いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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蜜柑のフェロモン

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 ドキドキする。

 まだあの人の手の感触が耳に残っていて、そっと触れてみたら凄く熱い。触れられた瞬間にゾクゾクとしてやけに下半身にクるものがある、危なかった。

 …なんでだろう。ヤクザのボスだから生命の危機を感じたのか。

『ボスに食ってもらえたのか?』

『阿保。美味かったって言ってただろ。んなことより宋平は何貰ったんだ?』

 貰った袋に印刷されたお店の名前は知ってはいるがあまり利用したことがなくてジッと見ていたら先に兄貴たちが騒ぎ出した。

『こ、これは…! セレブ御用達の超高級フルーツを扱うパーラーのじゃねーか!』

『あ!! これネットで話題になってるクソ美味くてクソ高いフルーツアイスっ! やばっ、早く食べろ宋平!』

 早く早く、と背中を押されて部屋に戻る。箱の中には一つだけ大きなアイスがあってオレンジの中身をくり抜き、中にアイスやクリーム…ソースに凍ったフルーツが入ったもの。

 他には棒付きのオレンジと赤のアイスが箱にギッチリと入ったいたものがある。

『これは宋平にだな! 棒付きのは何人か貰うけどまだ余るから冷凍庫入れとくぞ?』

 座った俺の前に用意された特別なアイス。初めて見た高級アイスに見惚れていたが溶けるぞ、と脅されればスプーンを入れる他ない。

『おいしい』

 甘くて、冷たくて、ちょっぴり酸っぱいのが良い。冷たいから体が冷えて心地良いはずなのに…お店でこれを選んでくれるボスの姿を想像したら何故か余計に頬が熱くて、胸は苦しくなる。

『…すごく、おいしい』

 ピロン。と妙に聞き慣れた音がして顔を上げると兄貴たちがなにやら集まってスマホを向けている。似た光景を家でも見ている気がする。

『お! なんでもないぞ、宋平! ほらほら早く食べねーと溶けちまうぞー?』

『ん。アニキたちも早く食べてみて、すっごく美味しい蜜柑の味するから!』

 凍った蜜柑が出てきて冷凍蜜柑だと喜んでいたら説明書を見ていた兄貴たちが不知火しらぬい、という品種だと教えてくれた。棒アイスは不知火と苺の味だ。

 なんで俺がアイス好きって知ってるんだろう? これもヤクザの情報網ってやつ?

『良い香り~』

 報告書はすぐ書き終わったし、その後はなんとかって会合の為のスーツを新調するからと採寸をして…それが終わったらお昼を食べて猿石とお昼寝をした。顔色が悪いからと…眠れはしなかったが。それからボスを出迎えたらアイスタイム。

 …俺は遊びに来ているのか…?

『アニキ。俺は午後は何をしたら?』

『今日はもう帰って良んじゃね? 報告書と採寸、後は弁当渡すのがお前の仕事だしな』

 アニキが刃斬にスマホで確認の為に連絡をしてくれると、やはり今日のバイトは終わりで良いらしい。

『あれ? そういえば猿石のアニキが…』

『あー。アイツも帰って来ねぇだろ。元々、あんまり用もないのにアジトを彷徨く奴じゃねぇんだ。お前がいると大人しいけどな!

 まぁ刃斬さん辺りと口喧嘩でもして外出たんだろ。気にすんな』

 ということでまだ十六時だけどバイト終了。体が冷えたのかトイレだけ済まして挨拶をする。空のお弁当箱片手に外に出ると、当然まだ陽は高い。

 早く帰ってゲームしよーっと。

『…ぅ』

 ウキウキで帰宅しようとしたが、変だ。

 …誰かに…、見られてる。

『どうしよ…。急にスマホ出したらバレるかな』

 けられている。確実に。アジト周辺は静かなビル街だが足音を殺すような気配に体を舐め回すようなネットリとした奇妙な視線を感じる。

 今、バランサーじゃなかったらきっと気付けなかった。

『よし戻ろう』

 少し迷ってポケットからスマホを取り出して助けてもらうべきと判断した、が。

 ポケットに、あるべきものが…ない。

『…やっべー…』

 トイレにスマホ忘れちゃったよ…。手、洗う時にハンカチと一緒のポケット入れてたから出して…置いて、洗って…そのままだ。

 あぁああ!! 俺のバカーっ!!

『仕方ねぇ。もうアジトからも離れたし、緊急事態だからな』

 自分はただの高校生ではない。無闇に力を使ってはいけないが、身を守る為なら当然この力とて使わせてもらう。記憶が残るのはどう処理したものかとバレるのを承知で走り出せば向こうも一気に走り出す。

 確定だな。

 ボスの名刺を見せてお帰り頂けるような生ぬるそうな連中とは思えない。確実に俺が弐条会の下っ端とわかっての行動だ。

 確かに俺はパッと見、アルファには見えないし? 襲い掛かればいけるとでも思ったか。

『うおっ』

 一般人に迷惑は掛けまいと路地裏をジグザグに逃げ回っていたら遂に袋小路に追い込まれてしまった。引き返そうとしたらすかさず道を塞ぐように現れたチンピラ数人に、複数いたのかと嫌になる。

 全く…折角良い気分だったのに台無しだ。

『殺さねぇ程度に可愛がってやれ、すぐ足が来る』

 足…、車が来る? そりゃ最悪だ。これ以上人数が増えるのは大変困る。

『やれ!!』

 一斉に襲い掛かる連中に空っぽのお弁当箱を抱えながら下がり、壁に寄り掛かる。いよいよバランサーの力を使ってやろうかと思い歯を食いしばった瞬間、まるで上から降って来た何かに押し潰されるように男たちが地面に這いつくばった。

 …え?

 カラン、カランと聞いたことのない音が表通りに続く光が伸びた道から聞こえたのだ。カラン、カランと音が近付く度に男たちから激しい痛みを訴える絶叫が響く。
抗うように男の一人が俺に手を伸ばすと、パァンと何かが弾けたような花火みたいな音がした。

『あ、ぅそ…』

 現れたその人は、以前着ていた黒い着流しを身に纏い右手には黒い塊を持っている。無表情のまま佇む足元は下駄を履いていた。

 それは弐条会のボスに間違いない。

『ボス…! すみません、遅れました』

『遅ェ。さっさと片せ』

 後ろから現れた刃斬はボスの右手にある拳銃の音を聞いて来たのだろう。地面を這う男の伸ばされた手の指先に銃弾がめり込んでいる。俺に何事もないとわかるとホッとしたような顔をしてから地面に転がる男たちに容赦なく蹴りを入れて退かす。

 う、うわ…扱い酷っ。

『あっ! えっとーっ! その俺っ、スマホ忘れてその、あー…すみませ、ご迷惑を』

『宋平』

『ぅわはいっ!!』

 怒られる!! これは、絶対、ヤバい!!

 ギュッと目を瞑って酷い罵倒を耐えようと心構えをする。

 あーあ。今日は良い日だったのに。凄く、幸せな気分で終われるはずだったのに。俺ってバカだな。どうしてこうなるんだ。

『…はぁ。っとに、テメェはよォ…』

 鼻がツンとして痛い。嫌だ。あなたの顔を見たくない。だってさっきは笑ってくれたんだ、また頼むって。今日見た最後の顔はあの時向けてくれたものが良い。

『なんで襲われそうな時より今のが辛そうなんだよ』

 だって。だって。

 遂に溢れてきた涙。服を掴みながらギャンギャン叫ぶ俺に周囲は呆れている。

『トイレにズマボっ、忘れちゃっでっグス。ひくっ…、ごめんなさ、おれ…! 俺の、自己責任なのに…なんでっ、なんでボスがっうっ、うっ!』

 うえーっ、と情け無い泣き声を上げる俺にボスは深い深い溜め息を吐いた後でその胸に俺を押し込んだ。頬に触れる着物の生地。汚してはダメだとわかっているのにブワッと涙が溢れる。

 何故だ、仕事しないでくれ涙よ。

『すぐにスマホに気付いた奴から連絡が来た。手の空いてる連中が出たが、まァ…今日のお前は特別見つけやすかったからなァ…』

 どういうことだ…? だってスマホはないしGPSだって当然ない。今の俺はバランサーだしベータ同様、フェロモンで呼ぶことすら叶わない。

 なのに、何故?

『今のお前からは不知火の香りがするからな。さっき俺とも会ったから匂いも残ってんだよ』

 スリ。とまた耳に触れられてピクリと身体が反応してしまう。

『怒ってねェよ。…無事で良かった』

 呆然と立ち尽くす俺をヒョイと抱えたボスはそのまま表の道には出ず、複雑な路地を迷いなく奥へと進む。後ろからついてくる刃斬が笑いながら鼻、と言ってティッシュを俺の鼻に押し付けた。

 …なんで。だって、俺に何かあっても自己責任だって。それなのにどうして。

 どうして、来てくれたんだ?

『…まだ泣いてんのか?』

『いえ。ずっとマヌケ面です』

 甘やかされては困る。こちらは甘えるプロなんだ、そっちがその気だと…とことん甘えたくなるじゃねーかどうしてくれる。

 恐る恐るボスの首に腕を回す。ふわりと香るのは煙草みたいな匂いと、ボスの匂い。流石に嫌がられるかと思ったけど案外許されるようで抱え直す素振りはあっても降ろされはしなかった。

 安心する。此処は、安心できる場所。絶対に怖いことなんか起きない。起きても俺たちのボスがすぐに片付けてくれるんだ。

 …良いなぁ。

 いつか、この人と結ばれる人は幸せ者だろう。こんなに良い匂いに包まれるなんて羨ましいな。

『んえ』

 …あ、れ? 俺は今…何を、なにをっ?!?

『なんだ? 大人しくしてろ。取り敢えずアジトに戻るから安心しな』

 なにを変態みたいなことを思ってんだ!!

 うわあああああ!!

『…赤くなったり青くなったり忙しい奴だなァ』


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