山ちゃんと私

ひゃくえんらいた

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山ちゃんと私と約束

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「俺、転校することになった」

 放課後、私と山ちゃんは秘密基地でカードゲームをしていた。
 中は私たちの体温でじめっと蒸し暑い。
 コンクリート山を叩く雨粒と降り注ぐ音が遠くからも近くからも聞こえる。
 ひんやり冷たい壁に、土と苔が湿った匂いがつんと鼻をつく。
 目の前の山ちゃんは、手元にあるカードを見つめたまま目を合わせずに呟いた。

「……えっと、なんて?」

 新しいカードを山からめくって、私はわざと明るい声で言った。

「月末には引っ越す。県内だけど、ちょっと遠いとこ」

 少し背が伸びたせいか、トンネルの中は前よりも窮屈だった。
 だから逃げようにも素早く動けないし、もだもだ逃げ出すのは格好悪い。
 それでも聞きたくない、信じたくないって気持ちが強くて、私は俯く。
 眉の間にぐっと力を込めて、湧き上がってくるモヤモヤとした気持ちが溢れないように息を止め、手も止めた。

「なっんで? 急すぎじゃん」
「実は結構前に決まってた。クラスには明日先生から言う」

 私の声は震えてしまっていたと思う。
 見れば強く握ったせいか、取ったカードは少し折り目が付いてしまっていた。
 お気に入りのカードだったのに。

「そっか」
「うん」

 それ以上は何も言えなかったし、山ちゃんも何も言わなかった。
 だからぽたぽたと雨が草木に落ちるリズミカルな音に耳を澄ませる。
 なんでだろう。ぼんやりとそう思った。
 この街にはたくさん家があって、たくさん人が住んでるのに、なんで山ちゃんなんだろう。
 他の人が、引っ越すんだったら、良かったのに。
 カードの絵が少しだけぼやけ始め、慌てて目を擦り、鼻からずっと息を吸った、その時。

「これ、やるよ」

 目の前に差し出された山ちゃんの手には、前に一緒に行った小川で見つけた石が乗っていた。
 白の奥の方が緑色をした、綺麗な石。

「それ、絶対くれなかったやつじゃん」
「いいから!」

 戸惑っていたら、少し無理やり腕を掴まれ、強引に石を掴まされた。
 だけどこんなの、逆に寂しくて嫌だ。
 石なんかいらない、そう思って山ちゃんを睨もうとした。

「絶対戻って来るからっ、その時にそれ返せよ」

 そう言った山ちゃんは、笑っていた。
 だけど手はぎゅっとコンクリートを掴むようにしてて、声は震えて、眉毛もちょっとだけ八の字になっている。
 私も石をぎゅと握った。
 冷たいはずの石の感触が、山ちゃんの約束で温かい。
 そっか、山ちゃんも寂しいんだ。

「……絶対、戻って来てよね! 忘れんなよ!」
「ったりまえだろ! この勝負、勝ち逃げじゃお前に悪いしな!」
「は!? バカ! 勝つのは私だし!?」

 私はキっと睨んで笑った。

「何言ってんだ、俺の勝ち逃げに決まってるだろ!」

 山ちゃんはニヤッと笑った。
 それから私たちは笑って、遊んで、雨の音が聞こえないくらい騒いで。
 帰る頃にはすっかり雨は上がって、夕焼け空は眩しいくらい橙色に染まり、くすっと笑えばまた会える気がして、胸がじんわりした。
 帰り道、ひぐらしがかなかなと鳴いている。
 そして山ちゃんは、遠い街へと引っ越して行った。


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