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第三十六話 病める時も、健やかなる時も
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「…………………………はい?」
「アリシアは貴方と同じようなグリーンの瞳に、淹れたてのアッサムティーのような紅い髪をいつもお下げにして……」
「ちょ…………っと待ってください。アリシア……さんは、メイドだったはずですよね?」
突然のことに、アリシアは回らない頭を必死に動かし、そう言葉を絞り出した。
「亡き妻」がアリシア……!? そんなはずは…………。
「なんだ、アリシアのことをご存知なのか?」
「ええ。その……セドリックに、色々と昔の事を聞きましたから……」
「そうか、なら話は早いな。仰る通り、アリシアはスノーグース家のメイドだった。俺が13才の時にこの家に来て……彼女が18になる年に、亡くなってしまった」
「ええと……お二人はご結婚、されていたのですか?」
いくら頭を振り絞っても、レイモンドと結婚した記憶は全くない。レイモンドはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「思い出すのも、辛い話なのだが……彼女は不幸な事故で、突然亡くなってしまったのだ。凍えるような冷たい水の中、たった一人で。そんなのは……太陽のような彼女に、相応しい死ではなかった……!」
レイモンドは声を荒らげ、銀の髪をガシガシとかき上げた。苦しげに長いため息を吐いた後、再び言葉を紡ぎ出す。
「俺は……自分が16になる年に、彼女にプロポーズする予定だった。彼女の事を……愛していたから。そのために、色々と準備もしていて……あと、たったの一ヶ月だったというのに」
「そ……んな……」
何とも言えない感情がアリシアの全身を襲い、身動きが取れなくなる。
レイモンドが自分のことを……愛していただなんて。
「冷たい水の中は、あまりにも彼女に相応しい最期ではなかった。だから……彼女の死後に、結婚式をしたんだ。一人で寂しくないように……いつまでも、心は共に居られるように」
レイモンドの想いに胸が熱くなり、言葉が詰まる。
彼の左手の薬指にはまっている指輪は、アリシアへの愛を誓うものだったのだ。死してなお、その愛は変わらないと言うように……銀の指輪は、美しく輝いていた。
「死後に結婚を行うと死者の世界に連れて行かれるとかいう話もあるが、それでも良いと思った。彼女の側に行けるのならば……。だが、アリシアは連れて行ってはくれなかったな。全く……優しすぎるのも考えものだ」
寂しそうに笑うレイモンドを今すぐ抱きしめたくなる衝動にかられ、ぎゅっと手を握りしめる。
同じ気持ちだったと、私も貴方を愛していたと、伝えられないのがもどかしい。「アリシアです」と言ったところで、信じてもらえる訳はないだろうから。
喉まで出かかった言葉を必死に抑え、「……そうなのですね」と小さく呟いた。
「だから……俺の心は、常に彼女と共にある。彼女以外愛するつもりはなかったが……貴方が、俺の元に来てくれた」
レイモンドは、アリシアの揺れる瞳を真っ直ぐに見つめる。
「貴方は、アリシアによく似ている。そのひまわりの瞳も、太陽のような笑顔も、人の愛し方も。貴方にどうしようもなく惹かれていることは確かだが……貴方にアリシアを重ねている部分が、無いとは言い切れないのだ」
レイモンドは手を伸ばし、恐る恐るアリシアの手に触れた。
「貴方を愛したいが、アリシアへの気持ちは、どうしても捨てる事が出来ない。こんな不誠実な俺でも……貴方を妻として迎えても良いだろうか?」
冷え切ったレイモンドの手のひらに、アリシアはそっと手を重ねた。レイモンドの温かな気持ちに、両の目から涙がこぼれ落ちてくる。
「ええ。人を愛する時に、たった一人と決める必要はないと、私は思います。子供へ、友へ、仲間へ……大切な人へ向かう感情は、形は違えど同じ愛の形ですし……。愛していた記憶や想いを無かったことにしてしまうのは、心がとても寂しいでしょう?」
重なった手のひらから体温が伝わり、レイモンドの手もじんわりと温かくなった。アリシアは目の前の夫を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「レイモンド様の想いを、大切にしてください。私が言うのも何ですが、アリシアさんも、きっとそう思っていると思います。心変わりしただとか、不誠実だとか、私達は決して思いませんから」
その微笑みがかつての「アリシア」と重なり、レイモンドは数度瞬きをした。二人を同一視してはいけないのに……やはり、心根が似ているのだ。
「妻らしい振る舞いも出来ない私ですが……妻として、迎え入れてくれますか?」
レイモンドはアリシアの手を力強く握り、大きく頷いた。
「ああ。俺の持てる全ての力をもって、貴方を大切にする。必ず……必ず幸せにすると誓おう」
二人は顔を見合わせ、確かめ合うように微笑んだ。
「アリシアは貴方と同じようなグリーンの瞳に、淹れたてのアッサムティーのような紅い髪をいつもお下げにして……」
「ちょ…………っと待ってください。アリシア……さんは、メイドだったはずですよね?」
突然のことに、アリシアは回らない頭を必死に動かし、そう言葉を絞り出した。
「亡き妻」がアリシア……!? そんなはずは…………。
「なんだ、アリシアのことをご存知なのか?」
「ええ。その……セドリックに、色々と昔の事を聞きましたから……」
「そうか、なら話は早いな。仰る通り、アリシアはスノーグース家のメイドだった。俺が13才の時にこの家に来て……彼女が18になる年に、亡くなってしまった」
「ええと……お二人はご結婚、されていたのですか?」
いくら頭を振り絞っても、レイモンドと結婚した記憶は全くない。レイモンドはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「思い出すのも、辛い話なのだが……彼女は不幸な事故で、突然亡くなってしまったのだ。凍えるような冷たい水の中、たった一人で。そんなのは……太陽のような彼女に、相応しい死ではなかった……!」
レイモンドは声を荒らげ、銀の髪をガシガシとかき上げた。苦しげに長いため息を吐いた後、再び言葉を紡ぎ出す。
「俺は……自分が16になる年に、彼女にプロポーズする予定だった。彼女の事を……愛していたから。そのために、色々と準備もしていて……あと、たったの一ヶ月だったというのに」
「そ……んな……」
何とも言えない感情がアリシアの全身を襲い、身動きが取れなくなる。
レイモンドが自分のことを……愛していただなんて。
「冷たい水の中は、あまりにも彼女に相応しい最期ではなかった。だから……彼女の死後に、結婚式をしたんだ。一人で寂しくないように……いつまでも、心は共に居られるように」
レイモンドの想いに胸が熱くなり、言葉が詰まる。
彼の左手の薬指にはまっている指輪は、アリシアへの愛を誓うものだったのだ。死してなお、その愛は変わらないと言うように……銀の指輪は、美しく輝いていた。
「死後に結婚を行うと死者の世界に連れて行かれるとかいう話もあるが、それでも良いと思った。彼女の側に行けるのならば……。だが、アリシアは連れて行ってはくれなかったな。全く……優しすぎるのも考えものだ」
寂しそうに笑うレイモンドを今すぐ抱きしめたくなる衝動にかられ、ぎゅっと手を握りしめる。
同じ気持ちだったと、私も貴方を愛していたと、伝えられないのがもどかしい。「アリシアです」と言ったところで、信じてもらえる訳はないだろうから。
喉まで出かかった言葉を必死に抑え、「……そうなのですね」と小さく呟いた。
「だから……俺の心は、常に彼女と共にある。彼女以外愛するつもりはなかったが……貴方が、俺の元に来てくれた」
レイモンドは、アリシアの揺れる瞳を真っ直ぐに見つめる。
「貴方は、アリシアによく似ている。そのひまわりの瞳も、太陽のような笑顔も、人の愛し方も。貴方にどうしようもなく惹かれていることは確かだが……貴方にアリシアを重ねている部分が、無いとは言い切れないのだ」
レイモンドは手を伸ばし、恐る恐るアリシアの手に触れた。
「貴方を愛したいが、アリシアへの気持ちは、どうしても捨てる事が出来ない。こんな不誠実な俺でも……貴方を妻として迎えても良いだろうか?」
冷え切ったレイモンドの手のひらに、アリシアはそっと手を重ねた。レイモンドの温かな気持ちに、両の目から涙がこぼれ落ちてくる。
「ええ。人を愛する時に、たった一人と決める必要はないと、私は思います。子供へ、友へ、仲間へ……大切な人へ向かう感情は、形は違えど同じ愛の形ですし……。愛していた記憶や想いを無かったことにしてしまうのは、心がとても寂しいでしょう?」
重なった手のひらから体温が伝わり、レイモンドの手もじんわりと温かくなった。アリシアは目の前の夫を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「レイモンド様の想いを、大切にしてください。私が言うのも何ですが、アリシアさんも、きっとそう思っていると思います。心変わりしただとか、不誠実だとか、私達は決して思いませんから」
その微笑みがかつての「アリシア」と重なり、レイモンドは数度瞬きをした。二人を同一視してはいけないのに……やはり、心根が似ているのだ。
「妻らしい振る舞いも出来ない私ですが……妻として、迎え入れてくれますか?」
レイモンドはアリシアの手を力強く握り、大きく頷いた。
「ああ。俺の持てる全ての力をもって、貴方を大切にする。必ず……必ず幸せにすると誓おう」
二人は顔を見合わせ、確かめ合うように微笑んだ。
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