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第一部最終話 二人の旅人
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彼女は、その小さな体が背負うには些か大きめのリュックサックをマーシュから受け取って、すこしふらつきながら背負って俺たちの前までやってくると大きく頭を下げた。
「遅くなってすみません」
「いや、今来たところだ」
「え? そうなんですか?」
前世では一度も使う機会が無かった『一度は言ってみたい台詞』がつい口から出てしまった。
「気にすんな。それよりも荷物は俺が持つよ」
きょとんとした表情で首を傾げるサンテアの手から荷物を奪い取る。
荷物は思ったよりずっしりとしている。
中に何が入っているのかはわからないが、十歳そこそこの女の子が背負って旅をするにはキツすぎるだろう。
「アンリ様」
「ありがとなマーシュ」
「いえいえ。それよりも本当に行ってしまわれるのですね」
寂しそうに目を伏せるマーシュの肩に、俺は手を置く。
「後は任せた」
「正直、かなり荷が重いですがね」
ただの商人でしか無かったマーシュに、色々なことを頼みすぎているのは確かだ。
一応、旅立つ前に冒険者ギルドや商業ギルド、それに領主には極力彼に協力するようには申しつけてある。
それにディードリアスたちも手伝いをしてくれるだろうし、なんとかなるだろう。
「どうしょうもなくなったら連絡してくれたら助けに来るさ」
「どうやって連絡すればいいんですかね。一応次に行く街は聞いてますけど」
「そうだな……」
俺は横目でサンテアを見る。
彼女の中には駄女神エルラードが宿っている。
「教会で女神様に祈ったら、たぶん俺に連絡が届くんじゃないかな」
「女神様ですか?」
「ああ、たぶんだけど」
サンテアの中にいる女神についてはサンテアと彼女の担当医以外には教えていない。
今回の旅にサンテアが同行する理由も、他のやつらには彼女の病気を完全に治すために王都の医者まで俺が連れて行くためと言ってある。
医者にはその芝居を打って貰う為にエルラード自身が協力してくれるように頼んだわけだ。
『どうして秘密にしておく必要があんだよ?』
『ばかもん! 自分たちの崇めている神が力をなくしてるなんて知られたらどうなると思っておるんじゃ』
『俺なら信者止めて別の神に鞍替えするな』
『そういうことじゃ』
あのときのエルラードの情けない顔といったらなかったな。
俺は少しだけ過去の光景を頭に浮かべつつ話を続けた。
「理由は言えないけど、俺は女神様とちょいとした知り合いでな。だから女神様伝いで連絡は付くと思う」
「女神様と!? そんな……いえ、アンリ様なら女神様の知り合いというのも不思議じゃ無いですね」
さすがマーシュ。
俺とこの世界で伊達に一番長く付き合ってるわけじゃない。
「それじゃあそろそろ行くか」
「きゃっ」
サンテアの体を持ち上げると肩の上に座らせる。
「鉢巻きでも掴んでな」
「はい」
サンテアが掴みやすいように加工した鉢巻きを俺は頭に巻いていた。
馬車や馬も考えたが、そもそも俺は馬に乗ったことがない。
御者を雇えばいいとマーシュにも言われたけれど、結局は俺自身の足が一番楽だという結論に達した。
「それじゃあな」
「いってきます。みんな」
別れの言葉を告げる。
子供たちの何人かはすでに泣き出していて、年長者がそれを慰めている。
そんな年長者たちの目にも薄らと涙が浮んでいて。
俺との別れをそれほどまでに惜しんでくれることに嬉しさと寂寥感が押し寄せる。
だが俺は行かなくちゃならない。
肩の上でサンテアも声を抑えて泣いている。
自分から行くと言った彼女も大人びていてもまだまだ幼い子供だ。
これから先、見知らぬ土地に向かう不安もあるだろう。
「大丈夫だ。俺が一緒だからな」
「……グス……はい……信じてます」
ぎゅっと俺の鉢巻きを握る手の力が強まったのを感じる。
その信頼を裏切るわけには行かない。
徐々に遠ざかる街。
その開かれた門の内側から見送る仲間たちの姿がどんどん小さくなっていく。
「サンテアはあの街を出るのは初めてなんだよな」
「はい。私はずっとあの街で育ちましたから」
「だったら俺と一緒だな」
「え?」
「俺だってこの世界のことはあの街とその周辺くらいしか知らないからな」
「そうでしたね」
女神をその身に宿す彼女には俺の境遇は既に伝わっている。
「私、皆と離れることになってとても寂しいけど……」
サンテアは道の先に目を向けて続ける。
「でもこれからどんな世界に出会えるのか楽しみでしょうが無い自分もいるんです」
「俺もだ」
異世界にやってきて色々なことがあった。
だけど俺がこの世界で過ごした時間は、まだほんの僅かである。
俺はまだこの世界の極々一部しか知らない。
それはあの町でしか生きることを許されていなかったサンテアも一緒だ。
だからこの旅は共に楽しんで行こうじゃ無いか。
たとえそれが女神が力を取り戻すまでの短い間だったとしても。
彼女にも。
そして俺にもきっとかけがえのない思い出になるだろうから。
「飛ばすぞ! しっかりつかまれ!」
「はい! 落とさないで下さいね」
「大丈夫っ。そりゃっ!」
街道を土煙を上げて走る俺たちが最初に目指すのは隣り領の領都アブリル。
港町で魚介類が名産だと聞いている。
「街に着いたら魚食うぞ!」
「魚は私あまり得意じゃ無いです」
「サンテアは川魚しか食べたこと無いだろ? 海の魚はもっと美味しいんだ」
いつしか彼女の瞳から涙は消えて。
俺の話す魚料理に子供らしい好奇心が代わりに芽生えていくようで。
「楽しみです」
そうして俺たちの、この世界の全てを知る旅が始まったのだった。
~ 完 ~
「遅くなってすみません」
「いや、今来たところだ」
「え? そうなんですか?」
前世では一度も使う機会が無かった『一度は言ってみたい台詞』がつい口から出てしまった。
「気にすんな。それよりも荷物は俺が持つよ」
きょとんとした表情で首を傾げるサンテアの手から荷物を奪い取る。
荷物は思ったよりずっしりとしている。
中に何が入っているのかはわからないが、十歳そこそこの女の子が背負って旅をするにはキツすぎるだろう。
「アンリ様」
「ありがとなマーシュ」
「いえいえ。それよりも本当に行ってしまわれるのですね」
寂しそうに目を伏せるマーシュの肩に、俺は手を置く。
「後は任せた」
「正直、かなり荷が重いですがね」
ただの商人でしか無かったマーシュに、色々なことを頼みすぎているのは確かだ。
一応、旅立つ前に冒険者ギルドや商業ギルド、それに領主には極力彼に協力するようには申しつけてある。
それにディードリアスたちも手伝いをしてくれるだろうし、なんとかなるだろう。
「どうしょうもなくなったら連絡してくれたら助けに来るさ」
「どうやって連絡すればいいんですかね。一応次に行く街は聞いてますけど」
「そうだな……」
俺は横目でサンテアを見る。
彼女の中には駄女神エルラードが宿っている。
「教会で女神様に祈ったら、たぶん俺に連絡が届くんじゃないかな」
「女神様ですか?」
「ああ、たぶんだけど」
サンテアの中にいる女神についてはサンテアと彼女の担当医以外には教えていない。
今回の旅にサンテアが同行する理由も、他のやつらには彼女の病気を完全に治すために王都の医者まで俺が連れて行くためと言ってある。
医者にはその芝居を打って貰う為にエルラード自身が協力してくれるように頼んだわけだ。
『どうして秘密にしておく必要があんだよ?』
『ばかもん! 自分たちの崇めている神が力をなくしてるなんて知られたらどうなると思っておるんじゃ』
『俺なら信者止めて別の神に鞍替えするな』
『そういうことじゃ』
あのときのエルラードの情けない顔といったらなかったな。
俺は少しだけ過去の光景を頭に浮かべつつ話を続けた。
「理由は言えないけど、俺は女神様とちょいとした知り合いでな。だから女神様伝いで連絡は付くと思う」
「女神様と!? そんな……いえ、アンリ様なら女神様の知り合いというのも不思議じゃ無いですね」
さすがマーシュ。
俺とこの世界で伊達に一番長く付き合ってるわけじゃない。
「それじゃあそろそろ行くか」
「きゃっ」
サンテアの体を持ち上げると肩の上に座らせる。
「鉢巻きでも掴んでな」
「はい」
サンテアが掴みやすいように加工した鉢巻きを俺は頭に巻いていた。
馬車や馬も考えたが、そもそも俺は馬に乗ったことがない。
御者を雇えばいいとマーシュにも言われたけれど、結局は俺自身の足が一番楽だという結論に達した。
「それじゃあな」
「いってきます。みんな」
別れの言葉を告げる。
子供たちの何人かはすでに泣き出していて、年長者がそれを慰めている。
そんな年長者たちの目にも薄らと涙が浮んでいて。
俺との別れをそれほどまでに惜しんでくれることに嬉しさと寂寥感が押し寄せる。
だが俺は行かなくちゃならない。
肩の上でサンテアも声を抑えて泣いている。
自分から行くと言った彼女も大人びていてもまだまだ幼い子供だ。
これから先、見知らぬ土地に向かう不安もあるだろう。
「大丈夫だ。俺が一緒だからな」
「……グス……はい……信じてます」
ぎゅっと俺の鉢巻きを握る手の力が強まったのを感じる。
その信頼を裏切るわけには行かない。
徐々に遠ざかる街。
その開かれた門の内側から見送る仲間たちの姿がどんどん小さくなっていく。
「サンテアはあの街を出るのは初めてなんだよな」
「はい。私はずっとあの街で育ちましたから」
「だったら俺と一緒だな」
「え?」
「俺だってこの世界のことはあの街とその周辺くらいしか知らないからな」
「そうでしたね」
女神をその身に宿す彼女には俺の境遇は既に伝わっている。
「私、皆と離れることになってとても寂しいけど……」
サンテアは道の先に目を向けて続ける。
「でもこれからどんな世界に出会えるのか楽しみでしょうが無い自分もいるんです」
「俺もだ」
異世界にやってきて色々なことがあった。
だけど俺がこの世界で過ごした時間は、まだほんの僅かである。
俺はまだこの世界の極々一部しか知らない。
それはあの町でしか生きることを許されていなかったサンテアも一緒だ。
だからこの旅は共に楽しんで行こうじゃ無いか。
たとえそれが女神が力を取り戻すまでの短い間だったとしても。
彼女にも。
そして俺にもきっとかけがえのない思い出になるだろうから。
「飛ばすぞ! しっかりつかまれ!」
「はい! 落とさないで下さいね」
「大丈夫っ。そりゃっ!」
街道を土煙を上げて走る俺たちが最初に目指すのは隣り領の領都アブリル。
港町で魚介類が名産だと聞いている。
「街に着いたら魚食うぞ!」
「魚は私あまり得意じゃ無いです」
「サンテアは川魚しか食べたこと無いだろ? 海の魚はもっと美味しいんだ」
いつしか彼女の瞳から涙は消えて。
俺の話す魚料理に子供らしい好奇心が代わりに芽生えていくようで。
「楽しみです」
そうして俺たちの、この世界の全てを知る旅が始まったのだった。
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