込んでいた。

 (あの「ミーシャ」という女……何者だ?)

 最初は貴族の娘らしからぬ、気弱で従順な娘という印象だったが……。その後の、「アリシア」を騙るあの事件。それを否定したと思えば、喜んでメイドとなろうとする奇行。

 そして怯えていたはずの自分に、凛とした態度で物申すあの胆力。
 ブルーベルと和解した時には、自分の事のように涙を流して喜び……レイモンドに対しても、優しく慈しむような微笑みを浮かべた。
 まるで「よく出来ました」とでも言うように。

 (人のために我を忘れて全力を注ぐあの姿と、全てを包み込むようなあの微笑み……。)

 再びかつての「アリシア」の姿と重なり、レイモンドはその思考をかき消すように首を振る。図らずも心を動かされてしまった気持ちも、胸から消し去るように。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。 彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。 干渉しない。触れない。期待しない。 それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに―― 静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。 越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。 壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。 これは、激情ではなく、 確かな意思で育つ夫婦の物語。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...