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第二章 白き聖女の誕生編

第二十六話 聖女降臨のあとしまつ

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「……リラ、リラ!起きてるんでしょう?」

 寝たフリをしていたら本当に寝てしまったリラは、その声でハッと目を覚ました。ノアが心配そうに顔を覗き込んでいる。

「……本当に寝ていたの?」

「ええと……名乗りを終えた後から、何も覚えていません……?」

 記憶がないふりをしながらも目が泳いでいるリラを見て、ノアは微笑む。全てお見通しなのだろう。
 
 リラは教会の端に置かれた椅子に座らされており、周りには家族とノア、アレクが立っていた。少し離れた所で、神官達が様子を伺っている。
 洗礼式は終わったらしく、参加者は誰も残っていなかった。

 ふと自分の髪に目を落とすと、色はいつものアメジスト色に戻っていた。しかし毛先だけが真っ白で、全体がグラデーションのようになっている。そのうち元に戻るのだろうか?

「リラ、体は大丈夫ですか?……何が起こったかは、後で話しましょう」

 小声で囁くサフランに、リラは頷きで応える。

「……あれも予定通り?先見でわかっていたのですか?」

「ち、ちがいます!神さまが勝手に……」

 リラが涙目でブンブンと首を振っていると、司祭が近づいて来た。

「……聖女様、御気分はいかがですかな?大丈夫なら、少しお話を……」

「教会には入りませんからね!」

 食い気味にそう言ったサフランは、リラの体を抱きしめてキッと司祭を睨みつける。
 
 司祭は先ほど寄付金の横領を暴かれたばかりだが、神官達はいつも通りに付き従っている。教皇庁に話が伝わった後、お咎めがあるのだろうか。

「……わたしからも、お話したいことがあります。この石のことです」

 リラが首元にかかっていたネックレスを外し、司祭に差し出す。司祭は懐から老眼鏡を取り出して、まじまじとネックレスを眺める。

「……ダイヤモンドですな。やけに輝きが強いようじゃが、これが?」

「……神聖力が付与してあります。これを身につけると、ヒールがかかっている状態になります」

「……奥の部屋で話しましょうぞ」

 小声でそう言った司祭は、聖堂の脇にあるドアを開けて中に先導する。いくつかのドアを通り過ぎた先の小部屋に通され、リラ達はソファに腰掛けた。

 しばらくすると、礼拝服を着たマスカット色の髪の少年が紅茶を運んできた。おぼつかない手つきで皆にお茶を出すと、ぺこりと頭を下げて急いで退室しようとする。

「あ!フレッド……?」

 テディが突然立ち上がり、少年に声をかけた。フレッドと呼ばれた少年はテディのことがわからないようで、怪訝そうな表情で見つめるばかりだ。

「あの、ぼく……セオドア。前とちょっと髪色は違うんだけど……」

 テディは認識阻害帽子と眼鏡を掛けているため、今は茶髪で茶色の目をしていた。神官達の前で白髪を晒す訳にもいかず、ぎこちない笑顔で小首を傾げる。

「……あ!テディか!?お前なんでここに……」

「色々あって……元気そうで良かった。みんなは?」

「その……みんな元気だよ、教会のおかげで……」

 フレッドは話しながら、神官達の方をちらちらと窺っている。まだ話したいような様子だったが、そのまま後ろに下がって退室してしまった。

「……あとで、あの少年と話したい。時間を作ってくれ」

 ソファに足を組みながら座っているアレクがそう言うと、司祭は怯えながら「は、はい!」と勢いよく返事をした。

「あの……ダイヤのことなのですが、良いですか……?」

「ああ、そうじゃったそうじゃった。聖女様、神聖力が付与してある、というのは……?」

 リラが聖石の効果について話すと、神官達は驚いた様子で顔を見合わせた。ノアとアレクには事前に報告をしてあったため、特に反応は無い。

「その聖石は、どのように作るのです?普通のやり方だと、ダイヤに神聖力付与は出来ないはずじゃが……」

「ええと……方法は……」

「聖女であるこの子と、弟であるセオドアだけが付与することが出来ますの。この子も神聖力が強いので……言っておきますが、セオドアも教会には入りませんからね」

 子供達の肩を抱き、サフランが割って入ってきた。にこやかな表情だが、目だけが笑っておらず恐ろしい。
 神官達は母の威圧感に押され、揃って姿勢を正した。よく見えていないのか、司祭だけが元の調子のまま話を続ける。

「聖女様を疑うわけではありませんが、効果を見ないわけには何とも……」

「信じられないのはもっともです。ええと、では……」

 リラがポシェットからソーイングセットを出し、目を瞑りながらこわごわと指に針を刺そうとすると、周りが慌てて止める。

「待ってリラ!僕が!」

「いやぼくがやります、お姉さま!」

「いやいや、俺がやろう!大人だからな!」

 結局マシューが傷を作ることになったが、痛い事が苦手なマシューは、リラと全く同じ表情でプルプルと震えながら小刀を指に近づける。
 大袈裟に怖がるマシューの様子を見て、周りは無駄にハラハラすることとなってしまった。

 小刀をスッと引くと、指先に一直線、ほんの少しだけ血が滲む。
 出血箇所を遠ざけて薄目で見ながら、マシューはネックレスを握りしめた。するとみるみるうちに傷が塞がっていく。笑顔に戻るマシューを見て、一同はホッと胸を撫で下ろした。
 
「ヒールがかかった状態になるというのは、間違いないようですな。……それで、聖石をどうするおつもりですかな?無料で配布されると、教会の仕事が無くなり、立ち行かなくなるのじゃが……」

 司祭が小声で、ゴニョゴニョと言葉を濁しながら呟く。暗に、迷惑だからやめてほしいということだろう。

「こちらは、教会に卸すという形で考えております。教会から、信者さんたちに売っていただくことはできますか……?」

「なんと!願ってもいないことです!」

 司祭は手を擦り合わせながら、目を輝かせた。

 値段交渉はリラたちの言い値で進み、卸値は予定通り「通常のヒール代+ダイヤや装飾具の原材料代」に決まった。
 実際に信者に販売する値段は、卸値に通常のヒール代×0.5を足した金額になる。教会が一つ聖石を売れば、差額分だけ儲けが出る計算だ。
 
「くれぐれも……販売価格を上げないようにしてください。販売価格が高くなっているという噂を聞きましたら、卸を一切中止します。地方の教会まで、しっかり管理してください」

「わ、わかりました……」

 リラの真っ直ぐな視線に射抜かれ、司祭は曲がった体を縮こめる。王都で一番大きい教会を任されているくらいだから、本当はそこそこ権力を持った司祭なのだろう。

 交渉が終わりリラたちが席を立とうとすると、司祭がリラの腕を掴んだ。

「聖女様……教会に入らないのは分かりましたが、どうか民衆を助けると思って、時々こちらに来てくれないでしょうか。ヒールが必要な人も絶えないので……」

 リラはサフランと顔を見合わせた後、微笑みながら応える。

「ヒールが必要な方が現れたら、参りましょう。歩けないほど大病の方がいらっしゃいましたら、わたしから訪ねますので連絡を……」

「おお、なんと!聖女じゃ、聖女じゃ!」

 司祭がリラの両手を掴んでぶんぶんと上下に振るのをノアとテディが止めて、交渉は終了となった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……いやあ、それにしても……さっきのリラはすごかったよ!神々しかった!」

 教会から解放され、暖かい外に出たノアは伸びをしながらそう言った。テディとアレクは先ほどのフレッドと話をするため、まだ教会に残っている。

「あれは、神さまが──ねえ、そんなに変でした!?」

 涙目で詰め寄ると、ノアはよしよしとリラの頭を撫でる。

「変というか……まさしく聖女だなと思った。夢みたいだったけど……見た人みんなそう思ったと思うよ!すごい勢いで噂が回ってるんじゃない?」

「ああ……わたしの平穏な生活が……。普通に幸せに生きていくという目標が……」

 リラは地面に膝をついて、よよよと泣き崩れる。
 
 ──ダイヤさま、これ、幸せな未来に……望まれたエンドに向かっているのですか……?

 マシューがリラを抱き起こして脇に抱え、膝についた土を手で払う。

「なあに、ちょっと有名なくらいどうってことないさ!俺もサフランも、王都じゃそこそこ有名人だからな!」

 マシューの太陽のような笑顔を見て、リラは苦笑する。伝説の元騎士団長も、王国一の敏腕女性領主も、有名人に違いない。王都を歩けば、そこかしこで声をかけられている。

 ──そんな両親の娘ならば、聖女じゃなくても噂の的かもしれませんね……。
 と、リラは前向きに捉えることにする。そうしなければ、やっていられない。

 しょんぼりと肩を落とすリラの目線に合わせて、サフランがしゃがみ込んで言った。
 
「……とりあえず、今日は花祭りです。気分転換に、二人でお祭りを見て回ってきてはいかがですか?」

「え!いいんですか?行こうよ、リラ!」

「ノアも王族と公表された訳ですし、二人とも素性を隠さずに出歩けるのは、今日で最後かもしれませんし……」

 サフランのその言葉に、二人は小さくうめき声をあげる。

「ま、まあ……とにかく、今日はめいいっぱい楽しもう!デートしようよ、リラ!」

「え!ええ……!?」

 ノアが赤面するリラの手を取り、街の中心地へと駆け出す。

「三時に噴水広場に集合ですよー!あまり羽目を外しすぎないようにね!」

 サフランの声が遠くに聞こえる。二人の小さな白い天使たちは、あっという間に人混みへと消えていった。
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