36 / 41
第三十六話 病める時も、健やかなる時も
しおりを挟む
「…………………………はい?」
「アリシアは貴方と同じようなグリーンの瞳に、淹れたてのアッサムティーのような紅い髪をいつもお下げにして……」
「ちょ…………っと待ってください。アリシア……さんは、メイドだったはずですよね?」
突然のことに、アリシアは回らない頭を必死に動かし、そう言葉を絞り出した。
「亡き妻」がアリシア……!? そんなはずは…………。
「なんだ、アリシアのことをご存知なのか?」
「ええ。その……セドリックに、色々と昔の事を聞きましたから……」
「そうか、なら話は早いな。仰る通り、アリシアはスノーグース家のメイドだった。俺が13才の時にこの家に来て……彼女が18になる年に、亡くなってしまった」
「ええと……お二人はご結婚、されていたのですか?」
いくら頭を振り絞っても、レイモンドと結婚した記憶は全くない。レイモンドはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「思い出すのも、辛い話なのだが……彼女は不幸な事故で、突然亡くなってしまったのだ。凍えるような冷たい水の中、たった一人で。そんなのは……太陽のような彼女に、相応しい死ではなかった……!」
レイモンドは声を荒らげ、銀の髪をガシガシとかき上げた。苦しげに長いため息を吐いた後、再び言葉を紡ぎ出す。
「俺は……自分が16になる年に、彼女にプロポーズする予定だった。彼女の事を……愛していたから。そのために、色々と準備もしていて……あと、たったの一ヶ月だったというのに」
「そ……んな……」
何とも言えない感情がアリシアの全身を襲い、身動きが取れなくなる。
レイモンドが自分のことを……愛していただなんて。
「冷たい水の中は、あまりにも彼女に相応しい最期ではなかった。だから……彼女の死後に、結婚式をしたんだ。一人で寂しくないように……いつまでも、心は共に居られるように」
レイモンドの想いに胸が熱くなり、言葉が詰まる。
彼の左手の薬指にはまっている指輪は、アリシアへの愛を誓うものだったのだ。死してなお、その愛は変わらないと言うように……銀の指輪は、美しく輝いていた。
「死後に結婚を行うと死者の世界に連れて行かれるとかいう話もあるが、それでも良いと思った。彼女の側に行けるのならば……。だが、アリシアは連れて行ってはくれなかったな。全く……優しすぎるのも考えものだ」
寂しそうに笑うレイモンドを今すぐ抱きしめたくなる衝動にかられ、ぎゅっと手を握りしめる。
同じ気持ちだったと、私も貴方を愛していたと、伝えられないのがもどかしい。「アリシアです」と言ったところで、信じてもらえる訳はないだろうから。
喉まで出かかった言葉を必死に抑え、「……そうなのですね」と小さく呟いた。
「だから……俺の心は、常に彼女と共にある。彼女以外愛するつもりはなかったが……貴方が、俺の元に来てくれた」
レイモンドは、アリシアの揺れる瞳を真っ直ぐに見つめる。
「貴方は、アリシアによく似ている。そのひまわりの瞳も、太陽のような笑顔も、人の愛し方も。貴方にどうしようもなく惹かれていることは確かだが……貴方にアリシアを重ねている部分が、無いとは言い切れないのだ」
レイモンドは手を伸ばし、恐る恐るアリシアの手に触れた。
「貴方を愛したいが、アリシアへの気持ちは、どうしても捨てる事が出来ない。こんな不誠実な俺でも……貴方を妻として迎えても良いだろうか?」
冷え切ったレイモンドの手のひらに、アリシアはそっと手を重ねた。レイモンドの温かな気持ちに、両の目から涙がこぼれ落ちてくる。
「ええ。人を愛する時に、たった一人と決める必要はないと、私は思います。子供へ、友へ、仲間へ……大切な人へ向かう感情は、形は違えど同じ愛の形ですし……。愛していた記憶や想いを無かったことにしてしまうのは、心がとても寂しいでしょう?」
重なった手のひらから体温が伝わり、レイモンドの手もじんわりと温かくなった。アリシアは目の前の夫を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「レイモンド様の想いを、大切にしてください。私が言うのも何ですが、アリシアさんも、きっとそう思っていると思います。心変わりしただとか、不誠実だとか、私達は決して思いませんから」
その微笑みがかつての「アリシア」と重なり、レイモンドは数度瞬きをした。二人を同一視してはいけないのに……やはり、心根が似ているのだ。
「妻らしい振る舞いも出来ない私ですが……妻として、迎え入れてくれますか?」
レイモンドはアリシアの手を力強く握り、大きく頷いた。
「ああ。俺の持てる全ての力をもって、貴方を大切にする。必ず……必ず幸せにすると誓おう」
二人は顔を見合わせ、確かめ合うように微笑んだ。
「アリシアは貴方と同じようなグリーンの瞳に、淹れたてのアッサムティーのような紅い髪をいつもお下げにして……」
「ちょ…………っと待ってください。アリシア……さんは、メイドだったはずですよね?」
突然のことに、アリシアは回らない頭を必死に動かし、そう言葉を絞り出した。
「亡き妻」がアリシア……!? そんなはずは…………。
「なんだ、アリシアのことをご存知なのか?」
「ええ。その……セドリックに、色々と昔の事を聞きましたから……」
「そうか、なら話は早いな。仰る通り、アリシアはスノーグース家のメイドだった。俺が13才の時にこの家に来て……彼女が18になる年に、亡くなってしまった」
「ええと……お二人はご結婚、されていたのですか?」
いくら頭を振り絞っても、レイモンドと結婚した記憶は全くない。レイモンドはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「思い出すのも、辛い話なのだが……彼女は不幸な事故で、突然亡くなってしまったのだ。凍えるような冷たい水の中、たった一人で。そんなのは……太陽のような彼女に、相応しい死ではなかった……!」
レイモンドは声を荒らげ、銀の髪をガシガシとかき上げた。苦しげに長いため息を吐いた後、再び言葉を紡ぎ出す。
「俺は……自分が16になる年に、彼女にプロポーズする予定だった。彼女の事を……愛していたから。そのために、色々と準備もしていて……あと、たったの一ヶ月だったというのに」
「そ……んな……」
何とも言えない感情がアリシアの全身を襲い、身動きが取れなくなる。
レイモンドが自分のことを……愛していただなんて。
「冷たい水の中は、あまりにも彼女に相応しい最期ではなかった。だから……彼女の死後に、結婚式をしたんだ。一人で寂しくないように……いつまでも、心は共に居られるように」
レイモンドの想いに胸が熱くなり、言葉が詰まる。
彼の左手の薬指にはまっている指輪は、アリシアへの愛を誓うものだったのだ。死してなお、その愛は変わらないと言うように……銀の指輪は、美しく輝いていた。
「死後に結婚を行うと死者の世界に連れて行かれるとかいう話もあるが、それでも良いと思った。彼女の側に行けるのならば……。だが、アリシアは連れて行ってはくれなかったな。全く……優しすぎるのも考えものだ」
寂しそうに笑うレイモンドを今すぐ抱きしめたくなる衝動にかられ、ぎゅっと手を握りしめる。
同じ気持ちだったと、私も貴方を愛していたと、伝えられないのがもどかしい。「アリシアです」と言ったところで、信じてもらえる訳はないだろうから。
喉まで出かかった言葉を必死に抑え、「……そうなのですね」と小さく呟いた。
「だから……俺の心は、常に彼女と共にある。彼女以外愛するつもりはなかったが……貴方が、俺の元に来てくれた」
レイモンドは、アリシアの揺れる瞳を真っ直ぐに見つめる。
「貴方は、アリシアによく似ている。そのひまわりの瞳も、太陽のような笑顔も、人の愛し方も。貴方にどうしようもなく惹かれていることは確かだが……貴方にアリシアを重ねている部分が、無いとは言い切れないのだ」
レイモンドは手を伸ばし、恐る恐るアリシアの手に触れた。
「貴方を愛したいが、アリシアへの気持ちは、どうしても捨てる事が出来ない。こんな不誠実な俺でも……貴方を妻として迎えても良いだろうか?」
冷え切ったレイモンドの手のひらに、アリシアはそっと手を重ねた。レイモンドの温かな気持ちに、両の目から涙がこぼれ落ちてくる。
「ええ。人を愛する時に、たった一人と決める必要はないと、私は思います。子供へ、友へ、仲間へ……大切な人へ向かう感情は、形は違えど同じ愛の形ですし……。愛していた記憶や想いを無かったことにしてしまうのは、心がとても寂しいでしょう?」
重なった手のひらから体温が伝わり、レイモンドの手もじんわりと温かくなった。アリシアは目の前の夫を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「レイモンド様の想いを、大切にしてください。私が言うのも何ですが、アリシアさんも、きっとそう思っていると思います。心変わりしただとか、不誠実だとか、私達は決して思いませんから」
その微笑みがかつての「アリシア」と重なり、レイモンドは数度瞬きをした。二人を同一視してはいけないのに……やはり、心根が似ているのだ。
「妻らしい振る舞いも出来ない私ですが……妻として、迎え入れてくれますか?」
レイモンドはアリシアの手を力強く握り、大きく頷いた。
「ああ。俺の持てる全ての力をもって、貴方を大切にする。必ず……必ず幸せにすると誓おう」
二人は顔を見合わせ、確かめ合うように微笑んだ。
11
あなたにおすすめの小説
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。
稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」
兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。
「取引……ですか?」
「ああ、私と結婚してほしい」
私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか……
ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。
* * * * * * * * * * * *
青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。
最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。
リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。
※ゆる〜い設定です。
※完結保証。
※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる