旦那様と僕~それから~

三冬月マヨ

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それぞれの絆

【雪】慣れない言葉

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「ふえ…?」

 僕のお部屋の天井…です、ね…?
 え?
 僕は何時の間に寝入ってしまったのでしょう?
 
 上半身を起こして、辺りを見渡せば、お布団の脇に、ゆかり様から戴いた襟巻きが置いてありました。

「…ああ…」

 こちらを戴いて、嬉しくて嬉しくて…気が抜けてしまったのですね。然程、疲れては居ないと思っていたのですが、やはり疲れていたと云う事ですか。うぅん、僕もまだまだですね。

 襟巻きを手に取り、それを首に巻き付けます。
 そして、お星様の飾りで、重ね合わせた部分を留めれば、そこだけの…僕だけの、一番星の完成です。

「…ふふ…」

 こうして触れて居ますと瑞樹みずき様が、襟巻きを片時も離したく無い気持ちが解りますね。
 だって、とても優しい暖かさが伝わって来るのですから。
 指先から、ぽかぽかとした想いが。

「…おや…?」

 こてんと僕は首を傾げました。
 そう言えば、あの保養所で見ました時は、あの襟巻きは優士ゆうじ様が身に着けていましたね? 同じ色の物が二本あるのでしょうか? ですが、保養所では瑞樹様が巻かれているのを見てはいませんよね? おや? これはどう云う事なのでしょうか?

雪緒ゆきお…ああ、起きたのか」

 首を捻っていましたら、お部屋の障子がそっと開きまして、紫様がそこから顔を覗かせて来ました。

「おはようございます、紫様。昨夜はこちらまで運んで戴けた様で、ありがとうございました。今直ぐ、朝餉の御用意を致しますね」

 お布団から出まして、畳に指をついて頭を下げましたら、ふっと息を吐く音が頭上から聞こえました。

「…紫様?」

 頭を下げる前までは、戸口に立っていました紫様が苦笑を浮かべながら、僕の目の前で片膝をついて腰を落としていました。

「全く。お前の事だから、大人しくはしていないだろうと思ったが…今はもう昼時だ。良く眠れたか?」

 そうして、大きな手を伸ばして来て、僕の鼻を摘まみます。

「…ふが…?」

 は? え? お昼…とは…? …あの、お昼の事でしょうか…?
 そろそろと、紫様の肩越しに見えます廊下の戸の窓から差し込む光を見れば、朝のそれとは違い、とても明るくて…。

「ふええええええぇええぇえぇっ!?」

 何と云う事でしょう!?
 僕とした事が、寝坊をしてしまうだなんて!!
 いえ、寝坊と言うには余りにも余りな時間です!
 紫様を、今の今まで空腹で…っ…!!

「いや、落ち着け。俺も、十時頃に起きた処だ。飯の用意はしてあるから、食べられるなら来い。まあ、これに懲りたのなら、休めと言われたなら、大人しく休む事だな。大丈夫だと思っていても、身体は正直だと云う事だ。解ったか?」

 ぶんぶんと顔を横に振り、摘ままれていた鼻を自由にしました僕に、紫様はゆっくりと言い聞かせる様に、静かに言いました。

「…ふぁい…」

 ぐうの音も出ないとは、この事でしょうか。
 本当に紫様の仰る通りです。
 自分自身の状態も把握出来ないだなんて…僕は、本当に何て情けないのでしょう…。
 僕なんかより、紫様の方がお疲れでしたのに…。

「…おい…また阿呆な事を考えていないか? 何度も言うが、お前はもっと自分に甘くなれ」

 俯いてしまいました僕の頭に、ぽふりと紫様の手が置かれました。
 先程とは違い、深い優しい声が胸に沁みます。

「…十分に甘いと思います…」

 甘えているから、昨日は何時も通りに動いて、そして、寝坊をしてしまったのです。

「…全く…」

 軽く息を吐く紫様は、どの様なお顔をされているのでしょうか?
 呆れてしまいましたのでしょうか?
 俯いている僕には、解りません。

「…良いか? 良く聞け」

 僕の頭を撫でながら、紫様が口を開きます。

「…愛してる」

「ふえっ!?」

 いきなりの言葉に僕は顔を上げ、目を思い切り見開き紫様を見ました。
 僕を見詰める、その細い目はとても優しくて。緩やかに弧を描く口元も、とても…。
 ぼぼぼ…と、音を立てて、僕の顔が熱くなって行きます。

「…どんなお前でも、俺がお前を嫌う事なぞ無い。どれだけ甘え様とも、お前はお前だからだ。お前は覚えてはいないだろうがな、お妙さんの処へ行った時…酔ったお前は…本当に、な…?」

「ふえええぇ…」

 それを言うのは狡いです…。そんな意地悪そうな顔で笑わないで下さい…。

「そら、飯にするぞ」

 すっと、僕の髪を梳いて離れて行く手が寂しくて切なくて。けれど、それを口にするのは恥ずかしくて。それでも、何かを言いたくて。

「…うう…。い、いきなり、あの様な事を言わないで下さい…っ…!」

「何をだ?」

 立ち上がり掛けた紫様が、再び腰を下ろして、僕の顔を覗き込んで来ます。
 真っ直ぐと見詰められるのが恥ずかしくて、首に巻いた襟巻きをきゅっと掴みながら僕は、僅かに視線を逸らして言います。

「…あ…あい…して…る…だなんて…その…あの…心の準備が出来ています時に…その…この様な時は…慣れておりませんので…」

「…っ…!」

 ごくりと、紫様が唾を飲み込んだ様な音が聞こえました。
 うう…おかしな事を言ってしまいましたでしょうか?
 ですが…それは…その言葉は…その…。

「…解った。ならば、慣れる様に今夜から同じ布団で眠ろう」

「ふえっ!?」

 胸の前で腕を組んでうんうんと頷く紫様に、僕は目も口も大きく開きました。

「何時、どんな時にお前が聞いても動揺しない様に、これから毎晩、お前が眠るまで言い聞かせてやろう」

 立ち上がり、僕に背を向けながら紫様は楽しそうな声で告げます。

「ふええええええぇぇぇえぇぇっ!?」

 僕は、もう言葉を発すると云う事を忘れてしまった様です。

「どれぐらいでお前が慣れるのか…楽しみだな?」

「ふえええええええええええぇええええっ!?」

 肩を揺らしながら、お部屋を出て行く紫様の後ろ姿を見送りながら、僕は思いました。
 紫様は、やはり意地悪です、と。
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