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第二話 勇者、隣国で再起をはかる

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手足を拘束する縄を小石で何とか断ち切り、俺は隣国「フルミナ国」に入国することにした。

 一緒に捨てられていた荷物の中には、ご丁寧に俺の冒険者カードが入れられていた。ジョブ名は「剣士」とされ、出身国は別の国に変えられていたが。

 荷物の中には、王から投げ置かれた金貨の袋も入っている。当面の生活には困らない額だ。

「……別の場所で暮らせるように手厚く支援してやるから、絶対に国には帰ってくるなよ、ってことか……」

 袋を固く握りしめ、地面に叩きつけたくなる衝動を抑える。
 
 今まで何の為に、血の滲むような思いをしてきたのか……。仲間や祖国で出会った人達の笑顔が浮かんでは消え、生きてきた意味、全てが分からなくなっていた。

「……どうされましたか?」

 鈴を転がすような軽やかな声に振り向くと、小柄な獣人の少女が首を傾げていた。ふさふさと広がるチョコレート色の髪の間から、リスのような可愛らしい耳がのぞいている。

「あ……えっと、この国に入ろうと思うんですけど、来たのが初めてで……」

「ああ、それなら大丈夫ですよ! 私、フルミナの住人なので……必要なら、一緒に手続きしてあげられますから、心配いりません!」

 少女は、むふ!と得意げに胸を張った。小さなリス耳が、ピンと元気よく空を向いている。

「私、リコリスって言います。あなたは?フルミナの出身ではないと言うことですよね」

「俺は、カナタです。■■■国から来て……」

 国名を告げようとしたが、上手く言えない。勝手に変な音に変換されてしまうようだ。

「あれ?■■■……■■■国から……」

 もしかしたら、マリアが別れ際にかけた魔法に、国名を名乗ることを禁止する効果があったのかもしれない。
 祖国だと言うことさえ……許されない、のか。

「ええと……無知で申し訳ないですが、私の知らない国みたいですね。上手く聞き取れなくて……ごめんなさい」

「いや、いいんだ! もう、関係のない国だから……」

 リコリスは少し寂しそうな顔をして、首を傾ける。

「そうですか? 何だか、訳ありのご様子……。うーん、まあとにかく、とっとと入国手続きしちゃいましょう!ほら、レッツゴー!」

「わ! わあ、ちょっと待ってくれ!」

 リコリスの小さな手に引っ張られ、俺はフルミナ国の地を踏んだ。

・・・・・・・・・・

 入国審査は問題無く済み、リコリスが王都を案内してくれる運びとなった。

 フルミナは多様性の国で、獣人やエルフ、ドワーフに精霊まで……幅広い種族が生活していた。
 
 祖国と違って、生まれた子供一人一人にスキルが宿るということもないらしい。スキル無しになってしまった俺は、ひっそりと胸を撫で下ろした。

 花とフルーツで溢れる美しい国は、祖国と何もかもが違った。目に映る新しい世界が、沈んでいた心に光を灯してくれるのを感じる。

 ──世界は、祖国だけじゃない。ここで、新しく人生をやり直すのも良いかもしれない……。

「どうです? フルミナ、素晴らしいでしょう? 心機一転には、もってこいの地です!」

 リコリスが俺の顔を覗き込み、大きな丸っこい目を細めて微笑んだ。もふもふとした尻尾が、ご機嫌に左右に揺れている。

 俺が凹んでいるのを察して、励ましてくれているのか……。仲間に捨てられ荒んだ心に、その優しさが沁みる。

「ああ……そうだな。生まれ変わったと思って、やり直すのも良いかもしれない」

 宿場で働いているというリコリスの勧めで、今夜はそちらに泊まることとなった。お金もあるし、しばらくは王都でゆっくりするのも良いかもしれない……。

・・・・・・・・・・

 そこからトントン拍子で、俺は再び冒険者の道を歩むことになる。

 数日後、宿屋で食事をしていると、髭面のドワーフに「パーティに入らないか」と声をかけられた。買っておいた大剣で、剣士と分かったようだ。
 いずれ何らかの方法で生計を立てなければならないと思っていた俺は、二つ返事で了承する。

 ・・・・・

 勇者としてのスキルは無くなっても、今まで培ってきた剣の技術が失われることはなかった。
 誘ってくれたパーティの仲間は優秀で、フルミナ国各地の魔獣を討伐し、次第に名を上げていく。

 以前俺が倒した魔王は祖国内だけで猛威を奮っていたようで、他国に討伐の恩恵はなかったらしい。この国にはこの国の、魔王や魔物がいるのだ。

 新しいパーティの仲間には、かつて祖国で勇者と呼ばれていたことは告げなかった。祖国内で完結している武勇伝に意味はないし、何より新しい自分としてやり直したかったのだ。
 過去を語らない俺を、仲間は大きい懐で受け入れてくれた。

「お前がどんな過去を生きてきたか知らないが……その体と剣の太刀筋で、どんだけ努力してきたかは分かるぜ。冒険者は、多くを語らない方が粋いきってもんよ!」

 ドワーフのバッカスは、俺の背中を力強く叩いて笑った。
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