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第一章 夜明け
8話 依頼主
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「里奈ちゃんは、惜しいことをしたよなぁ。もう少しでここの教授になれたってのに」
「……」
里奈もここに入ろうとしていたのか。
変に喋ると、晴臣は良くないと思い口を紡ぐ。それよりも冬馬への土産に、一つでも知らない事実を持ち帰りたかった。
白をベースとした、無機質な食堂は晴臣とこの男の2人だけ。静かな空間で、晴臣は彼の言葉に集中をしていた。
「自分を責めたのか、里奈ちゃんは自殺」
両手で首を絞め、こんなふうにと見せてきた。本当に名演技をしているかのようだ。硬さを感じる椅子に、晴臣は深く腰かけ直した。
「なるほど……恋愛のもつれは、よくあることだな」
「ここだけの話、澪ちゃんと里奈ちゃんが付き合ってたって説も出てるんだぜ」
晴臣は、目を見開いて驚く。全く考えていない路線だった。やはりウワサというのは、尾ひれが付くものなのだろう。それに、想像をするのは楽しくていろんな説がありそうだ。
でもそれは、ウワサなのか? それともこの男の妄想?
男は晴臣の反応を待っていたようで、ふんふんと相槌を打つとパッと笑顔が咲いた。ちょうどその時、場を引き裂くようにしてチャイムが鳴る。
サッと軽やかに立ち上がって、その男から離れる。
「ありがとう。そろそろ時間だ」
愛想笑いを浮かべ、視線を離すことなく距離をとった。その男もそれ以上は何も言わず、手を振っている。
ただのウワサなので、良い情報かというと微妙かもしれない。でもそれを考えるのは、晴臣には難しい。
澪の使っていた部屋にたどり着く。学校内の監視カメラの位置は把握している。生存本能としてなのか、こういうことを覚えることは得意。
ちょうどこの部屋の前には監視カメラは、ついていない。それを確認するのと同時に、黒の手袋に手を通す。
よし、カメラはまだ設置されてないな。
事件にあった人物の部屋なので、扉の前に黄色のテープがしてある。そんなことは関係なく、ドアノブを捻った。鍵もしていないので、侵入には困らなさそうだ。
軽く助走をつけ、黄色のテープを立ち幅跳びの選手のように飛び越えた。軽くついた膝を払いながら、辺りを見渡す。
机の上に1通の白い手紙が残されていた。意図的に置かれているかのように、整頓された部屋の中で目を引く。なにかを隠すためにしているようにも見え、それがかえって不自然だ。
いかにもこれを「開けてください」って、言っているよな。
白い封筒を睨む勢いで見ながら、まず引き出しを開いた。中からは、書類関係や講義内容のものが出てくる。
今回のことに関係するなにかは、見当たらない。
椅子の足元に光るものが見え、回転をする椅子を引いた。――ナイフが机に貼り付けられている。
眉間に皺を寄せ、スマホでそれを写真に収めた。なぜここにあるのか、疑問は残るがとにかく今は情報集めが最優先。
机の引き出しは全て見たので、白い封筒を開く。右肩下がりに書かれた、癖のある文字。読みにくさを感じさせる薄い筆圧。違和感でしかない手紙もスマホに収めた。
サッと目を通すと、気になる言葉を見つけた。
【今宵も月が綺麗だった】
それを見た晴臣は、背筋が凍る感覚に陥った。この言葉が、なぜここにあるのだろうか。ピタリと動きが止まった。早く情報をかき集めて出て行かなくては、そう思うのにうまく体がいうことを聞いてくれない。
もしかして、里奈を殺したのは――澪だっていうのか?
でもそうなると、辻褄が合わなかった。恋仲にあるのは、里奈の方で澪ではないはず。それともこの仮定自体が間違いなのか。
分からないことばかりで、目が回りそうだった。とにかく、大きな情報のひとつ。
出したものは元通りにして、晴臣は部屋から出た。
顎に手を当てて、なんとか感情と頭を整理する。うまくまとめられないものの、考えるのはタダだ。
これ以上ここに長居していても、自分にできることはないので冬馬のいる事務所へ戻ることにした。
あんなに帰りたいと口にしていたのに、今では居心地の良い場所に変わっていた。いや……もしかしたら、はじめから心地よかったのかもしれない。
今頃、冬馬は何をしているのだろう?
そんなことを思いながら、帰宅を急ぐ。悪いヤツじゃないことがわかったからなのか、心を開きかけている自分がいた。
衣食住を共にすれば、なんとやらだ。
「ただいまぁ」
古びた探偵事務所の扉を開く。もうそれも手慣れたものだ。部屋内では、パソコンを睨みつけていた冬馬がこちらに顔を向けた。目元を揉み、疲れているのがよくわかる。
「おかえり」
その言葉だけで、心がほわりとする。言葉で表しきれない、不思議な温かさ。
晴臣は黒の手袋を外しながら、冬馬の近くでスマホを取り出す。聖央大学で得たものを見せようとした。少し見せびらかすようにして、冬馬に差し出した。
「俺はこの2つからして、やっぱり澪と里奈の間に何かあったと思う」
「この手紙は?」
冬馬は、この文言について知らないようだ。渡したスマホを操作して、任務後のメールを開いた。百聞は一見にしかずという言葉のとおり、見せた方が早い。
「任務後に依頼主に送る」
「そうなのか。……依頼主ってもしかして?」
「あ、あぁ~。そうだよなぁ……そうだ、この話の渦中にいる人物――久我恒星だ」
言わずにいることは、やはりできない。隠しておこうと思ったが、そんな上手いことを晴臣はできなかった。諦めたように、打ち明けた。
目を見開き、縄で動きを封じられたかのように冬馬は動かなくなってしまった。
「……」
里奈もここに入ろうとしていたのか。
変に喋ると、晴臣は良くないと思い口を紡ぐ。それよりも冬馬への土産に、一つでも知らない事実を持ち帰りたかった。
白をベースとした、無機質な食堂は晴臣とこの男の2人だけ。静かな空間で、晴臣は彼の言葉に集中をしていた。
「自分を責めたのか、里奈ちゃんは自殺」
両手で首を絞め、こんなふうにと見せてきた。本当に名演技をしているかのようだ。硬さを感じる椅子に、晴臣は深く腰かけ直した。
「なるほど……恋愛のもつれは、よくあることだな」
「ここだけの話、澪ちゃんと里奈ちゃんが付き合ってたって説も出てるんだぜ」
晴臣は、目を見開いて驚く。全く考えていない路線だった。やはりウワサというのは、尾ひれが付くものなのだろう。それに、想像をするのは楽しくていろんな説がありそうだ。
でもそれは、ウワサなのか? それともこの男の妄想?
男は晴臣の反応を待っていたようで、ふんふんと相槌を打つとパッと笑顔が咲いた。ちょうどその時、場を引き裂くようにしてチャイムが鳴る。
サッと軽やかに立ち上がって、その男から離れる。
「ありがとう。そろそろ時間だ」
愛想笑いを浮かべ、視線を離すことなく距離をとった。その男もそれ以上は何も言わず、手を振っている。
ただのウワサなので、良い情報かというと微妙かもしれない。でもそれを考えるのは、晴臣には難しい。
澪の使っていた部屋にたどり着く。学校内の監視カメラの位置は把握している。生存本能としてなのか、こういうことを覚えることは得意。
ちょうどこの部屋の前には監視カメラは、ついていない。それを確認するのと同時に、黒の手袋に手を通す。
よし、カメラはまだ設置されてないな。
事件にあった人物の部屋なので、扉の前に黄色のテープがしてある。そんなことは関係なく、ドアノブを捻った。鍵もしていないので、侵入には困らなさそうだ。
軽く助走をつけ、黄色のテープを立ち幅跳びの選手のように飛び越えた。軽くついた膝を払いながら、辺りを見渡す。
机の上に1通の白い手紙が残されていた。意図的に置かれているかのように、整頓された部屋の中で目を引く。なにかを隠すためにしているようにも見え、それがかえって不自然だ。
いかにもこれを「開けてください」って、言っているよな。
白い封筒を睨む勢いで見ながら、まず引き出しを開いた。中からは、書類関係や講義内容のものが出てくる。
今回のことに関係するなにかは、見当たらない。
椅子の足元に光るものが見え、回転をする椅子を引いた。――ナイフが机に貼り付けられている。
眉間に皺を寄せ、スマホでそれを写真に収めた。なぜここにあるのか、疑問は残るがとにかく今は情報集めが最優先。
机の引き出しは全て見たので、白い封筒を開く。右肩下がりに書かれた、癖のある文字。読みにくさを感じさせる薄い筆圧。違和感でしかない手紙もスマホに収めた。
サッと目を通すと、気になる言葉を見つけた。
【今宵も月が綺麗だった】
それを見た晴臣は、背筋が凍る感覚に陥った。この言葉が、なぜここにあるのだろうか。ピタリと動きが止まった。早く情報をかき集めて出て行かなくては、そう思うのにうまく体がいうことを聞いてくれない。
もしかして、里奈を殺したのは――澪だっていうのか?
でもそうなると、辻褄が合わなかった。恋仲にあるのは、里奈の方で澪ではないはず。それともこの仮定自体が間違いなのか。
分からないことばかりで、目が回りそうだった。とにかく、大きな情報のひとつ。
出したものは元通りにして、晴臣は部屋から出た。
顎に手を当てて、なんとか感情と頭を整理する。うまくまとめられないものの、考えるのはタダだ。
これ以上ここに長居していても、自分にできることはないので冬馬のいる事務所へ戻ることにした。
あんなに帰りたいと口にしていたのに、今では居心地の良い場所に変わっていた。いや……もしかしたら、はじめから心地よかったのかもしれない。
今頃、冬馬は何をしているのだろう?
そんなことを思いながら、帰宅を急ぐ。悪いヤツじゃないことがわかったからなのか、心を開きかけている自分がいた。
衣食住を共にすれば、なんとやらだ。
「ただいまぁ」
古びた探偵事務所の扉を開く。もうそれも手慣れたものだ。部屋内では、パソコンを睨みつけていた冬馬がこちらに顔を向けた。目元を揉み、疲れているのがよくわかる。
「おかえり」
その言葉だけで、心がほわりとする。言葉で表しきれない、不思議な温かさ。
晴臣は黒の手袋を外しながら、冬馬の近くでスマホを取り出す。聖央大学で得たものを見せようとした。少し見せびらかすようにして、冬馬に差し出した。
「俺はこの2つからして、やっぱり澪と里奈の間に何かあったと思う」
「この手紙は?」
冬馬は、この文言について知らないようだ。渡したスマホを操作して、任務後のメールを開いた。百聞は一見にしかずという言葉のとおり、見せた方が早い。
「任務後に依頼主に送る」
「そうなのか。……依頼主ってもしかして?」
「あ、あぁ~。そうだよなぁ……そうだ、この話の渦中にいる人物――久我恒星だ」
言わずにいることは、やはりできない。隠しておこうと思ったが、そんな上手いことを晴臣はできなかった。諦めたように、打ち明けた。
目を見開き、縄で動きを封じられたかのように冬馬は動かなくなってしまった。
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