真贋の鍛冶師~偽物だとギルドをクビになった伝説の鍛冶師の弟子は、偽物だらけの町から田舎に帰って『本物』を探します~

長尾 隆生

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クビになった鍛冶師、『本物』と出会う

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「ティルト、お前はクビだ」

 辺境の町サイ。
 その冒険者ギルドに併設された簡易的な鍛冶工房で、冒険者から預かった剣を打ち直していた僕に突然そんな声が掛かった。
 声の主はギルドマスターのカースィだ。

「え? クビってどういう……」
「そのまんまの意味だ。給料泥棒のお前には今日でこのギルドを辞めて貰う」
 
 突然言われたそんな言葉に僕が唖然としているとギルマスはまくし立てるように続ける。

「低レベルの武具ですらまともに修理出来ねぇお前を雇い続けてたのには理由がある」
「理由?」
「ああ。お前があの伝説の鍛冶師ガーディヴァルの孫で、その弟子だったと言うから雇ったんだぞ」

 伝説の鍛冶師。
 僕の爺ちゃんはそう呼ばれていた凄腕の鍛冶師だった。

 世界を股に掛けて活躍する五つ星冒険者や伝説級の活躍をした騎士。
 そんな猛者たちがこぞって愛用していたのが爺ちゃんが作った剣や盾、鎧だった。

「だから俺はお前のその言葉を信じて雇ってやったが、一年経っても新米鍛冶師に毛が生えた程度の仕事しか出来てねぇじゃねぇか」
「でも、それは偽物ばかりだから……」
「偽物? どれもこれも本物だろうが。それは剣一つ禄に修理も出来ない言い訳か? 見苦しい。本当にお前はガーディヴァルの弟子なのか?」

 大声で怒鳴るカースィの声にギルドにいた冒険者や職員たちがこちらを見る。
 その目は大声を上げているギルマスに対して非難の色はない。
 それどころか彼の目の前で反論しようと口をもごもごさせている僕が悪いと言わんばかりで。

「とにかくもう我慢の限界だ。ギルドと言っても慈善事業じゃねぇんだ。明日には荷物を纏めて出て行ってくれ」

 カースィはそれだけ言い残すと大きく足をとを立てながら階段を上って自室に帰っていく。
 残されたのは僕に向けられた哀れみと嘲笑の視線。

「……とにかくこの剣だけでも直さないと……これはやっと僕に巡ってきた『本物』なんだから」

 僕はその視線を振り切るように目の前の剣に向けて鎚を振り下ろす。
 この場所はちょっとした刃こぼれのようなものを直すためだけにある鍛冶場で、設備も普通の鍛冶場に比べてなにもない。
 しかも基本的にお金のない新米冒険者が、その安さだけで持ち込んでくるような場所である。
 持ち込まれる武具も店では二束三文で売られているような中古品か、新品でも無名の鍛冶師見習いが作ったような物ばかり。

「でもこの剣は違う」

 昨日僕の前にやってきたのは一組の新米の冒険者パーティだった。
 見るからに駆け出しでお金もなく、中古品の装備で身を固めた彼ら。
 そのうちの一人でアービーと名乗った青年が僕に修繕を依頼してきたのがこの剣である。

 その剣は、彼らが今装備している武具よりも更にボロボロで、所々に錆びが浮いているような代物だった。
 アービーの腰には別の剣がぶら下がっている所を見ると、流石に手渡してきたその酷い状態の剣を今まで使っていたわけではない様子。

「この剣を直して欲しいんだけど」

 アービーはその勇敢そうな見かけに似つかわしくない弱い声でそう告げた。

「出来れば私はその剣を使いたいんだ」

 本来ならこんな剣を使うくらいなら安い中古の剣を買った方が早いとおもわせるものだった。
 だけれど彼はその剣を使うために僕に修繕して欲しいと言ったのだ。

「この剣は僕の曾祖父が冒険者をしていた時に使っていた剣らしくて、元々はかなりの業物だったと父から聞いたんだ」
「……」
「やはり無理かな?」

 彼は無言で手にしたボロい剣を見ている僕を見てそう呟くと肩を落とす。

「アービー、もう諦めましょうよ」
「これでもう何件目だっけ」
「町の鍛冶屋も含めて四件目かな。どこでもお金の無駄だって言われたじゃないか」

 アービーの仲間たちが彼に諦めるように言う。

「……無理なら諦め――」
「やりますよ!」

 諦めの声を僕は思わず強い声で遮る。

「えっ」
「やります。やらせてください」

 僕は顔を上げ真っ直ぐにアービーの目を見つめ返す。
 そして手にした剣を大事に抱え込むとこう宣言した。

「明後日、取りに来てください」
「明後日!? そんなに早く出来るのかい?」
「出来ます。といってもここの設備で出来る範囲ですが、ある程度使えるようには出来るはずです」

 僕はそう返事をしながら周りに目を向ける。
 炉すらもなく、最低限の金床と鎚しかないこの場所でも僕の脳は出来るとそう判断した。

「わ、わかった。それじゃあお願いするよ……」

 アービーはそう言うと僅かに顔をほころばせ、仲間たちと共にギルドを出て行く。
 その背中を見送りながら僕はこの町に来て初めて手にした『本物』に目を輝かせた。

「約束は明日だけど、なんとか間に合いそうだな」

 僕はつい先ほどギルドマスターに告げられた言葉を忘れて、目の前の剣に見入る。
 昨日アービーから預かった時は錆びだらけだったその刀身は、錆びも落とされて鈍器として使うには問題なさそうな状態には出来ていた。
 だけれど僕の頭の中にはこの剣の真の姿が浮かんでいる。

 聖剣『アーヴィン』。
 それがこの剣の正式な名前だ。

 いつからだろう。
 僕は武具を手にすると、その武具の力がわかるようになっていた。
 昔、まだ祖父が生きていた頃、そのことを祖父に話すと実は祖父も同じ力を持っていると教えてくれた。
 この力のことを祖父は『真贋』と呼んでいた。
 それは『スキル』と呼ばれるものなのだと思う。

『スキル』というのは、人々の中でごく希に発現する異能のことだ。
 その力は千差万別で、とんでもなく便利なものから鼻毛を少し伸ばせるとか言う使い道のないものまである。
 一説には実は人は誰もがスキルを持っていて、その中で効果が目に見えてわかるスキルだけが『発現』していると思われているだけだという。
 前述の鼻毛を伸ばすスキルも、本人が意識して気が付いていなければスキルとは誰も思わなかったろう。
 つまりそういうことである。

「ここの設備じゃ君の力を完全に取り戻すことは出来そうに無いけど……」

 僕はアーヴィンに語りかけながらその刀身を撫でる。
 するとまだ磨かれていない刀身に淡い光が宿った。
 それはまだこの剣が死んでいない証し。

「今僕にできるだけのことはするよ」

 そう呟きながら金床に剣を横たえる。
 ここからは聖剣アーヴィンの真の力を取り戻すための戦いだ。

「これが最初で最後の仕事になるかも知れないんだ。全てを注ぎ込んでやる」

 僕は道具袋から赤銅色の鎚を取り出した。
 それは祖父であり師匠であるガーディヴァルから受け継いだ鍛冶師の魂。

「やっぱりこの剣相手なら力を貸してくれるんだね」

 手にした鎚から伝わってくる熱は、鎚自身がこの仕事をやりたがっている証しだ。
 この町に来てから様々な武具を手にしたが、どれもこれもこの鎚を『本気』にさせたものはなかった。
 だがこの剣は――アーヴィンはやはり『本物』だ。

「行くよ!」

 僕は鎚を大きく振りかぶるとアーヴィンの刀身へ振り下ろす。
 鎚と一体化した僕には、どこへ、どの程度の力で打ち下ろすのが『正解』なのかが手に取るようにわかるのだ。

 カーン!
 カーン!
 カーン!

 鎚の音が簡易鍛冶場に響く。
 一心不乱に刀身に鎚を打ち付けるその姿は、端から見ればギルドマスターにクビを言い渡された腹いせに、怒りを叩きつけているように見えるかも知れない。
 だけれど違う。
 今の僕はそんな邪念など一切無い。

「いいぞ。君の真の姿を見せてくれ」

 鎚を振るう度に現れる聖剣の真の姿に、ただただ夢中になっているだけで。
 僕はその日、カースィに今日は閉店だとギルドを蹴り出されるまで鎚を振るい続けたのだった。
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