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第一章 夜明け
9話 写真
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あまりにも動かないので、晴臣は冬馬の目の前で手を振る。
「どうしたんだよ」
「いや、なんでもない」
言葉を濁しているが、冬馬のなかで引っかかる何かがあるのだろう。突っ込んで聞きたいところだが、それ以上は聞かないでおく。
黙っておくことはどちらかというと、考えなくていいので得意。
バカ丸出しになるのは、できるだけ控えたい。
「ふうん。冬馬は、この情報についてどう思う?」
「これだけでは、判断しかねる。……が、一歩近づけた気がする」
欲しかった言葉をもらえ、嬉しさのあまり口の端が緩むのを抑えられなかった。
「それは、良かった!」
以前よりも数段、人間らしくなった。毒針が刺さったところからう蝕して、マヒしていたのが嘘のよう。まだ解毒できていないところも、もちろんある。それでも、思っていることが表情によく出るようになった。
「ありがとう」
「俺にもできることがあるだろう? もっと頼ってくれてもいいんだぜっ」
その言葉を聞き、冬馬はクスクスと笑い出した。ひとしきり笑い、艶やかな瞳にたまった涙を拭った。はじめてみる冬馬の顔に釘付け。じっと見ながら、彼の目の前に置かれている黒のソファに腰掛けた。
「そうする。でも、どこに行くかくらい言っていけ」
「反対するかと思って」
最初のギスギスとした雰囲気は、もうなかった。
* * * *
澪の元に置かれていた手紙の持ち主が誰か、これが何よりの問題。それが知れたら、もっとこの事件の輪郭が分かりそうだ。普通に導き出すと、机の下のナイフと手紙からして”澪”ということになる。
でも、澪を殺したのは間違いなく晴臣だったはずだ。
「里奈と澪が、入れ替わっていた……なんてことはないよな」
ポツリと、あり得ないかも知れない仮説を立てた。
暗闇で顔なんて確認をする余裕もなく、犯行に及んでいた。――有り得なくないかも知れない。むしろそうでなければ、ナイフと手紙の持ち主が澪にはならない。
晴臣は日焼けをした机に置かれていた、2人の写真を見比べる。
髪の長い方が澪で、短い方が里奈。こう見比べてみると、よく似ている。笑った時にできる笑窪に、ぐっと垂れた目。髪の長さが入れ替わったら、仲が良くなければ見抜けなさそうに思えた。
よく似た顔の2人が並ぶ。
「双子か? ……なぁんて」
「そうだな、似ている」
今までなぜ気がつかなかった? と言われたら、そうなのだが。苗字も違えば、2人はかなりの年齢差がある。そんな2人が双子というのは、頭をよぎりもしなかった。
そもそも顔なんて、毎回覚えてられない。
晴臣は彼女たちを、服の色で記憶をしていた。認識も紅白の服ぐらいのものだった。間髪入れず、冬馬が口を開いた。
「でも、年齢が離れすぎている。それに、この写真がいつのものか記載がない」
真っ赤のワンピースの澪が映っている写真を指で掴み、揺らした。そんな冬馬を見ていることしかできず、口を固く閉じる。実際に会った澪を思い起こそうと思っても、顔にモヤがかかって思い出せないのだ。
どうだったのか、そう言いたそうな目に視線を泳がせるしかなかった。腕を組んで、軽く俯く。
「姉妹、とか」
それで入れ替わっていたとしたら、流石に周りにバレるだろう。もし仮に、晴臣に殺されるのを知っていて――わざとその時間だけ入れ替わった。ということも無きにしも非ずだ。
ただ晴臣はこういうことを、推理していくタイプでない。自分なりに考えをまとめたところで、普段使わない頭をつかったことで知恵熱を出しそうになる。
頭が痛いと、こめかみを抑えた。
「なぁ」
「なんだ? あたまでも痛いのか?」
「そうだけど。そうじゃなくて、この癖のある字から探せないのか?」
どれだけ意識をしていても、全く違う字を書き続けることはできないと思っている。現に、恒星の字であればよく見たので一眼で見抜ける。
見にくい薄い筆圧に、右肩下がりの文字。見る人が見たら、書いた人が誰のものかわかってしまいそうだ。
「でも、流石にこの内容を他人に見せることはできない」
「……そうだよな」
「もう一度、里奈の家に行く。そこで、文字を確認しよう」
また大学に潜入をして誰かを捕まえて見せれば、すぐに誰かわからないか。そう考えていたことが、バレたのかと思いビクリとした。さらに、どうするかまで言われたので釘刺しだろう。
「そうしよう! 里奈は、誰に殺されたのか……そして俺が本当に殺したのは、澪だったかが分かるな」
* * * *
善は急げ――その言葉のとおり、足は自然に前へと進む。それに事件性が高いので、物を撤去される可能性も高い。調べたいことは現地に行くに限る。
……そういえば、俺はなんのために?
一緒に向かう道中で、そんなことがふとよぎった。はじめて会った時のことが思い出され、そんなことを思ってしまう。
青色の空は広々としている。日中というのは、こんなにも清々しい気持ちになれただろうか、と心地よい空気に包まれた。
最初はおもしろ半分だったのに、晴臣の中でなにかが変わっている気がしていた。でもそれがまだ分からなくて、モヤモヤする。
隣に並ぶ、冬馬の凛とした横顔を眺めいた。その視線に気がついていて無視を決め込んでいるのか、冬馬は晴臣のことをチラリとも見ない。
各部屋の前に置かれた電気メーターが、止まった里奈の部屋。黄色のテープをくぐり抜け、中に入る。
「どうしたんだよ」
「いや、なんでもない」
言葉を濁しているが、冬馬のなかで引っかかる何かがあるのだろう。突っ込んで聞きたいところだが、それ以上は聞かないでおく。
黙っておくことはどちらかというと、考えなくていいので得意。
バカ丸出しになるのは、できるだけ控えたい。
「ふうん。冬馬は、この情報についてどう思う?」
「これだけでは、判断しかねる。……が、一歩近づけた気がする」
欲しかった言葉をもらえ、嬉しさのあまり口の端が緩むのを抑えられなかった。
「それは、良かった!」
以前よりも数段、人間らしくなった。毒針が刺さったところからう蝕して、マヒしていたのが嘘のよう。まだ解毒できていないところも、もちろんある。それでも、思っていることが表情によく出るようになった。
「ありがとう」
「俺にもできることがあるだろう? もっと頼ってくれてもいいんだぜっ」
その言葉を聞き、冬馬はクスクスと笑い出した。ひとしきり笑い、艶やかな瞳にたまった涙を拭った。はじめてみる冬馬の顔に釘付け。じっと見ながら、彼の目の前に置かれている黒のソファに腰掛けた。
「そうする。でも、どこに行くかくらい言っていけ」
「反対するかと思って」
最初のギスギスとした雰囲気は、もうなかった。
* * * *
澪の元に置かれていた手紙の持ち主が誰か、これが何よりの問題。それが知れたら、もっとこの事件の輪郭が分かりそうだ。普通に導き出すと、机の下のナイフと手紙からして”澪”ということになる。
でも、澪を殺したのは間違いなく晴臣だったはずだ。
「里奈と澪が、入れ替わっていた……なんてことはないよな」
ポツリと、あり得ないかも知れない仮説を立てた。
暗闇で顔なんて確認をする余裕もなく、犯行に及んでいた。――有り得なくないかも知れない。むしろそうでなければ、ナイフと手紙の持ち主が澪にはならない。
晴臣は日焼けをした机に置かれていた、2人の写真を見比べる。
髪の長い方が澪で、短い方が里奈。こう見比べてみると、よく似ている。笑った時にできる笑窪に、ぐっと垂れた目。髪の長さが入れ替わったら、仲が良くなければ見抜けなさそうに思えた。
よく似た顔の2人が並ぶ。
「双子か? ……なぁんて」
「そうだな、似ている」
今までなぜ気がつかなかった? と言われたら、そうなのだが。苗字も違えば、2人はかなりの年齢差がある。そんな2人が双子というのは、頭をよぎりもしなかった。
そもそも顔なんて、毎回覚えてられない。
晴臣は彼女たちを、服の色で記憶をしていた。認識も紅白の服ぐらいのものだった。間髪入れず、冬馬が口を開いた。
「でも、年齢が離れすぎている。それに、この写真がいつのものか記載がない」
真っ赤のワンピースの澪が映っている写真を指で掴み、揺らした。そんな冬馬を見ていることしかできず、口を固く閉じる。実際に会った澪を思い起こそうと思っても、顔にモヤがかかって思い出せないのだ。
どうだったのか、そう言いたそうな目に視線を泳がせるしかなかった。腕を組んで、軽く俯く。
「姉妹、とか」
それで入れ替わっていたとしたら、流石に周りにバレるだろう。もし仮に、晴臣に殺されるのを知っていて――わざとその時間だけ入れ替わった。ということも無きにしも非ずだ。
ただ晴臣はこういうことを、推理していくタイプでない。自分なりに考えをまとめたところで、普段使わない頭をつかったことで知恵熱を出しそうになる。
頭が痛いと、こめかみを抑えた。
「なぁ」
「なんだ? あたまでも痛いのか?」
「そうだけど。そうじゃなくて、この癖のある字から探せないのか?」
どれだけ意識をしていても、全く違う字を書き続けることはできないと思っている。現に、恒星の字であればよく見たので一眼で見抜ける。
見にくい薄い筆圧に、右肩下がりの文字。見る人が見たら、書いた人が誰のものかわかってしまいそうだ。
「でも、流石にこの内容を他人に見せることはできない」
「……そうだよな」
「もう一度、里奈の家に行く。そこで、文字を確認しよう」
また大学に潜入をして誰かを捕まえて見せれば、すぐに誰かわからないか。そう考えていたことが、バレたのかと思いビクリとした。さらに、どうするかまで言われたので釘刺しだろう。
「そうしよう! 里奈は、誰に殺されたのか……そして俺が本当に殺したのは、澪だったかが分かるな」
* * * *
善は急げ――その言葉のとおり、足は自然に前へと進む。それに事件性が高いので、物を撤去される可能性も高い。調べたいことは現地に行くに限る。
……そういえば、俺はなんのために?
一緒に向かう道中で、そんなことがふとよぎった。はじめて会った時のことが思い出され、そんなことを思ってしまう。
青色の空は広々としている。日中というのは、こんなにも清々しい気持ちになれただろうか、と心地よい空気に包まれた。
最初はおもしろ半分だったのに、晴臣の中でなにかが変わっている気がしていた。でもそれがまだ分からなくて、モヤモヤする。
隣に並ぶ、冬馬の凛とした横顔を眺めいた。その視線に気がついていて無視を決め込んでいるのか、冬馬は晴臣のことをチラリとも見ない。
各部屋の前に置かれた電気メーターが、止まった里奈の部屋。黄色のテープをくぐり抜け、中に入る。
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